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審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

325松濤本部前行動9.1/韓氏オモニが操縦するジャンボジェット機の運命

■徳野会長は第74回会長メッセージで、韓氏オモニの手紙を全文読み上げた後、お父様と韓氏オモニが一体化しているということを、以下のように強調しています。

□徳野英治:残念ながら分派の人達は絶えずお父様とお母様はひとつでない、一体となってない、このようにして攻撃を致します。また誤解をしとります。しかしこの書信の内容を読めば読むほど、どれほど深い次元で真のお父様とお母様が本当に結びついているか、お二人の絆の深さは私達には到底理解できないほどの深い次元のものであり、それはもう表裏一体、一心同体であることは言うまでもありません。

天の父母様を中心として、真のお父様と真のお母様は一体であり、また本当に深い深い心情の絆で結ばれている、まさに理想的なご夫婦の実体であられます。このことをもう一度実感する意味でも、このお手紙を毎日読まれることを心からお勧め申し上げる次第であります。(2019.8.27)


■この手紙は家庭連合の精誠条件として毎日訓読するように指示されていますが、食口はこれを読んで韓氏オモニがお父様と深い次元で結びつき一体化していると、本当に感じるでしょうか。この手紙は韓氏オモニの今までの言葉を集めて鄭元周がまとめたものです。

前半部分は2012年9月23日に発表された文章を元にしており、当時のお父様の様子を描写しています。そして後半は、韓氏オモニがあれをした、これをした、こんな決意をした、こんなに頑張ったということを書き連ね、最後は7カ国復帰と神氏族メシヤ家庭を作る決意がお父様への贈り物ですと述べています。


この文章のどこが、韓氏オモニがお父様と一体化してることを実感させるのでしょうか。韓氏オモニはお父様抜きに決意し、頑張っているのであり、お父様と共に何かを行うという考えも姿勢もありません。それは聖和3周年の時の言葉に表れた韓氏オモニの姿そのままです。

□韓氏オモニ:お父様、これ以降は心配しないで下さい。私達が必ずや責任完遂いたします。ですからお父様は、永遠なる本郷苑において、これまで孤独であった神様、天の父母様を慰労され、頌栄の対象として自由の身となられることを懇求いたします!(2015.8.30「世界家庭」2015.10/P.9)

■この言葉に隠された本音は、「私は地上で責任を果たしますので、お父様は霊界にいて地上のことに口出ししないで下さい」ということです。ですから、この手紙を読めば読むほど、韓氏オモニとお父様は分離しているということが分かってくるだけです。

手紙訓読すすめ

原理講論には「聖霊は慰労と感動の働きをする(P.265)」とありますが、この手紙を読んでも慰労と感動を受けません。逆に、義務感使命感の締め付けを感じるだけです。最後の7カ国復帰と神氏族メシヤ家庭を作る韓氏オモニの決意は、実際には食口への命令となって重くのしかかってくるのですから、何の慰労も感動もあり得るはずがないのです。

また、この手紙が発表された真の目的は、日本食口がより多くの献金をするようにプッシュすることにあります。「お母様がお父様のために、こんなに頑張っておられるのだから、私達もお父様のために頑張りましょう!」という言い方で、現場では教会員をプッシュするのです。慰労と感動どころではありません。

精誠条件

■そこでこの7カ国復帰は2020年中に成し遂げるべき目標です。また神氏族メシヤ家庭とは430組を祝福させて初めて成立するものですが、この神氏族メシヤ家庭を2020年中に6万家庭作るのが世界の目標であり、日本の場合はその内2万5千家庭(まずは1万2千家庭)です。

韓氏オモニは自分こそが本当のメシヤであるのに、52年間、お父様の抑圧下で言いたいことも言えず、忍耐を強いられてきたと考えています。そして、お父様が聖和されたからには、独生女の宣布を行った基台の上で存分にメシヤとしての力を発揮して、7カ国復帰もできるし、6万家庭の神氏族的メシヤも作ることができる、全てがお父様以上にうまく行くと思い込んでいます。

