審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

208松濤本部前行動3.25/家庭連合からの妨害行為

■御殿場の原理本体論セミナーの研修施設を訪れ、劉先生と話し合った後の帰り際、私から問いかけられた方相逸局長は、はじめから苛立ちを隠すことなく「バカ」とか「バカ野郎」という言葉を連発していました。私は「韓氏オモニは生まれながらに原罪はないのですか」と聞きました。何度か聞いた後、方局長はようやく「ない、ない、ない」と答えていました。この質問がどうして方局長を苛立たせたのでしょうか。

このような苛立ちの現象は方局長のみならず、全ての家庭連合の幹部責任者に共通に生じるものです。周藤健元講師は礼拝参加の度に聞かれ、ずっと沈黙を通していましたが、昨年12月17日、本部玄関扉前で苛立ったように振り返りざま「おかしくありません」と答えました。また、近藤局長は昨年11月21日の大阪1万名大会の折、私の質問を、できれば振り払いたいというように逃げながら、「お母様がおっしゃる通りです」と答えました。


■また井口康雄氏は同大阪大会の折、私の質問を大声でかき消し、なんとか無視しようと努力していましたが、しつこく「血統転換胎中からですか」と迫った私に、やぶれかぶれのように「当たり前じゃないか」という答えをしたのです。すなわち、誰も韓氏オモニが生まれながらに原罪がないとは、そもそも信じていないし、答えるとなればウソをつく以外にないので、その質問には答えたくないのです。

韓氏オモニの無原罪誕生という、突然降って湧いた、とんでも新理論に対して、幹部責任者の誰ひとりとして拒否できない大きな力が、上からのしかかっています。だから、できればその圧力を受け流して大勢に身を任せ、その問題には触れたくない、聞かれたくない、そっとしておいてもらいたいというのが本音なのです。

アメリカ指導者会議

■このとんでも新理論を一方的に押し付けられ、全員がそれを信じている振りをしながら、内心では誰も信じてなどいません。ですから、幹部責任者は基本的に原理に背く後ろめたさを抱えており、また、絶対に論争して勝てる訳がありませんので、彼らは正面からサンクチュアリとぶつかることを願っていません。

ところが今回、御殿場の劉先生と江利川会長に抗議するよう、趙誠一対外協力室長に命じられました。方局長も近藤局長も井口氏も、本音では御殿場まで来たくはなかったでしょう。しかし、御殿場まで行ってサンクチュアリにちゃんと抗議して来ましたという報告が出来る、その形だけでも作らなければなりませんでした。

方局長はセミナー2日目に御殿場を訪れ、劉先生に面会することは出来ましたが、面と向かって抗議するとかの余裕はなく、一方的に劉先生からの話しを聞かされっぱなしでした。だから帰り際、私から話しかけた時に、そのストレスで方局長は初めから苛立っていたのです。方局長は連れの若い男に劉先生と話し合っているところの写真を撮らせていました。自分が仕事をした証拠として、その写真を趙室長に見せる訳です。

近藤徳茂

■一方、近藤局長は3日目に事務所を訪れ、何らかのクレームを行ったことが、4日目に江利川先生が事務所に呼ばれたことで初めて分かりました。近藤局長のミッションも方局長と同じく、劉先生と江利川会長に直接会って抗議することだったはずです。そうでなければ、わざわざ御殿場まで来る意味がありません。しかし、受付でのクレームだけで済ませ、さっさと帰ってしまいました。趙室長にはどのような報告をしたのでしょうか。

近藤局長の抗議手法は、机の上で「法的手続をも辞さない」という常套句の通知文を書いて自分の名前に押印し、封筒に入れて発送して終わりというパターンしかありませんので、きっと、対抗相手に直接会って抗議するという、実体での応酬には慣れていないのでしょう。

また、今年1月14日、松濤本部での抗議活動の時、ガレージ前で周藤健の到着を待っている近藤局長を見つけ、私が挨拶したと思ったら、あっという間に逃げて姿を消してしまったことがありました。近藤局長は大阪大会で追いかけられたことがトラウマになり、私からの質問と動画撮影に敏感になっており、劉先生と江利川会長に直接抗議するとなれば、私がすぐに見つけ、必ずカメラを向けて食いついてくることは目に見えていますので、それを避けたのだと思います。

参考→190松涛本部前行動/何も言えない周藤健

■井口さんも劉先生と江利川会長に直接抗議するなら、大きな手柄になったでしょうに、事務所への抗議だけで済ませ、むしろ私から見つからないように隠れていました。

佳約式

■私達はもう1年以上も松濤本部前で抗議活動をしていますが、全ての教会員は幹部責任者を含め、無視を決め込んで私達の前を通り過ぎるだけです。少なくとも幹部責任者であるなら、 韓氏オモニを私達の批判から守り、擁護し、偉大な独生女、宇宙の母として証するべきでしょう。

ところが、何の反論も、抗議も、論争も、証しもありません。大西江原の両人が「礼拝妨害、通行の邪魔、声が大きい、近所迷惑」と言ってくるだけです。私達を論破し、説得し、回心させることを諦めているのです。彼らには真実がなく、自分達でも、初めから韓氏オモニを少しも信じていないのです。

***

■佳約式という言葉が、以下の証しの中に出て来ます。

□池生蓮:お母様と私との初めての縁は、真のお父様のお相手の選択のために私が個人的に百日精誠祈祷を捧げていたときではないかと思います。一九五八年の冬のことです。当時の教会の内的な雰囲気は、何よりお父様のお相手の選択に対する関心と精誠に満ちていました。当時、教会を通っていた大部分の女性たちは、未婚の女性であれ、おばあさんであれ、ひいては既婚女性であるとにかかわりなく、もしかしたら自分がお父様のお相手となって人類の真の母の位置に立つのでは、というどうしようもない人間的な欲心と期待でざわついていました。このような草創期の教会の雰囲気が、時間がたつにつれてある緊張と混乱を増すように思えて、私は、神様があらかじめ準備されたお母様が早く現れたらという気持ちが切実でした。

それで、このために個人的に百日祈祷を捧げることにしたのです。そのときの私は、梨花女子大迫害事件によって卒業を二か月後に控えて学校から追い出されたのち、ソウルの新世界デパートの向かい側にあった商業銀行本店で営業社員として働いていました。明け方五時に起きて、南山中腹で比較的安全そうな所を探して、毎日祈祷を捧げました。

「天のお父様、先生の内助者は何よりも先生に絶対的に従順に従い、先生のみ旨を理解する女性でなければなりません(当時、私たちはお父様を先生と呼んだ)。忍耐力が強く、心が揺れ動かず、み旨の道を行くのにどのような困難に突き当たっても耐え、一途な姿勢で先生を内助できる女性でなければなりません。ですから、私たちの貴い先生によく侍りながら、あなたのみ旨を成就するのに大きな力となりうるかたをお送りくださいませ」。

このような摂理的な条件のほかにも、お父様のお相手は、人間的にも資質が優れていて、真のお父様とよく調和する人でなければならないと私は考えました。それで、そのお相手が、美しい容貌にして、背が適度にあって、知能が高く、声も美しかったらという願いを、具体的に父なる神様に祈祷しました。

当時は、真のお母様を迎えるためにこのような精誠と祈祷を捧げた食口たちが、たぶん私以外にもたくさんいたはずです。天のお父様は私のこのような祈祷を、いや私たちすべてのこのような願いを聞き入れてくださいました。一九六〇年三月二十七日(陰三月一日)の朝四時、天は当時、一輪の花のようだった韓鶴子様をお相手として決定なさったのです。

私は、お母様がお相手に決まる前に、時折、教会でお母様を見かけたことがありますが、容貌がずば抜けているのが印象的でした。まるで苦労を知らないような貴い雰囲気があり、身なりがこぎれいであられました。当時、お母様の実の母であられる大母・洪順愛様は、お父様の食事を準備する仕事をされていました。お母様も当時は平凡な学生信徒として定期礼拝に参加されていましたが、時折、母親に会いに青坡洞の本部教会に立ち寄られたりすることもありました。

この証を書きながら当時のお母様のお姿が写っている写真を再び注意深く見ました。いつも感じることなのですが、お母様はずば抜けた美人の容貌をおもちになっています。韓国人は概して顔が丸かったり、角ばった四角型ですが、お母様の顔はあごのほうに下がるほど顔の線が柔らかく内側に集まる、いわゆる卵型です。それとともに、顔の左右のバランスが完璧に取れており、容貌の一つ一が繊細にして全体的な調和を成しておられます。お母様が人々の間におられたら、まずこのようにずば抜けた美しさのために、あたかも鶏群の一鶴のような光を発せられるのではないかと思います。お母様の名前の鶴子は、当時の容貌と感じをとてもよく表現していると思います。私が神様に祈祷を捧げながら夢うつつの中に想像していた真のお母様の姿よりも、はるかに幼いかたが、いざお父様のお相手に選はれたことで、私は初めは腑に落ちずに心配にもなりました。「あのように幼いかたが、かくも困難なメシヤのみ旨の道をお父様と共に歩むことができるのだろうか」。

