審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

73悪名忠昭先生…

■先の神明先生とのメールのやりとりの後、また下のようなやりとりをしました。私はかなりきついことを言ったのですが、ご返事を返して下さるところは、かなりタフな善人でいらっしゃると見ます。「私は悪名でも何でもいいですよ」と、おっしゃっているのですが、なぜそういう思い切ったお答えをなさることができるのか、私は考えました。それはお父様に対する、神明先生独自の神学的確信があるからだと思います。きっとそれは、私が勉強を勧められたバルトなどを引用して、精緻に仕上げられているのではないでしょうか。

「でも、澤田さんにとってとんでもないと思われる他の人達に対しては愛と真心で接しくれますか。そうすると神様が澤田さんを導いて、真理に到達させて下さいます」というところに、謎かけがあります。私がとんでもないと考えているのは、「お父様を人間的に見てしまう症候群」にかかっている人達のことです。神明先生はこの人達に同情的なのです。だから、神明先生も、もしかしたらこの症候群の罹患者ではないかと考える時、この病が、文亨進様がご指摘された、一部超高級幹部(亨進様が下の言葉でご指摘されるサークル仲間のこと)…

真理を問う行動226

□文亨進様:少なくても韓日米など、主要国教会の教会長にならないと、このサークルを知ることは出来ません。これより小さい教会は、含まれない可能性があります。一旦主要国の教会長になると、陰の実力者の存在に気が付くでしょう。大陸会長以上になると、これがはっきりと見えます。そしてお母様だけではなく、彼ら、悪魔たちの連盟、暗黒の連盟の好意をも得る必要性を理解するでしょう。彼らの好意と祝福を得ないといけないでしょう。彼らの障害になる者は除去され、協調する人は、多大な謝礼を受けます。盗んだシックの資金を使って。(2015.1.25)

■…の間にだけ蔓延しているのみならず、アメリカにも、そして日本にも、その罹患者が大勢いるのではないかということを伺わせます。お母様がお父様に原罪があるというご発言をされても、顔色を替えるでもなく平然と、何事もなかったように構えておられる、日本でいえば小山田先生や、周藤先生、大塚元会長なども同類であるという結論になります。神明先生、もとい悪名先生はタフな善人なので、今度そのあたりをからめてお尋ねしてみても、答えて下さるも知れません。「私は小山田先生や、周藤先生、大塚元会長なども、とんでもない人達と考えており、愛と真心で接することはとてもできそうにないのですが、この人達のどういうところを見れば、愛することができるようになりますでしょうか」とか…

■「お父様を人間的に見てしまう症候群」について、亨進様は以下のように語っておられます。

□文亨進様:ナイジェリアでの話です。5時の訓読会の直前、5分前頃のことです。部屋中の物をお父様が動かしておられるのです。部屋の中はパニック状態でした。そこにお母様と鄭元周(補佐官)もいて、「お父様がおかしくなった!」と言いました、お父様は「気が狂った」と。お父様はベッドに座って、「あれをこっちに動かしなさい」「これをあっちに置きなさい」と、忙しく指示されておられたのです。私も、「はい、お父様、わかりました、こちらですね」と言いながら、対処していました。「そうだ、そうだ。いや、あれはこちらに」というふうでした。その後、お父様は、「よし、訓読会に行こう」と言われ、訓読会で祈祷、宣布など、こなされました。

その夜のことです。韓オモニが幹部を集めて、正確に誰を呼んだのかは知りません、しかし、ユ氏がいたことは確かです。なぜなら、ユ氏はその後、私の部屋にやって来たからです。彼は私に、「朝の出来事をどう思いますか」と尋ねました。「もし、あなたが宗教学者で、土俗宗教の研究でアフリカの村を訪れたとしたら、村の長老に、たとえ彼が死んだ亀の甲羅やビーズ、木の実をいじりまわしていたとしても敬意を払うでしょう」と私は答えました。彼は、「私は文化の違いには、思慮深く対応します」と答えていました。

鶴鮮平和賞

ところが、自分の目の前で、朝のようなことが起こった時、この世の宗教学者ほどの思慮深さを持てないのかというのです。世俗的宗教学者ですら、おかしなふるまいをする村の長老に対して、色々な視点から分析するではないですか。それも出来ずに、「ああ、気が狂った」とは。土俗の村の長老にすら払う敬意を、メシヤには払えないということはあまりにも悲しいことです。その悲しみを味わいました。あまりに痛々しかったのです。ユ氏に言いました。「もしあなたがお父様をメシヤと信じるのなら、おかしな行いも、何か意味と目的があると考えるべきではないですか」「地上における神様の実体だと信じるのなら、目的ある行動だと見るべきではありませんか」

今ではその意味が分かっています。お父様は私達の信仰を試しておられたのです。1980年代から、幹部の一部はお父様がおかしいとささやくことがありました。お父様がまだ60代、70代の時からです。最終的には、お母様もそう信じるようになりました。(2015.9.20)

■以下、その後の神明先生とのメールのやりとりです。

■<第8回メール質問「私の推理は当たっていますでしょうか」>17/02/22 19:51(この部分追加2017.9.1)
■澤田:神明忠昭先生 
先日、私がメールを差し上げ、神明先生と以下のようなやりとりを致しました。

 ****

■澤田:やはりすぐにご返事を下さるではないですか、たいへんありがとうございます。もっと簡単な質問を致します。
「お父様はお生まれになったときに原罪はありましたか」ご返事お待ちします。

□神明先生:自分の次元だけで問題を提起されているようですね。自分の次元から他人に物事を押し付けるような人には、①本当の答えが分かりません。それが私の今の時点での答えです。あと一年位待ちますから、それまで祈って求めて下さいね。それからまた、話し合いましょう。

