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207原理本体論絶対性教育3.16/韓氏オモニは佳約式で原罪を精算した

■3月16日から21日まで、劉正玉(ユジョンオク)先生の原理本体論絶対性教育セミナーに参加してきました。原理本体論修練会には過去何回か参加していましたが、この度はサンクチュアリ教会員になって初めての参加でした。原理本体論というのは、現在の劉先生の講義のように統一原理との境目が分からないようなものではなく、李相軒先生が原理講論を厳密に引用しながら、統一原理とは完全に独立した統一思想を打ち立てられたように、統一原理とは全く別個のものとして語られるべきではないかと、私は考えていました。

それでこそ、統一原理の次の段階で現れた新しいものだということが分かるし、原理本体論とは何なのかという問いかけに対してもすぐに答えることが出来ます。総序の最後に「時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである」と書いてある、その続きの部分こそが原理本体論であるべきではないかと、ひとり考えていました。


■しかし、今回聴いてみて、原理本体論とは、お父様のみ言を総動員して体系化された、神様及び摂理に関する一大論理体系なのだと思うようになりました。劉先生は講義に、原理原本、原理解説、原理講論、統一思想、勝共理論などの全てを動員し、かつご自分が直接お父様から薫陶を受けた内容をふんだんに採り入れておられます。そして、その手法がお父様の承認を受けているのです。

現在は原理本体論講義の権威者は劉先生だけですが、劉先生だけではこの一大論理体系をとうてい完成できないでしょう。最終的には、その同じ手法により、誰かにより、あるいはしかるべき機関により、過去のあらゆる文献資料記録及び証言などを網羅しながら、時間をかけて構築されていくのが原理本体論なのだと、私は納得することに致しました。

劉先生静止画13

■劉先生は講義の中で極めて重要な次の3点を語られました。

①佳約式で韓氏オモニの原罪精算

韓氏オモニがお父様の新婦として揀擇(かんたく=王妃として選ばれること)され、1960年4月11日に聖婚式が挙行されるにあたり、それに先立ち、韓氏オモニの原罪を精算する佳約式(かやくしき)という儀式が執り行われたそうです。それは36家庭の立ち会いの下に行われたということで、このことは劉先生が金栄輝先生から聞かれたそうです。佳約式について小山田先生もご存知でしょうかと、私が劉先生に伺ったところ、「多分知ってるでしょう」とのことでした。

佳約式

当然知っておられるはずです。小山田先生はこれについて質問されたら何とお答えになるのでしょうか。教会の伝統歴史、摂理やみ言については何でも知っているというご自分のプライド(を持っておられるように私は思うのですが)にかけて、「知らない」とは言いたくないでしょう。では「知っている」と言えるでしょうか。これも言えないでしょう。早く小山田先生に遭遇して、この質問をぶつけてみたいものです。

宣布式

②韓氏オモニがお父様の原罪を発見

韓氏オモニがお父様に原罪があるという発言をしたことについて、劉先生が韓氏オモニに対して、それは原理にはありませんとおっしゃったところが、「お前は原理講師でありながら、そんなことも分からないのか。お父様に原罪があるということは私が発見した」と、言い返されたそうです。今まで韓氏オモニのお父様に原罪があるという発言は、康お母様の言葉以外は、伝聞情報にとどまっていましたが、この度「私が直接聞きました」ということで、劉先生が証言され、またその映像も残りましたので、これに関する家庭連合批判もしやすくなりました。

③9月2日時点で意識のあったお父様

劉先生は2012年9月2日(講義ではこの日の「午前9時」と語っておられます)、幹部達と一緒に聖マリア病院から清心病院に移送されたお父様に面会に行かれました。この時お父様は目を開けて劉先生を認められ、また何かを語ろうとされ、更に足まで動かされたそうです。8月28日にお父様の回復は絶望的であるという医師の判断が示され、幹部達の会議で清心病院への移送が決定され、8月31日夜7時40分頃にお父様は清心病院に到着されました。お父様は9月3日の午前1時54分に聖和されましたが、9月2日午前9時時点で、お父様にはっきりとした意識があったという驚きの証言が、劉先生の口から出てきました。

これ程に意識のある状態のお父様を、どうして世界最先端の医療設備と優秀な医師を擁する聖マリア病院から、集中治療室さえない清心病院に、それも絶対安静が必要であるはずなのに、車に載せて移動するなどということが行われたのでしょうか。普通なら、そんなことをするからお父様は寿命を縮めてしまったじゃないかという批判を浴びてもおかしくありません。移動する必要はないし、移動してはいけないでしょう。もっと格上の病院に移動するという場合にのみ、移動のリスクを天秤にかけながら、慎重に検討してみるということならあり得るでしょう。