佳約式(夫婦になる口固め)に出てこられたお母様は、きわめて慎重で注意深かったです。天の摂理の道の第一歩を踏み出されるお母様の姿には、天が六千年の復帰摂理を通じて準備しておかれた宇宙の母としての品位が滲みでていました。私はそのようなお母様の姿を見ながら、神様が私の祈祷を聞き入れてくださったようで、とてもほほえましく感じました。お母様はこの日、「春が来ると山野につつじの花が咲く。つつじの花が咲く所に私の心も咲く…」と歌われましたが、声が玉のように澄んで清らかでした。お父様は今でもお母様にこの歌を時々歌うようにおっしゃいますが、たぶん私のようにそのときの清らかな美しさを覚えておられるからなのでしょう。

お母様はご聖婚初期にはほとんど話をされることなく、いつも静かで落ち着いた態度で私たちの前に姿を見せられました。各種の教会行事や食口たちの集いで、お父様の傍らや後ろに従順に座っておられ、沈黙を平安に守られるのはもちろん、喜怒哀楽の感情の変化を少しも表にお出しになりませんでした。

終始一貫という言葉で表現することのできるある落ち着きと沈黙の印象が、当時のお母様の周りを常に包んでいました。周囲に起こる変化をすべてご自身の心の中で深く観察されて、経験と直観を心の内にのみ積まれていかれるようなお母様の内性的な姿勢は、むやみに干渉することのできないある種の威厳に感じられたりもしました。このようなお母様の一様な威厳は、四十年過ぎた今日にいたるまでそのままであり、慈しみ深い品性を知りながらも人々は、お母様に対して控え目になるし近づきがたく感じるのです。時間が流れるにつれて、私はお母様のこのような一様な威厳と言行が、どれほど大きい力で教会とお父様の仕事を助けてきたかを悟るようになりました。(2002.12.1)


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ホーム

207原理本体論絶対性教育3.16/韓氏オモニは佳約式で原罪を精算した

■3月16日から21日まで、劉正玉(ユジョンオク)先生の原理本体論絶対性教育セミナーに参加してきました。原理本体論修練会には過去何回か参加していましたが、この度はサンクチュアリ教会員になって初めての参加でした。原理本体論というのは、現在の劉先生の講義のように統一原理との境目が分からないようなものではなく、李相軒先生が原理講論を厳密に引用しながら、統一原理とは完全に独立した統一思想を打ち立てられたように、統一原理とは全く別個のものとして語られるべきではないかと、私は考えていました。

それでこそ、統一原理の次の段階で現れた新しいものだということが分かるし、原理本体論とは何なのかという問いかけに対してもすぐに答えることが出来ます。総序の最後に「時が至るに従って、一層深い真理の部分が継続して発表されることを信じ、それを切に待ち望むものである」と書いてある、その続きの部分こそが原理本体論であるべきではないかと、ひとり考えていました。


■しかし、今回聴いてみて、原理本体論とは、お父様のみ言を総動員して体系化された、神様及び摂理に関する一大論理体系なのだと思うようになりました。劉先生は講義に、原理原本、原理解説、原理講論、統一思想、勝共理論などの全てを動員し、かつご自分が直接お父様から薫陶を受けた内容をふんだんに採り入れておられます。そして、その手法がお父様の承認を受けているのです。

現在は原理本体論講義の権威者は劉先生だけですが、劉先生だけではこの一大論理体系をとうてい完成できないでしょう。最終的には、その同じ手法により、誰かにより、あるいはしかるべき機関により、過去のあらゆる文献資料記録及び証言などを網羅しながら、時間をかけて構築されていくのが原理本体論なのだと、私は納得することに致しました。

劉先生静止画13

■劉先生は講義の中で極めて重要な次の3点を語られました。

①佳約式で韓氏オモニの原罪精算

韓氏オモニがお父様の新婦として揀擇(かんたく=王妃として選ばれること)され、1960年4月11日に聖婚式が挙行されるにあたり、それに先立ち、韓氏オモニの原罪を精算する佳約式(かやくしき)という儀式が執り行われたそうです。それは36家庭の立ち会いの下に行われたということで、このことは劉先生が金栄輝先生から聞かれたそうです。佳約式について小山田先生もご存知でしょうかと、私が劉先生に伺ったところ、「多分知ってるでしょう」とのことでした。

佳約式

当然知っておられるはずです。小山田先生はこれについて質問されたら何とお答えになるのでしょうか。教会の伝統歴史、摂理やみ言については何でも知っているというご自分のプライド(を持っておられるように私は思うのですが)にかけて、「知らない」とは言いたくないでしょう。では「知っている」と言えるでしょうか。これも言えないでしょう。早く小山田先生に遭遇して、この質問をぶつけてみたいものです。

宣布式

②韓氏オモニがお父様の原罪を発見

韓氏オモニがお父様に原罪があるという発言をしたことについて、劉先生が韓氏オモニに対して、それは原理にはありませんとおっしゃったところが、「お前は原理講師でありながら、そんなことも分からないのか。お父様に原罪があるということは私が発見した」と、言い返されたそうです。今まで韓氏オモニのお父様に原罪があるという発言は、康お母様の言葉以外は、伝聞情報にとどまっていましたが、この度「私が直接聞きました」ということで、劉先生が証言され、またその映像も残りましたので、これに関する家庭連合批判もしやすくなりました。

③9月2日時点で意識のあったお父様

劉先生は2012年9月2日(講義ではこの日の「午前9時」と語っておられます)、幹部達と一緒に聖マリア病院から清心病院に移送されたお父様に面会に行かれました。この時お父様は目を開けて劉先生を認められ、また何かを語ろうとされ、更に足まで動かされたそうです。8月28日にお父様の回復は絶望的であるという医師の判断が示され、幹部達の会議で清心病院への移送が決定され、8月31日夜7時40分頃にお父様は清心病院に到着されました。お父様は9月3日の午前1時54分に聖和されましたが、9月2日午前9時時点で、お父様にはっきりとした意識があったという驚きの証言が、劉先生の口から出てきました。

これ程に意識のある状態のお父様を、どうして世界最先端の医療設備と優秀な医師を擁する聖マリア病院から、集中治療室さえない清心病院に、それも絶対安静が必要であるはずなのに、車に載せて移動するなどということが行われたのでしょうか。普通なら、そんなことをするからお父様は寿命を縮めてしまったじゃないかという批判を浴びてもおかしくありません。移動する必要はないし、移動してはいけないでしょう。もっと格上の病院に移動するという場合にのみ、移動のリスクを天秤にかけながら、慎重に検討してみるということならあり得るでしょう。

■劉先生の原理本体論の講義案P.313に、基元節の項目があり、「基元節は2010年1月13日に宣布された日から数えて三年目の2012年1月13日を内的に勝利され、満三年目の2013年1月13日に内的勝利を外的に天宙の前に宣布した日です。このように基元節によって内的・外的ともに完全に勝利されました」とあります。この記述に対して、セミナー参加者のひとりであった柳教授が突然立ち上がって、終了近くまで平穏に進んでいたセミナーの雰囲気をぶち壊すのもかまわず反論されました。

しかし、劉先生はそれには答えず、曖昧なまま、次の講義に進んでしまいました。講義中、至る所で韓氏オモニへの批判を語られていた劉先生ではありますが、基元節が完全に勝利したというこの記述は、劉先生の信仰の軸がどこにあるのかを疑わせるものです。この講義案は印刷が2018年3月15日となっており、今回のセミナー向けに新たに印刷されたものですから、劉先生が完全なサンクチュアリサイドであるなら、この部分は書き直されていてしかるべきでした。

基元節小

■この部分に「基元節は2010年1月13日に宣布された日から数えて三年目の2012年1月13日(これは陰暦、陽暦では2012年2月4日)を内的に勝利され」とありますが、内的な勝利とは何を意味するのでしょうか。私は2012年1月19日(これは陽暦)の訓読会と、その前日に行われた韓氏オモニの謎の結婚式について、個人的に劉先生に質問しました。劉先生は2012年1月19日の訓読会に参加しておられ、その時お父様が激怒され、ルーシェルよりも恐ろしいと語られた様子を話して下さいました。しかし、その前日の謎の結婚式につては、自分はそれを見ていないので確かなことは言えないと話しされ、答えを避けておられました。