■澤田:済みません。質問はしませんので、先生のおっしゃる「本当の答え」を教えて下さい。

□神明先生:「本当の答」は神様の心の中に既にあります。それが殆どの私達には分からないのです。これは言葉だけの次元の話ではないのです。だから「本当の答え」を言葉だけで今聞いても、理解不可能でしょう。なので、これは私ですらも伝えられません。澤田さんが十分に準備できていれば、神様が直接啓示して下さるでしょう。それまで冷静沈着の思いで探求して下さいね。他人の言う言葉(亨進様の言われる言葉も含めて)に踊らされないように、主体性を確立して下さい。

■澤田:神明先生でも伝えられない「本当の答え」とのことですが、その答えの前にある「問い」とはそもそも何なのですか。神明先生はどういう問いというものを想定した上で、その問いに対する「本当の答え」というものを、更に想定していらっしゃるのですか。神様が私に「本当の答え」を直接啓示して下さるにしても、私がその「問い」を投げかけつつ、冷静沈着の思いで探求しないと始まらない話ですから。

□神明先生:②その「問い」が何であるかは澤田さんはもうご存知でしょう。その「問い」は無いとおっしゃるならば、ソクラテスによれば、「答」はない、即ち、真理には到達できないということです。

■澤田:私は「問い」は無いとは言っておりません。神明先生のお考えになる「問い」とは何なのかをお伺いしているのです。また私はその「問い」が何であるのか、言われたら分かるかも知れませんが、もうご存知でしょうと言われてもピンときません。

 **** 

■神明先生が、①「本当の答え」とおっしゃったとき、それが「お父様はお生まれになったときに原罪はありましたか」という問いに対する「本当の答え」という意味でおっしゃったということが、私には分かりませんでした。その問いに対する答えとして想定できるのは「原罪がない」「原罪がある」のどちらかですから、「本当の答え」と言われたときに、ポカンとしてしまいました。

そして、②「その『問い』が何であるかは澤田さんはもうご存知でしょう」と言われて、これも何のことだか分かりませんでしたが、しばらくして、その問いとは「お父様はお生まれになったときに原罪はありましたか」というものであることが分かりました。ですから、神明先生のお答えをまとめてみると以下のようになります。

□神明先生:「お父様はお生まれになったときに原罪はありましたか」という問いに対する「本当の答え」は、自分の次元から他人に物事を押し付けるような人には分かりません。「本当の答え」は神様の心の中に既にあります。それが殆どの私達には分からないのです。これは言葉だけの次元の話ではないのです。だから「本当の答え」を言葉だけで今聞いても、理解不可能でしょう。なので、これは私ですらも伝えられません。

■そこで、神明先生のおっしゃる「本当の答え」が何であるかを推理してみますと、「お父様に原罪はありません」という答えでないことは確かです。なぜなら、その答えは私には分かっているものであるし、殆どの私達には分かっている答えであるからです。

そして、私にも分からない答えであり、殆どの私達にも分からない答えであり、この言葉だけを今聞いたら理解不可能であり、なおかつ神明先生もそれを口に出せない答えであるということになれば、それは「お父様には原罪がありました」という答えになります。

神明先生はわざわざ「本当の答え」という言い方をされました。それは普通に信じられている「お父様に原罪はありません」ということが間違っているという、神明先生の価値判断を表す言葉です。ですから、神明先生がおっしゃることのできなかった答えを私が代わりに言うなら、「お父様に原罪はありませんでしたという考えは間違っており、お父様には原罪がありましたというのが本当の答えです」ということになります。

■神明先生、私の推理は当たっていますでしょうか。ご返事お待ち致します。澤田地平

■<第9回メール質問「新しい名前を贈ります」>17/02/23 21:36
■澤田:神明忠昭先生 
私の推理はいかがでしたか。図星だと思います。分かりきった質問に即答なさることができないということが、神明先生の正体を表しています。神明先生がそのようになってしまわれたその原因が何なのかは、私は知ることは出来ません。徳野会長のようにお父様に躓いてしまわれたのかも知れません。徳野会長はお父様を不信している韓国人幹部達と交わることによりその影響を受け、お父様はメシヤではないと考えるようになりました。私は六マリヤ問題が大きかったと思いますが、神明先生もやはりそうなのでしょうか。

これはお父様にごく近い幹部達がかかる、「お父様を人間的に見てしまう症候群」だと思います。私などは遠くにいたので不信せずに済みました。神明先生は「神」の字をお父様から頂かれ、「明」の字は先生と同じだと言われました。素晴らしい名前でした。しかし、今やそのお名前は神明先生にふさわしくありません。私がふさわしい名前を贈ります。それは「悪名(あくみょう)」です。お父様から愛された神明先生はお父様を裏切りましたから、「悪名忠昭」がふさわしいと思います。それが表は立派に見える神明先生の本当の姿を端的に表している新しい名前です。(この度の経緯は明日夜私のブロブに掲載します)澤田地平

■<第10回メール回答「Re: 新しい名前を贈ります」>17/02/24 6:33
□神明先生:澤田様 
私は悪名でも何でもいいですよ。ありがとうございます。でも、澤田さんにとってとんでもないと思われる他の人達に対しては愛と真心で接しくれますか。そうすると神様が澤田さんを導いて、真理に到達させて下さいます。一年後の澤田さんを見たいです。神明

■<第11回メール質問「Re: 新しい名前を贈ります」(澤田)>17/02/24 6:49
■澤田:悪名先生 
反お父様であることをお認めになりましたね。悲しい… 正体がばれた悪名先生に、これから誰が愛と真心で接してくれるでしょうか。早く後悔して直ちに考え直すことです。澤田地平


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
ご連絡お待ちします。
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