審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

162家庭連合の保全抗告申立に対する反論

■私達を松濤本部前から排除しようとする仮処分命令が大幅に却下されたことは報告致しました。そしてさっそく8月13日から松濤本部前での抗議活動を再開したのですが、家庭連合は8月26日付けで、保全抗告申立を東京高等裁判所に提起しました。日本の裁判制度は三審制です。仮処分命令というのは訴訟を前提としていますが、訴訟による判決を得るまで一定の期間を要するので、応急措置として仮処分という形で判決だけを先取りするものです。そしてこの仮処分命令も三審制になっており、家庭連合は私達の保全異議申立により修正された仮処分命令を不服として、地裁判決への控訴に当たる、保全抗告申立を東京高裁に提起しました。

【参考】→ 150松濤本部前行動(仮処分命令大幅却下)

家庭連合としては本部前で抗議活動をされることにより、大きなダメージを受けていることは言うまでもありません。のぼりを持ち看板を体に貼り付けて毎週叫んでいる私達の姿は、近所や通行人の目を引きます。ただでさえ悪い家庭連合のイメージが、更に悪くなり、教会員としても萎縮しているでしょう。ですから、何とか私達を排除しようと懸命に知恵を絞って、近藤局長が編み出した論理が以下です。

保全抗告申立

□近藤局長:このことは、例えば葬儀中に葬儀会場の周辺で本件のぼりやプラカードを所持した者達が徘徊した場合や、神社での神前結婚、チャペルでの結婚式の最中にこうした活動が行われることを想定すれば明らかな通り、敬度な雰囲気は、こうした活動によってたちまちにして損なわれるのである。元より、他人の宗教儀式における敬度な雰囲気を損なうべきでないとの意識ないし国民感情は、既に社会通念の一部を形成するまで至っているのであり、そうであればこそ、労働運動の活動家や暴力団ですら、葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中にまで押しかけ、のぼりやプラカードを携行して徘徊するなどのことは行わないのである。

■私は、活動家や暴力団は本当に自分達の利害に係わるようなことであるなら、葬儀や神前結婚のような宗教儀式の最中であろうが、かまわず押しかけると思います。その昔、勝共連合は京都の府知事選の時、蜷川(にながわ)共産府政を阻むために、複数の人間が演説会の会場内に潜り込み、演説の最中に次々に批判の叫び声を上げたという話があります。家庭連合自体が普通では考えられないことをやって来ているのです。

自分達が、お母様が無限罪の生まれであるという、とんでも理論を新教義としておきながら、それで抗議を受けるからというので、「労働運動の活動家や暴力団ですら、葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中にまで押しかけ、のぼりやプラカードを携行して徘徊するなどのことは行わないのである」とは、よく言えたものです。家庭連合の責任者の罪を本当に知ったなら、礼拝中であろうがかまうことなく、小学生でさえ松濤本部に押しかけることでしょう。

■今年2月12日に堀さん夫婦が本部職員により現行犯逮捕され、渋谷警察署で聴取を受けました。本人らに逃亡の心配はないということで、私が身元引受人になり、その日夕方6時頃に解放されました。その前日に暴力団らしき関係者が逮捕されていて、渋谷署前の道路に街宣車が横付けになり、不当逮捕をやめろ!仲間を即刻解放せよ!といったことを叫んでいました。私達は渋谷署を出て歩道を駅方面に歩いて行くのですが、街宣車のすぐ脇を通らなければなりませんでした。その時のスピーカーの音量のすごいことといったらありませんでした。声が嵐になって吹いてくるように感じました。私は、お前たちもこのように家庭連合に対して抗議しなさいと、神様から教えられているように思いました。

***

事件番号 平成29年(ラ)第1600号
業務妨害禁止等仮処分決定一部取消及び同処分命令一部却下決定に対する保全抗告事件
抗告人 世界平和統一家庭連合
相手方 澤田地平 外1名