この謎の結婚式の5日後の2012年1月23日(陰暦では2012年1月1日)に本来の完成期の結婚式が予定されていましたが、謎の結婚式のおかげで、それは1年後の基元節2013年1月13日(陽暦では2013年2月22日)当日まで延期されたということは劉先生も認めておられました。この完成期の結婚式の為に、玉爾や杖が準備されており、その結婚式に参加する心づもりで自分は日本から来ていたと語られました。そして、この予定された結婚式はできなかったけれども「お父様はおひとりでなさった」と言われました。

その「お父様はおひとりでなさった」ことをして、「2012年1月13日を内的に勝利され」と講義案に記述しておられるのです。2012年1月19日の訓読会については、セミナー最後の質疑応答の時間に質問が出ていました。劉先生はその時のお父様の激しい叱責ぶりを話して下さいましたが、その前日の謎の結婚式については、やはり触れたくないようでした。

■六マリア問題についての質問も出ていました。劉先生は、「私もよく分かりません。どうしてかと言うと、そういった状況の中に私がいなかったからです」と、逃げておられました。劉先生は講義の最後に、「神様を中心としてお父様がなさったことだから、本体を明らかにする時には秘密があってはいけない、全部明らかにしなさいとおっしゃいました。お父様は、これは秘密だから守りなさいと言ったたことも、全部教えて上げてもいいと。お父様が教えないことでも、お前が暴露することがあるならば全部言いなさいと、お父様がそこまでおっしゃったんですね。でも私は恐いんです」と語られ、いずれ、秘密(六マリア問題のこと)は明らかにしなければならないと考えておられるようですが、「恐い」とおっしゃるように、まだ決意できないでおられるようです。

■このセミナー期間中、連日、家庭連合からの妨害行為がありました。まず、セミナー開催前なのか開催当日かは分かりませんが、この施設の事務所宛にサンクチュアリ協会に施設を使わせるべきではないというクレームの電話が何本かあったようです。親が反対しているのに子供が参加しているとか、サンクチュアリ協会は宗教団体であり、宗教活動に公共の施設を使わせてもよいのかといった内容だったそうです。

そして2日目には、昼休みの時間に方相逸(バンサンイル)局長が訪ねて来て劉先生と話をし、講義時間になると方局長は1コマ(1時間半)、講義に参加し、それが終わった後、また劉先生と話をしていました。殆ど劉先生が一方的に語っているのですが、休憩時間を過ぎ、講義の時間に食い込んでも、まだ話は続いていました。研修室の中であればよかったのですが、ロビーで、それも大きな声の韓国語だったので、これが他の団体の目にとまり、事務所に報告されたのだと思いますが、活動外行動として、後で職員から注意を受けることになりました。

方局長は劉先生に韓氏オモニの悪口を言ってほしくないということをお願いしたようです。私は方局長が帰る時、いつもの「韓氏オモニは生まれながらに原罪はないのですか」という質問をぶつけたのですが、方局長は「ない」と答えました。方局長は駐車場へ向かう途中で研修棟へと引き返し、研修室のドアを開けて講義中の劉先生を廊下に呼び出して、私達が付いてくるので帰れないと訴えました。このことで、私達は方局長を駐車場まで追いかける(見送る)ことが出来なくなりました。

方相逸局長

■方局長が劉先生と話し合っている時に、あるひとりの人物がこの施設の事務所に現れて、サンクチュアリ協会の施設利用に対してクレームしたそうです。そのクレームがあったために、こちらの総務担当スタッフが呼び出されて事務所に出向いたところ、そこに井口康雄氏がいたそうです。方局長は若い男と二人連れでしたが、井口氏も一緒に来ていたのです。家庭連合は、この日少なくとも3名でこの施設を訪れていたのです。

方局長は講義にまで参加して2時間半ほど研修棟にいましたので、井口氏は車の中で方局長の帰りを待ちあぐねていました。そして、方局長は帰ろうとして駐車場へ向かう途中で、そのまま車のところまで行けば、追いかけて来た私達が井口氏を発見し、驚きと喜びの歓声をあげ、狂気乱舞するであろうことに気がついたのです。私がこのセミナーに参加していることは井口氏は知っていたはずですから、私と鉢合わせして、そのような事態になることだけはくれぐれもないようにと、前もって井口氏からお願いされていたことを方局長は思い出したのでした。

そこで、方局長は研修棟に引き返し、劉先生を呼び出してまで、「自分は早く行かなければならないけど、ずっと付いてくる」と訴えたのです。私達は歩きながら方局長に話しかけていただけですから、方局長が「行けない」ということはあり得ません。本音は、私達に駐車場まで来てほしくなかったのです。方局長の目論見通り、私達はサンクチュアリメンバーに取り押さえられるような形で、遠くから方局長を見送るしかありませんでした。

■次に、3日目は近藤徳茂総務局長が直々に事務所を訪れています。このことは4日目に事務所に呼ばれた江利川会長が事務所の職員から聞きました。そして4日目も何らかの形でクレームがあったようです。家庭連合はサンクチュアリ協会が問題のある団体だということを説明する資料を提示し、またFMで発信している講義の日本語通訳を傍受して聞いたところ、宗教活動を行っていることが確認されたということを言って来たとのことでした。

これも4日目のことですが、私が昼食時間に研修室に居残っていて、控え室として借りている隣の部屋にたまたま入ったところ、ある男が携帯で写真を撮っていました。私は昼食から早めに帰って来たセミナー参加者かと思い込み、すぐに部屋を出て行ったその男をやり過ごしたまま、後ろ姿しか見なかったのですが、後で確認するとそのような男は参加者にはおらず、間違いなく外部の人間でした。家庭連合の人間であるとしか考えられません。

■このようなことで、御殿場の遠隔地まで連日足を運ぶ幹部責任者もご苦労なことです。本人達は趙誠人(チョソンイル)から命じられるままにやるしかないのです。この施設は家庭連合も使っています。また、全国の家庭連合は最寄りの同様の施設を利用しているはずです。自分達のことを考えれば、安易に私達のこの施設の使用に対してクレームはできないはずですし、本音ではやりたくなかったでしょう。職員はサンクチュアリ協会が家庭連合からの別れであることを理解していたそうです。

家庭連合が宗教活動を理由に公共施設の使用を制限させようとした妨害行為は、かえって職員から嫌われる結果になったと思います。その報いで、今後、家庭連合の名前ではこの施設は使いにくくなったでしょう。もっとも、家庭連合傘下のグループはいろんな名称をつけていますので、その場合、家庭連合であるとは分かりません。しかし、宗教団体である家庭連合の本部が直々に、宗教活動を行う団体に施設を使用させてもよいのかというクレームを施設側に何度も行うということは、宗教団体としての自殺行為と言えるのではないでしょうか。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ホーム

206松濤本部前行動3.11/自衛のためのAR-15

■3月1日に 韓氏オモニから堀正一南東京教区長を副会長にするとの人事発令があったそうです。この1月5日に5地区体制になり、副会長は2人いますが、どちらかと入れ替わったのでしょうか。2世副会長の誕生ということで、新鮮な風を感じたいところですが、私としましては、韓氏オモニの前で「無条件」踊りを肥った体で精一杯に踊っていた情景を思い出してしまいます。渋谷教会は堀教区長の拠点なはずでしたが、抗議活動中に見かけることは殆どありませんでした。ところが昨日は、その特徴的な姿を私達の目の前にあらわにして道路を横切って来ましたので、即座に「韓氏オモニを担いで出世しましたね!」と、言葉をかけてあげました。


■さて、江原部長がやたらとマシンガンという言葉を口にして絡んできましたので、サンクチュアリのAR-15は自衛のためのものであるという説明をしました。自衛隊の例を引き、あくまでも自衛のためだからと、念を入れて納得してもらうように話をしましたが、本人は絶対に納得したくないという姿勢でしたので、きっと、私の説明はすぐに忘れてしまったことでしょう。江原部長は「マシンガンをすきとくわに変えろ、お父様は語ってるでしょ」と言いながら、サンクチュアリがお父様のみ言に反しているということを主張していましたが、以下のお父様のみ言をしっかり読んで頂きたいものです。