■劉先生の原理本体論の講義案P.313に、基元節の項目があり、「基元節は2010年1月13日に宣布された日から数えて三年目の2012年1月13日を内的に勝利され、満三年目の2013年1月13日に内的勝利を外的に天宙の前に宣布した日です。このように基元節によって内的・外的ともに完全に勝利されました」とあります。この記述に対して、セミナー参加者のひとりであった柳教授が突然立ち上がって、終了近くまで平穏に進んでいたセミナーの雰囲気をぶち壊すのもかまわず反論されました。

しかし、劉先生はそれには答えず、曖昧なまま、次の講義に進んでしまいました。講義中、至る所で韓氏オモニへの批判を語られていた劉先生ではありますが、基元節が完全に勝利したというこの記述は、劉先生の信仰の軸がどこにあるのかを疑わせるものです。この講義案は印刷が2018年3月15日となっており、今回のセミナー向けに新たに印刷されたものですから、劉先生が完全なサンクチュアリサイドであるなら、この部分は書き直されていてしかるべきでした。

基元節小

■この部分に「基元節は2010年1月13日に宣布された日から数えて三年目の2012年1月13日(これは陰暦、陽暦では2012年2月4日)を内的に勝利され」とありますが、内的な勝利とは何を意味するのでしょうか。私は2012年1月19日(これは陽暦)の訓読会と、その前日に行われた韓氏オモニの謎の結婚式について、個人的に劉先生に質問しました。劉先生は2012年1月19日の訓読会に参加しておられ、その時お父様が激怒され、ルーシェルよりも恐ろしいと語られた様子を話して下さいました。しかし、その前日の謎の結婚式につては、自分はそれを見ていないので確かなことは言えないと話しされ、答えを避けておられました。

この謎の結婚式の5日後の2012年1月23日(陰暦では2012年1月1日)に本来の完成期の結婚式が予定されていましたが、謎の結婚式のおかげで、それは1年後の基元節2013年1月13日(陽暦では2013年2月22日)当日まで延期されたということは劉先生も認めておられました。この完成期の結婚式の為に、玉爾や杖が準備されており、その結婚式に参加する心づもりで自分は日本から来ていたと語られました。そして、この予定された結婚式はできなかったけれども「お父様はおひとりでなさった」と言われました。

その「お父様はおひとりでなさった」ことをして、「2012年1月13日を内的に勝利され」と講義案に記述しておられるのです。2012年1月19日の訓読会については、セミナー最後の質疑応答の時間に質問が出ていました。劉先生はその時のお父様の激しい叱責ぶりを話して下さいましたが、その前日の謎の結婚式については、やはり触れたくないようでした。

■六マリア問題についての質問も出ていました。劉先生は、「私もよく分かりません。どうしてかと言うと、そういった状況の中に私がいなかったからです」と、逃げておられました。劉先生は講義の最後に、「神様を中心としてお父様がなさったことだから、本体を明らかにする時には秘密があってはいけない、全部明らかにしなさいとおっしゃいました。お父様は、これは秘密だから守りなさいと言ったたことも、全部教えて上げてもいいと。お父様が教えないことでも、お前が暴露することがあるならば全部言いなさいと、お父様がそこまでおっしゃったんですね。でも私は恐いんです」と語られ、いずれ、秘密(六マリア問題のこと)は明らかにしなければならないと考えておられるようですが、「恐い」とおっしゃるように、まだ決意できないでおられるようです。

■このセミナー期間中、連日、家庭連合からの妨害行為がありました。まず、セミナー開催前なのか開催当日かは分かりませんが、この施設の事務所宛にサンクチュアリ協会に施設を使わせるべきではないというクレームの電話が何本かあったようです。親が反対しているのに子供が参加しているとか、サンクチュアリ協会は宗教団体であり、宗教活動に公共の施設を使わせてもよいのかといった内容だったそうです。

そして2日目には、昼休みの時間に方相逸(バンサンイル)局長が訪ねて来て劉先生と話をし、講義時間になると方局長は1コマ(1時間半)、講義に参加し、それが終わった後、また劉先生と話をしていました。殆ど劉先生が一方的に語っているのですが、休憩時間を過ぎ、講義の時間に食い込んでも、まだ話は続いていました。研修室の中であればよかったのですが、ロビーで、それも大きな声の韓国語だったので、これが他の団体の目にとまり、事務所に報告されたのだと思いますが、活動外行動として、後で職員から注意を受けることになりました。