反論書


 東京高等裁判所第20民事部イ係 御中
平成29年9月28日
〒○○○-○○○○ ○○○○○○○○○○○○○○
被抗告人 澤田地平
被抗告人 ○○○○


抗告人世界平和統一家庭連合(以下抗告人という)の平成29年8月26日付け保全抗告申立における以下の主張のうち、下線部分に対する反論を太字で述べます。

原審は、上記道路において被抗告人らが徘徊し、のぼりやプラカードを使用し、あるいは、債権者の役員、職員ないし信徒らにつきまとうなどする行為は債権者の権利を違法に侵害するものであるということはできず、仮に被抗告人らの行為について抗告人の権利を違法に侵害する部分があるとしても、被抗告人らの上記行為は、表現行為として社会通念上相当なものと認定する。

この下線部の抗告人の主張は、被抗告人がつきまとうなどする行為があったことを前提にしていますが、原審における決定は「④つきまといについては、債務者らが債権者の会員に意見を求めるために接近した事実は認められるものの、その範囲を超えて違法な「つきまとい」といえるほどの行為があったと認めるに足りる疎明資料はない」(原審決定10頁13行目〜)と述べているのであり、つきまとうなどする行為があったということを認めてはおりません。ですから原審の決定では「債権者の役員、職員ないし信徒らにつきまとうなどする行為は債権者の権利を違法に侵害するものであるということはできず」ということは述べておりません。

しかしながら、礼拝・儀式等の宗教活動が平穏に遂行されるためには、「敬度な雰囲気」の維持・造成が極めて重要な要素となるところ、「敬度な雰囲気」は大音量によってのみ損なわれるものではない。本件で被抗告人らが行ったごとき、のぼりやプラカードを所持し、徘徊し、参列者につきまとうなどの行為が行われたならば、敬度な雰囲気はたちまちにして損なわれ、平穏に宗教活動を行う権利は著しく侵害されるところとなる。

上記と同様に、原審の決定では参列者につきまとうなどの行為があったということは認められておりません。

このことは、例えば葬儀中に葬儀会場の周辺で本件のぼりやプラカードを所持した者達が徘徊した場合や、神社での神前結婚、チャペルでの結婚式の最中にこうした活動が行われることを想定すれば明らかな通り、敬度な雰囲気は、こうした活動によってたちまちにして損なわれるのである。元より、他人の宗教儀式における敬度な雰囲気を損なうべきでないとの意識ないし国民感情は、既に社会通念の一部を形成するまで至っているのであり、そうであればこそ、労働運動の活動家や暴力団ですら、葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中にまで押しかけ、のぼりやプラカードを携行して徘徊するなどのことは行わないのである

本当に、労働運動の活動家や暴力団は、葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中には押しかけないのでしょうか。この主張の根拠をお示し下さい。

真理を問う行動

仮に原審の決定の故に今後、葬儀中や神前結婚の最中にまで敬度な雰囲気を損なう活動が日本全国で横行するなら、社会は大混乱に陥ることであろう。

この原審の決定の故に今後、葬儀中や神前結婚の最中にまで敬度な雰囲気を損なう活動が日本全国で横行するというようなことはありません。抗告人の本部教会前で被抗告人が抗議活動をしているのは抗告人の根本教義の変更故であり、もし他の宗教団体が同様な根本教義の変更を行うなら、その宗教団体が主催する葬儀や神前結婚の最中であったとしても抗議活動を受けるようになるでしょう。

敬度な雰囲気を尊重すべきことは、抗告人の礼拝等の宗教活動においても同様であって、現に、被抗告人が所属するサンクチュアリ教会においてすら、被抗告人らの活動は批判され、被抗告人らの活動に新たに参加する者などいない状況である

「被抗告人が所属するサンクチュアリ教会においてすら、被抗告人らの活動は批判され」との主張の根拠をお示し下さい。また「被抗告人らの活動に新たに参加する者などいない状況である」とのことですが、表に出て抗議活動する者は増えてはおりませんが、賛同する声は日増しに増えております。

従って、被抗告人らが徘徊し、のぼりやプラカードを使用し、あるいは、債権者の役員、職員ないし信徒らにつきまとうなどする行為は抗告人の権利を違法に侵害するものである。

原審の決定ではつきまとうなどの行為があったということは認められておりません。

原審の認定判断は、宗教儀式における敬度な雰囲気の重要性を著しく軽視し、大音量による妨害でなければ敬度な雰囲気を損なっても構わないとする異常なものであるが、こうした認定判断が健全な国民感情、社会通念に真っ向から対立するものであるのみならず、信徒の自由を著しく侵害するものであることは明らかである。よってここに同決定の取消を求めるため、抗告の申立をするものである。

