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審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

 審判回避プロジェクト

311証人尋問の報告/協力し合った仲の悪い二人

■6月12日(水)13:30より、東京地裁626号法廷にて、平成30年(ワ)第7261号謝罪広告等請求事件(1980万円損害賠償請求)の証人尋問が行われました。裁判官は3人、原告側席には鐘築弁護士、近藤徳成局長、澤田拓也副局長の3人、被告席側には私と姉の2人、傍聴席には私達側の3人、家庭連合側の2人、どちら側か分からない2人の合計7名でした。

証人は近藤局長、澤拓副局長、私の3人です。前の裁判(No.230)と同じ3名で、この順番に各人に対し、原告側からの尋問、私からの反対尋問、裁判官からの尋問を繰り返していきます。前の裁判では、近藤局長と澤拓副局長の尋問時にはお互いに席を外すように言われていましたが、今回は原告側席に着いたままだったので、そのことを裁判官に問いましたところ、近藤局長と澤拓副局長は原告なので、相手の尋問中にも席にいてよいとのことでした。

目次

(1)周藤健出迎え問題に詳しく言及した近藤局長

■近藤局長と澤拓副局長に対する鐘築弁護士からの尋問では、今まで書類で提出していた原告側の主張を改めて口頭で述べていました。彼らがどこを強く主張したいのかよく分かる内容になっていました。また、私が突っ込んで質問してやろうと考えていたことに対して、ことごとく自分達で受け答えしていましたので、私の気負いが削がれる感じがありました。よく準備していたことが窺えます。

彼らのやり取りの内訳は、①周藤健をガレージ前で出迎える件、②暴力男に関する件、④玄関前に停めたバンに関する件、⑤照会メールに関する件、⑤暴力事件当日及びそれ以降のLINEのやり取りの件に分類されます。印象的だったのは、①に関して近藤局長がだいぶ詳しくやり取りをしていたことです。やはりこの件が暴力事件とセットになっているということを改めて感じました。近藤局長は陳述書に以下のように記しています。

□近藤:やがて古参信者で元副教会長の周藤健氏がタクシーで車庫前に来ました。周藤氏は80代半ばと高齢であるにもかかわらず、昨年来、周藤氏を見かけるその度に被告地平がしつこくつきまとい、大声で騒ぎ立てることもあったため、その後副総務局長の原告拓也と周藤氏とが話し合い、周藤氏にはタクシーで本部車庫前まで来て頂くことにしていました。周藤氏がタクシーの中から原告に携帯で連絡を入れ、同原告が車庫のシャッターを開ける手はずになっていましたが、この日に限っては、周藤氏はタクシーの運転手と話し込んでしまい、原告拓也に電話を掛け忘れてしまったとのことでした。このため、タクシーを降りても車庫のシャッターは開いておらず、そこに被告地平が待ち受けていたため、周藤氏は同被告につきまとわれ、大変な迷惑を受けたのでした。(「陳述書」2018.5.14)

証人尋問

■この同じ場面について、澤拓副局長は以下のように述べています。

□澤拓:周藤先生は普段は本部の10時半の礼拝に自宅から歩いて参加していましたが、去年秋に腰を痛めて通院するようになってからは、歩いて本部まで来ることが出来ず、タクシーを利用していました。歩くことは不安定なうえに、本部前の段差のある入り口で被告地平らに取り囲まれると危険であるため、私は周藤先生と話し合い、本部礼拝に参加する際には本部脇の車庫のシャッターから入っていただくことにしました。周藤先生がタクシーに乗った後に携帯で私に連絡を入れて頂き、車庫前にタクシーが到着したタイミングで私が車庫のシャッターを開けることにしました。

車庫のシャッターは、普段は開けていることが多いのですが、被告地平らが館内に侵入する危険性があると判断したため、日曜日には閉めるようにしていました。2018年1月14日、周藤先生は礼拝に参加するためタクシーに乗りましたが、タクシーの運転手と話すのに夢中になり、私に電話を入れるのを忘れたそうです。このため、タクシーが車庫前についても私はシャッターを開けることが出来ませんでした。運悪く、この日被告地平は、シャッター前で誰か幹部が来るのではないかと待ち伏せしていました。(「陳述書」2018.4.3)

周藤健先生

(2)周藤健は本当に運転手と話し込んだのか?

■これらの近藤局長と澤拓副局長の主張で重要なのは、「この日に限っては、周藤氏はタクシーの運転手と話し込んでしまい、原告拓也に電話を掛け忘れてしまったとのことでした」及び「2018年1月14日、周藤先生は礼拝に参加するためタクシーに乗りましたが、タクシーの運転手と話すのに夢中になり、私に電話を入れるのを忘れたそうです」です。

周藤講師がタクシーの中から電話を掛け忘れたので、出迎えるはずだった澤拓副局長が出迎えることが出来なかったのであり、ガレージ前にいて私と遭遇した近藤局長は、決して周藤講師を出迎えるためにガレージ前にいたのではないという論法になります。二人に対する私の反対尋問で、電話の掛け忘れのことは、近藤局長は澤拓副局長から聞いた、澤拓副局長は周藤講師から聞いたと答えました。

私の主張は、周藤講師からの電話を受けて近藤局長が出迎えのためにガレージ前に出ていたところ、私に遭遇して逃げ出し、おかげで周藤講師は私からの口撃に晒されることになった。そのことを指摘されたので、近藤局長の私に対する憎しみが募り、それが暴力事件につながったというものです。ですから、この日周藤講師から電話連絡があったのかなかったのかは重要な争点になります。近藤局長は電話連絡はなかったということにしたいのです。そこで以下にようにストーリーを作ったと考えられます。

①□澤拓:周藤先生がタクシーに乗った後に携帯で私に連絡を入れて頂き、車庫前にタクシーが到着したタイミングで私が車庫のシャッターを開けることにしました。
 ↓
②□近藤:この日に限っては、周藤氏はタクシーの運転手と話し込んでしまい、原告拓也に電話を掛け忘れてしまった。
 ↓
③□澤拓:周藤先生は礼拝に参加するためタクシーに乗りましたが、タクシーの運転手と話すのに夢中になり、私に電話を入れるのを忘れた。

近藤陳述書

(3)短すぎるタクシー乗車時間

■先回6月9日の松濤本部前抗議活動の終わり頃、いつものように周藤講師がタクシーで乗り付け、玄関前に停まりました。それを見つけた私は急いでのぼりをしまい、ヘルメットを脱ぎ、道路を渋谷方向に移動して待ち構え、周藤講師を降ろしたばかりの、そのタクシーを拾いました。そして運転手に、今降ろした老人を乗せた場所まで行ってほしいと頼みました。

松濤本部前の道路は一方通行のバス通りになっていますが、周藤講師がタクシーに乗った場所は、その一方通行の起点になっている富ヶ谷1丁目交差点のファミリーマート前でした。私はその場所で改めてタクシーを拾い、一方通行のバス通りを進み、松濤本部前で降りました。所要時間はわずか1分30秒でした。この道路はほぼ一直線であり、グーグル地図で距離を測ると、タクシーでの移動距離は620メートルでした。


私は澤拓副局長に対する反対尋問で、まず周藤講師の自宅を知っているかを尋ねると、「知っている、一度訪ねたことがある」との答えでした。ではそこからタクシーではどのくらい時間がかかるのかを聞くと「4、5分」との答えでした。そこで私は上の話をして「1分30秒でした」と言い、タクシーに乗ればすぐに松濤本部に着いてしまうのに、タクシーに乗ってから電話をするように決めたというのはおかしいのではないかと聞くと、澤拓副局長は態度を強ばらせ、「そのように決めましたから」の一点張りでした。

■周藤講師は腰を痛めるまでは、松濤本部まで歩いたとのことでしたから、近くに住んでいるだろうと思ってはいましたが、自分で確かめてみるまでは、ここまで近いとは思いませんでした。澤拓副局長は以下のように述べています。

□澤拓:2018年1月7日、周藤先生から電話があり、10分後にタクシーに乗るとのことでした。(「陳述書」2019.3.28)

■このように、普通に考えるなら周藤講師は必ずタクシーに乗る前に連絡をしているはずです。ですから、1月14日もタクシーに乗る前に電話をしているはずです。近藤局長はどうしても1月14日は電話連絡がなかったということにしたかったので、タクシーの乗車時間がそこまで短いということを考慮することなく、運転手と話し込んだので電話を忘れたという安易なストーリーを作ってしまったのです。

歩道を塞いでいたバン

(4)誰がバンを停めるように命じたのか言わない澤拓副局長

■澤拓副局長と鐘築弁護士とのやり取りにおいても、今までの彼らの主張を繰り返すものでしたが、一カ所違和感を覚えたところがありました。それはバンに関することでした。バンは澤拓副局長が玄関前に停めましたが、それを命じたのは当然のことながら近藤局長です。ところが、鐘築弁護士とのやり取りでは澤拓副局長はその辺りの経緯について、ごまかすような言い方をしました。

そこで、反対尋問でこの点について突っ込んで質問したところ、近藤局長から指示があったとは、決して答えませんでした。近藤局長はバンを停めた理由について、私達が赤いのぼりを持って本部前に並んでいると、本部が左翼に占拠されたようで見苦しいので、何とかこの状況を排除できないものかと考えていたと述べています。この部分に関する2人の陳述書の記述は以下のようになっています。

□近藤:そこで、本部前に大型車両を3台ぐらい並べて駐車すれば、こうした状況を排除できるのではないかと考えました。(中略)そこで、原告澤田に対しては、こうした方法を検討してみて欲しいとだけ伝えました。(「陳述書3」2019.3.28)

この暴力男は誰だ?

□澤拓:そうしたところ、数日後、近藤総務局長の方から、本部玄関前に大型車両を複数駐車することによって被告らの妨害活動を排除できないか検討してみてほしいとの要請がありました。2018年1月21日、この日、本部にはあいにく大型車両はなく、ワゴン車しかありませんでした。しかしそれでも玄関前にワゴン車を駐車した場合、被告地平らがどのような動きをすることになるのか確認したいと思い、朝から玄関前にワゴン車を1台停めてみました。(「陳述書」2019.3.28)

■私は澤拓副局長に近藤局長に指示されてバンを停めたのかと聞いたら、そうではない、自分も被告らの活動を排除する方法として玄関前に大型車両を停めることを以前から考えていたと答え、近藤局長と2人で決めたという言い方でした。これはおかしなことで、近藤局長に責任を持たせないようにするために、あり得ないことを主張しています。バンについてはどこまでも責任の所在をごまかしたいという姿勢が見え見えでした。

また、どうして「荷物の積み下ろしをした」というウソをついたのかと質したところ、態度が強ばり、妨害活動をしている相手に正直に答える必要はないからだということでした。それならば、私達を排除するために玄関先にバンを停めたという理由もウソなのかと聞いたところ、(証人尋問の前に)宣誓しているのでウソではないと答えていました。

近藤局長への反対尋問で、澤拓副局長がなぜバンのことでウソをついたのかと聞いた時にも、急に態度を硬化させ、そんなことは自分は知らないと言って、完全な拒絶姿勢を示したので、それ以上質問することが出来ませんでした。バンのことは彼らにとって最大の鬼門になっているように感じました。

(5)再び墓穴を掘った照会メールの証拠提出

■証人尋問前日の6月11日、家庭連合からバイク便で証拠資料が送られてきました。ギリギリで送ってくるものですから、この証拠について話が出たらその場で反論しようと思い、私は反論の文書を用意しないまま証人尋問に臨みました。やはり近藤局長は尋問中にこの証拠に触れ、澤拓副局長は2017年1月24日時点で照会メールを出したことで間違いないと主張しました。証拠の説明は以下です。

□家庭連合:本書面においては、2018年1月24日に世界平和統一家庭連合の澤田副総務局長が全国5地区の各事務局長らに対して送った照会メール(甲13号証の1、2)を受けた第4地区の浜田恒央事務局長が、地区内の教区ないし教会に同メールを転送したことに対して返信されたメールをキャプチャリングした画像を添付する。(「画像報告書」2019.6.11)

捏造メール証拠

■これには3枚の画像が付けられていました。これは澤拓副局長からの照会メールを、第4地区の浜田恒央事務局長がそのまま転送したものに対して、島根教区の内藤隆夫総務部長、加古川家庭教会の安見順介総務部長、西宮家庭教会の荒木達弘総務部長の3人が、そのような人物(暴力男)はいないと報告した返信メールの画像です。

そこでこの返信されたメールの件名を見れば3つとも「Re:【緊急】サンクへの暴力事件+m」となっています。ところが、浜田恒央事務局長が転送したメールの件名は「Fw:【緊急】サンクへの暴力事件+m」ですから、これに対する返信の件名は「Re: Fw:【緊急】サンクへの暴力事件+m」でなければなりません。このことを指摘したなら、近藤局長は家庭連合のメールシステムは特別仕様なので何とかかんとかと答えていました。

返信メールの件名には「Re:」が自動的に付加されます。そして、そのまた返信には「Re:」が再度付加されて「Re: Re:」になるかと言えば、そうはならず、何度返信をお互いに繰り返しても「Re:」のままです。しかし「Fw:」の場合は自動的にそのような操作はされません。まして、それに返信した場合「Fw:」が自動的に消えるということはあり得ません。家庭連合のメールシステムがいかに特別仕様であるといっても、「Fw:【緊急】サンクへの暴力事件+m」に対する返信が「Re:【緊急】サンクへの暴力事件+m」になることはありません。ですから、この証拠は捏造であると見るべきです。

捏造メール証拠02

■照会メールに対する返事は現時点において来ているのかを澤拓副局長に聞いたところ、来ていないとの答えでした。少なくとも第4地区にはこのような回答が来ているのに、なぜそれがあなたに来ていないのかと聞きましたら、現場でとりまとめをしてから返事するつもりだったからだと答えました。全国への問い合わせとして照会メールを送ったのに、それに対する返事が全く来なくても、それで済まして平気なのか、該当する人間がいないのならば、いないという返事がなければおかしいのではないかということを聞きましたが、何と答えたのか覚えていません。

近藤局長は照会メールに対する回答がなかったことをもって、暴力男は家庭連合の所属ではないと判断したというのですが、それは澤拓副局長がメールを出して1週間後のことでした。わずか1週間でそのような判断をしてもよいのかと質問しましたが、何と答えたのか覚えていません。続けて、家庭連合の会員は何名ですかと聞きましたところ、50万人と答えました。私は続けて「では、50万人の中に暴力男はいないということですね」と聞くことも出来ましたが、近藤局長は「はい」と答えるでしょうし、その主張のおかしなことは裁判官にも伝わったはずと思い、それ以上聞くのは止めました。

(6)分かり易く出来ているのが人間

■証人尋問は仲間同士のやり取りは、打ち合わせ通りということもあり、実にスムーズですが、いったん反対尋問になると証人は警戒モードになり、まずいことを聞かれると急に態度を硬化させ、怒り出したりするので、人間というものは分かり易く出来ていると思います。

近藤局長が怒り出したのは、バンに関して澤拓副局長がなぜウソをついたのかという質問のところでした。澤拓副局長が怒り出したのも同じ質問のところであり、澤拓副局長はそれに加えて、タクシーの乗車時間が短いのに、タクシーに乗ってから周藤講師が電話すると約束したのはおかしいのではないかと質問した時でした。本来仲の悪い二人(No.300)ですが、追い詰められたところで、全力で協力し合っている姿が垣間見えました。

■私は最後に、裁判官から暴力男がどうして家庭連合側の人間だと思うのかと聞かれ、1つは私を殴った後、男が逃げるように渋谷方面に戻ったこと、それと暴力男の後を追いかけて行った人間がいたことの2点を上げました。そして、事件直前に暴力男が近くの店で待ち合わせをしていたということもありますねと付け加えました。

するとここで近藤局長が割り込んで来て反論し、どうして待ち合わせをしたということが分かるのかと聞いてきました。私は映像を見たら分かると答えました。すると、あなたは店の中で男が待ち合わせをしているのを見たのかと聞いてきました。

お前はみたのか

私は「見てません」と答えればよいのですが、近藤局長のあり得ない状況設定と「見たのか」というフレーズにカチンと来るものがあり、裁判官に向けていた顔を左横の近藤局長に向け、「あなたは私が見たと思いますか」と聞き返しました。おそらくこの時の私の態度及び声は硬化していたのではなかろうかと思います。私を含め、人間は分かり易く出来ていると思います。

どうやら松濤本部の中ではこの「お前は見たのか!」が、何かの時に相手を追い詰める時の常套句として用いられているのかも知れません。私は散々言われて来ましたので、最後に井口氏から言われた時に、「あなたはイエス様を見たのか!」と言い返してやりました。すると「見た!」と答えました。続けて「あなたは神様を見たのか!」と言い返してやりました。すると「見た!」と答えました。次からは私も「見た!」と答えることにします。「(心の中で)見た!」という意味です。

■裁判は今回をもって結審し、9月25日(水)13:10〜、東京地裁626号法廷にて判決の言い渡しです。


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310松濤本部前行動6.9/韓氏オモニのせいで撤退する在韓米軍

■6月7日〜8日、南アフリカのヨハネスブルグで頂上会議出帆式及び祝福式が開催されました。サミュエル・ハデベ預言者の招請によるもので、果たして祝福式はいかなる規模で開催されるのか、彼の力量を測る上においても興味をそそられる行事でした。昨年11月22日、南アフリカのケープタウンで行われた祝福式では、仲間内の抗争で彼は排除されていましたが、その恨みを晴らすかのように、今回は彼のホームタウンで万全を期して開催されたように見えました。

□ヨハネスブルグは、南アフリカ共和国ハウテン州にある都市、同州の州都である。同国最大の都市であり、人口は2011年で約443万人。2011年の近郊を含む都市圏人口は755万人であり、同国第1位、アフリカでは第4位である。(Wiki)

■頂上会議はさほど規模は大きくはありませんでしたが、見覚えのあるVIPに加え、グッドラック・ジョナサン元ナイジェリヤ大統領の存在が目立っていました。彼が世界平和頂上連合アフリカ委員長に任命されていました。11名のVIPが出帆式の最後に壇上に上がり、韓氏オモニから一人づつ「特別のメダル」を首に掛けてもらっていました。このメダルが何の意味を持つのか説明はありませんでしたが、おそらく彼らに与えられたお金を示すものでしょう。

韓氏オモニがセネガルのマッキー・サル大統領やネパールのオリ首相の首に掛けたグッドガバナンス賞のメダルには10万ドルの賞金が付いていました。今回の「特別のメダル」はグッドガバナンス賞のメダルよりも小さかったので、10万ドルとはいかなかったでしょう。しかし、このお金をもらえるということが、VIP達にとって、この行事への参加を決める大きな動機になったに違いありません。


