審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

90アークバルコニー補足

■アークバルコニーからの写真に写っているMSCの旅客船の名前が何なのかを調べる為に、画像の検索を進めて行くと、同型船でシンフォニアという船とアルモニアという船の2隻あることが分かります。この2隻の外見は全く同じで区別がつきませんので、2009年7月19日にモナコに入港したのがどちらなのかを知る為に、運行記録がないかネットで検索してみると、ベストワンクルーズの2009年の募集広告が見つかりました。
https://www.best1cruise.com/2009nenn/09_msc_sn_m07_01.htm

これによると、矢印①のように、この船はMSCシンフォニアで間違いありません。このときの運行名は「イタリア・スペインクルーズ7泊8日(リボルノ発着)」となっており、矢印②のように7月18日(土曜日)発で、イタリアのリボルノを夜7時に出港し、矢印③のように、翌19日(日曜日)の朝7時にモンテカルロ入港となっています。

ベストワンクルーズ募集広告

私は、オテソン夫婦のお話により、この写真が撮られたのは朝5時の訓読会の前なのかと思っていましたが、MSCシンフォニアの入港が朝7時ということを知って疑問に思い、バルコニーでの写真をよく見てみると、写真15において、矢印①の船体の陰の具合(比較画像を参考にする)や、矢印②及び③の、お母様にかかる光線の具合から、太陽はたいぶ高く上がっていることが分かります。ですから、この写真が撮られたのは、決して朝5時の訓読会が始まる前の時刻ではないということが言えると思います。

モナコ箱舟比較

宋総会長はモナコの出来事について、2013年5月19日に宇都宮教会でも語っておられます。これと「81イスカリオテのソン夫婦」で引用したオテソン夫婦の証の、それぞれの要点を以下に書き出してみました。

①宋総会長:その日の朝、お父様が、『私の部屋に早く入って来い。』と言われるのです→カメラは持ってきたか?→カメラを準備して戻ってきたのです→撮られた写真がこれです→お父様はこの一瞬を見られてから→その後に全員に座りなさいと仰いました→そこには丁度8名が居たのですが→3時間位、創造本然の世界について語られました→そして靴下を脱いでから、ズボン、パンツと全部脱がれたのです→この朝の船はノアの箱舟を意味している→そして午後に見たそのお父様の行為→裸で寝ていたノアに対して、ハムがその下部を覆ったことが罪になったという話がありますね。これを全て蕩減した訳ですよ。周りの人が何一言文句を言うことなく受け入れたのです。(2013.5.19宇都宮教会)

シンフォニアとアルモニア

②宋総会長:その日の朝、突然真のお父様は私を呼ばれました→それで、写真を撮ったのです→写真撮影後、真のお父様は私たちにみ言を語ってくださいました→「ズボンはこのように脱ぐのだ」とおっしゃりながら→ノア時代の洪水審判勝利の後と同じように、新天新地を出発しようとされる天のみ意があったのです。(2013.6.7「世界家庭」2013.8/P.8~)

③李夫人:その日の明け方、突然、真のお父様が総会長をお呼びになり→カメラマンを起こして地中海を背景に写真を撮るようにとおっしゃいました→真の父母様はその船を背景に写真をお撮りになったのです→その場には真の父母様を入れて八人が集まっていて→そのまま朝の訓読会が始まりました→そしてベルトを外してズボンをお脱ぎになりました→私はそのとき初めて、真のお父様がおむつを着けていらっしゃることを知りました→この日のことは、ノアの八人の家族とハムの失敗を蕩減復帰する象徴的な出来事であったということを悟るようになりました。(2017.1.17「世界家庭」2017.3/P.39~)

アークバルコニー

■まず、宋総会長は宇都宮教会では、「そして靴下を脱いでから、ズボン、パンツ(李夫人によればオムツなんですが)と全部脱がれたのです」とおっしゃっていることを確認しておきます。そこで、上記3つの証を総合して考え、バルコニーでの撮影時刻が朝の5時前ではないということと合わせて推理すると、まず、李夫人の「その日の明け方、突然、真のお父様が総会長をお呼びになり、カメラマンを起こして地中海を背景に写真を撮るようにとおっしゃいました」というのが、間違っているように思います。「明け方」が違いますし、「カメラマンを起こして」というのも違うように思います。カメラは宋総会長がお父様に言われて、一回、部屋に取りに戻っておられます。