 空気銃について関心を持て
(「シャボン玉のブログ」より)
https://yuun0726.muragon.com/entry/426.html

それで先生が一つ話したいことは、先生はこの地で銃を中心として事業をしてきたので、今後、統一信徒たちは銃に対して関心を皆が持たなければならないということです。なぜ?サタン世界が銃を中心として征服したので、私達が銃で世界を征服するのではないですが、銃を持って力の塀(へい)を作っておかなければならないのです。今後、後世の人々が、先生がなぜ銃に関心を持ったのかを考えることでしょう。サタン世界の攻撃を防御する塀(へい)を作るにあたって、絶対に必要なので先生が銃に関心を持っているのです。わかりますか?「はい」

1970年代になれば、先生が直接精誠を込めて導いてきた時代が過ぎるのでそれ以前に作った銃は今後、歴史において宝物になるのです。今後、1万5千ウォンのものが150万ウォン、1千5百万ウォン、1億5千万ウォンを出しても買えない時が来ます。各家門ごとにこの銃一丁を互いに保管すると争いが起こる時が来ます。何の話か分かりますか?「はい。」

したがってそれを知っている先生が皆さんに貴重なものとして残せる遺物(=形見)を抱かせてやらなければならない立場にあります。ですから今年、統一教会の食口たちは全部皆、銃を一丁づつ買わなければなりません。​ただであげましょうか?貰うのが好きな人にはただであげましょうか?「買います」

今後、皆さんの中で娘のいる人はその娘が嫁に行く時にこの銃を持って行けば、​婿に礼物(=結納)として千万金を相続することと匹敵する時が来るでしょう。​これから数年だけ過ぎて、先生が世界的に発表する日には価値が上がるのです。ですから配当受けたもの、あるいはただで得たものはすべて返して買えというのです。​女性たちも買わなければいけません。

済州島にて

先生が細かく計画して話してあげるのですから、この銃を持たなければいけません。ところが皆さんがお金がないので、1年半月賦で貸与してあげるのです。ですから月にいくらずつと集めて何としても支払わなければなりません。銃を買ったら、その次には撃ってみなければなりません。そうしてこそ、その銃に対しての挨拶をするのです。

銃を買ってもそのまま置いて見物だけしていれば、銃が泣くのです。嫁に来たならば、赤ちゃんを産めるようにしてあげてこそ嫁に来た甲斐があるのに、新郎が手首さえ一度も掴んでくれずにそのままにしておけばいいですか?​新郎がどのようにしてでも、花嫁が赤ちゃんを産めるようにしてあげなければならないのです。同様に銃も飾っておいて眺めているだけではいけません。誰よりもたくさん愛用しなければならず、昼も夜も常に触れなければなりません。もし女性が銃を胸に抱いて愛用すれば、銃も喜ぶでしょう。なぜなら銃は男性的だからです。男性は銃をむやみに扱うので簡単に故障しますが、女性はいくらむやみに扱おうとしてもだめです。

そのため愛用するのはまず女性が有利だというのです。銃は男性的だから女性が喜んで迎えてくれれば、どれほど嬉しいでしょうか?ですから片隅に打ち付けて置かずに、自分の手が届く一番近いところに置きなさい。勉強する時はペンケースよりも少し後ろに置いて鉛筆を掴むたびごとに一度ずつ触れなさいというのです。

いつの日か、先生が全国の女性食口たちを大集合させて、実際に弾丸を入れて標的に命中させる訓練をするつもりです。今は皆さんは理解できないでしょうが、そのような時が来るでしょう。​ですからその時に備えて、皆、銃を撃つ方法を覚えなければなりません。また、女性たち、馬に乗るのは好きですか?映画を見ると女性が馬に乗って走るのを見るのですが、気持ちがいいですか、悪いですか?どうせなら気持ちよく男の味わいで天下に号令するように走れなければなりません。

今後最も人気のあるスポーツ競技は何になるか?サッカーは過ぎ去ります。サッカーがなくなるのではなく射撃が最も人気のある競技種目になるということです。文明が発展すればするほど、人々は刺激的な感覚があることを必要とします。詩を詠んも「光明できらびやかな朝よ」というように形容詞を多く駆使して感覚の根をしっかりと突くことが好きだというのです。

では、一番刺激的な運動が何か?サッカーを見ると、ボールでもって走ってばかりいて大きな刺激を与えません。しかし、皆さんが江原道(カンウォンド/地名)の谷に入って銃を撃ったとしたら、その音がいかに大きいか考えてみなさい。ドーン、タンタン。谷で撃てば、その周辺の山の中のすべての獣が神経を集中して人々までも一瞬にして関心を持つようになります。これ以上刺激的なものはないというのです。

またそれだけではなく、走っていくイノシシをターン!と一度撃つと血を撒きながら足を広げて倒れるのです。これが非常に刺激的です。そのため、男性は狩猟が好きなのです。​そのようなことをたくさんすれば、ご飯を食べることよりも面白いそうです。したがって、今後残る運動であれば、刺激的な運動です。世界的な統計を見ても射撃への関心はますます高まっていることを知ることができます。ですから今後、国防は心配ないというのです。

では、そのような刺激的な競技に女性が出場しますか、しませんか?「します。」出場することになれば、先生がコーチになって監督になるでしょう。そうなれば、私たち統一教会の女性たちが射撃代表としてオリンピック大会に出場できるかもしれません。実力があるのに女性だからと送らないかもしれません。そのような意味で、皆、銃を一丁づつ買うのです。分かりますか?買いたければ買って買いたくなければ買わなくていいです。​銃を売るためにそうしているのではありません。その代わり、後で後悔しないでください。

(み言葉全集26巻:P96-99)
体恤的な信仰人(체휼적인신앙인)1969年10月18日(土)
大邱(テグ)教会巡回時に語られた御言葉

***

■永田正治さんの銃器所有に関する論文です。

 「銃と平和-アメリカ・スイス・日本」

***

■韓氏オモニは神様は男性格主体ではないと語り、神様が独りの父であるということをはっきりと否定しましたが、それがいかに大きなお父様への反逆になるかは、以下のみ言を読めばよく分かります。

 宇宙の根本は父子の関係

先生は、神秘的な境地に入って、「宇宙の根本は何か」について調べた時がありました。神様からの返事は、「父子の関係だ。父と息子だ」でした。結論がそれなのです。

「神様はいらっしゃるのか」と考えていた、昔の記憶を振り返ってたどってみると、真剣になるのです。神様を考えるためには、まず自分自身を考えなければなりません。「自分はどこから来たのか。母親から来た。それでは母親はどこから来たのか。母親の母親から……。どこまでさかのぼっていくのだろうか。人間のいちばん初めはどのようになっていたのだろうか。本当に神様が造られたのだろうか。数多くの人種が生きているが、私はどの系統なのだろうか。人々とは、どのような関係になっているのだろうか」。このようなことは、すべて吟味しなければならない問題なのです。一から十まで、すべてそうなのです。

父子の因縁

それでは、神様と自分はどのような関係を結ぶのでしょうか。歴史的関係だろうか、時代的関係でしょうか、未来の関係でしょうか、どのような関係なのでしょうか。人間と神様の関係、その関係は何を中心としており、何をキー・ポイントとしているのでしょうか、それが問題です。

神様を知れば、自分の位置と価値を知るようになります。また関係をはっきりと確認することができるのです。神様がいらっしゃるなら、神様とは何でしょうか。神様の希望とは何でしょうか。神様の願いとは何でしょうか。私たちの生活のように、神様にも事情があるはずですが、神様の事情とは何でしょうか。神様が喜ばれる心情の世界は、何を中心としているのでしょうか。神様の目的とは何でしょうか。この希望や心情などの問題をすべて総合して結論を下せば、「人間」というものになるのです。

それでは、人間と神様の関係は、何によって連結されているのでしょうか。それは、心情基準を通過しなければ分かりません。奥深い所に入っていって祈祷してみなさい。祈祷して尋ねてみなさい。宇宙の根本とは何でしょうか。「父子である。父母と子女。最初の基準として、人間と神様が父子の関係である。天的心情、天的血統を中心とした父子の関係が宇宙の根本である」と答えるのです。

「天のお父様!」と叫べば、宇宙のすべてのものが、そこに集まるのです。「お父様」という言葉は、全体に対する一つの定義です。
すべての存在の表象の中心語として感じてくるのです。そのような立場にまで入っていかなければなりません。自分の心にどのような思いがわき出ても、神様が自分の父母であるということを否定することはできません。そして、神様も自分に対して「そうだ」と言われるのです。そこに至って、疑うことのできない父子関係を結んでいくのです。

敬拝式2

そのように宇宙の根本は父子関係なのです。万物は子女のための庭園です。神様をはっきりと知れば、創造原理が自然に出てくるのです。「私の心と体はこのような関係になっている。神様を中心として相対基準を造成して四位基台を維持することができる。それを連続的に維持するためには授受作用をしなければならない」。そのように神様をはっきりと知れば、創造原理を自然に悟るようになるのです。