■翌日の祝福式は収容能力4万人のサッカースタジアムで行われ、満席ではありませんでしたが、かなりの人数を集めていたことは確かです。式次第もスムーズに進行し、昨年の同じようなサッカースタジアムで行われたブラジルやジンバブエの祝福式と比べるなら、はるかに完成度の高いものでした。韓氏オモニも大いに満足したのではないでしょうか。この大会の規模を見ると、ハデベ預言者の力量は本物のように思います。しかし、ハデベ預言者が頂上会議出帆式で行ったスピーチの内容からすれば、やはり韓氏オモニを担ぐ詐欺師であることが分かります。

□ハデベ預言者:(通訳)何よりも、私は真のお母様を歓迎したいです。一部は、なぜお母様なのかと、気になるかも知れません。しかし、人がする行動を見ると、その方の人格を知ることができます。ですから、真のお母様の人格と真のお母様がされる活動を見ると、韓鶴子総裁を真のお母様と呼ぶほかはありません。 (中略)今日の世界を見ると、女性達はとてもたくさんの困難を抱えています。私達はこれから全ての女性が従うべき真なる母に出会うようになります。

ハデベ預言者

(中略)私は真のお母様の真の愛、そして真のお母様のエネルギー、真のお母様が成されたすべての業績を見て、本当に感動を受け、従うしかありませんでした。(中略)私は若いですが、真のお母様は霊的に、そして心はよりお母様の方がとても若いと、純粋なお母様、指導者として本当に驚くべき方です。指導者として真のお母様が成される活動は、一番寂しい位置にいると思います。(中略)私が預言者として活動をする前に、小さい時に母を失いました。しかし、その時の母以上の方です。真のお母様、平和のために活動されるお母様がどれだけ寂しい道を歩まれているのか分かりません。

証人尋問

■このように、やたらと韓氏オモニを持ち上げています。韓氏オモニに取り入る詐欺師達の特徴は、お父様に言及しないことです。祝福式の会場で、車から降りた韓氏オモニがハデベ預言者と共に壇上に向かう時、司会者がスタジアム全体に響き渡る大きな声で、韓氏オモニのことを「オンリー・ビゴットン・ドウター」と何度も叫んでいました。

ハデベ預言者はクリスチャンですから「オンリー・ビゴットン・ドウター」の言葉の重みはよく分かっています。クリスチャンが韓氏オモニをその呼称で呼ぶのなら、お父様をイエス様の再臨として受け入れるという前提がなければなりません。イエス様の再臨としてのお父様の妻であってこそ「オンリー・ビゴットン・ドウター」と言えるからです。

南アフリカヨハネスブルグ02

■そして、お父様をイエス様の再臨として受け入れるなら、まずもってその驚くべき事実を、大きな声で叫びたくなるのがクリスチャンなのであり、指導者の立場にあるなら、なおさらのことです。ところが、ハデベ預言者にはその兆候が全く見えません。だから、韓氏オモニを担ぐ詐欺師なのです。担ぐ目的がお金であることは言うまでもありません。

ハデベ預言者は今回の行事を通して、しこたま稼いだことでしょう。もちろん、ユ・ヨンホを筆頭に内部の詐欺師達も大きく稼いでいます。大会の規模が大きければ大きいほど動くお金が大きいし、それだけピンハネできる金額も大きいのです。だから詐欺師達はできるだけ大規模の行事を好みます。そして以下のように、これから34カ国における大会があるそうです。

□HJグローバルニュース:神統一韓国時代開門安着神韓国1地区10万人希望前進大会の勝利で、ビジョン2020国家の復帰に向けた、34カ国希望前進大会の大長征を出発された真の父母様は、天正宮本部の職員と、鮮鶴UP士官生徒達に見送られながら、アフリカ頂上会議および指導者カンファレンスと10万名の祝福式が準備されている、南アフリカ共和国へと向かわれました。(2019.6.8)

南アフリカ祝福式01

■詐欺師達のもう一つの特徴は「オンリー・ビゴットン・ドウター」と口にしながらも、献金をしないことです。本当に韓氏オモニを「オンリー・ビゴットン・ドウター」であると信じるのなら、感動と感激の余り、全財産を投げ出すでしょう。それが本物の信仰者です。しかし、詐欺師達は献金という概念を初めから持ち合わせていません。ですから、出費ばかりがかさむ34カ国の大長征の末に、韓氏オモニを待ち構えているのは破産です。

詐欺師達にとって、自分がイエス様との子羊の婚宴の独生女であると完全に思い込んでいる韓氏オモニを欺すのは簡単です。まして、韓氏オモニはその宣布を世界中でやりたいと熱望しているのですから、VIPの頭数をそろえ、大衆を動員する要領さえ掴めば、いつでもどこでもそれなりの大会をすることが出来ます。この2年間、何度も国際的な大会を経るうちに、詐欺師達の中にそのノウハウが確立しました。34カ国という大きな数が出てきたのもそれゆえです。

南アフリカ祝福式02

■ところで、韓氏オモニが真の父をお父様からイエス様に切り替え、詐欺師達が韓氏オモニの思い込みにつけ込んで盗みを働いている間に、朝鮮半島が大変なことになりつつあります。在韓米軍撤退という、誰も現実に起きるとは考えなかった事態が、実際に起きるかも知れない状況へと変わって来ているのです。

在韓米軍の撤退は北朝鮮にとって建国以来の悲願でした。在韓米軍の存在だけが、共産主義による朝鮮半島統一の最大にして唯一の障害でした。いよいよ、北朝鮮はその悲願を達成する一歩手前まで迫りました。在韓米軍が撤退すれば、その翌日に韓国は共産主義者の手に落ちることになります。

共産主義者の野望を打ち砕くことが出来るのはお父様だけでした。最後まで残された神とサタンの一線は、お父様によって取り除かれるべきでした。ところが、お父様による北朝鮮の解放を妨害し、破壊したのが韓氏オモニとその取り巻き連中です。お父様を十字架につけ、後継者二代王様を韓国から追い出しました。

その罪により、かつてイエス様を十字架につけたイスラエルが消滅したように、大韓民国も消滅する運命にあります。在韓米軍の撤退と共に、韓氏オモニが自慢した「韓」の字の付く国名が消えてしまうことになるのです。

在韓米軍撤退

【参考】ついに「在韓米軍」撤収の号砲が鳴る 米国が北朝鮮を先行攻撃できる体制は整った(デイリー新潮2019.6.7)「在韓米軍撤収」の号砲が鳴った。米軍人やその家族が半島から引き上げれば、米国は心おきなく北朝鮮を先制攻撃できる。(鈴置高史/韓国観察者)

司令部も家族も「ソウル脱出

米国のシャナハン国防長官代行は6月3日、韓国で鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防部長官と、米韓連合司令部をソウルから南方の京畿道・平沢(ピョンテク)の米軍基地キャンプ・ハンフリーに移転することで合意した。これにより、米軍の司令部や第1線部隊はソウル市内を流れる漢江の北からほぼ姿を消す。移転先のキャンプ・ハンフリーには国連軍司令部や在韓米軍司令部、歩兵2個旅団などが集結済みだ。

ソウルの北の京畿道・東豆川(キョンギド・トンドゥチョン)には米砲兵旅団が駐屯するものの、いずれ兵器を韓国軍に引き渡して兵員は米本土に撤収する計画と報じられている。米韓同盟に自動介入条項はない。北朝鮮軍が侵攻してきた場合、米地上部隊と兵火を交えない限り米国は本格的な軍事介入をためらう、と韓国人は恐れてきた。

ことにイラク戦争以降、被害の大きい地上部隊の投入を米国は極度に嫌うようになった。防衛線となる漢江以北から米軍人とその家族が姿を消せば、北朝鮮の「奇襲攻撃でソウルの北半分を占領したうえ、韓国と停戦する」との作戦が現実味を帯びる。

保守系紙、朝鮮日報は「韓米連合司令部が平沢に、米軍の仕掛け線は南下」(6月4日、韓国語版)で、朴元坤(パク・ウォンゴン)韓東大教授の談話を紹介した。以下である。

《平沢基地に行くというのは結局、米国は(軍事介入の引き金となる)仕掛け線たる陸軍を引き抜き、有事の際も空・海軍依存の「適当な」支援をする、ということだ》

同じ6月3日、ソウルの米軍基地内にあった米国人学校が閉校し60年の歴史を終えた。在校生は今後、キャンプ・ハンフリー内の米国人学校などで学ぶことになる。

韓国人が在韓米軍を指揮

では、米陸軍は漢江の南には残るのだろうか。専門家はそれにも首を傾げる。6月3日のシャナハン国防長官代行と鄭景斗国防部長官の会談で、米韓連合司令部のトップを韓国側が務めることでも合意したからだ。韓国軍の戦時の作戦統制権は米国が握っている。文在寅(ムン・ジェイン)大統領は韓国に引き渡すよう要求、米国も応じていた。それに伴い、連合司令官も韓国側から出すことを今回、正式に決めたのだ。

韓国人の連合司令官の誕生は、在韓米陸軍の撤収に直結する。米国は一定以上の規模の部隊の指揮を外国人に任せない。米軍人が副司令官を務めるといっても、在韓米軍の3万人弱の米兵士が韓国人の指揮を受けるのは米国の基本原則に反する。在韓米陸軍の人員が大きく削減されると見るのが自然である。

そうなれば、あるいは米陸軍が韓国から撤収すれば、連合司令部は有名無実の存在となる。米国は韓国に海軍と海兵隊の実戦部隊を配備していない。在韓米空軍はハワイの太平洋空軍司令部の指揮下にある。連合司令部が指揮する米国軍が、ほとんど存在しなくなるのだ。米国にすれば、有名無実の連合司令部のトップなら韓国人に任せても実害はない、ということだろう。

6月2日、シャナハン国防長官代行がソウルに向かう飛行機の中で、記者団に「米韓合同軍事演習を再開する必要はない」と語ったことも、在韓米陸軍の撤収を予感させた。もし陸軍兵力を残すのなら、韓国軍との合同演習が不可欠だからだ。

寝耳に水の南方移転

米韓連合司令部の平沢移転は、韓国政府・軍にとって寝耳に水だった。在韓米軍司令部などが平沢に移っても、米韓連合司令部だけはソウルに残ると米国は約束してきた。首都ソウルに米国の高級軍人と家族が残る、という事実こそが、韓国人に大きな安心感を与えるからだ。だが5月16日、中央日報が特ダネとして「米軍が最近、連合司令部の移転を要請してきた」と報じて1か月もしないうちに、それが実現した。米国はよほどの決意を固めたのだろう。

2017年にスタートした米韓の両政権ともに、同盟を重荷に感じていた。トランプ大統領はカネがかかる在韓米軍の存在に疑問を抱き「今すぐではないが朝鮮半島の米軍兵士を故郷に戻す」と約束した(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。

一方、文在寅政権の中枢は「民族内部の対立を煽る米帝国主義こそが真の敵」と固く信じる親北反米派が固めている(拙著「米韓同盟消滅」(新潮新書)第1章第1節「米韓同盟を壊した米朝首脳会談」参照)。


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309松濤本部前行動6.2/いずれ韓氏オモニ自らの口で明らかにするお父様への裏切り

■韓氏オモニが自分がイエス様の相対であると考えていること、またイエス様との子羊の婚宴を行ったということ、それゆえ韓氏オモニの語る真の父母とは、イエス様が真の父、韓氏オモニが真の母としての真の父母であるということ。この観点から韓氏オモニのスピーチを聞くなら、その意図するところがよく分かるようになります。

2019年4月10日、ラスベガスにおいて日本の忠孝家に対し、韓氏オモニが語っています。李成萬副会長が逐次通訳し、それを編集した映像を家庭連合が出しています。この文字起こしを下に掲載しておきます。ここで、韓氏オモニは以下のように語っています。

□韓氏オモニ:イエス様は十字架で亡くなる状況で「また来る」とおっしゃいました。2000年間のキリスト教歴史を通してイエス様がまた来て「子羊の婚宴」をするというので、また新たな選民を通して、独り娘が誕生しなければならないということです。どうことか分かりますか。天の摂理の完成は真の父母から始まります。


■韓氏オモニは、自分はイエス様の相対としての独生女であると語っているつもりです。そのことに対して「どういうことか分かりますか」と念を押しています。しかし、聞いている食口は絶対にそのようには理解しません。理解できるはずがありません。この場にいる食口は「独り娘」という言葉に反応して大きな拍手をしているのですが、韓氏オモニと食口との間には深い溝が存在しています。

続けて「天の摂理の完成は真の父母から始まります」というのですが、韓氏オモニの意味する「真の父母」とは、真の父がイエス様、自分が真の母という「真の父母」なのであり、その「真の父母」から「天の摂理の完成が始まります」という意味で語っており、お父様を真の父とするなら摂理の完成はないというのが言外の意味です。また、以下のように語っています。

□韓氏オモニ:昨年2018年には、キリスト教国家ではなくイスラーム国家であるセネガルで、アフリカ首脳会談を開催しようと、その国の大統領とUPFが一つになって首脳会議を開きました。大会の前日、私はセネガルの大統領に会い、40分ほどの間、教育をしました。イスラーム圏に私の息子ができました。そして、そのイスラームの最高宗教団長指導者も私の息子となりました。彼が今やイスラームの信者たちを祝福しようと準備しています。それだけではありません。南アフリカではハデベという預言者が「10万人の祝福をする」と言って、私を招待しました。

証人尋問

■「大会の前日、私はセネガルの大統領に会い、40分ほどの間、教育をしました」というのですが、徳野会長が「お母様は相手が大統領であれ、国会議員であれ、自分がメシヤ、真の父母、独り娘であると躊躇なく宣布されます」と報告しています。韓氏オモニは2018年1月17日、マッキー・サル大統領に40分間、一方的に語り、それをもって教育したと思っています。そして「イスラーム圏に私の息子ができました」と喜び、自分が完全に受け入れられたと思い込んでいます。

この時、マッキー・サル大統領はグッドガバナンス賞として10万ドル(約1100万円)をもらっているのですから、あなたは真の母だくらいのことは、本心でなくても言うでしょう。マッキー・サル大統領が本当に韓氏オモニをメシヤ、真の母だと思っているのなら、マッキー・サル大統領が韓氏オモニに10万ドルを献金するべきです。話が逆になっています。

「イスラームの最高宗教団長指導者も私の息子となりました」という人物は、700万人の信者を抱えるイスラム教指導者マンスールのことですが、この人物についても同様です。韓氏オモニがお金をくれるので、韓氏オモニを母だと持ち上げているだけです。ハデベ預言者についても同じです。

□韓氏オモニ:キリスト教徒と一つになれないイスラームが独り娘、真の母を受け入れたのです。この眠っているキリスト教圏において、4年前から私が「私は独り娘である」と宣布しています。

■金振春博士は、お父様は昔から「独生女」の言葉を語っておられ、数えれば180回であると述べています。しかし、韓氏オモニに言わせれば「4年前から独生女(独り娘)であると宣布している」とのことです。すなわち、お父様の意味する独生女と韓氏オモニの独生女に違いがあるということです。

韓氏オモニの独生女は無原罪の生まれであり、そして何より、その相対はイエス様なのです。とんでもない独生女です。お父様の言われる独生女とは違うので「4年前から」と韓氏オモニは区別して語っているのです。4年前とは2014年7月1日の「血統転換、私は母胎からです」の発言を念頭にした言葉だと思います。

マッキーサル

□韓氏オモニ:さらにワシントンの上院議員会議室で、議員たちが多く集まる場において、「私が真の母、独り娘である」と宣布し、「私と一つにならなければならない」と話しました。宗教界、政界、文化面においても、私がそのように宣布したのです。無知には完成がありません。私が教えてあげたのですが、それを受け入れるかどうかは各自の責任です。今日の人類が真の父母を通して天国に行けるかどうかは、自分たちで責任を負わなければならないのです。ですから私は最大限努力して、すべての人々に「私が独り娘、真の母、真の父母である」と教えているのです。

■「私が真の母、独り娘であると宣布し、私が教えてあげたのですが、それを受け入れるかどうかは各自の責任です」というのですが、韓氏オモニ以前に、お父様が平和メッセージや天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会の宣布され、お父様が教えて下さったことはどうなっているのでしょうか。お父様が教えて下さったことを人類が受け入れるかどうかこそが重大問題ですが、韓氏オモニにとってお父様の教えはなかったことになってしまいました。

「ですから私は最大限努力して、すべての人々に、私が独り娘、真の母、真の父母であると教えているのです」という言葉の意図するところは、お父様が教えて下さったことは全て帳消しにして、自分が新たな概念としての「独り娘、真の母、真の父母」を教えているつもりなのです。ですから、韓氏オモニがしていることは、それまでのお父様の摂理とは完全に断絶していることになります。なにせ、イエス様の相対が韓氏オモニであり、真の父がイエス様なのですから、とんでもない話です。

□徳野英治:真のお父様が聖和されてからの五年間に、お父様の代身として立たれた真のお母様が成し遂げられたさまざまな業績には目を見張るものがあります。これを見れば、お母様の卓越した指導力をはっきりと認識できるとともに、お父様の願いを果たすために全力投入しておられることに疑義を唱える余地がありません。(2017.7.29「世界家庭」2017.9月号P.26〜)

■徳野会長は韓氏オモニのしていることが「お父様の願いを果たすために全力投入しておられる」というのですから、笑わせます。また、徳野会長は以下のように語っています。

忠孝家ラスベガス02

□徳野会長:真のお父様の病室に入れていただいたとき、13本の管を体にお付けになったお姿に衝撃を受けました。私はそのときはっきり分かったのです。お父様は間もなく霊界に行かれるだろうと。そして次の瞬間に脳裏をよぎったのが、私自身ももちろん、どの食口も一度たりとも経験したことがない「お父様が地上におられない統一教会」の時代にいよいよ入るのだということでした。私は「信仰観を切り替えなければならない」と思いました。(中略)そして「地上においては、真のお父様中心の信仰の時代とも言うべき統一教会の歴史の第1章が終わり、真のお母様中心の信仰の時代ともいうべき第2章が始まろうとしている。すなわち、統一教会の第2幕が開けるのだ」と心に深く刻み込んだのです。(2016.10.16「世界家庭」2016.12月号P.19〜)

■たとえお父様が霊界に行かれても、お父様中心の信仰に何の変わりもないはずなのに、徳野会長は集中治療室のお父様を見た時、まだご存命の段階で、さっさと韓氏オモニ中心の信仰に切り替えたと語っているのです。まるで、韓氏オモニがお父様の摂理を断絶させ、イエス様との「真の父母」時代を始めることを知っていたかのようです。おそらく知っていたのでしょう。亨進様は以下のように語られました。

□亨進様:ともかく、しばらく説得に全力を傾けた期間がありました。ある時は懇願し、またある時は制止しようとしました。しかし、もはや誰が何と言おうと一切耳を傾けられなくなりました。そして、お父様を否定するあらゆる変更を矢継ぎ早に繰り出すようになったのです。あらゆる試みをしてきましたが、もはやそれを止めることはできませんでした。これは本当に深刻だ。これは大変なことになった。こう思うようになったのです。単に「怒れる女性」ではなく、その底流にメシヤ、お父様を消し去ろうとするある力を感じました。(2015.10.25)

■「お父様を消し去ろうとするある力を感じました」というのですが、韓氏オモニが真の父をお父様からイエス様に替えたということを知って初めて、その意味がよく分かります。亨進様もどうすることもできないほど、韓氏オモニのお父様を消し去ろうとする力は強かったのです。

私は韓氏オモニが自分をイエス様の相対だと思い込み、子羊の婚宴まで挙げたことに気がついた時、ある種の喪失感を味わいました。韓氏オモニのレベルが余りにも低く、またそのような韓氏オモニを担ぐ幹部連中のレベルも同様に余りにも低く思えたからです。さらに、よくもそんな韓氏オモニを担いで世界の檜舞台に上げることができるとは、レベルが低い上に、無責任極まると言ってもよいでしょう。

私は韓氏オモニはお父様を嫌っているので、お父様を証しないのだと考えていました。真の父はどこまでもお父様であり、そのお父様を理解できない、受け入れられない韓氏オモニがおかしいという観点から批判を続けてきました。ところが、韓氏オモニはとっくに真の父をお父様からイエス様に替えているというのですから、そのあり得ないことが起きていることに呆れました。真の父母様の父が入れ替わるなどということが、どうしてあり得るのでしょうか。

キリスト教2000年が待ち望んだ独生女であると、曲がりなりにもキリスト教を口にしながら、やっていることはシャーマニズムの次元です。結局、韓氏オモニの出身母体である聖酒教、腹中教が霊界から啓示を受けてそのままに従って来た過去の延長線上に韓氏オモニが今もいて、高い霊界につながっていた時は良いけれど、ひとたび霊界がおかしくなれば、相対をイエス様に鞍替えするという低次元の有様です。

青年宣教師

■2019年5月15日、日本で40日修練会を終えた青年宣教師61名が天正宮を訪ね韓氏オモニに面会しました。代表の女性が話をし、その後、全体で歌いました。涙を流す姿が多く見受けられました。

□青年女性:天の父母様と真の父母様の愛で生まれた私たち。幼い頃にはその価値が理解できませんでした。しかしあなたの姿を見ながら、これから私たちが行くべき道を悟りました。真のお母様、ご安心ください!地上でお母様と共に喜びの涙を流す時まで、私たちがあなたの心情のお側にいます。真の父母様!永遠に愛しています。

□全体で歌:オンマ、名前だけ呼んでもなぜこんなに胸が痛いのでしょうか。すべてを与え、また与えられずに残念がられるあなたに、私は何を捧げるべきでしょうか。オンマ!私のお母様、なぜこのように涙が出るのでしょうか。最も大切な誰よりも美しいあなたは私の、私のお母様!