私の考えでは、この日朝5時からの訓読会は一旦終わり、その後、ホテルの朝食を食べに行かれた後は、皆それぞれの部屋に戻ったのだと思います。そして、お父様が港に停泊していたMSCシンフォニアを見つけられて、すぐに他6名を部屋に呼ばれたのでしょう。その時、写真に写っている太陽光線の具合から見れば、時間的には午前10時~11時ぐらいになっていたのではないでしょうか。朝食を済ませておられる時間に、MSCシンフォニアが入港したのだと思われます。そして写真を撮られ、すぐにお父様のお話が、それから約3時間続いたのでしょう。

お話が終わったのは午後です。宋総会長は「この朝の船はノアの箱舟を意味している。そして午後に見たそのお父様の行為」と語っておられますので、この出来事は午前から午後にかけてのことだと思います。お父様はノアの箱舟を象徴する大型旅客船の入港をずっと待っておられ、それを見つけられると、写真を取って記録を残され、すぐにハム蕩減の儀式を始められました。ですから、これは朝の訓読会とは関係なく、独自にこの為にだけ行われた出来事であるということが分かります。

海側隣部屋

【資料】
①宋総会長:2011年にも父母様は訪ねて来られたのですが、その前に訪れた2009年というのは本当に特別な一年でした。その年は7月の末頃だったでしょうか。モナコで7日間、真のご父母様をお迎えした時があるのです。シェンゲンの勝利の後、初めてヨーロッパを訪ねて来られたことがあるのです。そのとき、お母様が私に電話を下さって、「お父様が今回ヨーロッパを訪ねるのだけれど、地中海を見渡せるような所に行きたい。地中海全体を見渡せるような場所で部屋を取ってほしい、という指示がお父様から出たよ。』と仰いました。私は霊的には何か意味があるのかなと思いましたが、具体的には何のことか分かりませんでした。

後でわかったことですが、イエス様が亡くなった後に、多くの宣教師たちや使徒たちがこの地中海を通じて西ヨーロッパに宣教に出て行ったのです。使徒パウロもそうでした。地中海を通じて、あちらこちらに宣教に出て行ったのです。そして、ノアの箱舟の役事が起きたのもこの地中海です。ですから「お父様の願いもこの地中海を見つめる所で起きるのだ!」ということで、私たちはそのホテルの部屋を取ったのです。そこで毎日のように、お父様が訓読の精誠を込められながら、地中海を見ておられたのです。

そして2009年7月19日を迎えました。その日はお父様のヘリコプターの事故から丁度1年が経った1周年の日でした。この日私たちは、何か行事を持つことをしましょうかとお母様に申し上げたのですけれども、お母様は、『静かに過ごしなさい。お父様は精誠を込めておられるから。』と仰いましたので、そのまま過ごすつもりでした。しかしその日の朝、お父様が、『私の部屋に早く入って来い。』と言われるのです。私は慌てて入って行きました。

『カメラは持ってきたか?』と仰るので、「いいえ。すぐに取ってきます。」と言って、カメラを準備して戻ってきたのです。すると、『早く撮れ。私はこの瞬間の為に、ここに来ていたんだよ。このヨーロッパを訪ねてきた理由は、ピースカップの開催の為に訪ねて来たのではなくて、ただこの瞬間、この部屋で写真を撮る為に来たんだ。これを収める為に来たんだ。』

2009年7月19日、ヘリコプター事故から丁度1周年を迎えたその日、その日の為にここを訪ねてきたんだよと言われて、撮られた写真がこれです。(写真を見せられる。)『これは大変意義深い写真だから、あなたたちも一緒に撮りなさい。』と言われて、金孝律補佐官と私もこのように写真に収めていただいて、4人で写真を撮りました。その時私は、なぜお父様は「この時の為に来た」と語られたのかと、深く悟ることができませんでした。