7カ国復

しかし、現実に7カ国復帰は無謀と言えます。また、日本の神氏族メシヤ2万5千家庭を作るためには、1075万家庭を祝福に導く必要があります。これも無謀な目標です。お父様も無謀な目標を私達に課されましたが、自ら先頭に立って壮絶な苦労の道を行かれました。韓氏オモニはこの目標を達成するためにどれ程の苦労をしているのでしょうか。私にはただ命令しているようにしか思えません。徳野会長は韓氏オモニの前で7カ国復帰及び神氏族メシヤ(まずは)1万2千家庭を誓ったそうです。

韓氏オモニの「私は血統転換、母胎からです」という荒唐無稽の思い込みの言葉によって全てがひっくり返され、ひっくり返されたままに、全ての幹部責任者が「その通りでございます」と韓氏オモニに膝を屈しました。今ではそれがもともとの原理であるとする本まで出しました。同様に、7カ国復帰だ、6万家庭だ、2万5千家庭だ、1万2千家庭だという、これまた韓氏オモニの荒唐無稽の思い込みの言葉に「その通りでございます」と膝を屈しているのです。

しかし、どの国も復帰されることはなく2020年が過ぎ、神氏族メシヤ家庭はウソの報告がなされて、それが発覚する騒ぎになるでしょう。あるいは、その前に韓国が共産化されてしまうでしょう。エルダーさんがジャンボジェット機の例え話をしていました。【参考→059】

神氏族メシヤ家庭

□エルダーさん:とにかく私が言ったのは、例えば旅客機、ボーイング747のような、近代旅客機は、殆どそのパイロットがいなくても、非常に精密にできてるんで、技術の水準も高いので、殆ど自分で飛行できるような高度な水準になってますよね。しかし、例えばその旅客機が飛んでいるんだけども、そのエアポケットがあって、そして上下に揺れるようになったとしましょう。

そしてその時に、そのファーストクラスに座っている乗客がなんだこのパイロットは、何でこんなに揺れるようにこの飛行機をするのかと、能力がない、このパイロットを首にして私がその席に座るぞと言った場合、その人は自分ではその飛行機が操縦できるつもりかも知れませんけれども、そうすればその飛行機はまあ、ある時期は飛ぶでしょう。しかし、いつかは必ず墜落します。今のお母様が操縦する統一教会も、そのような状態ですというふうに申し上げたんですね。(2017.1.30)

決意書12000家庭

■韓氏オモニは自分こそが本当のメシヤだと思い込み、邪魔に思ったお父様を排除して、家庭連合というジャンボジェット機の操縦席に座りました。しばらくは飛んでいます。しかし、この先どうなるかは分かりきったことです。

***

【資料】
文鮮明天地人真の父母天宙聖和7周年記念式
地上の真のお母様が天上の真のお父様に捧げる書信
天一国7年天暦7月17日(2019.8.17)清心平和ワ一ルドセン夕一

愛するお父様!慕わしいお父様!いつも共にいらつしやるお父様!
お父様が天上に入城され、もう7年の歳月が流れました。この天宙に、あなたが流された汗と涙のしみ込んでいない所はありません。きようはひときわ、お父様が慕わしいです。

聖和される1年前、お父様は90歳を超えたお歳であるにもかかわらず、8回以上もアメリカに行かれましたね。ご自分の健康は全く顧みられず、ただ世界と人類のために歩まれました。「オンマ、この仕事を終わらせて時間ができたら、少し休もうね」と言われた言葉は、ついに地上では、かなうことがありませんでした。昼夜を分かたず、休まずに歩まれたお父様。私もまた、そのようなお父様に侍って生活しながら、生涯、(1日)3時間以上眠ったことがありませんでした。

2012年、暑夏。最後、病院に入院する時も、お父様は「まだすベきことが多いのに、病院で時間ばかり過ごしてどうするんだ!」と、入院を勧めた人たちをむしろ叱られましたね。まだすベきことが、たくさん残っていました。そして急いで天正宮博物館に戻り、「きょうはオンマと二人で向かい合つて食事をしたいね」とおっしゃったでしょう。その時、周りの食口たちはとても不思議に思ったはずです。いつも私と一緒に座り、食事をされていましたから。