それで、先生は没頭したのです。宇宙の根本は何かという問題に対して、九年間も身もだえして解決しました。知ってみるとどんなに簡単であるか、「やあ、このように簡単なことが分からなかった。みなもっていたのに分からなかった」と思いました。(「真の御父母様の生涯路程①」P.210〜)


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ホーム

205損害賠償請求裁判(原告準備書面3への反論)

■家庭連合から約345万円の損害賠償を請求されている裁判は、今まで5回の口頭弁論(2017.7.25/9.19/11.7/12.12/2018.1.30)が行われました。まだまだ続きそうです。先回1月30日には家庭連合から証人尋問の申し出があり、家庭連合から近藤局長と澤拓副局長が証人として出廷し、私達の妨害状況とそれにいかに対処したか、及び被害状況と警備員を雇わざるを得なかった事情等について証言するそうです。

ところで、昨日から今日にかけて、私がVimeoにUPしている動画全てが見られなくなる現象が生じました。幸いに午前中には復旧したのですが、どうも家庭連合がクレームを出して、Vimeo側が私のアカウントを削除する動きをしているのではないかと思われます。YouTubeのアカウントが削除されたのと同じ事態になることを考えておいた方がよさそうです。

原告準備書面3小

***


事件番号平成29年(ワ)第17877号 損害賠償請求事件
原告 世界平和統一家庭連合
被告 澤田地平外3名

準備書面3


東京地方裁判所民事第45部合議A係御中

平成30年1月25日
〒134-0088○○○○○○○○○○○○
被告 澤田地平
被告 ○○○○
被告 ○○○○
被告 ○○○○


平成29年12月12日付け原告準備書面3に対する意見を以下に述べます。
 
 会場内の警備費用は被告とは無関係
原告準備書面3の1ページ下から7行目以降に、「有明コロシアムにて大会が行われた際、警備業者は会場内を警備したのであり、原告のスタッフ等が会場の内外を警備したものである。被告らが会場敷地内に侵入した際も、対応したのは原告のスタッフであり、警備業者は会場内にいたため被告らの目にとまっていないに過ぎない。但し、この日、警備業者の監督的立場で来場していた株式会社IMSPの警備部長牧村博一だけは、無線連絡を聞きつけ、駐車場に駆けつけたものであり、同人は原告ら提出の映像(乙13号証0:30〜0:43等)においても写っている」とあります。

これによると、甲15号証の請求書に係わる警備員は有明コロシアム会場内を警備していたということであり、国際展示場駅周辺でビラまきをした被告らとは、何ら関係がありません。そのように関係のない警備員の警備費用を被告らが請求されるいわれはありません。

 警備部長牧村博一はどこにいるのか
また「株式会社IMSPの警備部長牧村博一だけは、無線連絡を聞きつけ、駐車場に駆けつけたものであり」とあり、警備員のうち一人だけは被告らに関係があるように述べていますが、このことにより甲15号証の請求額を被告に求める根拠とは到底なり得ません。

株式会社IMSPの警備部長牧村博一をネット検索すると、本人の写真が見つかります。この警備部長牧村博一は「原告ら提出の映像(乙13号証0:30〜0:43等)においても写っている」とのことですが、乙13号証は、おそらく乙12号証の間違いであり、そして、乙12号証の動画で有明コロシアム駐車場に警備員が出てくる場面(乙12号証0:30〜0:43)をチェックしてみても、警備部長牧村博一らしき人物を特定することはできません。どの人物を指して原告は「写っている」としているのでしょうか。警備部長牧村博一と有明コロシアム駐車場における警備員の写真を乙29号証として提出します。

 警備員雇用の理由になり得ない朴鐘淳のケース
原告準備書面3の3ページ上から7行目以降に、「元信徒で現在サンクチュアリ教会の信仰を持つ林(ママ)鐘淳が突然礼拝堂に侵入し、教区長に書籍を投げつけ、殴りかかったため、居合わせた信徒らによって取り押さえられ、警察に引き渡されるという事件が起きている」とあり、これを根拠に「サンクチュアリ教会の信仰は会員らを『狂気』に陥れる要素を内包している」と断定し、この「狂気」が被告らにもあるとして、原告が警備員を雇った理由にしています。

朴鐘淳が教区長に殴りかかった理由は何なのでしょうか。それを明確にせず、「サンクチュアリ教会の信仰は会員らを『狂気』に陥れる要素を内包している」と断定することは出来ません。また、朴鐘淳がどの程度のサンクチュアリ教会の信仰を持っているのか、この記述では不明ですし、それ以前に、本当にサンクチュアリメンバーなのかどうか、原告はそれをどのように証明するのでしょうか。

更に、朴鐘淳が教区長に殴りかかったことをして「狂気」と呼んでいますが、現在の朴鐘淳に「狂気」があるのなら、それはサンクチュアリ教会の信仰によって生じた「狂気」ではなく、その以前から潜在していた可能性も否定できないのであり、朴鐘淳は元信徒とのことですから、その「狂気」は家庭連合の信仰と関係があるという見方も出来るでしょう。
ですから、朴鐘淳の暴力行為をして、被告らに「狂気」があることの根拠とし、それにより原告が警備員を雇ったことを正当化する原告の論理には、無理があり過ぎます。

 暴力男の狂気は家庭連合の信仰ゆえか
被告らは現在も松濤本部前での抗議活動を続けており、この1月21日においても実施しました。この時、一人の男が被告澤田地平に殴りかかって来ましたので、この動画を乙30号証として提出します。

WANTED.jpg

被告らの抗議活動に反対するこの男は、家庭連合の信仰を持っていると考えられますので、原告が朴鐘淳の例を引き、「この事件から明らかな通り、サンクチュアリ教会の信仰は会員らを『狂気』に陥れる要素を内包している」と主張するのなら、この暴力男の例によれば「この事件から明らかな通り、家庭連合の信仰は会員らを『狂気』に陥れる要素を内包している」と主張出来ることになります。原告はそれでよいのでしょうか。

 お母様は真の愛と真の血統を持っていません
原告準備書面3の10ページ下から9行目以降に、「なお、文師はこの説教を行った時点で『聖霊は神様の娘として来られました』と語っているが、ここで言う『聖霊』は、神様の娘として2000年歴史を経て誕生した韓鶴子女史以外にはあり得ず、その韓鶴子女史が『神様の娘として』来たという以上、神の血統に属する無限罪の娘として生まれたことを意味するのは当然のことである」とあります。

乙31号証2

文鮮明師は1993年12月20日に、「そういうふうにして真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか?なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです。入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか?それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つになるということです。分かりましたか?分かりましたか?」と語っています。

ここに「お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」及び「お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです」とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無限罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります。この文鮮明師の言葉を記載している本「訪韓修練会御言葉集」の外観及び奥付の写真と、当該ページP.185及びP.186の写真を乙31号証として提出します。


 韓鶴子氏は文鮮明師を裏切っている
原告準備書面3の11ページ上から3行目以降に、「更に、1992年8月24日に開催された第1回世界文化体育大典の祝賀晩餐会で文鮮明師は『私と妻の韓鶴子女史は、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシヤであると宣布します』と述べている。従って、この内容が『嘘』だというなら、文師が嘘を述べたと言っているに等しく、結局のところサンクチュアリ教会は韓鶴子女史を否定するのみならず、文師をも否定する団体だと言えるのである」とあります。

被告らは、2015年以降に退会もしくは除籍されるまでは、世界平和統一家庭連合の会員でした。ですから、当然のことながら上記文鮮明師の言葉も知り、「文鮮明師と韓鶴子女史は、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシヤである」と固く信じていました。そして、この文鮮明師の言葉に関しては今も信じているのであり、その内容を「嘘」だと考えているのではありません。

乙33号証1

ところが、文鮮明師が2012年9月3日に死去して以降、韓鶴子氏は文鮮明師の教えを否定するようになり、その言動を通じて、韓鶴子氏は文鮮明師と一体の境地にないということが明らかになりました。継続的に韓鶴子氏が文鮮明師と共に、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシヤであるためには、韓鶴子氏が文鮮明師と継続的に一体の境地にあることが必須の条件であると被告らは考えていますので、一体の境地にない現在の韓鶴子氏は「人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシヤである」とは言えないというのが被告らの見解です。