方局長は劉先生に韓氏オモニの悪口を言ってほしくないということをお願いしたようです。私は方局長が帰る時、いつもの「韓氏オモニは生まれながらに原罪はないのですか」という質問をぶつけたのですが、方局長は「ない」と答えました。方局長は駐車場へ向かう途中で研修棟へと引き返し、研修室のドアを開けて講義中の劉先生を廊下に呼び出して、私達が付いてくるので帰れないと訴えました。このことで、私達は方局長を駐車場まで追いかける(見送る)ことが出来なくなりました。

方相逸局長

■方局長が劉先生と話し合っている時に、あるひとりの人物がこの施設の事務所に現れて、サンクチュアリ協会の施設利用に対してクレームしたそうです。そのクレームがあったために、こちらの総務担当スタッフが呼び出されて事務所に出向いたところ、そこに井口康雄氏がいたそうです。方局長は若い男と二人連れでしたが、井口氏も一緒に来ていたのです。家庭連合は、この日少なくとも3名でこの施設を訪れていたのです。

方局長は講義にまで参加して2時間半ほど研修棟にいましたので、井口氏は車の中で方局長の帰りを待ちあぐねていました。そして、方局長は帰ろうとして駐車場へ向かう途中で、そのまま車のところまで行けば、追いかけて来た私達が井口氏を発見し、驚きと喜びの歓声をあげ、狂気乱舞するであろうことに気がついたのです。私がこのセミナーに参加していることは井口氏は知っていたはずですから、私と鉢合わせして、そのような事態になることだけはくれぐれもないようにと、前もって井口氏からお願いされていたことを方局長は思い出したのでした。

そこで、方局長は研修棟に引き返し、劉先生を呼び出してまで、「自分は早く行かなければならないけど、ずっと付いてくる」と訴えたのです。私達は歩きながら方局長に話しかけていただけですから、方局長が「行けない」ということはあり得ません。本音は、私達に駐車場まで来てほしくなかったのです。方局長の目論見通り、私達はサンクチュアリメンバーに取り押さえられるような形で、遠くから方局長を見送るしかありませんでした。

■次に、3日目は近藤徳茂総務局長が直々に事務所を訪れています。このことは4日目に事務所に呼ばれた江利川会長が事務所の職員から聞きました。そして4日目も何らかの形でクレームがあったようです。家庭連合はサンクチュアリ協会が問題のある団体だということを説明する資料を提示し、またFMで発信している講義の日本語通訳を傍受して聞いたところ、宗教活動を行っていることが確認されたということを言って来たとのことでした。

これも4日目のことですが、私が昼食時間に研修室に居残っていて、控え室として借りている隣の部屋にたまたま入ったところ、ある男が携帯で写真を撮っていました。私は昼食から早めに帰って来たセミナー参加者かと思い込み、すぐに部屋を出て行ったその男をやり過ごしたまま、後ろ姿しか見なかったのですが、後で確認するとそのような男は参加者にはおらず、間違いなく外部の人間でした。家庭連合の人間であるとしか考えられません。

■このようなことで、御殿場の遠隔地まで連日足を運ぶ幹部責任者もご苦労なことです。本人達は趙誠人(チョソンイル)から命じられるままにやるしかないのです。この施設は家庭連合も使っています。また、全国の家庭連合は最寄りの同様の施設を利用しているはずです。自分達のことを考えれば、安易に私達のこの施設の使用に対してクレームはできないはずですし、本音ではやりたくなかったでしょう。職員はサンクチュアリ協会が家庭連合からの別れであることを理解していたそうです。

家庭連合が宗教活動を理由に公共施設の使用を制限させようとした妨害行為は、かえって職員から嫌われる結果になったと思います。その報いで、今後、家庭連合の名前ではこの施設は使いにくくなったでしょう。もっとも、家庭連合傘下のグループはいろんな名称をつけていますので、その場合、家庭連合であるとは分かりません。しかし、宗教団体である家庭連合の本部が直々に、宗教活動を行う団体に施設を使用させてもよいのかというクレームを施設側に何度も行うということは、宗教団体としての自殺行為と言えるのではないでしょうか。


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
ご連絡お待ちします。
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