■どこまでも、お母様、お母様です。お父様を称える言葉はありません。その後、ひとりの男性がとても力強く決意表明をしました。

□青年男性:真のお母様!私たちの姿をご覧下さい!ここにいる一人一人が真のお母様の愛の結実体です!真のお母様の血と汗と涙によって築かれた精誠の末に生まれた希望の光が、まさに私たちです!もう、真のお母様を知ったので、絶対に止まりません!もう、私達がここにいます!もう、真のお母様と一つになれば奇跡が起こり、私たちの行く道に敵がいるはずがありません!真のお母様!心配なさらないで下さい!神統一韓国時代を迎えた第七期天一国宣教師!あなたの決意であるvision2020を私たちが必ず成し遂げます!

■ここでも、韓氏オモニを限りなく持ち上げています。これがお父様への賛美なら全く問題はありません。しかし、真の父を取り替えた韓氏オモニを称えているのですから、純粋無垢の青年をこのように教育した大人の責任は重大です。この青年の決意表明の直後、徳野会長は笑っていました。青年は目の前の韓氏オモニを完全に錯覚して捉えているのであり、この場に同席した徳野会長がそうさせているのですから、その罪がどれほど大きいでしょうか。

しかし、いつまでも騙し通すことはできません。必ず青年達が韓氏オモニの裏切りと幹部達の偽善を知る時が来ます。その時、青年達は立ち上がれないほどの衝撃を受けるでしょう。オモニの裏切りもさることながら、それを知りながら大人達が自分たちを欺したということから来る人間不信を一生の間引きずるのです。

笑う徳野

□文亨進様:天正宮が完成してから、それ以前と精神的な雰囲気が違ってしまったことを感じました。それは「私がお父様を作った」というような雰囲気でした。「私がこの栄光を作った。この勝利は私だから可能だった」というものでした。「この王宮は私の血統が良いからできたのです」という雰囲気です。(2015.3.29)

■このように、韓氏オモニは自分こそがメシヤであり、お父様の勝利は自分故であると思い込みました。その理由の一つが、大母様が見たという夢です。

□韓氏オモニ:私が生まれた年は、その二年後に解放されたので、まだ日本が韓半島にあった時です。ところで、日本は第二次世界大戦の準備をするために、韓国のあらゆる金属という金属は、みんな集めていきました。それだけではありません。韓国の財物、また、韓国の気運というか、気をみな遮断しておき、(財物を)持っていきました。ところが、(夢による啓示で)私が生まれた家に、その奪っていった物が続々と入ってくるのです。玄界灘から果てしなく、その物がずっと入ってくるのです。それだけ見ても、私が独り娘ではないでしょうか。(2016.10.5/「世界家庭」2016.12/P.6)

■韓氏オモニは天正宮が出来た時から気持ちが大きくなりました。それまで住んでいた漢南洞公館も大きな屋敷であると思います。アメリカのイーストガーデンやベルベディアは、一般人では住めないほどの大邸宅です。しかし、天正宮は桁が違います。これによって韓氏オモニは自分がメシヤであると錯覚しました。自分ゆえに富が集まると思いました。この夢の話が、自分がメシヤであることの証拠として、その確信を後押ししたのです。

ですから、それまで50年間耐えていた韓氏オモニが、ひとたび独生女であることを世界に宣布したなら、もっともっと、更に多くの金銀財宝が、自分を目がけて殺到すると思いました。韓氏オモニは大会における拍手や、祝勝会における賛美も、自分が独生女として受け入れられていることの目安にしていますが、より現実的な指標として、集まってくる献金額に注目しているのです。

実際には献金額は下り坂です。2016年10月に「出征式」という最上級名称で始まった出発結団式も、いつの間にかその名称はあまり聞かなくなってしまいました。マンスールやノエル・ジョーンズ牧師が大口の献金をしてくれる訳でもありません。彼らはもらうだけです。韓氏オモニは、自分の独生女としての証し方が足りないからだと自戒しています。

自分がイエス様との子羊の婚宴の相手であると、そのような文脈で宣布はしているけれど、イエス様との子羊の婚宴を挙げましたとは、まだ語っていません。それはまだ独生女としての100%の証ではないのです。韓氏オモニがはっきり語り、聞く者が間違いなく韓氏オモニはイエス様と子羊の婚宴を挙げた独生女であると理解しない限り、金銀財宝は殺到しないのです。さらに、 神統一韓国時代の開門安着もないのです。

この先、献金は更に下降し続け、韓半島情勢はますます厳しさを増して行くでしょう。韓氏オモニは独生女としての100%の証をせざるを得ない状況に追い込まれて行きます。韓氏オモニのお父様への裏切りは、いずれ韓氏オモニ自らの口で明らかにしてくれるのです。

忠孝家ラスベガス

【参考】神日本忠孝家特別集会(ラスベガス国際平和教育センター2019.4.10)

□韓氏オモニ:よい朝ですね。ラスベガスは美しいですね。皆さんはここに来て、何を感じましたか。ラスベガスといえば世界中の人々が一度は行くべき所、行ってみたい所だそうです。しかしその一方でラスベガスには良い都市というイメージはないですね。人によって違いますが…、聖書のソドムとゴモラ(の話では)、そこに義人がいれば、災いをもたらさないだろうと(神様は)おっしゃいました。

ラスベガスはギャンブルの都市として世界的に知られていますが、今ではそこから離れ、世界中の人がこの都市に来て、最先端技術や文化を学ぶ、そのような都市に発展しています。ラスベガスは真の父母様が世界76億の人類を天の前に教育することができる良い場所だと考え、この地を選びました。この都市に来る世界の人々は、大抵財があり、政界や上流層の、自国を指導できるような立場にいる人たちが来ると考える時、彼らを教育して(彼らが)自国に帰り、平和世界に向かい、天のみ旨を広げることのできる良い教育の場として使われればと思い、この建物を建てました。

今日まで世界中で起こっているすべて(の問題)は人間の力では、これ以上解決する方法がないと見られています。政治的なことも経済的な面も文化的な面も、すべての面において一つになる方向へ向かう道が最も正確な答えなのですが、そうすることができない環境になってしまいました。アメリカは世界を代表する大きな国家ですが小さな国を…、さらにアメリカは天がキリスト教文化を通して世界を救うために祝福した国なのですが、その責任を果たせていない立場にいます。

今日のような大きな国も小さな国も一つになれない環境であるため、このような体制では人間や地球の生命体に未来はないという結論が出てきます。一言で言うと求心点がないということです。この世界の主人が誰なのかを知らなければなりません。本来宇宙を創造された創造主である神様が主人なのです。その主人がどうして主人のように振る舞うことができなくなったのでしょうか。創造主神様はご自分のかたちに似せて天地万物を創造されました。

鉱物世界におけるプラスとマイナスから植物のおしべとめしべ、動物世界のオスとメス、人間始祖となる男性と女性を創造し、彼らには成長期間という時間をつくり、責任を与えられました。創造主神様と絶対的に一つになった立場で成長しなければならないのです。まるで、ひまわりが天気の悪い日も太陽が照る日も常に太陽を向いて整列するような状態で成長しなければなりませんでした。しかし、成長期間中に自己を顧み、欲心が生じたのです。

創造主神様の創造は永遠を考えて創造されました。今日の万物世界は誰も教育していないのに、創造原則の循環法則によって回り、永遠に存在しています。この万物世界が破壊されているのは人間のせいなのです。そのような人間を神様は主管することができません。そのため人間始祖になる人間が堕落することにより、天は本来計画になかった彼らを再び探し求めるための救援摂理をされるほかありませんでした。

この邪悪な世界を築いた人間に対し、天は一刻も早く救援するため、その地域に合わせた多くの宗教を認められました。そのため世界には宗教がたくさんあります。彼らの本心は平和な一つの世界を追求しています。しかし、彼らも決断しなければならない時期が来たのです。今まで自分たちが知っていることがすべてではありません。本来の主人である神様の創造原則に似ることが宗教の使命なのです。

ですから代表的なキリスト教の文化を見る時、天は選民であるイルラエル民族を立て、4000年の間、個人から国家的な基盤が形成されるまで、どれほど大変だったでしょうか。4000年という時間を経て、独り子イエス・キリストを送ってくださいました。ところがどうなったでしょうか。その時代はローマ帝国という巨大な国家があり、「世界の道はローマに通じる」と言われるほどでした。それほど巨大な帝国があったのです。

もしイスラエル民族やイエス様を生んだマリア、ザカリヤ家庭がイエス様と一つになり、イエス様が来られた目的、本質を知っていたならば、ローマ帝国を通して2000年前に世界は平和になっていたでしょう。しかし、人間が責任を果たせず周りの中心人物がイエス様に協力できませんでした。

「独り子、私の息子」であると(神様が)言われたのであれば、独り娘を探さなければなりませんでした。イエス様が人類の真の父母として摂理を進められるようにすべきでしたが、そうできなかったイスラエル民族が2000年間どのような蕩減を受けたか、皆さんは知っていますね。その後、天はこれ以上責任を果たせなかった民族を通して摂理を進めることはできないのです。

イエス様は十字架で亡くなる状況で、「また来る」とおっしゃいました。2000年間のキリスト教歴史を通してイエス様がまた来て「子羊の婚宴」をするというので、また新たな選民を通して、独り娘が誕生しなければならないということです。どうことか分かりますか。天の摂理の完成は真の父母から始まります。堕落した人類はあらゆる良心の作用によって平和を追求しながら善良に生きることを望みました。

その地域の多くの宗教を通じて善良に生きようと努力してきましたが、最後は本流に出会わなければなりません。それは真の父母様を通して重生復活、祝福という過程を経てこそ創造主神様の息子娘になれるということです。今日のキリスト教は信じれば天国に行くと言います。それは摂理が分かっていない言葉です。真の父母を通してのみ天国に行くことができるのです。

ですから十字架によって亡くなる際、イエス様の味方をした右側の強盗に「わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」とおっしゃったのです。楽園という所は天国に入るための待合所です。天国に入る資格を得るために地上において、家庭が摂理に合わせて真の家庭として生きてから入るべきところが天上天国なのです。しかし、2000年間天が育ててきたキリスト教文化圏が真の父母をしっかりと理解できなかったために環境圏をつくれませんでした。

しかし、真の父母は親なので1960年から祝福結婚を通して、祝福家庭を50年という長い歳月をかけて世界的に多く誕生させました。アメリカが摂理の中心に立ち、真の父母様を助けるべきなのに、その使命を果たせずにいた時、1972年、アメリカに来て「アメリカが(火事が起きて)侵され、アメリカの家庭が壊れているので、わたしが消防士として来た」として50州を講演されたのです。

天の祝福を受けたアメリカは200年という短い期間で世界をリードする中心国家になりました。しかし、家庭崩壊、青少年問題、麻薬問題、さらには共産主義が目前に迫っていてもそれを感じ取ることができず、民主世界を守ることができない時代に、真の父母であるがゆえにアメリカを訪れ、教育したのです。その時、多くの義なる指導者が同参しました。摂理を知らない白人勢力がこの運動を阻止しようとしましたが、それがダンベリー事件です。皆さんは知っていますか。

そのような中でも真の父母なので、南米が共産化する緊迫した事情に対し、ダンベリーの監獄において科学者の義人であるカプラン博士に共産主義の滅亡を発表しなさいと言いました。そうしてどうなったでしょうか。5年後に共産主義は幕を下ろすことになるのです。

当時の1975年、アメリカの青年たちを伝道しました。ヒッピー、イッピーだといって未来の見えない生活をしている彼らを教育し、世界に宣教師として送りました。今、40年余りたちましたが、彼らは今も宣教地で活動しています。さらに誰もがアフリカに行くことを嫌ったのですが、アメリカの上流社会で暮らしていた女性がアフリカの宣教師として、そこで40年以上宣教教活動をし、その結果、今日になってアフリカに希望を与えているのです。

昨年2018年には、キリスト教国家ではなくイスラーム国家であるセネガルで、アフリカ首脳会談を開催しようと、 その国の大統領とUPFが一つになって首脳会議を開きました。大会の前日、私はセネガルの大統領に会い、40分ほどの間、教育をしました。イスラーム圏に私の息子ができました。そして、そのイスラームの最高宗教団長指導者も私の息子となりました。彼が今やイスラームの信者たちを祝福しようと準備しています。

それだけではありません。南アフリカではハデベという預言者が「10万人の祝福をする」と言って、私を招待しました。アフリカの多くの国々から首脳が来て私の話を聞き、「私と一つになってアフリカを新しい神アフリカにしましょう」と言ったことに皆が同意しました。多くの国の首脳が国家的な祝福式をすると言って私を招待しますが、私はすべてに参加することはできません。アフリカだけではなく、ヨーロッパもそうなってきています。

アジア圏も私がネパールで首脳会議をしましたね。本当に天はとても苦労されました。ですから私が地上にいる間に、天の夢、人類の願いを成し遂げてさしあげないといけませんね。天は世界の義なる人々、天がそれまで民族や国を通して育ててきた人々を私につなげてくださっています。キリスト教徒と一つになれないイスラームが独り娘、真の母を受け入れたのです。

この眠っているキリスト教圏において、4年前から私が「私は独り娘である」と宣布しています。さらにワシントンの上院議員会議室で、議員たちが多く集まる場において、「私が真の母、独り娘である」と宣布し、「私と一つにならなければならない」と話しました。宗教界、政界、文化面においても、私がそのように宣布したのです。無知には完成がありません。私が教えてあげたのですが、それを受け入れるかどうかは各自の責任です。

今日の人類が真の父母を通して天国に行けるかどうかは、自分たちで責任を負わなければならないのです。ですから私は最大限努力して、すべての人々に「私が独り娘、真の母、真の父母である」と教えているのです。結論として、本来の創造主神様、天の父母様の夢を成し遂げる祝福家庭の皆さんにならなければならないということです。

祝福は分かち合うほど大きくなります。皆さんが氏族メシヤ、国家メシヤ、世界メシヤになり得る祝福を真の父母が授けました。この道によってのみ、現在つくられている宗教の壁、文化の壁、人種の壁、国境線をすべて撤廃し、一つになることができれば、天の父母様のもとの一家族の夢が成し遂げられるのです。過去の服をすべて脱ぎ捨て、未来に希望を与えられる新しい服に着替えなければなりません。皆さんならできると信じています。そうですね。(2019.4.10)


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308松濤本部前行動5.26/キチガイに群がるお金が好きな連中

■徳野会長は第70回会長メッセージの中で以下のように述べています。

□徳野会長:お母様はもう最近はどんな公的な集会でも「私はメシヤである、真の父母である、天の独り娘である」ということを堂々と、何の躊躇もなく宣布をされます。相手が大統領であれ、国会議員であれ、それがどんなこの世的に偉い方であったとしても、お母様の中には躊躇はありません。そのようにしてお母様は今、堂々とメシヤ宣布をされ、天の独り娘であることを宣布されながら、2000年前のイスラエル民族のような過ちを、この天の摂理の中心国家である韓民族もその過ちを犯させてはならない、そのような立場で切々と訴えておられるのが今の真のお母様の立場であります。(2019.5.24)

■韓氏オモニは完全に自分がイエス様の相対としての独生女であると信じ込んでおり、それを証することがそのまま世界の救いにつながると考えているので、躊躇がありません。徳野会長は躊躇がないという韓氏オモニのキチガイ状態は正直にレポートしています。韓氏オモニが講演した国際的な大会は以下のようになっています。


①【米国上院ケネディコーカルスルーム講演】2016.11.30
②【東京大会】2017.5.14
③【タイ大会】2017.6.13
④【米国マディソン大会】2017.7.15
⑤【神奈川大会】2017.10.15
⑥【大阪大会】2017.11.21
⑦【韓半島平和統一世界大会】2017.11.11
⑧【ワールドサミット・セネガル】2018.1.18
⑨【ヨーロッパ大会】2018.4.29
⑩【埼玉2万人大会】2018.7.1
⑪【ブラジル大会】2018.8.5
⑫【米国ナッソー大会】2018.11.12
⑬【ワールドサミット・南アフリカ】2018.11.22
⑭【アジア太平洋サミット・ネパール】2018.12.1
⑮【ワールドサミット・ソウル】2019.2.8
⑯【米国シティオブレヒュージ祝福式】2019.4.6
⑰【天運相続国運隆盛大会】2019.5.17