それ故に、被告らの準備書面1の15ページ下から9行目以降に、「家庭連合の幹部及び責任者達は韓鶴子氏に逆らうことが不可能なのであり、それまでの教義とは違う『独り娘(韓鶴子氏のこと)も原罪なく生まれた』という韓鶴子氏の言葉を受け入れざるを得ないのです。そこで仕方なしに、『文師だけでなく韓鶴子女史もメシヤであるというのが家庭連合の教えである』という嘘を教え始めました」と書きました。

韓鶴子氏は2017年10月25日に①「私は50余年の間、何も言いませんでした。すべて知りながらも黙っていました」及び②「ですから50年の間、耐えてきたのです。知らなくてそうしたのではありません」と語り、2017年11月4日に③「私でなければならないと決心したのです。ですから私は話すことのできる時を待っていたのです」と語り、2017年12月15日に④「私は50年間待って、『私が独り娘である』と宣布しました」と語っています。

乙33号証2

韓鶴子氏は文鮮明師と1960年4月11日に文鮮明師と結婚し、文鮮明師が2012年9月3日に死去するまでの52年余の間、夫婦として連れ添いました。上の韓鶴子氏の言葉は、文鮮明師と夫婦であったこの52年余のことを述べており、この間、韓鶴子氏は文鮮明師に何かを話さないで隠し、黙ったまま忍耐し、それを話すことのできる時を待っていたということであり、そして文鮮明師が死去して初めて「私が独り娘である」と宣布しましたということから、「私が独り娘である」ということが隠していたことであり、話したかったことであるということが分かります。

このように、夫である文鮮明師に隠し事をしていたことを公言し、夫が死んで後、本音を語っているのですから、現在の韓鶴子氏は文鮮明師と一体の境地にないことは明らかなのです。韓鶴子氏は文鮮明師を裏切っていると見ることが出来ます。韓鶴子氏の上記4つの発言は、韓国家庭連合の傘下組織PEACE-TVが公開している飜訳の字幕付き動画で確認することが出来ますので、当該発言箇所を集めて編集した動画を乙32号証として、またその発言場面の画像を乙33号証として提出します。

 嘘をついて真実を隠す原告の罪は大きい
原告準備書面3の2ページ下から3行目以降に、「被告らは、原告が根本教義を一方的に変更したとか、そのため家庭が崩壊したと主張するが、いずれも否認する。ちなみに、被告澤田地平の家族関係が悪化したのは、原告の創始者文鮮明師が第2教主として指定した韓鶴子女史に従わず、文師の7男に従うようになったため、韓鶴子女史に従う妻らと意見が食い違ったことが原因である。被告澤田地平が、夫人らとよく話し合ってから方針決定していれば、家庭崩壊には至らなかったはずである」とあります。

上に述べたように、韓鶴子氏は文鮮明師を裏切っているということは事実であり、原告が根本教義を変更してまでそのことを隠していることが、被告澤田地平の夫婦関係の悪化の第1番目の原因です。そして、原告が韓鶴子氏の裏切りを隠していたとしても、夫婦がよく話し合い、その結果、妻が被告澤田地平の考えに同意していたなら、夫婦関係の悪化には至りませんでしたが、夫婦間の意見が食い違ったことは、どこまでも夫婦関係が悪化したことの第2番目の原因です。そして、信徒に及ぼす影響は、第1番目の原因が圧倒的に大きく、またその影響は広範囲に及ぶものです。韓鶴子氏の裏切りの事実を、嘘をついてまで隠している原告の罪はそれだけ大きいと言わざるを得ません。以上

証拠方法

1 乙29号証 警備部長牧村博一と有明コロシアム駐車場の警備員の画像
2 乙30号証 殴りかかって来た男の動画
3 乙31号証 本の外観と中身の写真
4 乙32号証 韓鶴子氏の編集動画
5 乙33号証 韓鶴子氏編集動画の場面画像

添付書類

1 証拠説明書…1通
2 乙30号証及び乙32号証を録画したDVD…1枚
3 その他の乙各号証各書写し…1通

鐘築優法律事務所

***

平成29年(ワ)第17877号損害賠償請求事件
原告 世界平和統一家庭連合
被告 澤田地平外3名
原告準備書面3

平成29年12月12日

東京地方裁判所民事第45部合議A係 御中

原告代理人弁護士 鐘築優

本書面においては、被告準備書面1に対して必要な限りで認否反論を行った上で、補足の主張を行う。
1.「1」に対して
(1)「(1)」に対して
①被告澤田地平らは、有明コロシアムの境界が不明瞭である旨主張するが否認する。有明コロシアムの敷地の境界は明瞭である(甲21号証、甲22号証)。
②警備業者について
有明コロシアムにて大会が行われた際、警備業者は会場内を警備したのであり、原告のスタッフ等が会場の内外を警備したものである。被告らが会場敷地内に侵入した際も、対応したのは原告のスタッフであり、警備業者は会場内にいたため被告らの目にとまっていないに過ぎない。但し、この目、警備業者の監督的立場で来場していた株式会社IMSPの警護部部長牧村博ーだけは、無線連絡を聞きつけ、駐車場に駆けつけたものであり、同人は原告ら提出の映像(乙13号証O:30〜0:43等)においても写っている。

(2)「(2)」に対して
渋谷教会のスタッフが後日、ポリ袋を出して不要なビラを回収するようになった事実はあるが、1月22日には行っていない。いずれにしても、本部職員がビラを回収した事実はない。乙17号証の12:31に写っている男性は本部職員ではない。また、同人は参考のためビラを1枚受け取ろうとしたに過ぎず、奪い取ろうとしたというのは被告澤田地平の邪推に他ならない。

近藤徳茂2

2.「3」に対して
被告澤田がローソン神山店に確認したとの事実は不知。いずれにしても、2017年2月3日に渋谷教会のスタッフが確認した際には、1000個のおにぎりのキャンセルに対して難色を示されたためにキャンセルを断念したものである。通常礼拝ではイベントほど参加者が集まらないことはそれまでの経験上明らかであり、仮にキャンセルが可能であったならキャンセルしない理由はない。

3.「4」に対して
(1)「(1)」に対して
労働運動の活動家や暴力団が葬儀や神前結婚といった宗教儀式の最中に押しかけないのは公知の事実である。従って、被告らにおいてこれを否認するのであれば、逆の事例を挙げるべきである。ちなみに、原告に反対してきた左翼勢力であっても、宗教儀式を妨害したことはない。被告らは、原告が根本教義を一方的に変更したとか、そのため家庭が崩壊したと主張するが、いずれも否認する。ちなみに、被告澤田地平の家族関係が悪化したのは、原告の創始者文鮮明師が第2教主として指定した韓鶴子女史に従わず、文師の7男に従うようになったため、韓鶴子女史に従う妻らと意見が食い違ったことが原因である。被告澤田地平が、夫人らとよく話し合ってから方針決定していれば、家族崩壊には至らなかったはずである。

被告らの「狂気」について、例えば原告の徳島教区にある地方公認教会の徳島家庭教会では、本年10月1日に篠崎幸郎教区長が日曜礼拝の説教中に、元信徒で現在サンクチュアリ教会の信仰を持つ林鐘淳が突然礼拝堂に侵入し、教区長に書籍を投げつけ、殴りかかったため、居合わせた信徒らによって取り押さえられ、警察に引き渡されるという事件が起きている。同人の暴行により篠崎教区長は、左下口腔内挫創及び右顎関節捻挫で全治4日の傷害を受けている(甲23号証の1、2)。この事件から明らかな通り、サンクチュアリ教会の信仰は会員らを「狂気」に陥れる要素を内包しているものである。

原告側が警備員を雇った理由は、こうした「狂気」を被告らの態度や言動から明確に認識したこと、及び、既に本部教会前で大騒ぎを起こした被告らが(甲24号証)、本部教会の建物の中に立ち入った場合、騒ぎを起こし、礼拝が妨害される危険を認識したからに他ならず、原告側は暴行傷害、礼拝妨害といった事件を未然に防ぐため、警備員を雇わざるを得なかったものである。こうした配慮は、信徒の安全を守るべき教会側としてはむしろ当然の責務であるとすら言える。仮に原告が警備業者を雇うなどの配慮を怠り、現実にこうした事件が発生した場合には、原告の管理責任が問われることも十分あり得たものである。

なお、被告らの礼拝妨害を踏まえ、東京地裁は本年3月31日に原告側が求めた通りの仮処分決定を下し、被告らの妨害行為を禁止したものであるが(甲7号証)、その後、被告澤田らはハチ公前に抗議活動の場所を移すなどしたため、本部教会前での妨害活動は暫く沈静化することとなった。こうした事態を踏まえ、被告澤田地平、及び同○○の保全異議申立てを受けた東京地裁は、本年8月9日付で決定を下し、同人らの妨害活動を「拡声器を利用するなどして大音量で演説する方法」による業務妨害に限って禁止するに至った。しかるに、同決定に対する本件原告側の抗告が棄却され確定するや、被告澤田地平らは、たちまちにして妨害活動を激化させ、「拡声器を使わなければ大音量で演説しても構わないとの解釈のもと、原告が礼拝中であるにもかかわらず、大音量で叫び声を上げるなどして業務妨害を行うに至ったものである(甲25号証)。

