審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

22 お父様、これ以降は心配しないで下さい(1/2)

■お母様は、お父様の聖和3周年記念式で、以下のように語られました。

□お母様:お父様、これ以降は心配しないで下さい。私達が必ずや責任完遂いたします。ですからお父様は、永遠なる本郷苑において、これまで孤独であった神様、天の父母様を慰労され、頌栄の対象として自由の身となられることを懇求いたします!(「世界家庭」2015.10/P.9)

■その後、宗総会長や徳野会長が、このお言葉を、ご自分の講話の中で、よく引き合いに出しておられました。徳野会長は以下のように述べておられます。

□徳野会長:このような言葉をお伝えしたいんだと、決断を込めて、私たちに吐露されました。私は、このお母様の、お父様に伝えたいというみ言は、とてつもないお母様の決断であり、また自負であり、責任感の強さであり、また自信の表れであると、このように確信した次第であります。

お母様はもうこれ以上、お父様に心情的な十字架を負わせたくない、自らが先頭を切って、地上のことは私が責任を持ちます。天の父母様だけ、お父様は侍って、慰めてさし上げて下さい。これは並大抵の、お母様の決意ではありません。命がけの覚悟を固めておられる、真のお母様の、覚悟の強さを痛感した次第であります。(第34回会長メッセージ26:15〜)

■徳野会長の、お母様のことなら何でも持ち上げたいという、お気持ちは分かりますが、「とてつもないお母様の決断」とか、「命がけの覚悟を固めておられる」とかは、お母様のこのお言葉が、お父様の獄中での祈祷に似ていることから、お父様のその時の極限状況とだぶらせてしまった結果の、過大評価ではないかと思います。

□お父様:私は血を吐く拷問の場で、何度も倒れながら、意識を全て失ってしまう場でも、「お父様、私をどうぞ救ってください」とは祈祷しませんでした。「お父様、心配しないでください。まだ死にませんでした。いまだに死にません。あなたにお約束した志操が、そして責任を持つべき使命が私にはあります。同情を受ける時ではありません」と、このような祈祷をしたのです。(「真の御父母様の生涯路程②」P.116)

日本の責任者3人

■お父様は、神様に対して「心配しないで下さい」と祈祷されましたが、お母様の「心配しないで下さい」というお言葉は、お父様に対してのものです。お父様は、人間の責任分担に干渉できない神様の立場をご存じであり、そのような神様を気遣われる祈祷でした。お母様の場合は、霊界から、いくらでも協助できる立場にいらっしゃるお父様に対するものであり、「お父様、お助け下さい」とお願いされて、何の問題もありません。また、霊界のお父様としても、いつでも助けたいという思いでいらっしゃることは、言うまでもないでしょう。

お母様の「心配しないで下さい」というお言葉は、「お父様とお母様は完全一体です」ということを前提にした場合、とても奇妙に感じられます。お父様とお母様の一体化の問題を考える時に、一方が霊人であるということから、片方の配偶者が聖和されたご夫婦で、霊界から夫もしくは妻が訪ねて来て、夫婦生活をするケースが、大変、参考になります。

笹本正樹宣教師は1980年にタンザニアで殉教され、1994年に功労賞を受賞された方です。家庭を出発して1ヶ月後に亡くなられました。そして、霊能者を通して笹本さんが出て来られ、奥様の知恵子さんがかわいそうで見ていられないので、再祝福を受けてもらいたいと、伝えて来られたそうです。知恵子さんは、再祝福を受けるお気持ちはありませんでしたが、霊界から言われて、再祝福の申込をされたそうです。以下は、その後の出来事です。

□笹本知恵子さん:韓国統一教会40周年記念で笹本が選ばれ、賞を授かりました。次の日、霊的に主人が来て、夫婦生活を体験いたしましたので、郭先生にハガキを出して、「再祝福の願いを取り下げます。40周年の賞を授かってから、主人が私の元を訪ねてくるようになったのです」とお伝えいたしました。郭先生はとても喜ばれて、いろいろなところで、私たちの証をされたとお聞きしました。(「愛苑」創刊号P.43)