※ケネディコーカスルームでの講演とシティオブレヒュージ教会での祝福式は大会ではありませんが、韓氏オモニにとって重要な意味を持っています。

堂々と証をする

■これらの大会で韓氏オモニは必ず自分が子羊の婚宴の独生女であることを証していますが、お父様がメシヤであり、独生子であることは一切証しません。なぜなら、これらの大会は初めから韓氏オモニ自身を証することが目的だからです。

お父様は2006年を中心として「平和メッセージ(1〜17)」を世界に向けて講演されました。特に「平和メッセージ9」の「神様の理想家庭と平和理想世界王国Ⅲ」は、私達も動員されて家庭教会の管轄エリアを区分けして、その区域ごとに講演会を開いたほどです。「平和メッセージ9」には以下の編集者注があります。

□編集者注:このメッセージは2006年10月22日から12月20日まで、世界120カ国の14400ヶ都市で開催された「世界平和のための宗教指導者120人巡回講演会」の時に発表された文鮮明総裁のメッセージの全文である。(「平和メッセージ9」)

■また、2010年7月8日には「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」が天正宮において開催されました。これ以降2012年4月14日に完結するまで、お父様はこのみ言を世界各地で講演され、また徹底して訓読していかれました。

□お父様:創造主の権限を再び回復された、神様の絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を中心として、天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会を最終完成・完結することを、お父様の前に奉献しますので、お受け取り下さい。(「天和宮での特別宣布式」2012.4.14)

青年宣教師01

■これらの講演文では、お父様は以下のように自らを証しておられます。

□お父様:神様の宇宙創造がそうであったように、一寸の誤差も許容できない人類再創造の大役事でした。誰一人として相談すらできない孤独な路程でした。神様までも顧みられず、徹底して独りで訪ねていかなければならない茨の荒野路程でした。幾度も反復される生死の岐路で血を吐きながらも、天との約束を成し遂げるため、再び立ち上がらなければならなかった不死鳥の人生でした。(「平和メッセージ9」)

□お父様:九十年の人生をささげて生きてきた私の生涯は、ひとえに天宙の真の父母であられる神様を解放してさしあげ、父母の位置を取り戻してさしあげ、死亡圏であえいでいる人類を救い、神様の懐にお返しすることでした。このみ旨のため、私は独りで艱難を貫いて勝利し、父母を失った孤児の身の上に転落した無知蒙昧な人類を導き、この世界の救援の道を歩んできました。(「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」)

青年宣教師02

■お父様が世界の隅々にまで徹底して宣布をされ、それはすでに完了したのですから、韓氏オモニが世界を回って新たな宣布をする必要はありませんでした。またどうしても宣布をしたいというのなら、お父様の講演文をそのまま宣布すればよいのです。しかし、韓氏オモニはお父様が自らを証されたことが気にくわなかったのです。なぜなら、韓氏オモニはお父様には原罪があり、自分こそがメシヤである、自分故にお父様の成功があると考えていたからです。

□文亨進様:天使長は、必死になって、お母様をなんとかしたく、あなたは原罪なく生まれたのです、お父様はあるのですと語っていました。ある日、御父母様が暖炉のまえで座っておられて話されておられました。お母様はお父様に「あなたも原罪を持って生まれてきたのでしょう?」と言われました。お父様はただ唖然とされ、驚かれました。お父様はお母様に「離婚するぞ」と言われました。天使長たちは知れ渡るのをおそれ、ビデオ、記録、録音などをしないようにしてしまいました。(2015.3.15)

ノエル・ジョーンズ牧師

□文亨進様:お母様は私に直接「私は生涯一度も原理を勉強したことがない」と言われました。お母様は「しかし勉強はしていないけど、全てのみ言葉は知っている」と言われました。私は幼いころにあったことをまだ覚えています。お母様は占い師を呼び込み、彼らのアドバイスを受けていました。そして、それはサタンが侵入する事ができる口実を提供することになりました。天正宮が完成してから、それ以前と精神的な雰囲気が違ってしまったことを感じました。それは「私がお父様を作った」というような雰囲気でした。「私がこの栄光を作った。この勝利は私だから可能だったと」いうものでした。「この王宮は私の血統が良いからできたのです」という雰囲気です。(2015.3.29)

ハデベ

■韓氏オモニは、お父様ご自身が自らをメシヤであるとして世界中に宣布したその内容を、自分こそがメシヤであり、独生女であるという内容に上書きしたいと思いました。お父様をメシヤであると考えるのはボタンの掛け違えであり、韓氏オモニこそメシヤであるというのが、正しいボタンの掛け方なのです。そのための国際的大会開催の第1号が2017年5月14日の東京1万人大会でした。ですから、韓氏オモニは相当の決意でこの大会に臨んでいました。

東京大会開催の時は出征式という特別な出発式で始まった第2次120日路程の最中であり、徳野会長としては日本に課せられた献金目標を達成するために韓氏オモニにお父様の証をしてほしいと、有明コロシアムの貴賓室でお願いしました。すると、韓氏オモニは激しく切れたのです。会場では第1部が進行していました。それが終われば韓氏オモニのスピーチです。この時韓氏オモニは徳野会長に「お前がスピーチしろ」と言ったのです。
No.125 →No.130

マンスール

この日は母の日でした。真の母が母の日に母の国に来て下さいましたと韓氏オモニを持ち上げながら、笑顔ですり寄っていた徳野会長は地獄に突き落とされました。全く予期しなかっただけにその衝撃は大変なものでした。韓氏オモニは善進様や側近がなだめ、事なきを得ましたが、スピーチ前に韓氏オモニを紹介する役目の徳野会長は顔面蒼白でした。韓氏オモニがお父様のことを言われてそこまで切れる背景には、韓氏オモニの並々ならぬ独生女宣布への思い入れがあったからです。

ウンダンガ

■そして、大会終了後、会場を新宿京王プラザホテルに移して祝勝会がありました。千葉修練所では青年宣教師の40日修練会が行われていました。この青年宣教師達が祝勝会に参加し、パフォーマンスを披露しました。そして代表の男女がそれぞれ決意表明をして終わりました。ここで、青年宣教師達は韓氏オモニと一緒に集合写真を撮ることになっていたのですが、この場でキャンセルになり、韓氏オモニは会場を出て行きました。

突然の予定変更に仕方なく、青年達は自分達だけで写真を撮ろうとしていたのですが、韓氏オモニが戻ってきて一緒に写真を撮ることができました。韓氏オモニがなぜキャンセルしたかというなら、決意表明の時に青年男性がお父様の証をしたことが気にくわず、自分がメシヤであるのに、その教育がなされていないことに腹を立てたのです。

お父様の証を出来ない

へそを曲げた韓氏オモニを善進様や側近が何とかなだめたので戻ってきました。この時の写真で韓氏オモニは笑っていますが、それはシャッターが降りた瞬間だけであり、その前後は不機嫌でした。韓氏オモニは独生女を宣布していく苦労を砂漠の砂嵐に喩えています。それは単なるヒステリーにしか見えませんが、このような出来事の一つ一つが韓氏オモニにしてみれば砂嵐のような試練であったのです。

■この集合写真に徳野会長は写っていません。祝勝会の場にはいるはずです。にもかかわらず写っていないのは、昼間の事件があって、韓氏オモニに嫌われたからです。この写真に徳野会長が写っていないということが、その事件があったことの証拠なのです。

そして、韓氏オモニの側近達はこれ以降、韓氏オモニにお父様の話をすることは絶対に禁止、また韓氏オモニの前でお父様の証をさせることも絶対に禁止ということを学びました。ですから、ここから始まっていく国際的な大会において、韓氏オモニがお父様の証をしないのはもちろんのことながら、映像やパフォーマンスにおいても、お父様に関する内容は消えてしまうことになるのです。

ラスベガス大会

■イエス様が又来る時に子羊の婚宴を行うと言われ、その婚宴の相手が自分であると公言する韓氏オモニはキチガイであると私は言いました。大半の食口はこの言葉を、韓氏オモニは再臨主であるお父様と聖婚した妻だからその通りであると考え、疑問を持ちません。しかし、食口でなければ、その言葉はその意味のまま伝わるのであり、食口以外の人間には、韓氏オモニはキチガイとしてすぐさま認定されるのです。

6月8日には南アフリカ共和国のヨハネスブルグでサミュエル・ハデベ預言者主催の4万人祝福式があり、また6月22日にはノエル・ジョーンズ牧師が中心になってラスベガスでの大会があります。サミュエル・ハデベ預言者もノエル・ジョーンズ牧師も私が見るところ、食口ではありません。だから内心では韓氏オモニをキチガイ認定しているのです。ですから、彼らが韓氏オモニに取り入る目的は、真理ではなくお金であるということができます。


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307松濤本部前行動5.19/自分をイエス様の妻であると公言するキチガイ

■韓氏オモニのスピーチはいつもほぼ同じ内容なのですが、その中でも独生女に関する基本的な骨子は以下のようになります。

□独生女論骨子:神様は男と女を創造し、責任を与えられた→イエス様は十字架で亡くなられた→①又来て子羊の婚宴を行われると言われた→②私が1943年に独生女として誕生した

■これを聞く食口は誰でも「お父様はイエス様の再臨であるし、お父様と聖婚した韓氏オモニは、イエス様の言われる子羊の婚宴相手の独生女と言えないことはない」と解釈し、特に疑問を持つことはありません。

目次307

(1)子羊の婚宴の独生女

■しかし最近になって、私は韓氏オモニのこの独生女論は、この字義通りの意味で語っているということに、ようやく気がつきました。韓氏オモニは自分をイエス様が語られた子羊の婚宴の相手であると考え、その通りのことを世界に向かって宣布しているのです。韓氏オモニにはお父様という夫がいるのですから、韓氏オモニが自分の結婚相手がイエス様であると考えているなどとは、絶対に想像できないことです。しかし、韓氏オモニが何度も繰り返している言葉の意味は、その信じられないことなのです。

独生女骨子

イエス様は「又来て子羊の婚宴を行われると言われた」のですから、又来られなければなりません。その来られたお方が文鮮明先生であるというのが私達の信仰であり、その文鮮明先生と子羊の婚宴を1960年に韓氏オモニが行い、それで独生女の立場に立っているというのが私達の理解でした。

しかし韓氏オモニは「イエス様は又来ると言われ、その来られたお方が文鮮明先生である」という重要ポイントを完全にスルーし、「又来て子羊の婚宴を行われると言われた、その婚宴の相対として、私が1943年に独生女として誕生した」と短絡させているのです。

■上に示した独生女論の中心的骨子において、韓氏オモニにとって重要なのは①と②の連続です。韓氏オモニは①と②を別個に語る期間があり、ある時から①と②を結びつけるようになりました。「世界家庭」をチェックしてみると、その最初が2016年5月7日、清平つつじ浄化祭でのスピーチです。


□韓氏オモニ:イエス様は十字架上で亡くならざるを得ない状況の中で、「再び来る」というみ言を残されました。再び来て、子羊の婚宴をするというのです。しかし、責任を果たせなかったイスラエル民族を通しては、それ以上摂理歴史を成していくことができませんでした。それで二千年のキリスト教摂理歴史は、独り娘を探し出す歴史なのです。それを今日のキリスト教徒達は知りません。天はずっと前からこの韓民族を立て、育ててこられました。それでこの民族を通して、待ちわびた独り娘を(アダム以来)六千年ぶりに探し出されました。(2016.5.7「世界家庭」2016年7月号P.3〜)

(2)世界への宣布

■韓氏オモニにとって、自分が子羊の婚宴の独生女であるという宣布は教会内部のことだけにしておくことはできませんでした。必ず世界的に宣布しなければならないという考えがありました。そのための世界的宣布の第1番目が、2016年11月30日、米国上院議員会館ケネディコーカルスルームでの講演でした。

しかし、この時は①までは語りましたが、②は「キリスト教の二千年の歴史は、独り娘の位置を築いてきた摂理であると考えることができます」と語るにとどまりました。自分が独生女であると語ることはできませんでした。韓氏オモニも自分との戦いがあり、言葉に出来なかったことは悔しいことだったと思います。ですから、帰国後の祝勝会においては、何が何でも歴史的大勝利を収めたということにしてしまいました。


□金起勲北米総会長:「真の父母様は救世主として来られました。真の父母様に絶対に侍り、一つになってこそ、アメリカが希望です」真のお母様は、二千年前にイエス様が、ローマの元老院で語るべきだったそのみ言を、この上院ケネディ・コーカスルームで、「私がメシヤであり救世主」であると宣布されたために、いまや、真のお母様を中心として、世界平和、そして、世界人類が救いを受けることのできる道が、新たなページを開いたのだと、私はお話したいのです。(2016.12.11)→【参考】No.40

■そして、2017年4月12日、聖婚57周年記念式において、以下の発言がありました。

□韓氏オモニ:しかしきょう、この日、万難を克服して独り娘は…。イエス・キリストは二千年前、原罪なく生まれました。独り娘も、原罪なく生まれたのです。これが真実です。原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です。天にとっては栄光、人類にとっては喜びと希望の日となったのです。(2017.4.12「世界家庭」2017.5月号P.6)

原罪なく生まれた

■この発言における「原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です」の「独り子」とはお父様のことであると、家庭連合は主張していますが、文脈からはどう見てもイエス様のことです。「原罪なく生まれたイエス・キリスト、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です」という意味になります。この時点で韓氏オモニは自分がイエス様の相対であると宣言する覚悟を決めたのだと思われます。なぜなら、この後、東京大会を皮切りに始まっていく国際的な大会において、韓氏オモニは独生女論の中心的骨子をはっきりと語るようになるからです。

【東京大会】2017.5.14
①再び来て、「子羊の婚宴をする」というのです。→②しかし今日イエス様が願い、出会うべきだった独り娘を誕生させた大母様は、責任を果たしました。(「世界家庭」2017年6月号)

【タイ大会】2017.6.13
①再び来て、「子羊の婚宴をする」というのです。→②1943年に私が生まれました。(「世界家庭」2017年8月号)

【米国マディソン大会】2017.7.15
①再び来て、「子羊の婚宴をする」というのです。→②1943年に独り娘を誕生させました。(「世界家庭」2017年9月号)

ウィーン大会

【ワールドサミット・アフリカ】2018.1.18
①再び来て、「子羊の婚宴をする」というのです。→②そこに、ご自身が六千年ぶりに「私の娘である」と言うことのできる独り娘を誕生させました。

■これ以降、ヨーロッパ、ブラジル、アメリカ、アフリカ、ネパール、韓国と続いていきますが、この中心的骨子を必ず語っています。見方を変えれば、このことを宣布するために世界各国での大会を計画したということができるでしょう。韓氏オモニにとって自分が子羊の婚宴の独生女であるという宣布は、どんなに困難でも必ずしなければならない重要なものだったのです。

(3)歴史の真実とは

2017年10月15日に開催された「神奈川1万人大会」での韓氏オモニの講演題目は「新時代、天の摂理から見た人類歴史の真実と日本の使命」でした。また同年11月11日にソウルで開催された「韓半島平和統一世界大会」での講演題目は「天の摂理から見た人類歴史の真実」でした。

神奈川1万人大会

講演の中心ポイントはいつもと同じで、自分が子羊の婚宴の独生女として誕生したということなのですが、すなわちそれが「人類歴史の真実」だというのです。今まで私達はお父様がメシヤであり、韓氏オモニはお父様の妻であり、それをして真の父母としていましたが、韓氏オモニに言わせれば、本当の人類歴史の真実は、韓氏オモニはイエス様の妻であり、イエス様と韓氏オモニが真の父母だということになるのです。

□韓氏オモニ:そして歴史の真実を明らかにすると話しました。今日人類が神様を迎えるためには、真の父母を知らなければならず、真の父母が現れる前に独り娘を知らなくてはなりません。(2018.11.3)

奨学金授与式

□韓氏オモニ:それで私は天の摂理の完成の時を迎えて歴史の真実を明らかにすると言いました。私は天の父母様が待たれ探し出された独り娘であると宣布しました。(2019.2.13)

(4)忍耐した50年

■私達が原理講義によって学んだ歴史が真実なのではなく、韓氏オモニが語る独生女論が「歴史の真実」なのです。韓氏オモニがお父様の相対ではなくイエス様の相対であるということなのですが、驚くしかありません。それは簡単には受け入れてもらえない考えであることは韓氏オモニ自身もよく分かっています。ですから、以下のように語りました。

何も言わない

□韓氏オモニ:私は50余年の間、何も言いませんでした。すべて知りながらも黙っていました。(2017.10.25)

50年忍耐

□韓氏オモニ:ですから50年の間、耐えてきたのです。知らなくてそうしたのではありません。(2017.10.25)

話すときを待っていた


□韓氏オモニ:私でなければならないと決心したのです。ですから私は話すことのできる時を待っていたのです。(2017.11.4)
私は50年間待って

□韓氏オモニ:私は50年間待って、「私が独り娘である」と宣布しました。(2017.12.15)

(5)強引に進めた6年

■50年というのは、お父様のご存命中という意味です。韓氏オモニはお父様のご存命中は独生女論という自分の考えを表明することはできませんでした。では、お父様聖和以降なら問題なく表明できたかと言えば、そうでもありません。韓氏オモニを担ぐ幹部といえども、予想される食口の反発を考え、韓氏オモニが不用意に独生女論を表明することに難色を示したことでしょう。

私は母胎からです

独生女論の表明においては2段階を経ることになりました。第1段階は、2014年7月1日の韓氏オモニが無原罪で誕生したという講話です。そして第2段階が、国際的な大会における「子羊の婚姻の独生女」という宣布です。いずれにおいても、韓氏オモニが幹部の抵抗を押し切って強引に進めたことだと思います。それについて以下のように語りました。

□韓氏オモニ:しかしそうできなかった状態で、摂理を導いていかなければならない私の立場は一人きりでした。まるで荒漠とした砂漠に砂嵐が吹き荒れて目を開くことのできない環境で、小さな針ひとつを探さなければならない心情、皆さんは感じたことがありますか。そのような心情で、想像することができない、探さなければならない針を、私一人で探し出しました。(2019.2.15)

針を探す

□韓氏オモニ:そのような重責を抱いて「独り娘の私が真の母である」と宣布した時、皆さん!皆さんは歓迎しましたか。(はい)返事は簡単にしますが、簡単ではないと考えます。そうですか。それでも、いまは確信していますか。(2019.2.15)

■第1段階では、「韓氏オモニは無原罪誕生である」だけでなく、「お父様は有原罪誕生である」がセットになっていました。さすがにお父様有原罪誕生は問題が多過ぎて消えました。しかし、韓氏オモニ無原罪誕生は、不思議なことに大きな問題にもならず、教理化されてしまいました。