その年の6月1日は、韓国において数千名が集まりお父様の自叙伝の出版発刊式が開催されましたが、その時お父様が何と語られたのかというと、「6月1日は、ノアの洪水審判の日なんだよ。』と語られたのです。そして、お父様はその後7月にヨーロッパに来られた訳です。シェンゲンを勝利することで、ヨーロッパがサタンから解放されて神様中心のヨーロッパになり、初めてのヨーロッパの訪問になります。それ以前は、お父様がヨーロッパ入って来れないように、サタンが完全に障壁を築いていました。しかし、その障壁を崩したので、西側ヨーロッパを何処でも自由に往来できるという状況下で、この日お父様は、『この日、この一瞬の為にここに来たんだよ。』と仰ったのです。

お父様は毎日、この部屋から地中海を見渡しながら過ごされました。毎日、この港に色んな船が入って来たそうです。毎日毎日行ったり来たり、色んな船が出入りしていました。しかし、(写真を示される)この船が入ってきたこの一瞬、お父様は、『これは、ノアの時代の箱舟だ!』というのですよ。新しい新天新地で、地中海のこの海にノアの箱舟が入って来たというのです。その一瞬の為に、お父様は精誠を込めておられたのです。

お父様はこの一瞬を見られてから、その後に全員に座りなさいと仰いました。そこには丁度8名が居たのですが、その部屋でお父様はみ言を語り始められたのです。3時間位、創造本然の世界について語られました。このように(写真を指しながら)座ってお話しされるのですよ。そうなさりながら、『今まで私は原理的な生きざまを一瞬も外れたことがないんだよ。先生は原理的に生きた人なんだよ。創造本然の原理、これに外れた生活は一回もしていないんだ。私の全ての物は天の願いとみ意に叶った原理的な生き方だったんだよ。』と仰られながら、足元の靴下を突然、片足から脱ぎ始めるんですよ。しかしその時お父様が言われるには、『原理的な靴下の脱ぎ方を見せてやろう。これが原理的な靴下の脱ぎ方だ。ズボンも原理的に脱いであげよう。』

お父様は大変自然な姿で・・・。そして靴下を脱いでから、ズボン、パンツと全部脱がれたのです。そしてその後、改めてパンツをはいて、ズボンをはいて、靴下をはかれたのです。お母様はそういう状況であっても全く何も仰らずに、静かに見守られていました。8名だけがそこにいて・・・。大変不思議な場面ですよ。そしてその集会が終わった後に、私と金孝律補佐官が話をしました。お互いに話をしながら、「こんなこと、お父様はされたことがなかったよ。一体どんな深い意味があるのだろう。突然そんなことをなさることは、今までにはなかった・・・。」次の日の訓読会の時、お父様が出て来られてこのようにおっしゃられました。『昨日の夜、オモニが私にこんなことを言ったよ。こんな質問をしてきたんだよ。』

どんな質問をされたのかというと、『アボジ、何で指導者たち食口の前で、あのように脱ぐようなことをしたの?』お母様はそのように質問されました。するとお父様は、『私は、こう答えたんだよ。』と、訓読会で皆に教えるのです。『父母と子女の間、父子関係においては境界線はないんだよ。恥ずかしいことはないんだよ。何の境界線もない、一体になっているんだよ。親と子は。私はお母様にそう言ったんだよ。』と、その8人に語られたのです。

私は、お父様のそのみ言に触れた瞬間悟りました。即ち、「この朝の船はノアの箱舟を意味している。そして午後に見たそのお父様の行為、お父様が語られながら私たちと共に見せて下さったその行為は、ノアの箱舟の洪水審判を越えた後に、新天新地で起きたノアの家庭における内容の蕩減復帰だったのだ。」ということがわかったわけです。分かりますよね?裸で寝ていたノアに対して、ハムがその下部を覆ったことが罪になったという話がありますね。これを全て蕩減した訳ですよ。周りの人が何一言文句を言うことなく受け入れたのです。

縦的な内容を・・・人類歴史6000年に亘るその内容を、お父様は一人で全てを蕩減しながら歩んで来られた。誰も想像つかないようなお父様の生涯だったのです。(今回のように)私たちが理解して見つめることができないような、そういう瞬間もあったというのです。しかしその中で、お父様とお母様は完全に一体となられて、私たちを直接的な直系の子女として見つめて対して下さったというのです。そこで一体を成したかった。そういう姿を私たちは目撃してきました。