その日、お昼の食膳を前にされたお父様は、さじを持とうともせずに、私の顔だけをじっと見つめていらっしやいました。お父様の心の中に、私の顔を刻みつけていらっしゃったのでしょう。私はほほ笑みながら、お父様の手にさじを取つてさしあげ、おかずを召し上がっていただきました。そして、そのお姿をじっと見つめました。私も、お父様のお顔を胸に刻みつけたかったのです。

ひときわ強い日差しが照りつける中、お父様は人の背丈以上のとても大きい酸索ボンベと共に、清平湖と清心中高等学校をはじめ、清平団地をすベて見て回られました。そして天正宮博物館に戻り、「天よ、祝福してください。終わりを結ベるように許諾してくださることをお願い申し上げます」という祈祷をされました。その後、録音機を持ってくるようにおっしゃり、「復帰摂理の使命をすベて成し遂げた」として最後の祈祷を、私と一緒に捧げられました。

それから、「オンマ、ありがとう!オンマ、頼んだよ」。お父線は息苦しそうにされながらも、「本当にすまない。本当にありがとう」と、続けて話されました。私はお父様の手をさらに固く握りしめ、慰労の言葉と眼差しで安心させてさしあげました。「何も心配しないでください」。お父様はそのようにして、天の父母様の懐に抱かれました。天聖山の本郷苑で、眠りに就かれました。

お父様の聖和後、私は明け方になれば、本郷苑に上がりました。秋には激しい風が吹き荒れ、冬には大ぶりの雪が降り積もります。休むベき理由と言い訳はいくらでもありましたが、1日も欠かさず、夜明けとともに本郷苑に上がりました。聖和後40日間、朝夕に、霊前に食事を捧げ、お父様が恋しくなれば、本郷苑まで何度も往復しながら、お父様とたくさんの会話を交わしましたね。そうして、お父様のお考えが私の考えになり、私の考えがお父様のお考えになりました。

暖かな日差しの日、風が吹く日、突然雷が鳴りどしやぶりの雨が降る日、ぼたん雪が空を真つ白に舞う日…それでも私は、お父様の聖和後、1095日間、一度も侍墓を欠かしませんでした。また、1970年代にお父様が歩まれたアメリカのラスベガスからニュ一ヨ一クまで5600キロを横断し、お父様と一緒に登ったアルプス山脈の12の峰に登りました。そうして、お父様と約束した「草創期の教会に返り、神霊と真理で教会を復興させる」という決意を固めました。

聖和3周年に私は、これからお父様が、今まで孤独であつた天の父母様(神様)を慰労してさしあげ、頌栄の対象として自由の身となられることを切に願いました。そしてお父様のために、天の父母様のために、2020年までに7カ国の国家の復帰を勝利することを決意しました。

東から西、南から北に、私は世界を抱くため、休む間もなく巡回しました。口の中がただれ、足がむくんで立っていることさえできない困難がありましたが、私は休むことができませんでした。お父様との約束、いくらみ旨が大変でも、私の代で終わらせるという約束を守るためでした。「必ずや私が成してさしあげる。そのために、私は変わることなく歩む」と、数え切れないほど自らに言い聞かせながら、生きてきました。

心にしみるほどあなたが恋しいときは、月を友として言葉を交わし、お父様のご聖体を前にして誓った約束、「私の生涯を終える日までに、天一国をこの地に定着させる」という決意を繰り返し固めながら、生きてきました。そのように生きてきたら、お父様、もう聖和7周年になりました。お父様はご存じですよね。

お父様の聖和後は、本当に言葉では言いようのない、「私だけが残りました」という立場でした。荒漠な砂漠に砂嵐が吹き荒れ、目を開けることもできない環境で、小さな針一つを探さなければならない心情でした。しかしお父様、私は探し出しました。探し出さなければならなかったのです。

「2020年までに7カ国を必ず復帰する」という私の決意、「すベての祝福家庭を神氏族メシヤとして天寶苑に入籍させる」という私の決意は、お父様のための、私の贈り物です。この贈り物が、そして天の父母様に対するあなたの孝情の生涯が、全世界に希望の光となることをお祈りします。お父様、愛しています!お父様、愛しています!


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
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