そして、第2段階の「子羊の婚姻の独生女」は、その問題の本質が全く知られることなく、現在、世界中に宣布されてしまった形になっています。韓氏オモニが「1943年に独生女が誕生しました」と語るところでは必ず拍手が起こります。その言葉の本当の意味を誰も理解していないにも関わらず、韓氏オモニにとってみるならば、以下のように、その考えが受け入れられたと思ってしまうのです。

私に対する確信

□韓氏オモニ:私に対して確信が立ったのは、数年にしかならないでしょう。正直に話してみて下さい。私は、許してあげましょう。(2018.9.5)

神氏族メシヤ連合創立大会

□韓氏オモニ:摂理の真実、歴史の真実を明らかにすることで理解させるのに6年かかりました。(2019.2.17)

(6)ボタンの掛け違いを直した

■2019年4月6日、ノエル・ジョーンズ牧師のシティ・オブ・レフュージ教会で三千組の祝福式を挙行し、独生女のスピーチを行ったことが、韓氏オモニにとって大きな勝利感をもたらしました。なぜなら、キリスト教二千年の歴史が待ち望んできた独生女が自分であると宣布を続けてきた結果、ついに既成キリスト教会、それも有名なメガチャーチが韓氏オモニを完全に受け入れてくれたと思ったからです。ここでのスピーチでは以下のように語りました。

ノエルの教会

□韓氏オモニ:しかし、天は永遠性をもって創造されたので、イエス様が「再び来る」と言い、再び来て、「子羊の婚宴」をするというのであれば、今日のキリスト教は誰を待つべきでしょうか。真の父母を待つに先立ち、独り娘、真の母になる方に出会わなければなりません。イエス様を十字架に追いやったイスラエル民族は歴史を通して、どのような蕩減を払いましたか。私達はよく知っています。天が選び立てた中心人物や国が責任を果たせないとき、天は新たに別の選民を探し立てられます。1943年、韓国に独り娘が誕生したのです。(2019.4.6)

■「1943年、韓国に独り娘が誕生したのです」と韓氏オモニが語ったところで、大きな拍手が起きました。この教会のメンバーは何のことやら分かりません。拍手をしたのはこの日動員された2世を含む家庭連合のメンバー達なのです。韓氏オモニはクリスチャン達に独生女としての自分が受け入れられたと思い込んでしまいました。祝勝会では以下のように語りました。

ボタンの掛け違え

□韓氏オモニ:私が歩んできた50年の歳月は忍耐し、待ち焦がれる時間でした。皆さんはよく知らないでしょう。先ほど私が比喩をしました。間違って掛けられたボタンを解いて、再び合わせるまでに50年がかかったと言いました。(2019.4.20)

■韓氏オモニにとって、お父様が夫であり自分がその妻であるというのはボタンの掛け違いであり、イエス様が夫であり自分がその妻であるというのが、ボタンの正しい掛け方なのです。そして、その掛け違いを直したと語りました。では、食口は韓氏オモニがイエス様の相対であると理解しているのかといえば、そのような食口は一人もいません。「①再び来て、子羊の婚宴をするというのです。→②1943年に独り娘が誕生しました」という話を100回聞いたとしても、そのような理解は絶対にすることができません。現実的にあり得ない話だからです。

(7)担いだ幹部達

■ここに韓氏オモニの一方的な思い込みがあることが分かります。なぜ韓氏オモニはこのような思い込みをしているのでしょうか。それは韓氏オモニを担ぐ幹部達に責任があります。

□亨進様:当時、私たちの誰もが全く気付かなかったのです。このバビロンの秘密に。誰もお母様が自分をそこまで自己崇拝していることを知りませんでした。それは文字通りサタンの秘密兵器だったのです。金孝南にそそのかされてしまったのか、もとから自分で思いこんでいたのか、それは分かりません。ともかく、しばらく説得に全力を傾けた期間がありました。ある時は懇願し、またある時は制止しようとしました。しかし、もはや誰が何と言おうと一切耳を傾けられなくなりました。(2015.10.25)

ミュージカル

■韓氏オモニには自己崇拝があったというのです。自分がイエス様の相対であるという考えも、その自己崇拝です。周りの幹部はその間違いを正すことはできません。正すことができないどころか、それを持ち上げ、賛美しなければ生き残ることができないのです。この悪循環により、韓氏オモニの自己崇拝は深まっていくのです。

幹部が韓氏オモニを担いでいる明確な証拠があります。それは2019年2月10日の御聖誕記念日に上演されたミュージカル「孝情の夢3」です。これは二千年前のイエス様の路程を韓氏オモニと重ね合わせて描いている作品です。韓氏オモニは年齢ごとに3人の女性が演じています。お下げ髪の清楚な姿で登場した女性が、韓氏オモニの少女時代を演じています。この女性がイエス様が十字架に向かって行く場面で、イエス様と掛け合いで歌います。

イエス:これもあなたの選択であるならば静かにその道に従います、しかし、涙を流します
オモニ:涙を流して
イエス:子女としてのみ旨を果たすこともかなわず
オモニ:生育して
イエス:願われた子羊の婚宴を
オモニ:繁栄して
イエス:なすことができませんでした
オモニ:万物を主管せよ
イエス:見つけられなかったのです
オモニ:この独り娘エバを
イエス:再び来て、成し遂げます
オモニ:この子羊の婚宴を


■これを見ると、二千年前のイエス様と少女時代の韓氏オモニが完全に同時代に生きて存在しているかのように錯覚するのです。ミュージカルとしての出来映えも良いと思いますし、映像で見ると両者の画像を重ねる演出も高度に計算されています。これは韓氏オモニが自分はイエス様の相対であると思い込んでいる、そのことを知った人間が制作したものであるということが分かります。

韓氏オモニは広い平和ワールドセンター正面奥の特別席で観ていますが、サングラスの奥でさぞかし涙を流したことでしょう。韓氏オモニの心を完全に掴んだはずです。このような韓氏オモニを担ぐ幹部達に囲まれて、韓氏オモニは自分はイエス様の相対であるという思い込みを深め、更に国際的な大会で講演する度に大きな拍手を受けることによって、ついに自分がイエス様の相対の独生女として、多くの人々に受け入れられたと思うようになっていったのです。

(8)挙行された子羊の婚宴

■韓氏オモニはイエス様が子羊の婚宴をすると言われたその相対であると思い込んでいますから、どうしてもイエス様との子羊の婚宴をしなければなりません。その婚宴こそ、2012年1月18日の謎の結婚式でした。これは金孝南が主礼を務めた悪霊との結婚式であると言われていますが、外的には韓氏オモニと金孝律の結婚式の装いであり、内的には韓氏オモニはイエス様との結婚式のつもりだったのです。韓氏オモニにとっては、イエス様が待ち望んで二千年ぶりにようやく迎えた子羊の婚宴であり、その思い入れには計り知れないものがありました。

この5日後の1月23日には、お父様との3度目の聖婚式が迫っており、その前に何としてでも、子羊の婚宴を挙行しておきたかったのです。情報が漏れないように万全を期したつもりであったのでしょうが、そのことはすぐにお父様の知るところとなり、麗水から急遽戻られた翌朝の訓読会で、猛烈に怒られることになりました。「50年の間、耐えてきたのです」というように、韓氏オモニが自己崇拝の道を進むにおいて、一番の障害になったのはお父様でした。

謎の結婚式

□お父様:お父様と別々に行動すれば、破滅であり死である。お父様に応えず、ただお母様の回りにいる者は悪者である。安州と韓氏族を自慢するな。それをしたら真の母になれない。お母様は妖怪のように自分の道を行っている。お父様と同じ道を進んでいない。お前達悪党はお母様に従うことで、私とは別の道を歩いている。この悪党達。お母様に従い、お父様はいらないと考える者は根のない妖怪だ。天のお父様だけが孤独なお父様と共におられる。お父様の言うことを聞かず、お母様の言うことを聞けというのは、ルーシェルより恐ろしい。私は独りぼっちだ。息子も娘もいない。お母様は自分の好きなようにしている。(2012.1.19)

■私は、韓氏オモニが自分は無原罪の生まれだと言っているのがおかしい、お父様のことを一言も証しないのがおかしい、自分がメシヤになってしまっているのがおかしいということを訴えながら、韓氏オモニがお父様を裏切っていると批判して来ました。しかし、ここに来て、韓氏オモニの裏切りの中心、その本質は、真の父をお父様からイエス様に変えてしまったことにあるということが分かりました。お父様が「お父様はいらないと考える者は根のない妖怪だ」と怒られた理由がよく分かります。

真の父をイエス様に変えたといっても、それは韓氏オモニがイエス様だと思っているだけのことであり、実際には悪霊が韓氏オモニに忍び寄っているのだと思います。また、韓氏オモニが、自分がイエス様の相対であるかのような話をしても、実際に韓氏オモニがイエス様をどれほど慕っているのか、その思いは殆ど伝わってきません。自分を高めるためにイエス様を利用しているようにも感じます。

(9)聖マリア病院での復讐
 
■1月19日の訓読会の映像のごく一部を家庭連合が出しています。それを見ると韓氏オモニは泣きはらしたような顔であり、また金孝律は不服そうな顔をしています。子羊の婚宴に対する韓氏オモニの思い入れの深さに比例して、それをぶち壊しにしてくれた93歳の老人であるお父様への憎しみが募ったはずです。これが引き金になり、それから7ヶ月後、聖マリア病院での生命維持装置及び清心国際病院への移送を巡る死闘へと展開して行くようになるのです。


□亨進様:お母様は50年間この謎を隠していました。私達はお母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、私達はお母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした。(2015.9.13)

■韓氏オモニがお父様の痛みを取り除いてあげようとして、愛を動機として生命維持装置を外そうとしたという説明は完全な虚構です。生命維持装置を外すことは殺人です。それを外せばお父様は死んでしまいます。だから外そうとしたのです。その事件を通して、亨進様は韓氏オモニの中に潜んでいた復讐心を発見し、たいへん驚かれました。

□ヨナ様:それは適当な大きさの部屋で、小さな部屋とリビングルームがありました。その小さな部屋に亨進様とお母様は入って行かれました。彼らはこの事(プラグを抜くかどうか)について話されていました。すると、突然大きな叩く音が部屋から聞こえて来ました。それは、お母様はとても怒られて「あなたは何も知りません!」「あなたはまだ若すぎる!」というような意味の事を、私は正確には覚えてはいませんが、大きな音が聞こえて来て、私達はお母様が亨進様を叩かれたことが分かりました。私は、お母様が彼の何処を叩かれたのか分かりませんでしたが、彼が叩かれた明らかな音がしました。お母様は、亨進様のお父様への処置に対する「私達はそれは絶対できません」という強い反対が、気に入らなかったのです。(2015.10.25)

■韓氏オモニは自分に反対する亨進様の顔を殴りました。生命維持装置を外そうとする韓氏オモニの意思はそれほど強く、それほどまでにお父様を憎んでいたということになります。生命維持装置を巡る戦いは、簡単なものではありませんでした。そして、生命維持装置を外せないことになったとき、韓氏オモニはお父様を清心国際病院に移送することを考えました。そこでなら、生命維持装置を外すことができるからです。

□石俊淏会長:真のお母様の意志はいつよりも強いものでした。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というみ言でした。(2012.8.30)

安楽死発言02

(10)キチガイ
 
■清心国際病院への移送は、韓氏オモニが「いつよりも強い」意思で主張しました。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というのですが、それはお父様の命を思ってのことではなく、反対に、お父様を消し去ることによって、自分が自由になるためでした。

自分が誰からの反対も受けることなしに、独生女としてイエス様の相対になり、宇宙の母になり、さらには天の父母様になり、全世界を自分のもとにひざまづかせるためでした。実際に韓氏オモニはその位置に行き着くためにお父様を相手に死闘を演じたのです。「まるで荒漠とした砂漠に砂嵐が吹き荒れて目を開くことのできない環境で、小さな針ひとつを探さなければならない心情」とは、そのことを語ってもいるのです。

しかし、韓氏オモニがイエス様の相対としての独生女であると何百回語ったところで、全ての人は「それって、何のこと?」ということにしかなりません。韓氏オモニだけが、そのように思い込んでいるのです。はっきり言ってしまえば、韓氏オモニは「自分をイエス様の妻であると公言するキチガイ」なのです。


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306松濤本部前行動5.12/真実味を帯びる安楽死発言

■阿部美樹講師は2016年2月29日公開された動画で、生命維持装置問題について以下のように語っています。

□阿部美樹:再び聖母病院に移送されたとき、医者から「到着が30分遅れていれば難しかった」と言われました。肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました。そして13の機械につながれる苦痛に21日間耐え抜かれました。そのような時大母様は孝進様、興進様、榮進様が来て、霊界に迎えたがっているという言葉をお母様にお伝えしました。

お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えましたが、結局外すことはされませんでした。しかし、亨進様、國進様にとっては、そのような姿が誤解する決定的な事件になってしまったのです。亨進様は次のように語られました。

「お母様は50年間この謎を隠していました。私たちはお母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした。(2015.9.13)」


このように語っていますが、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願うことが「復讐」となるのでしょうか?この亨進様の批判は、真の父母様が育まれた夫婦愛、妻のもつ「烈」の心情世界が分からずに完全に誤解している状況ではないでしょうか。

真のお母様は、「清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければ」と語られ、救急車を改造され、清平に聖母病院と同じ施設を準備して移され、8月31日午後7時にお父様が到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を探され、お母様は「お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?」と語られました。するとお父様が涙を流されました。眼差しで、手で、2人だけで深い対話の時間が持たれました。

9月2日、真の家庭が集まり、お父様の好きな歌を歌い、手足を揉まれました。夕方から血圧、脈拍数が落ちていきました。お母様を中心に聖歌を歌い、お父様を送る厳粛な時間を過ごされました。そして4日目の9月3日午前1時54分、お母様と共に「サランヘ・アボニム」を歌い、見送る中で聖和されました。それから、すぐお母様は医療装置を外すように指示されました。(「真のお母様の生涯とサンクチュアリ教会問題」2016.2.29)

目次306

■以上の内容につき、以下に問題点を指摘します。

(1)すぐにお父様が回復不可能になったかのように表現している

■阿部講師はお父様が聖マリア病院に搬送され、そのすぐ後に「肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました」かのように語っています。お父様の病状回復が難しいとの医師の判断が示されたのは8月28日です。阿部講師はお父様が8月13日の夜に再入院されて、翌14日には回復不可能になったかのように語り、まるでお父様が回復不可能であったから、やむを得ず生命維持装置を外す話が出てきたかのように、完全に間違った印象を与えています。

(2)生命維持装置を外そうとした動機を愛だとする非常識

■阿部講師はお父様の生命維持装置を外そうとした韓氏オモニの動機を、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願った夫婦愛、妻の「烈」の心情であると説明しています。生命維持装置を外すということはリアルな「殺人」であることは誰が考えても分かることなのに、その動機を愛であるなどと、全く空想的で非常識な説明をしています。お父様の病状が五分五分と報告され、全食口が断食していたような段階で、回復不可能であったというイメージを作り出し、その動機を愛とする説明は完全なウソです。

(3)なぜ、清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければならないのか


■阿部講師は、韓氏オモニがお父様は清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければならないと言ったことを清心国際病院への移送の理由としています。清平で3日以上過ごさなければならないという話は石俊淏会長の報告にもありません。それが本当に韓氏オモニの言葉なのかどうか、また韓氏オモニの言葉なら、どうして清平で3日以上過ごす必要があったのか、その説明が必要です。

阿部美樹

(4)涙を流し、深い対話をされたお父様

清心国際病院に到着されたお父様は目で韓氏オモニを探され、涙を流され、眼差しで韓氏オモニと深い対話をされたということです。ここまではっきりとした意識のあるお父様の生命維持装置を韓氏オモニが外そうとしたというのですから、その動機が愛であったなどと、阿部講師自身疑問に思わなかったのでしょうか。9月2日にお見舞いをされた劉正玉先生をお父様が目を開けてご覧になり、足さえ動かそうとされたということでしたから、最後までお父様にはっきりと意識があった可能性の方が高いということになります。

■阿部講師が動画で語った以上の内容が、その後サンクチュアリや顕進様側から批判されたことを受け、2017年2月15日、家庭連合ではそれに対する反論文を出しました。そのポイントとなる主張は以下のようになります。

(5)亨進様の説教情報を正しいものと仮定した

■下に見るように、阿部講師が韓氏オモニは愛を動機として生命維持装置を外そうとしたと解説したことは、亨進様が生命維持装置を外そうとしたと語ったことが正しい情報であると仮定した上でのことであるとしています。実際は正しい情報ではなかったので、阿部講師の解説は無効であると言いたいのです。

□家庭連合:上述の「お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました」という部分は、亨進様の説教情報を正しいものと仮定した上で述べたものでした。(2017.2.15)

変わる家庭連合の主張01

(6)涙を流し、深い対話をされたというのは錯覚にしたい

□家庭連合:「…するとお父様が涙を流されました」と説明したのは、「お父様が目でお母様を捜され……するとお父様が涙を流された」と証言する人がいたためです。おそらく、それは回復を強く願う思いも手伝い、真のお父様の意識が回復されたと思い込んだのであり、W医師によれば、意識のない状況でそれはありえないと証言しています。それくらい、実際のお父様のご容体は厳しいものでした。(2017.2.15)

■このように、「涙を流し、深い対話をされた」と阿部講師が解説したのは、そのような証言をする人がいたからであり、それはその人の思い込み(言い替えれば錯覚)であったと主張しています。錯覚であることの根拠として、以下のように述べています。
 
□家庭連合:W医師は29日朝、韓国に到着。聖母病院の主治医に会って病状を聞くと「もう長くない状態です」と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた。(2017.2.15)

■W(渡辺)医師の証言によると、29日時点でも「お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた」「痛み刺激に顔をしかめるような反応はあった」けれども、しかし、「昏睡で意識がない状態であられた」ということです。だから、「涙を流し、深い対話をされた」というのは、その人の錯覚であるという主張です。ここでW医師の証言が重要になってきます。手足を動かし、時々目を開け、痛み刺激に顔をしかめる状態が意識がないと言えるのか、W医師に確認する必要があります。

変わる家庭連合の主張02

(7)聖母病院で聖和されれば、なぜ聖和式の挙行が難しいのか

□家庭連合:W医師によると、当時、真のお母様を含め誰もがいかにお父様に地上に長くいていただくかを考えた時期であり、聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかったとのことです。もし装置を外したら、真のお父様は聖母病院で聖和されることになり、「聖和式」の挙行も難しい状況が生じた可能性があったからです。お母様の願いは「何としても生かしてほしい」というものでした。(2017.2.15)

■W医師は29日に訪韓しているのであり、生命維持装置を外す話が出てきたのは、それより10日以上前のことです。ですから、「聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかった」と言える立場ではありません。また、言えたとしても「聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかった」というのは、初めから終わりまでその通りなのであり、当たり前のことです。