■また、以下のような証もあります。

□窪谷喜江子さん:そうして三ヶ月がたった頃でした。いきなり布団の中に「がさっ」と何かが入った感じがしたと思ったら、私の身体の上に重みを感じたのです。はっきりとした感触があったので、「あっ、お父さんなのね?」と声をかけると「そうだよ」と答えたように感じました。私は夫に抱きしめられている感覚があったので、うれしくてたくさん泣きました。(「世界家庭」2015.7/P.69)

■このような体験をされた方は、配偶者がいつも側にいて、自分を見守ってくれているという実感を持っておられます。何かを問えば、霊界の妻がいつでも的確な答えをくれるという、男性の証もあります。

□浦山真之輔さん:聖和した相対者公代姉と、いつでも何処でも会話できるというのはありがたいことです。祝福家庭に天は、こういう恩恵を用意して下さっていたのだと、改めて感謝申し上げる次第です。公代姉と、いつでも会話できるだけでなく、いつでも接吻し、抱擁し合えることが分かりました。その時、互いの霊人体が溶け合うような心地よさです。(「愛苑」7号P.53〜)

■奥様を亡くした私の友人も、「実は夫婦生活するんですよ」と、彼自身、驚いたように、そして神妙な口調で、私に話してくれたことがあります。「完全」という基準は別にしても、少なくとも、夫婦が一体化しているかどうかを問う時、夫婦生活のあるなしを、一つの目安と考えてもよいと思います。

そして、そのような霊肉界にまたがる夫婦生活の経験を持つ夫婦であるなら、地上側の人間が、霊界の配偶者に対して、「これ以降は心配しないで下さい」というようなことは、言わないというのです。心配するといえば、いっしょに心配するのであり、苦労するといえば、いっしょに苦労するのです。そのような言葉は、一体化している夫婦の会話に、出てくる筈がないのです。

ですから、お母様は、お父様との間に夫婦関係がなく、また、お父様に、すぐ側で見守られているという実感もなく、問えばすぐに答えてもらえるという体験もない、ということが分かります。「お父様とお母様は完全一体です」というのは、取り巻き連中が作り出した、虚構に過ぎません。

■お母様はどのようにして、この地上での責任を完遂して行かれるのかといえば、当然ながら、「真の父母」としてです。この場合、「真の父母」とは、お父様とお母様のお二人による父母ということです。

しかし、「お父様、これ以降は心配しないで下さい。私達が必ずや責任完遂いたします」というお母様のお言葉には、「お父様は必要ありません。私だけで責任完遂できます」という言外の意味が含まれています。お母様は、お父様無しで、どのようにして責任遂行して行かれるのでしょうか。

教会において、責任者が聖酒式の主礼を務める時に、夫人がどうしても欠席する場合には、責任者が夫人の写真を首から提げて、夫人同参の意味を持たせます。一教会の責任者でさえ、写真を使ってでも、真の父母の代身という形を整えて、行事に臨む心構えがあるというのに、肝心のお母様ご自身が、人類救済の責任遂行にあたり、お父様が必要ないとは、一体どういうことなのでしょうか。亨進様は以下のように語られました。

□文亨進様:「私がメシヤだ」「私がお父様を救った」「私が純潔であり、お父様を救ったのだ」ここから現在の「独生女」発言があり、今、お母様はメシヤ、神になろうとしています。(2015.5.10)

■お母様にとってお父様とは、お母様によって救われた方という認識です。また、ご自分が「神」だというのです。お母様にとってお父様は、人類救済の為の真の父でもなく、必要欠くべからざるパートナーでさえないのです。お母様は「独生女」おひとりで、責任完遂できると考えておられるのです。

ですから、お母様に、お父様との一体化は必要ありません。皮肉なことに、お母様にとって、「お父様とお母様は完全一体です」は、初めから必要のない概念なのであり、むしろ、余計で、迷惑な概念であるとさえ言えるでしょう。


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
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