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211太田元講師への反論

■太田朝久元講師が家庭連合の公式ページ「True Parents」上で、以下の標題で私に反論しています。
http://trueparents.jp/?page_id=4046

「お母様は真の愛と真の血統を持っていません」に対する澤田地平氏の解釈の誤り― お父様のみ言:お母様は独生女「神様を根として現れた主人公」である

真の父母様宣布文サイト

この中で太田元講師は以下の五つの項目を立てています。

(1)お母様の「無原罪誕生」を否定する〝非原理集団〟に追従する澤田地平氏の誤ったみ言解釈
(2)お父様は「図-1」に従ってみ言を語っておられる
(3)「図-1」に従って説明されたお父様のみ言の真意
(4)お父様が語られる「血統の連結」の概念について
(5)真のお母様は「独生女」(独り娘)である―1960年の「約婚式(佳約式)」や「聖婚式」は、お母様の原罪清算の儀式ではない


■(1)〜(4)は、私達が家庭連合から300万円の損害賠償請求を受けている裁判で、家庭連合への反論「準備書面3」に書いた以下の部分への反論です。

文鮮明師は1993年12月20日に、「そういうふうにして真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか?なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです。入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか?それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つになるということです。分かりましたか?分かりましたか?」と語っています。

ここに「お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」及び「お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです」とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります。この文鮮明師の言葉を記載している本「訪韓修練会御言葉集」の外観及び奥付の写真と、当該ページP.185及びP.186の写真を乙31号証として提出します。

乙31号証2

■これはお父様のみ言を引用して、韓氏オモニは無原罪の生まれでないことを主張した部分ですが、太田元講師は、このお父様のみ言は韓氏オモニに原罪があることを語っておられるのではないと主張しています。家庭連合は、韓氏オモニは生まれながらに無原罪の生まれであるということを公式見解にしていますので、お父様のみ言といえども、無理やりその解釈をねじ曲げて、韓氏オモニに生まれながらに原罪はなかったということにしたいのです。

また、劉先生が本体論講義で「1960年の御聖婚式の前に佳約式というのがあって、それは韓氏オモニの原罪を精算する儀式であった」と語られたことも家庭連合には都合が悪いので、太田元講師は(5)で「佳約式はお母様の原罪清算の儀式ではない」と反論しているのです。

反論5

■私は太田講師からの反論に対する反論を、「準備書面4」として東京地裁に提出しました。この中の「3 家庭連合の反論に対する反論」で、私が立てた項目は以下の6つです。

 (1)「左」及び「右」は比喩表現
 (2)「腹」も比喩表現
 (3)「向こうのほう」も比喩表現
 (4)「図−1」に左右の区別はない
 (5)意図的な改竄
 (6)「渋柿の根っこ」も比喩表現

■これ以外に、もう一つ書きたかったのですが、宗教色が強くなるので控えた部分を以下に書き足しておきます。

(7)無原罪なら、お一人でも真の愛も真の血統もあるはず

太田元講師は反論の中で以下のように書いています。

□太田元講師:さらに、澤田氏が取りあげた「お母様は真の愛と真の血統を持っていません」の部分についても、澤田氏は恣意的な解釈をしています。お父様は、「血統」の概念について、次のように語っておられます。「血統は夫婦が愛するその密室、奥の部屋で結ばれるのです。……精子と卵子が出合って生命体として結合するとき、血統が連結されるのです」(『ファミリー』1995年3月号、22ページ)

以上のように、お父様が述べておられるように、「血統」は父と母の二人によってつながるものです。血統の連結は、父一人でも、母一人でも生じることはありません。そのような理解に基づいて、誤解が生じないように補足して述べるならば、「お母様〈お一人で〉は真の愛と真の血統を持っていません」という意味で語っておられるみ言なのであり、「お母様は堕落人間の血統である」という意味なのではありません。

反論4

■このように、「お母様は真の愛と真の血統を持っていません」というお父様のみ言は、「お母様〈お一人で〉は真の愛と真の血統を持っていません」と、解釈すべきだというのです。「真の血統」部分について、苦し紛れの解釈をしている訳ですが、「真の愛」部分については、太田元講師は何も解釈をしておらず、この部分については「お母様〈お一人で〉は真の愛を持っていません」という意味になります。家庭連合が韓氏オモニが生まれながらの無原罪であると言うのなら、たとえ一人であっても真の愛を持っていなければならず、「韓氏オモニは一人では真の愛を持っていない」と言い切るのは矛盾しています。