そもそも原告澤田地平らは、大勢を動員して業務を妨害することにより、原告の業務にダメージを与えることを目的としてこうした活動をしているものである(甲26号証の1、2)。従って、原告が警備員を雇わず、また、裁判所から厳しい決定が出なければ、被告らは躊躇無く違法な妨害活動を行う者達であり、原告が警備員を雇ったことは不可避であったと言える。被告澤田らは、1月22日の井口の態度を「ヤクザまがい」と表現する。しかしながら、被告澤田地平は赤地に「宋龍天と徳野英治を追放せよ!!!!」と記されたプラカード2枚を体の前後にぶら下げて原告の本部教会建物に侵入するなど、その態度は明らかに異常であり、井口は被告澤田の異常な言動に上記「狂気」を強く感じたものである。

さりとて物理的強制力によって被告澤田を排除することができないため、声の力に頼らざるを得ず、強い口調をもって被告澤田らを排除しようとしたものである。実際にも、井口の強い拒絶の意思表示や被告澤田を取り囲んだ10人もの警察官の説得にも関わらず、被告澤田は頑として原告の本部教会前を立ち去ろうとしなかったのであるから、その「狂気」はこうした態度からも明らかである。なお、被告澤田地平と井口とは同じ早稲田大学原理研究会出身者として旧知の仲であり、かつて被告澤田地平が刑事事件を犯して前科一犯となり、同被告の夫人から離婚相談を受けた際、これを思いとどまるよう説得し、離婚を回避した経緯がある。このため、井口としては、同人の努力にも関わらず再度問題を起こし、夫人との関係を自ら難しくしている被告澤田地平に対して憤りの思いをもったことも事実である。

被告らは、マシンガンやナイフを手にした写真をネット上で流布していることについて、本物の武器ではないなどの弁明を述べる。しかしながら、被告澤田地平及び被告○○○○についてはいざ知らず、文亨進及びその配下の者達が手にしているのはおもちゃなどではなく本物の武器である(甲27号証)。また、どのような弁明を述べようとも、宗教
団体の信者がこうした写真を流布すること自体が異常なのであり、その異常性に気づかない被告らの精神状態は「狂気」としか言いようがない。原告の会員の中に、かつて空気銃を販売していた者がいることは聞いているが、原告自身が空気銃を販売した事実はなく、まして、武装写真を流布した事実もないのであって、直ちに原告に結びつくことではない。

(2)「(2)」に対しては、準備書面1で主張した通りである。

(3)「(3)」に対して
警備会社によっては時間給で1時間3万円を請求する業者もあるが、それに比べてば、原告が契約した業者は一日単位の請求とはいえ、遥かに安価であり、原告は不当な報酬支払をしたものではない。

(4)「(4)」に対して
被告澤田地平の無断侵入に対して警告を発した本部職員は井口康雄であり、同人は無断侵入を行う被告澤田地平に対して「やめろ」と明確に述べている。万人救済の理念と建物内に誰を入れるかとは別の問題であり、原告はその管理権に基づき無断侵入者の立入を阻止する権限を有している。元より、不審者や反対派、及び分派活動を行う者の立入は認めていない。被告澤田地平は、のぞき見的に原告にまつわる情報収集を行っては教団のプライバシーに属する内部事情を公開し、揶揄することによって自己満足を得ているものであり、そのような者の情報収集活動に原告が応じるべき義務はない。また、建物の外で大騒ぎを起こした堀夫婦を建物の中に止めた場合、どのような騒ぎを起こすか予測の限りではなく、退去要請に応じない堀夫婦を現行犯逮捕しても、何ら不当逮捕には当たらない。

A「A」に対して
訪問者は受付で入室許可を受けているが、玄関ドアからの入室以前に入室を拒否すべき者と判明した場合には、当然のことながら、その段階で入室を拒否している。被告澤田地平について言えば、原告の本部教会建物玄関前で分派活動を行うなど、当初より入室を拒否すべき者であったことが明らかであったため、玄関ドアからの入室後、井口は直ちに入室を拒否したものである。

B「B」に対して
各人が所属教会の礼拝に参加すべきことは、日頃の信仰指導の仲で指導されていることであり、原告の各信徒においては当然のことと受け止められている。従って、あえて通達を出すなどのことはしていない。被告らにおいても、家庭連合に所属していた聞は所属教会の礼拝に参加したはずである。礼拝への参加を認めるか否か、週報を交付するか否かは原告側に決定権があることであり、既にサンクチュアリ教会の信仰を持ち、原告の信仰に反対の姿勢を示している者に対して、原告が入室の許否を決定できるのは元より当然のことである。

従って、一々通達などは出していない。特に本件は、既に原告を脱会している被告澤田が、週報を入手するとの目的を遂げるため、いまだ正式な脱会手続をとっていなかった堀久子を利用して週報を得ようとしたものである。部外者による週報の入手など、拒否すべきは当然のことである。渋谷警察署が不退去罪による現行犯逮捕に対して逮捕の正当性を認定した事実は、原告の総務局長近藤徳茂が渋谷警察署において警察官から直接聞いている。元より、現行犯逮捕を行った原告側に対して、逮捕罪等の容疑が掛けられた事実はない。

C「C」に対して
被告らは、堀勇ーが妻を心配して建物の中に入ったと主張するが、実際には良く事情が分からないなか、被告澤田地平が指示して建物内に侵入させたものである。自発的に入ったものではない。被告らは、「人の世の道理」を主張するが、原告の本部教会前にて散々騒動を起こし、建物内においてどのような騒動を起こすか予想できない者達が、原告側の度重なる拒否にも関わらず本部教会内に無断侵入し、退去要請を拒むという違法行為に出た以上、現行犯逮捕され警察に突き出されたとしても当然のことである。自分達の非は棚に上げ、相手方の正当行為を非難するという点にも、サンクチュアリの信仰を持つ者達の「狂気」が表われていると言える。渋谷警察署が不退去罪による現行犯逮捕に対して逮捕の正当性を認定した事実は、堀久子について主張したところと同様である。

4.「6」に対して
(1)「(1)」に対して
被告らは、八大教材が原告の教義の全てであると主張し、韓鶴子女史の教えは含まれておらず、韓鶴子女史が語った内容が文章化されたものが教義であることを否定する。しかし、いずれも否認する。八大教材教本には615巻にのぼるマルスム選集(現在も続編編纂中)が含まれるが、その中には、韓鶴子女史が語った内容も含まれており(557巻139頁〜140頁等)、教義の一部を構成している。また、文師は生前に、「私が死んでも(真のお母様には)統一教会を導くことができる能力もあるので、お母様が説教する時が来るのです。……そのような時は、(お母様に)絶対服従しなくてはなりません。お母様にも、しなければならない責任分担の5パーセントが残っているのです。それを私がすべて、さっさっと渡してあげるのです。……私がお母様を称賛するのではなく、お母様に良い点が本当に多いのです。素晴らしいというのです。

それゆえに、そのようなものをすべて見て、お母様として選んだのではないですか。顔を見れば分かるのです。慎ましいのですが恐ろしい女性です。一度決心すれば、最後まで自分一代でこの複雑な恨の峠をすべて清算するという決心が、私よりもお母様がもっと強いのです。先生は、今70を超えたので、ごみ箱の近くに行きましたが、お母様は、今ごみ箱を収拾してそれをすべて掃除することができる主人になったので、先生よりもお母様をもっと重要視することができる統一教会の食口になれば福を受けるのです」と語っている(『真の御父母様の生涯路程⑩』351〜352頁)。『真の御父母様の生涯路程』の中のこれら説教も全てマルスム選集に収録されており(188巻319頁、222巻277頁、220巻238頁)、八大教材教本の中で文師は自身の他界後に韓鶴子女史の説教に絶対服従すべきことを説いている。従って、文師が「第2教主」と認定した韓鶴子女史の語る説教に教義としての価値を認めることは、文師の上記説教に照らしても明らかである。