先日5月5日の連合礼拝で、『皆様が誇らしい』と語られたお母様ですが、私たち統一教会員としての皆様が誇り高いということのみならず、『皆様は私の子女であり、祝福を通じて、私たち(真の父母様)の直系子女となった皆様なんだ。それが誇らしいんだ。』という意味を込めて仰られたお母様なのだということを知らなければなりません。お父様はいつも集会を終えられた後に、何と言われるか。最後に和動した後に終えていく時、何とおっしゃるのでしょう。

『一緒に生きていこう。永遠なる世界でも一緒に生きていこう。エデンの園で私と一緒に生きようよ。』そのように語られるお父様だったのです。どうか、私たちがもう一度、天の父母様に選ばれた子女として、直系の子女として、この時代、天一国エデンの園で、驚くべき天の祝福と共に生きていく私たちであるということを、深く悟るこの時間になって下されば、ありがたいと思います。

先ほどの写真を見ると、お父様とお母様の間の後ろに船があるでしょう。この大きな船に何と書いてありますか。アルファベット3文字で書いてあるのですが、「MSC」と書いてあるのです。何の意味でしょうか?これは、Mはメシヤ(Messiah)、Sはセカンド(Second)、Cはカミング(Coming)。つまり、メシヤが二回目に来たという「再臨主を表すMSC」です。更に、もう一つの意味があるのです。Mはムーン(Moon)。ムーンは月です。太陽に照らされて輝く月は母を象徴します。そして、サン(Sun)は太陽ですね。太陽は父を象徴します。そしてCはチルドレン(Children)。だから、母と父と息子・娘・子女です。これは何を意味するのか。「真の家庭」を意味するのです。天の父母様が最初の理想を持たれた真の家庭です。

そしてもう一つ。「Mは何か?Mはマザー(Mother)だと言いましたね。そしてSはサン。今度はSon、即ち息子の意味です。そしてCはコーポレーション(Cooperation)、協助・協力を意味します。母と子の協助ですから、「母子協助」です。私たちがよく知っていますね。復帰摂理で「母子協助」を習いますね。どれ程それが重要であるかということです。そのような深い意味がそこにあったというのです。「メシヤの再臨」、そして「真の家庭」、そしてもう一つは、「母子協助」という、そういう3つの意味がここに込められていました。

しかし、ここにもう一つ意味があるのです。私たちは今、このような責任をしっかり達成していかなければいけない時を迎えて、「メニー・スピリチュアル・チルドレン(Many Spiritual Children)というMSC。つまり多くの霊の子」という意味です。伝道が進むのだということ。何の意味か分かりますよね?

そして更にもう一つあるというのです。「Most Successful Church」という意味があるのです。「最も成功している教会」ですよ!「Most Successful Church Be Utsunomiya !!」だから、「最も成功している教会、宇都宮教会です!!」という意味です。(拍手)「MSC」には、そういう多くの意味がここに込められているのですよ。この栃木教区、そしてこの宇都宮教会で、天の驚くべき祝福を繁殖して下さることを願います。そしてMost Successful Church、最も成功した教会になって下さることを私は信じています。ありがとうございました。(2013.5.19宇都宮教会)

②宋総会長:シェンゲン勝利の後、ヨーロッパの指導者と食口たちは、真の父母様がヨーロッパを訪ねてくださることを心待ちにしていました。二〇〇九年七月、私に電話を下さった真のお母様は、「お父様が今回、ヨーロッパに行かれますが、特別に地中海を見ながら祈祷をされるそうです。精誠をささげることのできる場所に父母様を迎えられるようにしてください」とおっしゃいました。そして、幸運にも私たちは、真の父母様を地中海全体を見渡すことのできる場所にお迎えすることができました。

真の父母様は一週間、そこにいらっしゃり、毎日精誠を尽くして祈祷をささげられました。二〇〇九年七月十九日、正に清平でのヘリコプター不時着事故一周年を迎えるその日の朝、突然真のお父様は私を呼ばれました。それで、私と金孝律補佐官は真のお父様がいらっしゃる部屋に走っていきました。すると、真のお父様は「私は今回、スペイン杯(ピースカップ2009)のためにヨーロッパに来たのではない。この日、この時のためにここに来たのだ。写真を撮って、歴史的に残さなければならない」とおっしゃいました。それで、写真を撮ったのです。

