審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

18 極端で非常識なお父様

■私は2015年10月10日から11日にかけて、浦安市の一心特別教育院で行われた神氏族メシヤ修練会に参加しました。初日に徳野会長の講話があり、時節柄、サンクチュアリの話になりました。

□徳野会長:その3人の息子様のことを考えても、お母様の頭の中はもうどれ程痛いか分からない。ほんとは模範になってほしい息子様達が、そうではない立場になってしまっている。それどころか、もう実のお母様を批判しているわけですから、それがサンクチュアリ教会であれば、最初は、お母様は回りからだまされている。あるいは、お母様は回りに完全にコントロールされている。回りの幹部だけを批判していました。もう最近は、お母様そのものです。お母様ご本人を堕落したエバであるとか、お父様の位置を奪って権力の座についてしまったとかね、もう聞くに耐えないような非難をしておられます。私はここまでお母様、ご存じなのかなと思って、あるお母様の近くに侍っておられる方に、そういうことまでおっしゃっていることを、お母様はご存じですかと聞いてみたら、もう半分を伝えるだけで精一杯と言ってました。伝えられない。あまりにも心が痛い。

ただ、私が本当にすごいなと思うのはですね、お母様が霊界のお父様とひとつになっていなければ、とうてい越えられないということが、全て基本です。だから3男の方も、4男、7男の方も、お母様とお父様は一体でないなんてことをおっしゃっていますけども、特に7男の方なんかは、そばでお父様、お母様がケンカしたと。その時に、お父様がこういうことをお母様に言ったと。で、皆さんそれにですね、率直に申し上げるとですね、幸いにも、お父様とお母様の、割とそばで侍らせて頂いた経験があるので、私、分かるのですけど、お父様という方は、ものすごく極端な表現をされるんです。この極端な表現をみんな自分の意図を中心として利用して取り上げる。これはお父様のそばに侍ってみないと分からない世界なんです。

私は、お父様がある幹部を怒る、もうその姿をまざまざと見て来ました。すざまじいです、その怒り方は。霊人体が地球を何回転もするような怒り方です、 お父様はそういう怒り方をするんです。だから、もう私はその姿だけ見ていると、どういう印象なのかというと、あー、もうこの幹部は二度とお父様の前には出れないないなと。それぐらい怒られるんです。お前の顔なんか二度と見たくない。何の資格があってこの部屋に入って来たか。何の資格で先生と会うんだ。「出て行け!!!」(この部分を強い甲高い声で表現)、こういう言い方です。

これはもう、普通の食口、特に日本人はデリケートですから、こんなこと一度お父様から言われたら、もう実際、部屋から出て行きたくなりますよ。でも、その方、韓国の幹部の方でしたから、何と言われようと、そこに頑張っておられました。そして、数ヶ月のちに徐々に徐々に、またお父様との関係がですね、修復されて、最後はものすごく、お父様からまた愛されておられるんです。こういうやり取りはですね、本当にそばで侍ってみないと分からない世界なんです。

お父様は平気でお母様のこともおっしゃいますよ。 オンマは霊界のことは分からないやとかね。摂理のことは何も分からないやとかね。そういうことおっしゃるんですよ。じゃ、信頼してないか。信頼してないんじゃないんですよ。信頼するが故に、そこまでのことをおっしゃるんです。これが普通の人には分からない。私が心が痛いのは、なぜ実の息子様達が、それが分からないか。これが本当に心が痛い、私のように実の息子でも何でもないのに。お父様がいろんな幹部の方に接したり、お弟子さん達に接したりする姿を見ると、極端な表現されるんですよ。

分かり易い例を言うならば、伝道の実践を強調される時は何と言うか、お祈りなんかするんじゃないよ。お祈りする時間があるんだったら、前線へ出て行け。前線で伝道しろ。お祈りなんかしている場合じゃないよ。お父様のみ言ずーっとありますよ。み言、どこにあるかと、あとで可知さんに調べてもらいます。私は実際に何度も何度もそのみ言、読んだことあります。かと思えば、伝道する為には、1日の3分の1はお祈りしないといけないや。24時間の3分の1は、何時間ですか。 サンパ24、8時間お祈りしろというんです。前線に出ていく為には、3分の1はお祈りしないといけないや、というみ言もあるんです。だから、お祈りの重要性を強調したい人は、お父様のそのお祈りという部分のみ言を捕らえる。それから、実践が重要だということを言いたい人はお父様のその実践を強調するみ言を捕らえる。

これ、カインアベルの問題ですが、アベルはあくまでもカインを自然屈服させなきゃいけない。あくまでも尊敬される人格でなきゃいけないということを強調するみ言、アベルを批判したいカインはこのみ言を利用するんです。アベル様、み言にあります。アベルとは尊敬されなきゃならない。慕われなきゃいけない。そして、謙遜でなきゃいけない。下の者を抱えなきゃいけない。こう書いてあります。そのみ言に照らし合わせると、あなたは失格です。だからカインとしてアベルを讒訴したい人は、このお父様のアベルの正道を強調するみ言葉を利用するんです。