原審の決定は「本件における債務者らの行為は、宗教的思想に基づく表現としての性質を有するから、それが債権者の権利の違法な侵害に当たる場合であっても、債務者らの行為がなされる日時、場所、行為の態様等に照らしそれが社会通念上相当と認められるときは、その違法性が否定されるものと解すべきである」(原審決定9頁下から9行目〜)と述べた上で、「本部教会前における①徘徊、②上記イ以外の演説、③のぼりやプラカードの使用、④債権者の関係者らへのつきまといについては、①前記認定の演説やチラシの配布等に付随して債務者らが本部教会の近辺において徘徊した事実は認められるものの、上記演説等に必要な範囲の通常の歩行にとどまるもので、債権者の会員の歩行等を妨げる態様の徘徊をした事実を認めるに足りる疎明資料はなく、②上記イ以外の演説については、チラシを配ることに付随するものであるか、又は債権者の関係者に対して自らの主張を述べることに伴って通常出される声量にとどまるものであり、③のぼりや本件カード1及び本件カード2の使用についても、それらに記載された内容は債権者の名誉を毀損するものとまではいえず、その使用態様も体の前後に下げ、又は手に持って立つという穏やかなものであり、④つきまといについては、債務者らが債権者の会員に意見を求めるために接近した事実は認められるものの、その範囲を超えて違法な「つきまとい」といえるほどの行為があったと認めるに足りる疎明資料はない。このように、上記イの演説以外の債務者らの行為については、債権者の権利を違法に侵害するものであるということはできず、他に、これを一応認めるに足りる疎明資料はない」(原審決定10頁2行目〜)として、債権者(抗告人)の権利の違法な侵害もないとしています。

そして更に念を入れて「仮に債務者らの行為について債権者の権利を違法に侵害する部分があるとしても、上記判示の内容や態様に照らし、債務者らの上記行為は、表現行為として社会通念上相当なものというべきである」(原審決定10頁下から8行目〜)としており、原審決定は慎重に下された判断であり、抗告人が主張するような「大音量による妨害でなければ敬度な雰囲気を損なっても構わないとする異常なもの」でもなく、「国民感情、社会通念に真っ向から対立するもの」でもなく、「信徒の自由を著しく侵害するもの」でもありません。

被抗告人が抗告人に対して行う抗議活動は、抗告人の根本的教義変更及び根本的教義変更に関する質問に抗告人が答えないところに原因があり、その質問に答えるように本部職員に問いかけると同時に抗告人の会員達に教義変更の啓蒙を行うことが目的です。抗告人の礼拝儀式等の妨害が目的ではありません。それ故に礼拝開始時間には活動を終えるようにしています。

また、抗告人の根本的教義変更により、抗告人の会員達の間に多くの混乱が生じており、被抗告人澤田地平の家庭において夫婦別居状態が生起している(保全異議申立書2頁下から6行目〜)のはその一例です。被抗告人澤田地平の妻は抗告人の現会員です。抗告人が人の道を説く宗教法人であるのなら、抗告人は自らの権利を主張する前に根本的教義変更に関する被抗告人の真摯な質問に答えることにより、会員達の混乱を収拾することに努めてみてはいかがなものでしょうか。


独立教会

***

平成29年(モ)第51138号 保全異議申立事件
保全抗告申立

平成29年8月26日

東京高等裁判所 御中
抗告人代理人弁護士 鐘築 優

当事者の表示 別紙当事者目録記載の通り

第1 抗告の趣旨
1 原原決定の原決定により取り消された部分を認可する。
2 原決定のうち、取り消された部分を取り消す。
3 申立費用は、原原審、原審、抗告審を通じすべて被抗告人らの負担とする。
との裁判を求める。