そして、問題なのはお父様が聖母病院で聖和されたなら、聖和式の挙行が難しくなった可能性があったと述べている点です。お父様が聖母病院で聖和されれば、なぜ聖和式の挙行が難しかったのでしょうか。聖和式の挙行が難しくなるので清心国際病院に搬送する必要があったとも取れる主張なので、この点は家庭連合に説明してほしいものです。

(8)家庭連合が言及しないおかゆの誤嚥問題

■8月13日の夜、お父様は清心国際病院から聖マリア病院に救急搬送されます。以下は2012年8月19日の礼拝で亨進様が語られたものです。

□亨進様:(通訳)次の日朝、お母様は本当に最善を尽くしてお父様を説得されました。そして清心病院に移動されました。私達が横の部屋にいたんですが、私達が部屋から出てくる前に本当に早く移動されたんですね。その当時、酸素タンクを持って、その携えて、呼吸を助けなくてはならない、そのような状況でした。そして看護婦と医師達が最大の努力をしていました。ところが、その医師達はお父様に侍ることが非常に難しいということをだんだん感じるようになって行ったのです。そしてその日、國進兄さんがアメリカから帰ってきて、お母様と医師と共に…

酸素飽和度ですね、その酸素がちゃんと供給されているかどうか、体に。そのような内容を確認したところ、体内によく吸収されていないということが確認されたので、お父様がここでは、お父様が気が楽だろうということで、その清心病院に行かれたんですけれども、お母様がここでは駄目だということで、聖母病院に行けば重患者室があるので、ソウルに移動した方がいいと判断を下されました。その当時、お父様は力が弱く、おかゆを召し上がっていたんですが、柔らかいおかゆを召し上がっていたんですけれども、肺がちゃんと機能していない、そのような状況の中で、お父様が力を出されるようにということで、おかゆを差し上げていたんです。

しかし病院を移動される時に、召し上がったそのおかゆがうまく入っていかずに、肺炎のそのお体にそのおかゆがですね、おかゆがうまく体内に、胃に吸収されずに、別のところに入っていったんです。それでお父様は非常に危険な状態になられました。そして呼吸を助ける為の処置が病院でなされました。そして私達は、私は漢南洞に行ったんですけども、漢南洞から國進様、お兄さんと一緒に病院に行きました。私が病院に到着した時、お母様が待っていました。私達は1時間待って医師から状況を聞くと、もしお母様の決定が少し遅れていたならば、お父様がもし30分遅く病院に到着していたならば、その日お父様は霊界に行かれていただろうと、そのような医師の話を聞きました。それほど深刻な状態だったのです。(2012.8.19)

■この同じ場面を石俊淏会長は以下のように報告しています。

□石俊淏会長:このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。

しかし午後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知されたお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょうと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ、ありがとう」と語られて清心国際病院へ行かれました。

清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になられたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様を送られることを命じました。とり急ぎお父様が普段好まれて乗っていらっしゃったSUV車で、お父様に侍り清心病院の看護婦2名と酸素ボンベ2本を載せて、車中でも酸素供給を続けました。

約1時間程かかる道のりでしたが、千年も過ぎ去るような恐ろしい死闘の時間でした。ソウル聖母病院まであと約20分という地点からは、お父様の呼吸が甚だしく乱れるようになり、これ以上堪えることができないようなお姿でした。運転手や看護婦たち、車中にいたすべての人々はその時点でこの世が終わったような戸惑いを感じながらも、命をかけて疾走しお父様を無事に病院までお送りしました。

ソウル聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたがここそこから非常呼び出しを受けて駆けて来た医師たちだけでも5~6人、看護婦たち7~8人、各種の応急手当の装備が数台….まさに戦争を彷彿させるような、1時間程の闘いでした。(2012.8.30)

■この2つの報告を読み比べてみると、清心国際病院に行かれたお父様の病状が医師の手に負えそうもないということで、聖マリア病院に移ることを韓氏オモニが決定しました。そのような状況の中で、お父様がおかゆを誤嚥されたので、急遽聖マリア病院に向け出発したということになります。その車中でお父様の病状が急激に悪化して行き、もう少しで手遅れになるところでした。

おかゆの誤嚥がなければ、そこまでの危篤状態にはならなかったと考えられます。その後、問題となる生命維持装置の装着もなかったかも知れません。ですから、おかゆの誤嚥問題は大変重要です。しかし、家庭連合の報告や反論にはこのことに言及がありません。なぜなのでしょうか。都合が悪いので無視したいのでしょう。

お父様におかゆを食べさせたのは孝進様の奥様、文妍娥様です。これは私が二代王妃李妍雅様から直接聞きました。文妍娥様が李妍雅様に電話をしてこられて、「私がお父様におかゆを食べさせて大変なことになってしまった」と、動揺しておられたとのことでした。文妍娥様は誰かの指示でお父様におかゆを差し上げたのだと思います。

裏切り聖母病院6名

(9)なぜ清平から送る必要があったのか

■石俊淏会長の報告では、お父様の聖マリア病院から清心国際病院への移送目的は「真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるように」ということでした。8月13日の段階では、清心国際病院の医者の手に負えないということで聖マリア病院に移したのであるし、どう考えても聖マリア病院から清心国際病院に移すことがお父様の命を長らえさせることになるとは、誰も納得するはずがありません。ですから、家庭連合の反論では以下のような理由にしています。

□家庭連合:しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。(2019.3.22)

■なぜお父様を清平から送る必要があったのでしょうか。これについて韓氏オモニは何の説明もしていません。お父様が聖マリア病院で息を引き取られるのと、清心国際病院で息を引き取られるのと、何の違いがあるのでしょうか。危篤状態のお父様を無理矢理、清平に移送したのですから、よっぽど重大な意味があるはずですが、お父様の聖和後もそのことについて何の説明もありません。

韓氏オモニがお父様の聖和後強調したのは、大母様のおかげで世界平和センターで聖和式を行うことが出来た、皆様はこれを知らなければなりませんということでした。もし、清平から霊界に行くことに重大な意味があるならば、死に場所として全ての食口が清平を願うムーブメントが起きてもおかしくありません。しかしそのような動きは全くありません。

それ以前にも、食口がどこで息を引き取るかについて、問題になったことも、話題になったこともなく、これからもないでしょう。韓氏オモニが「清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできない」と主張したのは、移送するための単なる方便であったと見ることができます。

ヤンチャンシク

(10)金榮輝、李載錫、金孝律、梁昌植、石俊淏、金孝南にインタビューせよ

■2019年3月22日の反論文では、生命維持装置を外そうとした話は作り話であること、それは國進様の安楽死発言を正当化する為であったと述べています。また、韓氏オモニが36家庭の代表を呼んで生命維持装置を外すことについての賛否を質した会議もなかったと主張しています。この会議について亨進様は以下のように語っておられます。

□文亨進様:私たちは韓国の病院にいるときから、大変な戦いをして来ました。お父様を安楽死させようとするとき、「お願いです。お母様、こんなことをしたら、あなたはメシヤの殺人者となってしまいます!」と言い、お母様から平手打ちを受けても、それでもその意志を貫き通しました。私は36家庭を呼んでほしいと言い、彼らに説得を続けました。そして、最終的に、お母様は朴ポーヒー、李ジェソク、金ヨンヒ、ヤン・チャンシク、ソク・チュノ、金ヒョユル、金ヒョナムを呼ばれ、彼ら一人一人に尋ねました。

私がお父様を解放してあげたいと、このチューブなどを全て取り除きたいと、唇の色が変わってきていると。お父様から家、土地などの財産を受け、一生楽に暮らすことのできるそのような恩恵と、食口たちからの尊敬を存分に受けた彼らですが、その中で誰一人として、最後の瞬間にお父様を守ろうとする人はいませんでした。その日、朴ポーヒーだけ、「お母様、メシヤが生きていらっしゃるということは祝福だと思います」と反対をしました。私がそれを認めます。他の間違いはたくさんしましたが、朴ポーヒーはその日その瞬間に反対する言葉を言いました。

しかし、その他の者たちはぐうの音も出ず、自分のメシアがベッドに横たわっていらっしゃる時、私が全世界のシックたちに、お父様のために精誠を尽くしてほしいと公文を送り、全シックたちが断食、敬拝、祈祷の精誠の中にいるとき、お父様を安楽死させようとする、この狂った行動、誰一人として、一言も発しませんでした。皆さん、これは詐欺です。(「主を捨てた悪しき時代」2015.7.8)

■この会議に参加していたのは、朴普煕(故人)、金榮輝、李載錫、金孝律、梁昌植、石俊淏、金孝南の7人です。これらの参加者に家庭連合はインタビューするべきです。生命維持装置を外す話はあったのか、なかったのか。会議はあったのか、なかったのか。説得力のない反論文を書くよりも、彼らの証言で簡単に決着を付けることができます。

果たして彼らは亨進様と対決するだけの覚悟を持って、ウソの証言をすることができるかどうか、楽しみに待ちたいと思います。家庭連合はいつでもインタビューできるはずですから、もしそのインタビューがいつまでも公開されないということになれば、本人達がインタビューに応じない、すなわち、本人達がウソの証言をする勇気がなかったということになります。

変わる家庭連合の主張03

(11)愛のない韓氏オモニ

■亨進様は2012年8月26日の礼拝で以下のように語られました。

□文亨進様:(通訳)今週お父様を看病しながら、皆さんの家族の中でも、おじいさん、おばあさん、家族の中でご高齢の方が入院した、その方の姿をご覧になった方がいれば分かると思います。お父様が呼吸をすることが出来るように、大きなホースが首の中に入っています。そのホースが長い間喉に入っていると喉に張り付いてしまうのです。ですから、今週、バクテリアに感染してはいけないので、そのホースの交換をしたのです。今まで私達がお父様の面会に行く時、ホースがお父様の口に入っているんですけれども、よく見えないプラスチックの部分があったんです。

そのプラスチックの部品が口を覆っていたんですね。しかしそれを交換したので、今週交換しますので、非常に不便で、そのチューブを、ホースを噛んだんですね。そして歯が1本抜けてしまいました。非常に苦痛を受けるそのような姿でした。歯が抜けるほどに噛まれたんです。そしてそのプラスチックを外したので、私達もお父様にお会いしに行く時に、非常に苦痛です。いつも強いお父様の姿を見ていたのに、そのように横になって、口も隠すことが出来ないので、いつも半開きのままで、非常に体が不自由ですから、今週医師が決定を下すことでしょう。何かというと喉にホースが入っていますから、喉に穴を開けるかどうかという内容を今週決定が下される予定です。

人工呼吸機

皆さん、考えて見て下さい。生涯み言を語られた、そのような生き方をされたお父様が、そして常に動かれ、そのお父様がもう2週間、縛られて、非常にたくさんのホースがつながれていますから、手も縛られた状態です。それらを外してはいけないので、危険ですので、縛られた状態ですし、ホースがつながれていますから、しゃべることができません。この状態は十字架よりも苦しい状態だと思います。今週お父様にお目にかかって、お父様は今十字架に掛かっておられると、そのように感じました。十字架に釘付けにされたイエス様も数時間でその苦痛が終わったのに、お父様は同じ場所で毎日毎日…。私のお父さんではなく、皆さんのお父様です。世界のお父様です。(2012.8.26)

■お父様に装着された生命維持装置とは人工呼吸機のことで、それも気管内に挿管チューブを入れるものでした。これは患者として非常に苦しく、亨進様が語っておられるように、お父様が歯が抜けるほど噛まれたのは、それを外せというお父様の必死の抵抗であり、抗議であったと思います。

気管挿管が長引く場合には感染症を防ぐために気管切開に変更します。この場合は発声も可能になります。お父様のケースでもそれを検討した訳ですが、韓氏オモニはお父様の聖体を傷つけることは出来ないと言って反対しました。聖体を傷つけることは出来ないといっても、現実に太いパイプをつないで傷つけているのだし、イラン戦争勃発時は腎臓の手術もされているのです。

生命維持装置を外そうとした時の理由が、お父様を苦痛から解放してさしあげたいということであったのならば、どうしてここで気管挿入から気管切開に切り替え、お父様の負担を少しでも軽くすることを考えなかったのでしょうか。聖体を傷つけてはいけないとお父様を思うようでいて、実際は目の前の壮絶な苦しみを少しでも軽減してあげようとしなかった韓氏オモニには愛がないと言うべきです。

亨進様20120826

(12)真実味を帯びる安楽死発言

■このような形でお父様が聖和されるとは、誰も考えませんでした。お父様は基元節を何年も前から予告し、待ち望んでおられました。そしてその後何が起こったのかを見れば、お父様の聖和はイエス様の十字架と同様に、韓氏オモニ及び弟子の裏切りゆえの第二次摂理であったということが出来ます。亨進様は2012年8月26日の礼拝で以下のように語られました。

□文亨進様:(通訳)このようなすさまじい時代にお父様が突然、具合が悪くなったのです。突然です。私はお父様と一緒に1年半共に過ごして来ました。お父様はいつも、何度も何度も風邪にかかったり、具合が悪かったりしました。でも、すぐに回復されたんです。でもすぐに、具合が悪くなってもすぐ回復されることを繰り返していました。そしてラスベガスに行かれても、どこに行かれても、お父様は117歳まで生きると、そのようなみ言も何度も聞きました。私はそれを信じています。なぜ突然、お父様がこのような苦痛に陥ったのでしょうか。(2012.8.26)

■おかゆ誤嚥事件、聖和式準備開始、生命維持装置事件、清平移送問題など、おかしな出来事が立て続けに生じながら、お父様の病状悪化は、肺機能低下、腎臓機能低下、肝臓機能低下とつるべ落としで進行して行きました。亨進様がその異常事態の渦中で「なぜ突然、お父様がこのような苦痛に陥ったのでしょうか」と、困惑と悲痛な思いを吐露されたように、まさに予測不能な出来事の連続でした。

韓氏オモニが生命維持装置を外そうとした事件を、どうしてもなかったことにしたい家庭連合、お父様は回復不可能な意識不明状態であったことにしてしまいたい家庭連合、清平から霊界に送らなければならないと言い張って、お父様を移送してしまった韓氏オモニ。これらを見る時に、図らずも家庭連合の反論文で想起させられた「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」という國進様の安楽死発言が、やはり真実味を帯びて来るのです。

安楽死発言02

***

【資料】
お母様が、お父様の生命維持装置を外して『安楽死』させようとした」という批判への応答
(文責:教会成長研究院)
https://trueparents.jp/?page_id=2869

 サンクチュアリ教会側は、真のお父様が聖母病院に入院しておられるとき(2012年8月13日~31日)、「真のお母様と幹部らは、お父様の生命維持装置を外して『安楽死させたい』と考え、安楽死をさせようとしたとき、亨進様と国進様が命懸けでそれを阻止したのだ」と述べ、真のお母様を“殺人者”であるかのように批判します。彼らは、亨進様の説教を以下のような文章にして各方面に送りつけています。しかし、以下の内容は“虚偽のストーリー”です。

 「私達は、病院で大きな戦いをしながら、お父様を安楽死させようとした時、『どうかどうか、オモニがされたら殺人者になります。メシアの殺人者になります』と言うと、たたかれ、顔をたたかれました。私を! オモニムが私をたたかれたのです。説得、説得、説得してから私達を呼びました。パクボヒー(原文ママ)、イジェソク、キムヨンヒ、ヤンチャンシク、ソクジュンホ、キムヒョユル、キムヒョナム。彼らを呼んでオモニムは一人一人皆に聞きました。『私がアボニムを解放したい』と、『(生命維持装置)外したい』と、『唇の色が変わっている』と、朴晋照(原文ママ)だけ反対しました。……ところが、他のこの偽り者達が、詐欺屋達がグーの音も言わず、自分のメシアが寝台に横たわっておられた時、全世界に『食口達に精誠を捧げよ、断食せよ、祈祷せよ』と私(亨進様)が全世界にそのメモ公文を送った時、皆が精誠をし、祈祷をし、何、禁食をしている時、一人も言わない。だからオモニムが最後に私を見て、また国進様を見て話しなさいと言うから、私たちははっきりと言ったのです。そうされたら殺人者になります。50年して来られた全ての内容を、歴史はオモニムを殺人者として見ます」(注、亨進様が2015年9月13日の説教で、回顧して語った内容)

 真のお父様の主治医の同意を得て『トゥデイズ・ワールドジャパン』2012年陽暦10月10日号に公表された石俊淏韓国会長(当時)の「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告では、ご入院から16日目の8月28日、聖母病院とソウル大学校病院の呼吸器系統の韓国最高の医師から「真のお父様の肺機能回復率がほとんど皆無である」(74ページ)と通達され、その日の午後、金榮輝氏、朴普煕氏、李載錫氏、石俊淏氏らが集まり会議を行ったとあります。

①教会成長研究院の2016年2月28日の映像での反論について

 教会成長研究院は、病室に居合わせた看護師、病室を訪ねた幹部らの証言、そして亨進様をはじめサンクチュアリ教会側の主張を総合し、2016年2月28日の映像で次のように反論しました。

 「(8月13日)聖母病院に移送されたとき、医者から『到着が30分遅れていれば難しかった』と言われました。肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました。……お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました。しかし、亨進様、國進様にとっては、そのような姿が誤解する決定的な事件になってしまったのです。亨進様は(2015年9月13日の説教で)次のように語られました。
『お母様は50年間この謎を隠していました。私たちはお母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした』
 このように語っていますが、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願うことが『復讐』となるのでしょうか? この亨進様の批判は、真の父母様が育まれた夫婦愛、妻のもつ『烈』の心情世界が分からずに完全に誤解している状況ではないでしょうか。真のお母様は、『清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければ』と語られ、救急車を改造され、清平に聖母病院と同じ設備を準備して移され、8月31日午後7時にお父様が到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を探され、お母様は『お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?』と語られました。するとお父様が涙を流されました。眼差しと手で、2人だけで深い対話の時間が持たれました。9月2日、真の家庭が集まり、お父様の好きな歌を歌い、手足を揉まれました。夕方から血圧、脈拍数が落ちていき……4日目の9月3日午前1時54分、お母様と共に『サランヘ・アボニム』を歌い、見送る中で聖和されました。それから、すぐお母様は医療装置を外すように指示されました」(「真のお母様の生涯とサンクチュアリ教会問題」の映像から)

 上述の「お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました」という部分は、亨進様の説教情報を正しいものと仮定した上で述べたものでした。
 しかし、正確な情報は主治医の情報です。

②治療を行った日本人医師の証言、および「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告に基づく応答

 聖母病院の主治医以外に、お父様の治療を担当した日本人医師にW医師とA医師、T医師の3人がいます。W医師にインタビューし、正確な情報を確認しました。
 W医師の証言を簡潔に述べると、以下のようになります。