太田元講師は「『血統』は父と母の二人によってつながるものです。血統の連結は、父一人でも、母一人でも生じることはありません」、だから「お母様〈お一人で〉は真の血統を持っていません」と主張しています。であるならば、「お父様もお一人では真の血統を持っていません」ということになります。

しかし、メシヤが無原罪で誕生するということの意味は、メシヤが神様の血統を持って誕生するということ以外のどのような意味があるというのでしょうか。太田元講師は「メシヤはお一人では真の血統を持っていません、お父様はお一人では真の血統を持っていません」と主張していることと同じです。そして、韓氏オモニが生まれながらの無原罪であると言うのなら、「お母様は〈お一人で〉真の血統を持っています」という主張でなければおかしいことになります。「お母様〈お一人で〉は真の血統を持っていません」という太田元講師の主張は矛盾しています。

■太田元講師は自分がおかしなことを言ってるということは十分に分かっています。上司から韓氏オモニが生まれながらの無原罪であると講義し、また反論文を書くように言われても、生活(給料)を優先することにより、それに異議を唱えることもなく、抵抗することもなく、おとなしく従い、結果的に原理を激しくねじ曲げているのです。原理講師としての誇りと生活優先の事情とを天秤にかけ、十分に考えた上で、後者を選んだのです。お父様のみ言の「左右」を、図中の「左右」にねじ曲げる解釈では、自分自身でもその湧き出る悪知恵に感心しながら書いているのです。

太田元講師の「『原理講論』に対する補足説明」という著作があります。その内容は公式ページ「True Parents」の「その他」にも掲載されています。これは反対牧師からの批判を克服して行く過程で出来上がった本だと思いますが、原理の理解を深める上でよい参考になります。大半は難しい話なのですが、中には以下のように分かり易い箇所もあります。

□太田元講師:(19)肉身生活と霊人生活との関係は、ちょうど青虫と蝶の生活に比較することができるとして、「もし、土の中にある青虫に意識があるとすれば、ちょうど人間が肉身生活に対して愛着を感じているように、それもやはり土の中の生活に愛着を感じて、青虫として永存することを欲するであろう。ところがこれは、青虫がいったん殼を脱いで蝶となり、香りの良い花や甘い蜜を自由に味わうことができる、また一つの新しい世界があることを知らなかったからであろう」(二一一頁・七~一〇行目)と説明されています。

けれども、通常青虫は、植物などの葉や枝にいるのであって、“土の中”にいるわけではありませんし、またすぐに“殼”を脱いで蝶になるのでもありません。したがって、ここは自然界の事実に基づいて、厳密な表現にする必要があると思われます。

補足文(案)「もし、青虫に意識があるとすれば、ちょうど人間が肉身生活に対して愛着を感じているように、〔青虫の〕生活に愛着を感じて永存することを欲するであろう。ところがこれは、青虫がいったん〔さなぎの〕殼を脱いで蝶となり、香りのよい………」という表現が、より自然界の事実に即したものになることを理解しておく。(「『原理講論』に対する補足説明」P.257)

■反対牧師を相手に闘っている時には、自分が善側にいて何の問題ありませんでした。しかし、無謀にも、今は真のお父様を相手に闘っているのであり、自分のいる立場が悪側であるということは、その悪知恵が見事に証明しているのです。

太田氏の反論

***


事件番号平成29年(ワ)第17877号 損害賠償請求事件
原告 世界平和統一家庭連合
被告 澤田地平外3名

準備書面4


東京地方裁判所民事第45部合議A係御中

平成30年4月4日
〒134-0088東京都江戸川区○○○○○○○○○○
被告 澤田地平
被告 ○○○○
被告 ○○○○
被告 ○○○○


 1 家庭連合は準備書面3に対する反論を掲載

 被告澤田地平は本訴訟の内容を本人のブログにて紹介しています。平成30年1月25日付けの準備書面3をそのブログに掲載したところ、家庭連合は平成30年3月28日付けで、準備書面3の4ページ下から14行目以降の、文鮮明師の言葉を引用して「ここに『お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです』及び『お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです』とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」と述べた部分について、その公式ホームページ上に長文の反論を掲載しました。その掲載ページの出力コピーを乙34号証として提出します。家庭連合は「文責:教理研究院」として、以下のように書いています。