第2 抗告の理由
1 抗告人は抗告人の本部教会(渋谷区松博1丁目1番2号所在。以下「本件本部教会」という)及び宮崎台研修センター(以下「本件センター」という)において礼拝、集会、研修、会議その他の業務を行っているが、平成29年1月22日以降、被抗告人らが本件本部教会ないし本件センターにおける抗告人の礼拝、集会等の業務を妨害したため、平穏に礼拝等を行う権利を被保全権利として被抗告人らが行う業務妨害の禁止を求める仮処分命令の申立を行い、これを認める仮処分決定がなされた。
2 ところが、原審である東京地方裁判所は、主文第1項中の以下の部分を認可し、同項中のその余の部分を取り消し、取り消した部分につき、抗告人の仮処分命令申立をいずれも却下する決定をした。
「債務者らは、下記道路上において、拡声器を利用するなどして大音量で演説する方法により、債権者の礼拝、集会、研修、会議その他の業務を妨害してはならない。


① 債権者の本部教会(東京都渋谷区松濡1丁目1番2号・別紙添付図1にて赤で表示)の敷地の北の角から半径50メートル以内の道路(別紙添付図1にて赤い丸で表示された範囲)
② 債権者の宮崎台国際研修センタ-(神奈川県川崎市宮前区宮崎103・別紙添付図2にて赤で表示)の敷地の周囲の道路(別紙添付図2にて黄色で表示)」

3 原審は、上記道路において被抗告人らが徘徊し、のぼりやプラカードを使用し、あるいは、債権者の役員、職員ないし信徒らにつきまとうなどする行為は債権者の権利を違法に侵害するものであるということはできず、仮に被抗告人らの行為について抗告人の権利を違法に侵害する部分があるとしても、被抗告人らの上記行為は、表現行為として社会通念上相当なものと認定する。

しかしながら、礼拝・儀式等の宗教活動が平穏に遂行されるためには、「敬度な雰囲気」の維持・造成が極めて重要な要素となるところ、「敬度な雰囲気」は大音量によってのみ損なわれるものではない。本件で被抗告人らが行ったごとき、のぼりやプラカードを所持し、徘徊し、参列者につきまとうなどの行為が行われたならば、敬度な雰囲気はたちまちにして損なわれ、平穏に宗教活動を行う権利は著しく侵害されるところとなる。

このことは、例えば葬儀中に葬儀会場の周辺で本件のぼりやプラカードを所持した者達が徘徊した場合や、神社での神前結婚、チャペルでの結婚式の最中にこうした活動が行われることを想定すれば明らかな通り、敬度な雰囲気は、こうした活動によってたちまちにして損なわれるのである。元より、他人の宗教儀式における敬度な雰囲気を損なうべきでないとの意識ないし国民感情は、既に社会通念の一部を形成するまで至っているのであり、そうであればこそ、労働運動の活動家や暴力団ですら、葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中にまで押しかけ、のぼりやプラカードを携行して徘徊するなどのことは行わないのである。

仮に原審の決定の故に今後、葬儀中や神前結婚の最中にまで敬度な雰囲気を損なう活動が日本全国で横行するなら、社会は大混乱に陥ることであろう。

敬度な雰囲気を尊重すべきことは、抗告人の礼拝等の宗教活動においても同様であって、現に、被抗告人が所属するサンクチュアリ教会においてすら、被抗告人らの活動は批判され、被抗告人らの活動に新たに参加する者などいない状況である。

従って、被抗告人らが徘徊し、のぼりやプラカードを使用し、あるいは、債権者の役員、職員ないし信徒らにつきまとうなどする行為は抗告人の権利を違法に侵害するものである。

原審の認定判断は、宗教儀式における敬度な雰囲気の重要性を著しく軽視し、大音量による妨害でなければ敬度な雰囲気を損なっても構わないとする異常なものであるが、こうした認定判断が健全な国民感情、社会通念に真っ向から対立するものであるのみならず、信徒の自由を著しく侵害するものであることは明らかである。

よってここに同決定の取消を求めるため、抗告の申立をするものである。

疎明方法

甲24 ブログ映像抜粋報告書

添付資料

1 甲号証 1通
2 資格証明書 1通
3 委任状 1通


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

« 前の記事  ホーム  次の記事 »

■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
ご連絡お待ちします。
■私の退会届
■제탈퇴선언
■天から来た通知
■過去記事目次

■ 最新記事

■ 最新コメント

■ 検索フォーム