そして、真のお父様が、私たちに「一緒に写真を撮ろう。歴史的な写真になるだろう!」とおっしゃり、私と金孝律補佐官も共に写真を撮りました。その写真を見ると、父母様は地中海をバックに立っていらっしゃり、そのときちょうどモナコに入港した「MSC」と側面に書かれた大きな船が写っています。「この日、この時のためにここに来た!」と語られる意味を、私は深く考えてみました。私は、正に、この「MSC」に深い意味があるということを悟りました。

MはMessiah(メシヤ)を意味します。SはSecond、CはComingでMessiah Second Coming すなわち、メシヤの再臨を意味します。また、MはMoonで月、すなわち母親を、SはSunで太陽、すなわち父親を、CはChildren。したがって、宇宙の根本である真の家庭を意味します。さらに、MはMotherで母親を、SはSonであり息子を、CはCooperationすなわち協助です。したがって、母子協助を意味します。「MSC」には、以上のようなメシヤの再臨、真の家庭、母子協助という三つの意味が複合的に含まれていました。

写真撮影後、真のお父様は私たちにみ言を語ってくださいました。創造本然の世界、絶対性などについて語られながら、「今まで、たったの一度も、創造原理から外れた生活をしたことがない。私の生涯の全て、一つ一つが、天の父母様の理想とみ旨、『原理』と一体となった生活だった」とおっしゃいました。靴下を脱がれるときも、「私はこのように脱ぐのだ」とおっしゃりながら、靴下の脱ぎ方を教えてくださいました。「ベルトは、このようにしなければならない」と言われながら外され、「ズボンはこのように脱ぐのだ」とおっしゃりながら、真のお父様は、とても自然に、創造本然の原理的生活をしてこられたことを説明してくださったのです。

翌朝、訓読会のとき、真のお父様は、「昨夜、オンマ(真のお母様)が寝室で、『なぜ子女たちの前で、あのようなことをされたのですか?』と聞くから、『父母と子女の間には恥ずかしいことは何もない。父母と子女の間には境界線がないんだよ』と答えた」とおっしゃいました。二〇〇九年六月一日、韓国で真の父母様の自叙伝『平和を愛する世界人として』が出版されました。そのとき、真のお父様は「自叙伝はノアの洪水審判」と語られたのです。ですから、自叙伝の発刊後、四十日が過ぎ、ヘリコプター不時着事故一周年になるその日の朝、モナコの港に着いたMSC(再臨主)という名前の船は、ノアの箱舟と同じ意味を持った真の父母様の箱舟だと思いました。

真のお父様が、「私は今回、地中海に行きたい。地中海を眺めたい」と語られたみ言には、このような深いみ旨が隠されていたのです。真の父母様のヨーロッパでのシェンゲン勝利の後、ノア時代の洪水審判勝利の後と同じように、新天新地を出発しようとされる天のみ意があったのです。人類始祖アダムとエパの堕落によって引き起こされた六千年間の縦的にもつれ合った全てのことを、真の父母様一代で横的に蕩減していかれる真のお父様の生涯でした。しかし、私たちはそのような内容を前もって悟ることができず、理解できなかったことが、どれほど多かったことでしょうか?

そのような天の摂理的な事情、歴史的にもつれ合ったものを解いていかれるのが、真の父母様の生涯であったということを改めて悟らされました。私が本当に感動したことは、そのとき真のお母様は真のお父様を静かに見守っておられたことです。皆さんもよくご存じのように、ノアの妻はノアと絶対的に心情一体を成せませんでした。ノアがなすことを理解することができなかったのです。ノアが箱舟をつくっているときから、子女たちの前で、夫であるノアを非難しました。ですから、ノアの子女たちもノアと心情的に一つとなれなかったのです。ですから、ノアが裸になったとき、ハムは自分の父であるノアの裸を見て恥ずかしく思い、ノアの裸を隠すようにさせたではないですか?