逆にアベルとして、下を従わせたい、そういう野心を持つと、アベルはどうするかというと、カインとしてどうあるべきかというみ言を、たくさんありますよ。カインはアベルを信じて亡びよというみ言があります。カインはアベルを信じて亡びよ、実際、み言があります。アベルがどんなに足りなくても、それを支えて行くんだ。もう、徹底的な水準を重要視するみ言ありますよ。そりゃ、アベルの中で、カインをどうしても従えたい人はそのみ言を利用する。ちょっとカイン様、来て下さい。カインとはどうあるべきか、ちゃーんとみ言ありますよ。ここには、はっきりと、カインはアベルを信じて亡びよ、亡びて下さい、私を信じて亡びて下さい。こうやってみ言を利用する。

例えば、UCIのグループが、ある時ですね、良心というもののみ言を利用して、見事な、そのメッセージを送ってきました。良心は神様に優る、良心は先生に優る、良心はそれこそ両親に優る。良心の声に従って組織を出よ。そういうみ言ですよ。良心に従って、アベルに従ってはいけない。そういうみ言を実に巧みに利用して、UCIがメッセージを送っています。サタンが最後はみ言まで利用するんです。問題は動機と方向性です。その動機と方向性が間違っていれば、み言は下手をすると敵をやっつける武器になってしまう。ちょうど包丁と同じです。正しく使えば、料理の大切な、料理の為の一用具だけども、下手をすると殺人のその凶器になってしまう。

だからお父様とお母様、言わせてもらってもそうです。私はもう、7男の方がですね、お父様お母様が喧嘩してた。で、お父様がお母様のことをぼろくそに言った。最近そういうみ言を相当流してますよ。その話を聞く度ごとにね、どれぐらい心が痛いか分からない。じゃ、皆さんにお聞きします。夫婦喧嘩しませんか?しますかしませんか?(します)じゃここどうですか?(します)どうですか?(します)もちろんする。喧嘩しない夫婦、ないですよ。お父様とお母様も喧嘩される、私も見たことあります。

たとえば訓読会でも、ずーっとですね、お父様、多くのみ言語ってて、お母様じーっと目をつぶっておられて、それでもう絶えられなくなって、トイレに行こうとされた。それでお父様が「オンマ!動くな!」もう、こうやって目で哀願しているわけです。もう、それがゆえだということをね。お母様は目で合図しているわけです。それでもお父様は動くなというわけです。それでも動いたら、お父様何と言ったと思いますか?「そこでやれ!」と。「そこでやれ!」

そういうことお父様、おっしゃるんです。それ非常識じゃないか。お父様、非常識なようなご指示はどんだけでもされます。そういうやり取りを見ながら、それを取り上げてお父様とお母様は一体となってない。そうやって、お父様とお母様を分離して、お母様をあちらは攻撃している。私なんか、本当にそういう攻撃の内容聞く度ごとに、どうして実の息子様がね、お父様とお母様のそういう深~い夫婦の心情世界が分からないのか。本当にサタンはここまで狂わせてしまうんだなと、私は改めて、ほんとに心が痛く感じています。

長くこの話をすると時間がありませんけれども、結論を申し上げれば、はい、逆です。お父様とお母様は心情的に一体となっておられるが故に、多くの十字架を背負いながらも、今なお、お母様の中に前進する力が出て来るんです。私はずっーとお母様に、私なりに観察させて頂いて、そういう結論を出してる。

どんなにいろんなマイナスな報告を聞いても、お母様はそれに基本的に動揺されません。動揺されません。そして、公的な場に出る時には、必ず、笑顔で、しかも気品のあるそのご様子で、出て行かれますし、私に対する時にも、極力何かそのもう、悩んで悩んでしょうがない、というようなお姿は極力されないようにされます。でも、あとでお付きの方とか、近辺の方に聞いてみると、お母様は夕べも眠れなかったとか、そんな話はしょっちゅう聞きます。

私の立場から言わしてもらえれば、お母様はお父様のみ旨を何としてでも成し遂げて差し上げたい。あの亡くなられた時に、お母様はそのことをお父様に誓われました。アボジ、心配しないで下さい。必ず私が地上にいる間にみ旨を成し遂げますと。この誓いをお父様が聖和された時、最初にされました。その最初の、お母様のお父様に捧げた誓い通りにお母様は実行しておられます。たとえ3男の方がどうなろうと、4男の方がどうなろうと、7男の方がどうなろうと、それにもめげず前進していこうという力は、お母様とお父様が一体となっていなければ出てくる筈もないパワーです。(2015.10.10)

■上の講話を要約すると、次のようになります。

お父様から霊人体が地球を何回転もするような勢いで怒られたとしても、それはもともと、お父様が極端なお方なのですから、怒られたがわに問題があるということではないのです。訓読会の席でトイレに立つな、そこで済ませよと言われても、それはもともと、お父様が非常識なお方なのですから、真に受けて、心配することもありません。

そもそも、お父様ご自身が極端に違うことをいくらでも語っておられるのであり、私達も自分の立場に応じ、場合に応じて、それらのみ言を上手に使い分けているぐらいです。

そんなお父様がお母様とケンカをされているように見えても、実の息子様にも分からない信頼と、深いご夫婦の心情世界が隠されているのであって、それによって、お二人が一体化されていない証拠だと考えてはいけません。それはサタンが狂わせた考えです。ケンカをされているのは、逆に、お二人が心情的に一体化されている証拠なのです。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

« 前の記事  ホーム  次の記事 »

■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
日曜礼拝参加ご希望の方は
上記までご連絡下さい
■私の退会届
■제탈퇴선언
■過去記事目次

■ 最新記事

■ 検索フォーム