 2 家庭連合の反論

 このように真のお父様のみ言や統一原理の教え、さらには重要な伝統儀式からことごとく逸脱し、非原理集団と化したサンクチュアリ教会ですが、澤田地平氏は、自分が追従する非原理集団のみ言の曲解と逸脱を省みることなく、彼のブログで「お母様は真の愛と真の血統を持っていません」という真のお父様のみ言の一部を引用し、「韓鶴子女史が『神様の娘として』来られた」という考え方を臆面もなく批判、否定しています。
 み言と教義から完全に逸脱し、非原理化が甚だしい集団の批判に対しては、本来ならば回答や反論をする必要もないと考えるものですが、教会員の皆さまに「重生」の意味や真のお母様の位相を正しく知っていただくために、澤田地平氏の指摘の誤りに対して以下、解説していきます。

 澤田氏が引用するお父様のみ言は、次の内容です。
 「そういうふうにして、真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか? なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです。入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか? それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つになるということです。分かりましたか? 分かりましたか?」(『訪韓修練会御言集』185~186ページ)

 澤田地平氏は、以上のように、お父様のみ言のある一部だけを引用したうえで、以下のように自分の考えを述べています。
 「ここに『お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです』及び『お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです』とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」
 しかし、澤田氏のこの主張は、お父様のみ言を〝誤って解釈〟したものです。澤田氏に限らず、UCI(いわゆる「郭グループ」)を支持する人々においても、このみ言を誤って解釈し、真のお母様が「神の血統」をもって生まれてこられたことを否定しています。
 (中略)

 ③「図−1」を無視し、恣意的解釈をする澤田氏
 澤田氏の問題点は、お父様のこのみ言の部分が、「図−1」に基づきながら語っておられることを踏まえずに、自分勝手に解釈していることです。このみ言は、「図−1」に従って語られているみ言であることを踏まえるならば、澤田氏のように、中途半端な部分から引用を開始するのではなく、その直前の段落部分から引用を開始するというのが通常の引用の仕方です。すなわち、澤田氏が引用していない直前の部分において、お父様は以下のように語っておられます。

 「逆に過って生まれたのだから、蕩減は反対の方向へ行くのです。生まれるのも反対の方向にこういうふうに生んできたので、(図−1Ⓐ参照)これは、サタン圏を全部勝利した後で、サタンがいないのです。だから『逆に帰れーっ!』と。そういうふうに再び生んだものが(図−1Ⓕ参照)、地上天国です(図−1Ⓖ参照)。分かりましたか?(はい)。そういうふうにして、真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです」(注、太字ゴシックにした部分が、澤田氏が引用を開始した部分になる)

反論2

 『訪韓修練会御言集』に(図−1Ⓐ参照)(図−1Ⓕ参照)(図−1Ⓖ参照)等々と明記してあるように、お父様は181ページの「図−1」を具体的に指し示されながらみ言を語っておられるのです。
 ここで、お父様が「真の母の腹を通過して……」と言われるのは、「図−1」の「真の父母」と書かれた言葉の「矢印」が指し示した二つの線が交差した点を囲んだ小さな円の部分について語っておられるのです。つまり、その小さな円が「真の母の腹の中」を意味しているのであって、その部分を「……通過して……」と語っておられるのです。
 それゆえ、お父様が、「母の腹の中」に入るときに「左のほうから入ってくる」と語っておられるのは、「母の腹の中」を意味する小さな円よりも、「図−1」のⒶの地点が左側にあり、その左のほうから円の部分である「真の母の腹」の中に入ってくることを、具体的に説明しておられるのです。