私はそのとき、「真のお母様は、本当に真のお父様と絶対心情一体となり生活されているかただ。真のお母様は知恵深きかただ。天の摂理を正確にご存じで、常に天の摂理とともに、そして真のお父様と共に歩んでこられたかただ」と感じ、真のお母様に対して、多くのことを悟ることができました。(2013.6.7「世界家庭」2013.8/P.8~)

③李夫人:真の父母様のヘリコプター事故から一周年になる二〇〇九年七月十九日、(ヨーロッパの大陸会長をしていた)私たち夫婦は真の父母様をモナコにお迎えして、地中海を見下ろすあるホテルにいました。その日の明け方、突然、真のお父様が総会長をお呼びになり、カメラマンを起こして地中海を背景に写真を撮るようにを撮るようにとおっしゃいました。そのとき、ホテルから見下ろせる港に、MSCという世界的に有名な大きな遊覧船が停泊していましたが、真の父母様はその船を背景に写真をお撮りになったのです。

その場には真の父母様を入れて八人が集まっていて、そのまま朝の訓読会が始まりました。真のお父様は小さな椅子に、真のお母様は横のソファに座っていらっしゃいました。部屋が狭かったので、私はお父様の膝のすぐ前に座りました。訓読会の途中に、真のお父様がゆっくりとお立ちになりました。そしてベルトを外してズボンをお脱ぎになりました。皆は思わず、真のお母様を見ました。お母様はとても安らかな表情で、静かに座っていらっしゃいました。それで私達は「大丈夫なんだ」と思いました。私はそのとき初めて、(数えで九〇歳を超えられた)真のお父様がおむつを着けていらっしゃることを知りました。

私は以前に、お父様がサングラスをお掛けになった姿を見て、とても驚いたことがあります。「メシヤがどうしてサングラスを掛けるのだろう。メシヤには後光がさしているものだ」と、クリスチャン出身として、とてもショックを受けたのです。それは私にとって大きな試練でした。ところが、真のお父様のおむつを見たときには、不思議なことに「おお、そうなのか」と思っただけでした。真のお父様は立ったまま、み言を少し語られました。何のお話をされたのか、私には記憶がありません。そのうち、お父様は再びゆっくりとズボンを履かれ、ベルトをされました。そして何ごともなかったように、またお話をお続けになりました。その日の朝も長い訓読会でした。

繰り返しますが、そのとき真のお母様はただ静かに座っていらっしゃいました。もし私ならば、とても驚き、慌てたことでしょう。でもお母様は、あまりにも安らかでいらっしゃったのです。その翌朝、真のお父様は、前日になぜそうしたかについて、お話ししてくださいました。「父子の関係には、恥ずかしいものはない。隠すことは何もないんだ」と語られました。実際、真の父母様は私たちに、ただの一度も信徒として接することはなさいませんでしたし、弟子としても対されませんでした。日本人でも、ドイツ人でも、言葉が通じなくても、皮膚の色が違っても、常に実の子供として対されました。私たちのほうがいつも、「どこの国の人だ」と境界を設け、そこから抜け出ることができないでいたように思うのです。

さらにその日、真のお父様は、自叙伝『平和を愛する世界人として』が出版された日二〇〇九年六月一日が、ノアの洪水審判が起きた日だと説明してくださいました。それで、洪水審判が起きてから四〇日余りが過ぎた七月十九日に、地中海が見下ろせる所にとどまられたというのです。ですから、その日係留されていたMSCという船はノアの箱舟のようなものであり、この日のことは、ノアの八人の家族とハムの失敗を蕩減復帰する象徴的な出来事であったということを悟るようになりました。

また真のお父様は、このMSCのイニシャルが何を意味するかについても説明してくださいました。まずメシヤ再臨(Messiah Second Coming)、そして母子協助(Mother, Son, Cooperation) 、父母と子女と万物(Moon, Sun, Children, Cosmos)など、いろいろなことを意味する表現になりうるとおっしゃいました。

私はこの日の出来事を通じて、何よりも真のお母様の、天の父母様と真のお父様と摂理に対する絶対信仰に驚き、同時に深い感動を覚えました。もし、お母様がお父様の行為に対して、「なぜそうされますか?」「子供たちの前でどういうことですか?」などと疑問に感じられたならば、あるいはそれを行動に現されたならば、お父様の体面はどうなったでしょうか。そして、その願われる摂理を成し遂げることができたでしょうか。

一生を真のお父様のそばにいて、あらゆる痛みとあらゆるもどかしい部分を共有し、理解できないことも理解し、信じられないことも信じ、喜怒哀楽と摂理路程を共にしてこられたおかたが、正に真のお母様でいらっしゃったのです。(2017.1.17「世界家庭」2017.3/P.39~)


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
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