 「8月16日、清心病院の医師から電話で『DIC(播種性血管内凝固症候群)に対し、日本から援助できる治療法はないか』と問い合わせがあり、日本にしかないリコモジュリンという薬の投与が効くと伝え、それをすぐ準備し清平に届けたが、聖母病院の医師からは『その対象ではない』とのことで、投与は見送られた。その後、清心病院の医師から25日と27日に電話があり、『お母様が、日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年来て欲しいと言っておられる』との連絡であった。半年から1年、韓国に行くのは大変なことであるが、短期でも行ってお母様の願いにお応えしようと、W医師とA医師は29日、T医師は30日に訪韓した。
 W医師は29日朝、韓国に到着。聖母病院の主治医に会って病状を聞くと『もう長くない状態です』と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた」

 この証言は、石氏の報告「真のお父様の摂理的闘病路程」と一致します。前述したように、石氏の報告には、8月28日に韓国最高の医師から「真のお父様の肺機能回復率がほとんど皆無」と通達されたとありますが、W医師が“対光反射”を見ると意識がなく、それは「ほとんど皆無」という通達を裏付けるものでした。
 W医師が真のお父様のお体を確認すると、生命維持装置で血圧、脈数は安定しておられたが、手足の末端は血行障害を起こし、血の気がない状態であられたといいます。
 この情報は、『トゥデイズ・ワールドジャパン』掲載の石氏の報告「真のお父様の摂理的闘病路程」と一致します。その報告は次のようになっています。

 「8月3日、聖母病院に入院され……肺炎であるという診断を受け……病状は非常に深刻で、敗血症、肺不全により肺に水がたまっていることが判明しました。『絶対安静』が必要だという医師からの注意がありました。しかし真のお父様は、天正宮博物館に必ず行かなければならないと強く命じられ、8月12日に還宮されました。
 還宮後には天正宮博物館のあちらこちらを見回し、手を触れながら別れの挨拶をしていらっしゃるかのようなお姿でした。真のお母様に侍り、最後の祈祷のような深刻な祈祷もなさいました。『全て成した!』というみ言を1日の間に4回も語られながら、周囲を整理されるお姿もありました。……翌13日には『……清平団地を見回る』と言われ、清心国際中高等学校の前まで行ってきたりもされました。しかし午後になると、真のお父様の体力は急激に衰え……お母様は、涙で真のお父様に『病院にまいりましょう』と訴えられました。普段であれば一言で断る真のお父様でしたが、この日は喜んで真のお母様の忠告を受け入れ……清心国際病院へ行かれました。清心国際病院で数時間、療養をしていらっしゃる間にも真のお父様のご容体はさらに悪くなり……お母様は、直ちに真のお父様のお許しを頂き、再び総合病院であるソウル聖母病院まで真のお父様をお送りするよう命じられました。……聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたが、あちこちから緊急の呼び出しを受けて駆けつけた医師だけでも5、6人、看護師7、8人……その晩12時が過ぎた頃になって、真のお父様は5階の集中治療室へ移されました。……深夜1時を過ぎてからやっと集中治療室から出てきたチョン博士は、『……あと30分遅かったら、きょうは大変なことになるところでした』と、真のお母様の知恵深く、素早いご決断に驚いていました。……私たちは、ソウル聖母病院のほかにソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。ところが……韓国最高の医師たちの結論は……お父様の肺機能回復率がほとんど皆無であるという、呆然とする現実……8月28日のことでした。1人お部屋に入られて、限りなく慟哭される真のお母様……午後、私たちは会議を持ちました。参席者は金榮輝、朴普煕、李載錫、石俊淏、訓母様、金孝律、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様。この8人で真のお母様に侍り深刻な会議をしました。……どのようにすれば真のお父様に少しでも地上で長く侍ることができ、少しでも楽にしてさしあげて(霊界に)行かれるようにできるかを深刻に考え議論しました。……『どんなことがあっても、真のお父様のお体を保護しなければなりません』という(お母様の)み言でした」(71~74ページ)

 8月28日の通達があった翌日、W医師は聖母病院に到着します。W医師は、真のお母様の「3日以上、清平で過ごさなければならない。聖和させてはならない」との願いを受け、主治医が「もう長くない状態」と診断し、意識のない重篤状態で、お母様の願いが可能かどうか深刻になったと証言しています。
 教会成長研究院が、前述した映像で「8月31日午後7時にお父様が(清平に)到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を捜され、お母様は『お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?』と語られました。するとお父様が涙を流されました」と説明したのは、「お父様が目でお母様を捜され……するとお父様が涙を流された」と証言する人がいたためです。おそらく、それは回復を強く願う思いも手伝い、真のお父様の意識が回復されたと思い込んだのであり、W医師によれば、意識のない状況でそれはありえないと証言しています。それくらい、実際のお父様のご容体は厳しいものでした。
 W医師によると、当時、真のお母様を含め誰もがいかにお父様に地上に長くいていただくかを考えた時期であり、聖母病院で「生命維持装置」を外す論議が出るような状況ではなかったとのことです。もし装置を外したら、真のお父様は聖母病院で聖和されることになり、「聖和式」の挙行も難しい状況が生じた可能性があったからです。お母様の願いは「何としても生かしてほしい」というものでした。


 石氏の「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告と日本人医師の証言は一致しており、これが“真実”と言えます。したがって、真のお母様が、真のお父様のご聖和前に医療装置を外すよう指示された事実はありません。
 ところで、サンクチュアリ教会側の人のなかには、「信頼できる筋からの情報では8月15日ころには韓鶴子総裁の命令で聖和式の準備が密かに始められていた」などと語っていろいろ批判をする人もいます。
 しかし、前述したとおり、日本のW医師の証言によると、「8月16日、清心病院の医師から電話で『DIC(播種性血管内凝固症候群)に対し日本から援助できる治療法はないか』と問い合わせがあり、日本にしかないリコモジュリンという薬の投与が効くと伝え、それをすぐ準備し」て韓国に届けたり、さらに、真のお母様が8月25日と27日に清心病院の医師を通じて、「日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年(真のお父様の治療のため)来て欲しい」との連絡をされ、専門医を日本から呼び寄せようとしておられます。事実、そのお母様の願いにお応えしようと、3人の医師がすぐに訪韓しているのです。この一点をみても真のお母様が真のお父様のご容態を誰よりも心配なさっていたことは明らかであり、万全の態勢をもって取り組もうとしておられたことは間違いのないことです。お父様が1日でも長く地上におられることを願われ、そのために最後までお母様は懸命にお父様に侍られ、お守りされました。

 亨進様が語っておられる「お父様を安楽死させようとした」「私たちは……お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした」という発言は、真のお母様に対する反発心から、真のお父様と「最終一体」になっておられるお母様をおとしめ、誤った情報で教会員を「真の父母」から離反させようとする“情報操作”のための発言です。私たちは、このような意図的で不正確な情報に惑わされてはなりません。
 私たちは、真のお父様がご生前に語っておられた「先生が霊界に行ったならば、お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません」とのみ言に従って、天の父母様とお父様の“夢”を実現させようと最前線に立って奮闘しておられる真のお母様と一体化し、お母様をお支えする歩みをしていかなければなりません。それが、お父様の最大の願いでもあるからです。
― 以上 ―
※2017年2月22日に追記をしました。


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305松濤本部前行動5.5/生命維持装置問題と安楽死疑惑

■真の父母様宣布文サイトに3月22日、「生命維持装置問題の事実検証」という記事が掲載されました。聖マリア病院で韓氏オモニがお父様の生命維持装置を外そうとした事件について、そんなことはなかった、亨進様と國進様のでっち上げであるという家庭連合からの反論です。

「生命維持装置問題の事実検証」
https://trueparents.jp/?page_id=5104

この反論が出たことで、生命維持装置問題は家庭連合にとって無視しておくことの出来ない大きな事件であることを窺い知ることが出来ます。

目次

 (1)印象とウソが反論の根拠

■反論の根拠として以下を述べています。

①聖マリア病院での入院期間中、韓氏オモニはお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしていた。
②日本の医師に応援を要請し、3名の医師が訪韓した。韓氏オモニはお父様のご病状の回復に向け取り組んでいた。
③8月28日、回復の見込みがないとの医師の見解を知り、韓氏オモニは小さな部屋に入って泣き続け、長時間出て来なかった。
④8月28日の会議で韓氏オモニは「今最も重要なことは、お父様の御聖体をお守りすることです」と言った。
⑤24時間体制で看病していた韓氏オモニにとって時間的余裕は一切なかったので、36家庭の代表を呼んで、生命維持装置を外すことに賛成か否かを確認したという会議はなかった。

■すなわち、韓氏オモニはどこまでもお父様の健康回復の為に一生懸命だったのであり、日本から医者も呼び、回復の見込みがないと聞かされた時には泣き続けた、だから生命維持装置を外そうと考えたことはあり得ないと述べています。あの人はいい人に見えるからそんな悪いことをするはずがないというような、単なる印象を述べているに過ぎません。反論の根拠として弱過ぎます。

そして問題なのは、家庭連合は「2012年8月の文亨進氏らの報告からすると、当時真のお母様が最後まで真のお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしておられたことが明らかであり、お母様が復讐心を持っていたなどあり得ないことです」と述べ、亨進様自身の言葉を反論の根拠としていることです。

韓氏オモニが生命維持装置を外そうとしたという亨進様の言葉をウソだとして信用していない者が、その一方では亨進様の言葉を信用しているがごとくに、それを反論の根拠にしているのです。ご都合主義と言わざるを得ません。


■②に関して、日本の3名の医師への応援要請は清心国際病院の医師から行われています。このうちW医師は8月25日と27日に電話あったと証言しています。お父様が聖マリア病院に継続して入院されるのなら、わざわざ日本から医師を招く必要はありません。日本の医師を招くというのは、清心国際病院にお父様を移すことを前提にしているからです。

ですから、お父様を清心国際病院に移送する話が持ち上がったのは28日ではなく、少なくとも25日にはそのことを計画し始めていたということが出来ます。家庭連合は、28日になってお父様の回復の見込みは皆無ということになり、それを受けて会議を開き、その会議で移送を決めたという説明をしていますが、その説明にもウソがあるということになります。

■⑤に関して、当時の石俊淏(ソク・チュノ)会長は2012年8月30日付けの報告書に以下のように記しています。

□石俊淏:そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

■すなわち、お父様が収容されている集中治療室への訪問は韓氏オモニといえども1日に1〜2回、1回の時間は20分に制限されているのであり、「24時間体制で看病していた」などということはあり得ません。ですから、会議をする余裕がなかったという主張は全くのウソなのです。

宣布分サイト

 (2)やぶ蛇になった安楽死問題

■家庭連合はこの記事の最後で、なぜ亨進様と國進様が韓氏オモニが生命維持装置を外そうとしたという発言を行ったのか、その動機について説明しています。

□家庭連合:國進氏が最初に安楽死問題を口にしたのは、関係者の証言によると2012年9月です(当時のネット上の投稿にも証言に沿う報告が確認されています)。当時國進氏は訓母様に強い不信感を持っており、「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」といった極端な発言をしたことがありました。しかし、実際にはお父様の存命中生命維持装置が外された事実はなく、当時この発言は怒りにまかせた発言としてしか受け止められませんでした。

2015年8月以降の亨進氏らの発言は、何らの影響力も持ち合わせなかった2012年9月の國進氏の事実無根の発言を、少しでも信憑性をもたせるために、「清平に移す10日ほど前にお母様が生命維持装置を外したいと言われた」との話にすり替えたものと言えます。しかし、お母様がお父様の生命維持装置を外したいと言われた事実も存在せず、國進氏らの発言は、いたずらに信徒らに混乱をもたらす極めて無責任かつ悪質な発言であるといえます。(「生命維持装置問題の事実検証」2019.3.22)

■國進様がお父様聖和直後に「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」と発言されたところ、問題にされなかったので、後日、その言葉に信憑性を持たせるためであったというのです。この家庭連合の主張は「やぶ蛇」になりました。

韓氏オモニがお父様の生命維持装置を外そうとした事件はでっち上げであるとする家庭連合の反論は、上に見たように一生懸命に見える韓氏オモニの印象を根拠とし、その上にあり得ないウソの理由を述べ、説得力がありません。むしろ、國進様が韓氏オモニを名指しで安楽死発言をされたという驚きの事実、それを改めて私達の目の前に突きつけられた思いになるのです。

安楽死発言

 (3)移送の目的は延命なのか?

■石俊淏会長は同報告書で、8月28日の会議において清心病院への移送が決定された経緯について説明しています。

□石俊淏:愛する食口の皆様!
しかし天の摂理は、人間の思いのとおりにはならないようです。今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが、数日前からは元通りになることができない状態に入ったというのが医師たちの報告です。切なくて悔しい心で病院を見守る真のお母様をはじめとする私たちは、ソウル聖母病院と同時にソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。

ところが意外にも青天の霹靂のような警告を受けてしまいました。ソウル聖母病院とソウル大学病院の呼吸器系統の韓国最高の医師たちの結論が、現代医術の見地ではこれ以上真のお父様の肺機能の回復を約束することができないというものでした。真のお父様の肺機能が回復する確率がほとんど皆無であるという、とてつもない現実の前に私は泣きわめきました。8月28日のことでした。一人部屋に入られて限りなく慟哭されるお母様の姿におえつ触れた私は、胸がつぶれるほどに嗚咽しました。しかしこの冷酷な現実をとり戻すにはあまりにも遅すぎました。私たちは次の段階の摂理に足を移さなければならないためでしょう。

真のお母様の指示に従い、8月28日の午後に私たちは対策会議を持ちました。参席者はキム・ヨンフィ、パク・ポーヒ、イ・ジェソク、ソク・チュノ、訓母様、キム・ヒョーヨル、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様、この8名が真のお母様に侍り深刻な会議をしました。全員が、今私たちが当面している深刻な現実に対して、どのようにすれば真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるようにできるかどうか、深刻に考えて議論しました。真のお母様の意志はいつよりも強いものでした。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というみ言でした。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

裏切り聖母病院

■お父様の病状回復が絶望的であることを医師から言われたので対策会議を開き、「より少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるように」する、すなわちお父様の延命方法を議論したというのです。更に説明が続きます。

□石俊淏:実は総合病院の重患者室というのは、医学的には厳格に保護されて徹底的に管理されている所であることには間違いないのですが、霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所でもあります。ある日には一日に何人ずつも死んで行くこともあり、また面会の時間になって訪問者たちが群がって来ると電車のホームのような雰囲気にもなります。

重い病気の患者ですから、免疫力がほとんど0まで落ちている真のお父様のご聖体にどのような病菌が侵入してくるかも分からない状況になるのです。そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。

このような切ない事情の下で、真のお母様と対策会議に参加した全員の決定は、真のお父様を聖母病院重患者室から、清平に用意した清心国際病院の特別室(真の父母様専用)に移動して侍りながら、治療を受けるようにして差し上げる事になったのです。もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう。

お父様がソウル聖母病院を出発して清心国際病院に移動する過程には、お父様の主治医であるチョン博士と、聖母病院重患者室の呼吸器患者総括医師であるキム博士が責任を負って遂行するようになります。2人の医師ともにエムブランスに乗り、直接お父様を清心国際病院までお送りします。その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

カレンダー

■このように、延命のためにはお父様を「霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所」である聖マリア病院の集中治療室から清心国際病院に移す必要があるというのです。世界的レベルの医師と設備を投入して、危篤状態のお父様を救ってくれた病院に対して言うべき言葉ではないと思います。絶対安静の重篤患者を集中治療室さえない病院へ移送すること自体が考えられない発想なのであり、そのことが分かっているので、苦し紛れに出てしまった言い訳です。

「もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう」という説明は、騙しという以外ありません。また「その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう」というのですが、ソウルから100キロ近く離れた清平の病院にどうして「随時出入り」出来るのでしょうか。

初めの方に「今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが」とあります。この期間、お父様の病状について世界の食口に向け、石俊淏会長が公式に伝達していたので、この言葉は信頼するべきものであり、それによればお父様の病状は好転していたというのです。それがどうして、28日になって急に絶望的になるのか疑問が生じます。

そして、28日に絶望的になったというので、韓氏オモニの指示があり、対策会議を開き、移送が決まったという流れになります。しかし、日本のW医師には25日時点で応援要請の電話を掛けていたことを上で指摘したように、実際は28日以前に、既に移送を計画していたのです。

また、9月2日に劉正玉先生がお見舞いされた時、お父様は目を開けて劉先生を見られ、足を動かされたというのですから、本当に28日時点で病状が絶望的になったのかについては、疑ってみるべきだと思います。

清平国際病院

 (4)移送の目的は清平から霊界に送ること

■そして、この反論記事で説明する移送の目的は以下です。

□家庭連合:しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。(「生命維持装置問題の事実検証」2019.3.22)

■石俊淏会長の説明では、どこまでも延命を図る措置としての移送であったはずですが、この記事では移送の目的はお父様を清平から霊界に送るためであったということになっています。なぜ、説明が変わったのでしょうか。お父様の命を少しでも長らえさせるために、聖マリア病院から清心国際病院に移送したという当初の説明が、常識的に考えて通らないということになったのだと思います。私が國進様に質問した時には以下のようにお答え下さいました。

澤田:お父様は清平に移されるわけですけれども、医者が希望がないということで。そのマリア病院は、世界的な設備が整っているにも係わらず、清心国際病院には集中治療室がないわけですね。かえって難しい状況になるのに、なぜそういうところに移すのでしょうか。
國進様:私達は清平に移すことに賛成しませんでした。私達は生命維持装置を絶対外してはいけませんと言いました。しかし、お母様は清平に移すことを強引に主張しました。医者の方からもう何も出来ませんと言った時点で、お母様は誰が何を言っても私は移すと言って、強引に移してしまいました。
澤田:なぜ、移されたんでしょうか。
國進様:お母様は、清平から霊界に行くべきだと考えていたからです。

■会議の場では、韓氏オモニはお父様を清平から霊界に送ることを主張したのです。ですから、初めからそれが移送の目的だったはずです。ではなぜその時点で石俊淏会長は「お父様を清平から霊界に送るため」という説明をしなかったのでしょうか。その理由では、まだ生きているお父様を移送する説明にはなり得なかったからです。

「お父様を清平から霊界に送るため」と説明すれば、生きているお父様を死なすために清平に連れて行くことになります。だから、延命のためという偽りの理由付けをしたのです。真相は、今回家庭連合がはっきり書いているように、お父様を清平から霊界に送るためであったということになります。そのために世界レベルの病院から、まだ生きておられるお父様を無理矢理連れ出したということになり、これはこれで、恐ろしいことです。

安楽死発言02

 (5)重い國進様の安楽死発言

■そして、韓氏オモニが主張した移送の目的は、本当に「お父様を清平から霊界に送ること」だったのでしょうか。それも疑わしいと思います。韓氏オモニが心に秘めていた本当の目的は、医者も看護師も自分が自由にコントロールできる清心国際病院で、お父様の生命維持装置を外すことではなかったのかと考えられるのです。