 そして、澤田氏が引用していない次のページで、お父様は「母の腹の中を通して、先生の体を通して、再びお母様の腹を通していくのです。右のほうを通してです」(『訪韓修練会御言集』186ページ)と語っておられますが、その意味は、右の「拡大・補足した図」を見れば分かるように、左のほうから入った子女(人類)が、まず「母の腹の中」の太くした線の部分を通過して、それから二つの線が交差する点(注、ここが父の体、「父の種(骨髄)」を意味する)を通過した後、「再び、母の腹の中」を通過して、右のほうのⒻの地点へと抜けていくことを説明しておられるのです。

 それゆえ、お父様が黒板に書かれた「図−1」の図には、Ⓕの下向きの矢印線のところに「再び生む」という言葉が記してあるのです。このような過程を通過して、子供(人類)は重生されていくのだと言われるのです。
 すなわち、「母の腹の中」に入るときには、左のほうから入ってきて、父の体(骨髄=二本線が交差する点)を通過した後、再び同じく「お母様の腹(の中)を通して」生まれ変わり、今度は、母の腹の「右のほうを通して」(同)出てくると語っておられるのです。

反論3

 (3)「図−1」に従って説明されたお父様のみ言の真意
 そこで、子供(人類)が〝重生する〟ことについて、誤解のないように、澤田地平氏が引用していない部分を含めて、澤田氏が引用した部分に対し、「図−1」の図に従いながら、補足の言葉を〈 〉内に加えて述べると、以下のようになります。(注、澤田氏が引用している部分については、太字ゴシック体にして表記する)

 「逆に過って生まれたのだから、蕩減は反対の方向へ行くのです。生まれるのも反対の方向にこういうふうに生んできたので、(図−1Ⓐ参照)これは、サタン圏を全部勝利した後で、サタンがいないのです。だから『逆に帰れーっ!』と。そういうふうに再び生んだものが(図−1Ⓕ参照)、地上天国です(図−1Ⓖ参照)。分かりましたか?(はい)。そういうふうにして、真の母の腹〈小さな円の中〉を通過して再び生まれてくるのです。

 これに、入ってくる時は〈図−1のⒶの地点の〉左のほうから入ってくるのです。分かりましたか? なぜ左のほうから入るかというと、お母様〈の腹の中に入る部分〉が左のほうだからです。入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこ〈の状態〉は何かというと、〈まだ「父の体」を通過していない時点であるため、その子供は〉渋柿の根っこから切って取り返してきた〈状態の〉ものです。分かりますか? それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、〈真の父と真の母による〉愛の手続きです。だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは〈二つの線が交差する点を通過する前であって〉真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様〈お一人で〉は真の愛と真の血統を持っていません。〈その母の腹の左側は、Ⓐの地点の側にある〉向こうのほうなのです。〈重生する〉それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つとなるということです。分かりましたか? 分かりましたか?(はい)。

 全世界〈の子女たち〉がここ〈母の腹の中=小さな円〉に入ってきて、それからどうなるかというと、真の父母の夫婦関係によって、はらんだ子供、その者を、真のお父様の真の愛を中心に、真の子供の種を持ったお父様が愛の関係を結ぶこと〈を意味する二つの線が交差する点〉を〈通過して〉、〈真の父と真の母による愛の関係を〉実感したあとに生まれたと同じようになるのです。そのような期間を通過しながら、お母様の腹の中に入った子供たちが……真の父母の愛と〈真の父の〉真の子供の種と接ぎ木したという、〈交差する点を通過した時点で〉つないだということになるのです。分かりますか? こっちは本物で、こっちは偽物で、(先生がしぐさされる)兄さんと弟と同じです。分かりましたか? そういうふうに一つとなった状況をもって、それはずーっとこれを回って、〈まず左側の〉母の腹の中を通して、〈それから交差した点である〉先生の体を通して、再びお母様の腹〈の右側のほう〉を通して〈生まれ変わって出て〉いくのです。右のほう〈の母の腹〉を通してです。

 〈このようにして、真の父と真の母を通じて〉国家的お母様の腹、氏族的メシヤのお母様、家族的メシヤ、復帰された160の家族メシヤの基台に行って再び生むことになるのだから、サタンの血統とは全然関係がないのです。別個の天的本来の真の父母から出発した子女の立場に立つのだから、天上、地上天国に、お母様と真の父母によって、入ることができるのです」(注、括弧〈 〉の中の言葉は、理解を助けるために補足したもの)