(2)「(2)」に対して
なお、「絶対服従」における「絶対」は「服従」に例外が存在しないことを意味している。しかるに、文亨進氏及び被告澤田らサンクチュアリ教会の会員らは、韓鶴子女史が文師に反逆したなどの例外事由を挙げることによって韓鶴子女史に「服従」しないとの立場を決め込んでいるのであるから、文師が遺言として遺した八大教材教本の内容にあからさまに違反しているのは、文亨進氏及び被告澤田らサンクチュアリ教会の会員らであると言える。ちなみに文師は「私(注、お父様)がいなくても、お母様の前に一番近い息子・娘が第3の教主になるのです」と述べており(マルスム選集202巻83頁〜84頁)。このみ言に照らしても、文亨進氏は文師夫妻の後継者ないし相続人ではあり得ない。

(3)「(3)」に対して
被告らが乙22号証、及び乙23号証を原告代理人に送付した事実は認め、そこに記された内容をカン・ヒョンシル女史が語ったか否かについては不知。仮に同女史が乙23号証、及び乙23号証に記された内容を語ったのだとすると、同女史もまた、文師が遺言として遺した八大教材教本の内容にあからさまに違反していると言える。被告らは、原告の責任者等が韓鶴子女史に「逆らうことが不可能」なために「独り娘も原罪なく生まれた」との言葉を受け入れざるを得ないなどと主張する。しかしながら、「独り娘」の教義に関して言えば、文師自身、韓鶴子女史との婚姻以前の1959年10月11日に、「皆さん、考えてみてください。神様の独生子イエス様が、この地上に来られてもし死ななかったならば、どのようになりましたか?イエスが独生子だといったので、神様はその前に独生女も送られたのです。伝道書7章28節に『私の心に求めてもいまだ得られなかったものがこれである。

1千人の男の中で1人を得たのだが、1千人の女性の中で1人を得られなかったのである』と語られました。神様の2000年の歴史は新婦を探す歴史です。新婦を探す歴史です。それを否認しますか?新婦を探す歴史なのです。イエスは真なる息子の姿で現れましたが、真なる娘の姿がないので、神様のみ旨を成し得なかったのです。それゆえ、2000年歴史は娘を探す歴史です。私たち統一教会が今後争うようになるのもこの問題ゆえです。聖霊は神様の娘として来られました。それならば、神様の解怨のその日はどのような日であるか?小羊の婚宴の日だといわれました。1千の男の中から選んだ1人の男として主が現れられれば、その一人の新婦はどこにいるのだろうか?聖霊が来て2000年の間、この地上にしなければならないことは、『新婦』を準備しておくことなのです」と語っている(マルスム選集7巻303頁)。

従って、「独り娘」の教義は文師他界後に韓鶴子女史が急に語り始めたものではなく、実際には韓鶴子女史との婚姻以前に語っていた教義であり、しかも、この教義を巡って、被告らのような不信仰者が現れることも十分見通した上で、「私たち統一教会が今後争うようになるのもこの問題ゆえです」と明言しているのである。なお、文師はこの説教を行った時点で「聖霊は神様の娘として来られました」と語っているが、ここで言う「聖霊」は、神様の娘として2000年歴史を経て誕生した韓鶴子女史以外にはあり得ず、その韓鶴子女史が「神様の娘として」来たという以上、神の血統に属する無原罪の娘として生まれたことを意味するのは当然のことである。

被告らは、「文師だけでなく韓鶴子女史もメシヤである」との原告の教えについて嘘の教えであると主張する。しかしながら、八大教材教本の1つである『原理講論』には、「メシヤは人類の真の父母として来られなければならない」(277頁)と明記され、同じく八大教材教本の1つである『天聖経』には「メシヤは真の父母です」との説教が記されている(192頁)。更に、1992年8月24日に開催された第1回世界文化体育大典の祝賀晩餐会で文鮮明師は「私と妻の韓鶴子女史は、人類の真の父母であり、救世主・再臨主であり、メシヤであると宣布します」と述べている。従って、この内容が「嘘」だと言うなら、文師が嘘を述べたと言っているに等しく、結局のところサンクチュアリ教会は韓鶴子女史を否定するのみならず、文師をも否定する団体だと言えるのである。以上


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ホーム

204松濤本部前行動3.4/太田講師のとんでも反論

■今回は家庭連合の基元節後の報告を兼ねた礼拝だからと思いますが、礼拝参加者が多く、また大物(中身はなし)がいつもより目に付きました。説教担当は徳野会長だったのかも知れません。専用車が来たところは見ませんでした。ガレージのシャッターはずっと閉まったままでしたので、私達が来る前に、早々と乗り付けたのでしょう。

私達の活動中に、玄関先にイタリア人男性とアメリカ人女性の夫婦が出てきて話しかけて来ました。男性は秋月さんがたまたま見せた、お父様がライフル銃を持っている写真を指して、それが済州島での写真であり、自分はその時、お父様と一緒にハンティングをしたと言っていました。その写真がいつのものか知りませんが、この男性は少し古い食口であり、現在はどこかの国の幹部なのかも知れません。


■この夫婦は御聖誕日の敬礼式に参加していたそうです。夫人は韓氏オモニが独生女であり、お父様の夢を実現する為に全てを行っている、2代目の王様というのはない、などど話していました。韓氏オモニに直接お目通りし、その真実を知りながらもウソをついている幹部の典型です。日本人の幹部なら、絶対に私達に近づいては来ません。松濤本部を訪れ、初めて目にした私達を珍しく思ったのでしょう。警戒もせずに不用意に話しかけてしまい、自ら墓穴を掘ってしまいました。

お父様の御聖誕日であるにもかかわらず、お父様を完全に排除した御聖誕記念敬礼式に参加した幹部責任者達は、韓氏オモニのお父様への反逆のあからさまな事実を目の当たりにしながら、その後、このアメリカ人女性のように韓氏オモニを持ち上げたりしたならもちろんのこと、たとえ口を閉ざしたままであったとしても、自分の利益の為に真実を隠したということにおいて、例外なく裁きの対象になることでしょう。

改竄した講義案

■家庭連合の教理研究院は(太田朝久氏本人でしょ)2018.2.27付けで、「真の父母様宣布文委員会」のサイトに〝改竄〟に基づいた澤田地平氏による悪意の批判への応答― 「霊的堕落のみの時の救済摂理」の説明を省いた〝虚偽〟という題名の、私への反論を掲載しています。
http://trueparents.jp/?page_id=4002

私は、太田氏は今は韓氏オモニが無原罪の生まれだと語っているが、前は有原罪であるという前提で講義していたということを示す以下の動画を作成し発表しました。それに対する反論です。


□教理研究院:太田講師は、「堕落エバの罪を清算し、いかに勝利した真の母を取り戻していくのかというのが、復帰摂理の中心テーマ」であったと述べ、そのための復帰の道(エバが罪を清算する道)を開拓してきたのが、堕落エバとしての「レアとラケルの立場」の女性であったと述べています。すなわち、太田講師の講義案に「堕落エバ」「エバが罪を清算」とあるのは、復帰摂理の中において現れたレアとラケルという「堕落エバ」を指して述べているのであって、決して「真の母」のことではありません。

■ということだそうです。太田氏のこの講義を聴く者は全て、前もって上のように言われない限り、講義案の「堕落エバ」「エバが罪を清算」の箇所は、絶対に韓氏オモニのことだとしか思いません。この反論はかえって自分達の愚かしさをさらけ出しているようにしか見えません。家庭連合(太田氏)はなぜ、こんな愚かしい反論をしたのでしょうか。

■私は以下の、太田理論への批判文を書いたことがありました。
116お母様無原罪太田理論への疑問点

■ところが、これを書いた後、私は「太田理論に大まじめで反論したことがバカみたいに思えてきました。太田氏が本気で書いた理論だとの思い込みにはまってしまいました。本人も書きながら初めから信じていませんね。動画を見て、論文を読む内に、そのことに思いが至らなくなってしまって、つい反論に力が入りました」との感想を抱きました。

改竄した講義案2


■今回はそれにもまして、同様の感想を抱きます。太田氏ははじめから本気でこの反論を書いていません。「上司から命じられるままに書きましたので、私に責任はありません。生活がかかってますので、済みませんが、命令には背けません」というスタンスです。ですから、こちらも本気でこの反論に向き合うのは労力のムダというべきでしょう。家庭連合は末期症状を呈し始めたということだけは確かです。


太田とんでも反論


太田とんでも反論2


にほんブログ村 哲学・思想ブログ サンクチュアリ教会へ
にほんブログ村

ホーム

■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
サンクチュアリ江戸川教会教会長
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
ご連絡お待ちします。
■私の退会届
■제탈퇴선언
■天から来た通知
■過去記事目次

■ 最新記事

■ 最新コメント

■ 検索フォーム