 3 家庭連合の反論に対する反論

 (1)「左」及び「右」は比喩表現
 文鮮明師は、人類始祖アダムとエバが、サタンの誘惑によって、神様の「取って食べるな、食べると死ぬ」という戒めに背いて堕落したということを教えています。その教えを信じる者が家庭連合の信者です。人類始祖の堕落が原因となり、人類は長い歴史を経て堕落世界を築き上げて来たと考えています。今あるこの世界こそ、人類始祖をだまして堕落させたサタンが支配する、不条理に満ち、苦しみの多い堕落世界なのであり、それを指して「左のほう」と言うのです。これに対して救われた世界、神様を中心とする理想世界を「右のほう」と言います。

 しかるに、家庭連合の教理研究院は「それゆえ、お父様が、『母の腹の中』に入るときに『左のほうから入ってくる』と語っておられるのは、『母の腹の中』を意味する小さな円よりも、『図−1』のⒶの地点が左側にあり、その左のほうから円の部分である『真の母の腹』の中に入ってくることを、具体的に説明しておられるのです。そして、澤田氏が引用していない次のページで、お父様は『母の腹の中を通して、先生の体を通して、再びお母様の腹を通していくのです。右のほうを通してです』(『訪韓修練会御言集』186ページ)と語っておられますが、その意味は、右の『拡大・補足した図』を見れば分かるように、左のほうから入った子女(人類)が、まず『母の腹の中』の太くした線の部分を通過して、それから二つの線が交差する点(注、ここが父の体、『父の種(骨髄)』を意味する)を通過した後、『再び、母の腹の中』を通過して、右のほうのⒻの地点へと抜けていくことを説明しておられるのです。それゆえ、お父様が黒板に書かれた『図−1』の図には、Ⓕの下向きの矢印線のところに『再び生む』という言葉が記してあるのです。このような過程を通過して、子供(人類)は重生されていくのだと言われるのです。すなわち、『母の腹の中』に入るときには、左のほうから入ってきて、父の体(骨髄=二本線が交差する点)を通過した後、再び同じく『お母様の腹(の中)を通して』生まれ変わり、今度は、母の腹の『右のほうを通して』(同)出てくると語っておられるのです」(上記家庭連合の反論の太字部分)と、その反論文で述べています。

 ここで家庭連合は比喩表現である「左」及び「右」を、「図−1」上の「左」及び「右」の意味にしています。文鮮明師は「なぜ左のほうから入るかというと、お母様が左のほうだからです」(準備書面3の4ページ下から12行目〜)と語りました。これは「なぜ堕落世界のほうから入るかというと、お母様が堕落世界のほうだからです」という意味になります。家庭連合はこれを「なぜ左のほうから入るかというと、お母様〈の腹の中に入る部分〉が左のほうだからです」と解説して、「左」を「図−1」上の「左」の意味に替えているのです。

 家庭連合は、準備書面3で述べた「文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」(準備書面3の4ページ最終行~)という被告らの主張を否定し、どうしても韓鶴子氏が無原罪の生まれであるということにしたいのです。

 (2)「腹」も比喩表現
 文鮮明師は「そういうふうにして、真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか?」(準備書面3の4ページ下から14行目~)と語りました。この場合「真の母の腹」とは韓鶴子氏の「腹」ということになりますが、この「腹」も実際の「腹」ではなく比喩的な表現です。文鮮明師は韓鶴子氏と心情的に一致するという意味のことを「真の母の腹を通過する」という言葉で表現しています。

 家庭連合は「すなわち、『母の腹の中』に入るときには、左のほうから入ってきて、父の体(骨髄=二本線が交差する点)を通過した後、再び同じく『お母様の腹(の中)を通して』生まれ変わり、今度は、母の腹の『右のほうを通して』(同)出てくると語っておられるのです」と解説し、この場合の「左」「右」を「図−1」上の「左」「右」として説明していますが、「腹」が比喩的表現であり、その「腹」を中心において使う「左」及び「右」という言葉も当然比喩的表現なのであり、それは「堕落世界」及び「理想世界」という意味なのです。

 (3)「向こうのほう」も比喩表現
 文鮮明師は「お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです」(準備書面3の4ページ下から7行~)と語りました。この場合「向こうのほう」も比喩的な表現であり、「左のほう」と同じ意味の、サタンが支配する堕落世界のことです。この箇所でも家庭連合は自分達の語句を挿入して「お母様〈お一人で〉は真の愛と真の血統を持っていません。〈その母の腹の左側は、Ⓐの地点の側にある〉向こうのほうなのです」(上記家庭連合の反論の太字部分)と述べています。家庭連合は比喩表現である「向こうのほう」を、「図−1」上の「左側」の意味にしています。これも同様に、準備書面3で述べた「文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」(準備書面3の4ページ最終行~)という主張を否定するために、家庭連合が苦し紛れに思いついた論法です。

砂時計

 (4)「図−1」に左右の区別はない
 家庭連合は、人類は「『図−1』のⒶの地点が左側にあり、その左のほうから円の部分である「真の母の腹」の中に入って」来て、「『再び、母の腹の中』を通過して、右のほうのⒻの地点へと抜けていく」と解説しています。
 「図−1」は本来ならば立体的であるべき表現を、黒板上に平面的に書いたものです。一番上のⒷで人類が誕生し、Ⓒの矢印のように歴史の経過と共に増えて広がり、Ⓐ時点に来ます。これが現在です。そして更に人類はⒹの矢印のように真の父母を目標にして収束して行き、そこを通過して、今度はⒻの矢印のように広がり、ついにはⒼ時点に到達し、人類が地上天国を実現するということを説明したものです。

 この図では頂点のⒷから底辺のⒼに至る間に大小の楕円がたくさん書かれていることからも分かりますが、これは立体的な表現の図であり、例えるなら砂時計のイメージです。すなわち、全人類が上から真の父母という狭い特定部分を通過して、下に移動するというイメージです。移動に際して上の左側Ⓐから下の右側Ⓕに移動するということはありません。上から下にほぼまっすぐに移動するだけです。だからこそ、矢印Ⓒも矢印Ⓓも矢印Ⓕも2本ずつ描いているのです。本来は立体的であるので「図−1」に左右の区別はないし、砂時計のイメージから明らかなように、くびれ部分を通過しながら内容物が左から右に向かって移動するという解説は成立しません。

 また家庭連合は「『図−1』のⒶの地点が左側にあり、その左のほうから円の部分である『真の母の腹』の中に入ってくることを、具体的に説明しておられるのです」と述べていますが、「Ⓐの地点」とは人類が矢印Ⓒで示されるように歴史を経て増え広がり、その結果を多重の楕円で表現した部分全体を示しているのであり、「図−1」の左側に特定されるものではありません。たまたま「Ⓐにいる五十二億」という文字を、この本の編集者が説明の為にその位置に書き入れただけであり、文鮮明師がこの位置に「Ⓐ」と書いたのではありません。「『図−1』のⒶの地点が左側にあり」と、この図の「Ⓐ」の位置を根拠にして「その左のほうから円の部分である『真の母の腹』の中に入ってくることを、具体的に説明しておられるのです」という解説は間違っています。

Ⓕが消されている

 (5)意図的な改竄
 「図−1」の一部を拡大したしたのが「181ページの『図−1』の該当部分を拡大・補足した図」ですが、この図を使って家庭連合は「それから二つの線が交差する点(注、ここが父の体、『父の種(骨髄)』を意味する)を通過した後、『再び、母の腹の中』を通過して、右のほうのⒻの地点へと抜けていくことを説明しておられるのです」と解説しています。

 先に「移動に際して上の右側Ⓐから下の左側Ⓕに移動するということはありません。上から下にほぼまっすぐに移動するだけです。だからこそ、矢印Ⓒも矢印Ⓓも矢印Ⓕも2本ずつ描いているのです」と述べたように、小さな円で示される「真の父母」を通過した人類は、二つの矢印Ⓕで示されるように、ほぼまっすぐに下方向に広がって移動するイメージで「図−1」は書かれています。しかしこの「拡大・補足した図」では、左の矢印のⒻが消されており、小さな円で示される「真の父母」を通過した人類は、右のほうの矢印Ⓕの地点へだけ抜けていくように改竄されていることが分かります。

 家庭連合は比喩的表現である「左」及び「右」を、「図−1」上の「左」及び「右」の意味に、どうしてもしたいのです。この「拡大・補足した図」を用いた解説は、被告が準備書面3で述べた「文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」(準備書面3の4ページ最終行~)という主張を否定するために、家庭連合が思いついた改竄であり、嘘の解説であると言うことが出来ます。

 (6)「渋柿の根っこ」も比喩表現
 「渋柿の根っこ」も比喩的表現であり、それはサタンの血統という意味です。文鮮明師は「入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか?」(準備書面3の4ページ下から11行目〜)と語りました。この部分でも、家庭連合は語句を挿入して「入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこ〈の状態〉は何かというと、〈まだ「父の体」を通過していない時点であるため、その子供は〉渋柿の根っこから切って取り返してきた〈状態の〉ものです。分かりますか?」の意味であると解説しています。

 文鮮明師の言葉は「子供とお母様の根っこは渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」という意味ですが、この家庭連合の解説では「その子供は渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」という意味になっており、韓鶴子氏を除外した言い回しに替え、韓鶴子氏を渋柿の根っこと無関係なものにしています。
 被告らが準備書面3で述べた「文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」(準備書面3の4ページ最終行~)という主張を否定するために、このような文章の書き替えをしているのです。

 4 解釈はひとつだけ「韓鶴子氏は無原罪の生まれではない」

 準備書面3に引用した文鮮明師の言葉、「そういうふうにして、真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか? なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです。入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか? それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つになるということです。分かりましたか? 分かりましたか?」(準備書面3の4ページ下から14行目~)は、全く平易な言葉で語られており、その解釈が何通りも出来るようなものではありません。

 「ここに『お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです』及び『お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです』とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります」(準備書面3の4ページ下から3行目〜)と書いた通りの解釈しかあり得ません。
 それを家庭連合は無理やりに正反対の解釈、「文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無原罪の娘として生まれたと考えている」とするために、間違いと改竄と嘘のある複雑な長文の解説をして、被告らの主張を否定しているのです。

 5 なりふり構わぬ真実隠蔽の姿

 このように、家庭連合の公式ホームページに掲載された反論の問題点を検討して行けば、家庭連合が何としてでも韓鶴子氏を無原罪の生まれであるということにしたいのだという、なりふり構わぬ真実隠蔽の姿が浮かび上がってきます。
 被告らは答弁書に「ところが、家庭連合の信徒は文鮮明氏をメシヤと信じています。このギャップを埋める役割を果たしているのが幹部達です。韓鶴子氏が文鮮明師に反逆しているということが信徒に分かってしまえば組織が混乱し、崩壊します。そうなれば、自分達の地位も権力も消滅してしまいますので、その事実を信徒に隠しています。幹部達は文鮮明師の教えよりは、自分達の地位と権力を優先しているのであり、その為に韓鶴子氏の問題を覆い隠し、家庭連合の信徒を騙しているということができます」(答弁書の10ページ下から6行目〜)と書きました。

 また準備書面1に「家庭連合の幹部及び責任者達は韓鶴子氏に逆らうことが不可能なのであり、それまでの教義とは違う『独り娘(韓鶴子氏のこと)も原罪なく生まれた』という韓鶴子氏の言葉を受け入れざるを得ないのです。そこで仕方なしに、『文師だけでなく韓鶴子女史もメシヤであるというのが家庭連合の教えである』という嘘を教え始めました」(準備書面1の13ページ下から9行目〜)と書きました。

 家庭連合の幹部及び責任者達は韓鶴子氏に逆らうことが不可能なので、韓鶴子氏が無原罪の生まれであるということをどこまでも押し通し、その結果、韓鶴子氏が文鮮明師に反逆している事実を信徒に隠し、騙しているのです。だから家庭連合は、松濤本部前で幹部及び責任者の誤りを指摘し、また信徒には真実に目覚めるように訴える被告らの活動が目障りなのです。
以上

証拠方法


1 乙34号証 家庭連合公式ホームページに掲載の反論の出力コピー

添付書類


1 証拠説明書…1通
2 乙34号証写し…1通


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澤田地平

Author:澤田地平
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