そのように考える根拠として、すでに8月14日には清平で聖和式の準備が始まっていたということ、そして、言うまでもなく聖マリア病院で生命維持装置を外そうとする韓氏オモニの強い意思が表面化したこと、それに加えて家庭連合が言及した、國進様の安楽死発言です。家庭連合の今回の反論記事は、國進様の安楽死発言の存在を確定し、今一度、それを私達に想起せしめたという点において重要な意味を持つのです。


***


【資料1】
生命維持装置問題の事実検証

 2012年8月、真のお父様が韓国のソウル聖母病院に入院されていた当時のことについて、「真のお母様が生命維持装置を外そうとした」とするサンクチュアリ教会の文亨進氏や文國進氏の言説が物議を醸したことがありましたが、今なおこうした言説を信じている人達がいます。
 しかし、お父様入院中の2012年8月に文亨進氏が礼拝の説教で信徒らを前に行った報告や、現サンクチュアリ教会世界本部長のティモシー・エルダー氏が当時ネット上で行った報告、石俊淏世界副会長(当時)がほぼリアルタイムで信徒らに伝えていた内容、及び、信徒らに真実を伝えるべきであるとの真のお母様及び御子女様達の決定に基づき金孝律氏が信徒らに対して行った経緯報告等から浮かび上がる当時の真のお母様像は、サンクチュアリ教会側がその後に作出しようとしたお母様像とは180度異なっています。
 そこで、2012年8月段階における文亨進氏らの報告等(後記「報告等要旨・抜粋一覧表」参照)から具体的に明らかとなる真の事実経緯を検証することによって、その後にサンクチュアリ教会側が作出した言説がいかに間違っているかについて明らかにしたいと思います。

1.真の事実経緯
 お父様がソウル聖母病院に入院中の2012年8月19日、文亨進氏が韓国ソウルの天福宮における日曜礼拝の説教の中で行った報告では以下のことが述べられています。

 「8月3日、真のお父様の咳が酷くなる様子を心配された真のお母様は、人の言うことを簡単には聞こうとしない真のお父様を必死に説得してソウル聖母病院にお連れしています。真のお父様はこのときは10日間ほど入院されていますが、入院から10日ほどすると、「ここにいるのは牢獄のようだと」と言ってお怒りになられ、まだ入院していなければならない症状であったにもかかわらず退院を強く主張されました。
 そこで真のお母様は、退院後「ほかの所に行こうとは言わない」との約束を真のお父様から取り付けた上で、お父様の退院に同意し、真のお父様は8月12日に退院されました。
 しかし、お父様の健康状態が優れないことから、8月13日には再度お母様が最善を尽くしてお父様を説得し、午後2時頃清心国際病院にお連れしました。その行動は余りにも迅速で、隣の部屋に支度していた文亨進氏が部屋から出た時には、既にお母様はお父様をお連れして部屋を出ておられました。
 清心国際病院でもお父様のご健康が優れなかったため、お母様は急遽お父様の了承を取り付け、お父様を再度ソウル聖母病院にお連れし、午後8時頃に同院に転院しました。
 お母様の決定がもう少し遅れてお父様が30分遅く病院に到着していたら、お父様は霊界に行かれていたと医師が話してくれたとのことです。」

 したがって、お父様の病状に対する真のお母様のご判断と行動がどれほど的確で天の願いに叶ったものであったかは、当時の亨進氏が証しするところであると言えます。
 石俊淏世界副会長やティモシー・エルダー氏の報告から、ソウル聖母病院に入院後、お母様はずっと病院に泊まり込み、寝ずの番でお父様の看病に当たられたことが明らかです。お母様のこうした献身的な看病の様子は、最もおそばで仕えていた文亨進氏の目には明らかでした。そこで、文亨進氏は、8月26日の天福宮における日曜礼拝の説教の中で、皆さんの祈祷がお父様の力となり、また、毎日お父様と共にいて病状を見守っておられるお母様の力となっています、と語っています。すなわち、真のお母様の献身的な看病をこの時は亨進氏自身が証ししているのです。
 8月31日に金孝律氏が天福宮で行った報告によると、金孝律氏と朴普煕氏とが呼吸器系統医療において韓国で最も権威あるソウル大学校病院の医師を訪ね、お父様の症状を伝えたところ、回復の見込みはゼロと言われました。8月28日に両氏がこのことをお母様と御子女様達に伝えると、お母様は隣接する小部屋に入って中からカギを閉め、泣き続け、長時間出て来られることができなかったとのことです。このあと、ソウル聖母病院の主治医も同じ意見であったため、お母様は御子女様と共に緊急会議を招集され、金榮輝氏、朴普煕氏、李載錫氏、石俊淏副会長、訓母様、國進氏、亨進氏、金孝律氏が参加しました。お母様は全員の意見を一人ずつ聞かれた上で、「今私達にできることは、奇跡を起こすために祈ることです。しかし奇跡は天の役事なので我々が決めることはできない。我々は引き続き精誠を投入しなければならなりません。今最も重要なことは、お父様の御聖体をお守りすることです」と言われました。
 しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。清心国際病院にはソウル聖母病院の人工呼吸器が持ち込まれ、主治医と人工呼吸の専門家も付き添うことになりました。この決定には全員が同意しました。そして、このとき、國進氏と亨進氏とが、お父様の病状と推移を信徒らに開示すべきだと主張され、お母様を始めとする全員がこれに同意しました。
 8月31日の朝、上記決定を踏まえ、石俊淏副会長と金孝律氏とは天福宮でお父様のご病状等を信徒らに開示して説明しました。
 8月31日夕刻、お父様は無事に清心国際病院に転院されました。

裏切り聖母病院6名

2.サンクチュアリ教会側の言説
(1)文亨進氏の説教
 サンクチュアリ教会の文亨進氏は以下のような説教を行っています。

 私たちは韓国の病院にいるときから、大変な戦いをして来ました。お父様を安 楽死させようとするとき、「お願いです。お母様、こんなことをしたら、あなたはメシアの殺人者となってしまいます!」と言い、お母様から平手打ちを受けても、それでもその意志を貫きとおしました。・・・そして、最終的に、お母様は朴ポーヒー、李ジェソク、金ヨンヒ、ヤン・チャンシク、ソク・チュノ、金ヒョユル、金ヒョナムを呼ばれ、彼ら一人一人に尋ねました。私が、お父様を解放してあげたいと、このチューブなどを全て取り除きたいと、唇の色が変わってきていると。その日、朴ポーヒーだけ、「お母様、メシアが生きていらっしゃるということは祝福だと思います」と反対をしました。私がそれを認めます。・・・お父様を安楽死させようとする、この狂った行動。誰一人として、一言も発しませんでした。皆さん、これは詐欺です。

『神を捨てた悪しき時代』2015年7月8日 韓国語説教 全文
 ですからこれは謎です。お母様は50年間この謎を隠していました。私達は、お母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、私達はお母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした。

2015年9月13日説教 文亨進師 「バビロンの謎」【英語説教日本語訳】
(2)サンクチュアリ教会早稲田聖殿の澤田地平氏が運営する「審判回避プロジェクト」と題するブログには、澤田氏と文國進氏、文亨進氏らとの以下のやり取りが掲載されています。

■澤田:韓氏オモニの問題で最大のショックだったのが、病院での出来事です。8月13日に入院されて、生命維持装置を外すということが出て来た時期は、8月の何日だったのでしょうか。
□國進様:それはカレンダーを確認してみないといけないんですけど、人工呼吸装置をお父様は付けて、鎮痛剤を投与されていたんですけど、その時にお父様は昏睡状態ではなかったんですね。清平に移される10日程前だったと思いますが、その時にお母様が生命維持装置を外すということを言い出しましたが、昏睡状態ではありませんでした。
■澤田:分かれば、ぜひ、その日にちを知りたいと思います。その同じ日に、亨進様のほほを打たれたのですか。
□亨進様:お母様がそういう意向があるということを私達に表明され、そうしてはいけませんと言って、会議が持たれる前の日にほほをたたかれたと記憶しています。
■澤田:私が日にちを知りたいのは、多くの人達はですね、もうお父様に生命の希望がなくなったので、そこで初めて外そうとされたと、そのようなイメージで捕らえているのが大半の人達ですね。
□國進様:お父様は痛み止めの鎮痛剤を投与されて、清平に移される前でしたから。だから、出来ることは全てやったと、医者が言った時に清平に移されたんですけれども、この生命維持装置を外すということは、それ以前でしたから。医者の方からもうダメですよということを言われる前に、そういう話が出て来たわけです。
■澤田:そうですね、それを明確にする為に私は日にちを知りたいと思います。
□國進様:それはカレンダーを見てみないと。
■澤田:ぜひお願いします。生命維持装置を外そうとされる、その提案があった時に、医者は何か言ったのでしょうか。医者は反対しなかったのでしょうか。
□亨進様:その場には医者はいませんでした。
□國進様:病院の方針としては、家族の決定だということだったと思いますけど、私としてはそれは受け入れられない提案でした。
■澤田:お父様は清平に移されるわけですけれども、医者が希望がないということで。そのマリア病院は、世界的な設備が整っているにも係わらず、清心国際病院には集中治療室がないわけですね。かえって難しい状況になるのに、なぜそういうところに移すのでしょうか。
□國進様:私達は清平に移すことに賛成しませんでした。私達は生命維持装置を絶対外してはいけませんと言いました。しかし、お母様は清平に移すことを強引に主張しました。医者の方からもう何も出来ませんと言った時点で、お母様は誰が何を言っても私は移すと言って、強引に移してしまいました。
■澤田:なぜ、移されたんでしょうか。
□國進様:お母様は、清平から霊界に行くべきだと考えていたからです。
■澤田:清平での最後の状況というのは、自然に、たとえば心臓停止ということで亡くなられたのでしょうか。
□國進様:最後の時は、心臓の鼓動を表す機械が平らになってしまいました。
■澤田:家庭連合のサンクチュアリ対策ビデオの中で、最後に清平でですが、お父様は、お母様と目で会話されたという説明をしています。そういうことは可能だったのでしょうか。
□國進様:それは、要するに、家庭連合もお父様に意識があったということを認めているわけですね。要するに、意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです。お父様が、まだある程度健康な時に、お母様がお父様を殺そうとしたということを、家庭連合も認めているように理解されます。


「2 生命維持装置を外す話はいつ出て来たのか」2016.10.12
3.サンクチュアリ側の言説に対する反論
(1) 生命維持装置問題
 文亨進氏は上記サンクチュアリ教会での説教の中で「私達はお母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした」と述べています。しかし、2012年8月の文亨進氏らの報告からすると、当時真のお母様が最後まで真のお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしておられたことが明らかであり、お母様が復讐心を持っていたなどあり得ないことです。また、2012年8月当時の文亨進氏らの報告は、日本から送られた医師の証言とも一致します。
 W医師は、「清心病院の医師から(8月)25日と27日に電話があり、『お母様が、日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年来て欲しいと言っておられる』との連絡であった。半年から1年、韓国に行くのは大変なことであるが、短期でも行ってお母様の願いにお応えしようと、W医師とA医師は29日、T医師は30日に訪韓した」と証言しています。即ち、ソウル聖母病院の主治医とソウル大学校病院の呼吸器系統の韓国最高の医師から回復の見込みはゼロと宣言された8月28日の前日に至るまで、真のお母様はお父様のご健康の回復のために最善を尽くしておられたこと、しかも、真のお父様のご病状の回復に向け長期計画で取り組もうとされていたことが明らかです。のみならず、8月28日に現代医学では回復の見込みがないとの医師の見解を聞かれたお母様が小さな部屋に入って泣き続け、長時間出て来られることができなかった事実から考えても、それ以前にお母様が生命維持装置を外すことを考えたなどということはあり得ないことです。
 したがって、お母様が復讐心をもってお父様を安楽死させようとしたとする文亨進氏らの発言が、真のお母様を貶めるためになされた事実無根のものであることは明らかです。
 また、実際の事実経緯においても、お父様のご存命中、生命維持装置が外されることはありませんでした。國進氏らの言説では、何故最後まで生命維持装置が外されなかったのかについて合理的説明はありません。
 さらに、澤田氏のブログによると、お父様を霊界に送るには清平からでなければならないとお母様が考えておられたことは國進氏も認めるところです。日本から派遣されたW医師も、真のお母様の「3日以上、清平で過ごさなければならない。聖和させてはならない」との願いを受けたものの、主治医が「もう長くない状態」と診断し、意識のない重篤状態であったため、お母様の願いが可能かどうか深刻になったと証言しています。だとすると、ソウル聖母病院で生命維持装置を外すということはそうしたお母様の方針とは全く相容れないものであり、そのような発言をそもそもお母様がされることはあり得ないと言えます。

(2) 緊急会議
 上記金孝律氏の報告によれば、緊急会議は8月28日から29日にかけて行われています。しかも28日の会議でのお母様のご指導は、「奇跡を起こすために祈ること」、「引き続き精誠を投入」すること、そして、「お父様の御聖体をお守りすること」です。また、29日の会議でのお母様のご指導は、お父様を清心国際病院にお移しすることでした。即ち、ソウル聖母病院で生命維持装置を外すといった類いのこととは全く逆のご指導です。
 澤田地平氏のブログによると、國進氏は、カレンダーを見ないと分からないと断りつつも、8月31日にお父様を清心国際病院に転院する10日ほど前に会議がもたれたと述べています。しかし、そうした会議の存在については、石俊淏元副会長自身が明確に存在しなかったと証言しています。また、関係者の当時の報告にはそのような会議のことは一切出てきません。当時、24時間体制でお父様のもとを離れず看病にあたっておられたお母様の状況からすると、8月28日以前の段階でそうした会議を開催する余裕など、一切なかったものと言えます。國進氏らはその会議の前日からお母様が生命維持装置を外すべきだと主張し始めたと言われていますが、8月28日、29日の会議でのお母様のご指導及びその後の実際の行動と比べても正反対の内容であり、國進氏らの主張する会議は、実際には存在しなかったものと言えます。

(3) お父様に意識はあったか
 澤田氏のブログによると、澤田氏が國進氏に対して「家庭連合のサンクチュアリ対策ビデオの中で、最後に清平でですが、お父様は、お母様と目で会話されたという説明をしています。そういうことは可能だったのでしょうか」と聞いたことに対して、國進氏が「それは、要するに、家庭連合もお父様に意識があったということを認めているわけですね。要するに、意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです」と回答しています。しかし、2012年8月の亨進氏の説教によると、人工呼吸器をお父様に取り付けチューブを喉に通した際、その痛みに耐えるため、お父様は睡眠薬によって眠らされたとのことです。その人工呼吸器が清平においても取り外されることはなかった以上、お父様は眠ったままであり、意思疎通はできなかったはずです。この点、日本から派遣され29日にソウル聖母病院に到着したW医師も、「ソウル聖母病院の主治医に会って病状を聞くと『もう長くない状態です』と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた」と証言しています。したがって、お父様には意識はなかったはずであり、この点を熟知していたはずの國進氏が、お父様に意識があったと主張しているのは、明らかに事実に反する主張をしていることになります。いずれにしても、お母様がお父様を安楽死させようとした事実はなく、 「意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです」との國進氏の発言は誤りです。

(4) 安楽死発言
 國進氏が最初に安楽死問題を口にしたのは、関係者の証言によると2012年9月です(当時のネット上の投稿にも証言に沿う報告が確認されています)。当時國進氏は訓母様に強い不信感を持っており、「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」といった極端な発言をしたことがありました。しかし、実際にはお父様の存命中生命維持装置が外された事実はなく、当時この発言は怒りにまかせた発言としてしか受け止められませんでした。
 2015年8月以降の亨進氏らの発言は、何らの影響力も持ち合わせなかった2012年9月の國進氏の事実無根の発言を、少しでも信憑性をもたせるために、「清平に移す10日ほど前にお母様が生命維持装置を外したいと言われた」との話にすり替えたものと言えます。しかし、お母様がお父様の生命維持装置を外したいと言われた事実も存在せず、國進氏らの発言は、いたずらに信徒らに混乱をもたらす極めて無責任かつ悪質な発言であるといえます。


***


【資料2】
文鮮明師は清心国際病院の集中治療室に移動されます
2012年8月30日真のお父様の摂理的闘病路程

愛する全世界の食口の皆さん!

天の栄光と真の父母様の勝利を永遠にほめたたえてお喜び申し上げましょう。
真の父母様は人類歴史上ただ一回顕現され、また永遠に真の父母様として役事されます。
私たちのメシヤであり、救世主であられ平和の王であられます。

皆さん。真のお父様は今年8月3日より大変な闘病生活をされておられます。アメリカから帰国された去る7月16日よりひどい風邪にかかり咳が続いていましたが、ものともせずに毎日早朝訓読会を筆頭に摂理の現場を直接訪問されながら陣頭指揮をされて来られました。このようにお体を考えずに無理を繰り返えす過程で、真のお父様は肺炎を病むようになられてしまったのです。

皆さんもご存知のように、真のお父様は93歳のご老令です。そのような老令の玉体を一日たりとも休まれずに酷使されたので、限界のある肉身がどうして病気を避けることができるでしょうか?真のお父様は一生を病院とは因縁を結ばずに生きようとする信條を持たれながら初志貫徹されて来られた方です。このようなお父様だったので今回もお父様は簡単に病院に行かれようとはされませんでした。

しかし真のお母様の切実な訴えでようやく決心されて、古くよりアメリカで主治医として信頼し治療を依頼して来たソウル聖母病院がんセンター院長のチョン・フグン博士の往診を機に、ソウル聖母病院に入院されるようになりました。

真のお父様はこのように8月3日聖母病院に入院された後10日間にわたりレントゲン、MRIなど必要なすべての検査を受けられました。結局肺炎であるという判定を受けるようになり、病状は非常に深刻で、敗血症、肺不全により肺に水がたまっていることが分かりました。「絶対安静」が必要である、という医師からの注意がありました。

しかしお父様は天正宮に必ず行かなければならないことを強く命じられ、8月12日に還宮されました。還宮後には天正宮のこちらあちらを見回され、手で触って見たりされながら別れの挨拶をするかのようなお姿でした。真のお母様に侍り最後の祈祷のような深刻な祈祷もされました。「すべて成された!」というみ言を一日の間に4回もされながら、周辺を整理する姿もありました。お母様の手を取られて「ありがとう!」というみ言も、機会がある度にされました。

このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。

しかし午後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知されたお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょうと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ。ありがとう。」と語られて清心国際病院へ行かれました。

清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になられたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様を送られることを命じました。とり急ぎお父様が普段好まれて乗っていらっしゃったSUV車で、お父様に侍り清心病院の看護婦2名と酸素ボンベ2本を載せて、車中でも酸素供給を続けました。

約1時間程かかる道のりでしたが、千年も過ぎ去るような恐ろしい死闘の時間でした。ソウル聖母病院まであと約20分という地点からは、お父様の呼吸が甚だしく乱れるようになり、これ以上堪えることができないようなお姿でした。運転手や看護婦たち、車中にいたすべての人々はその時点でこの世が終わったような戸惑いを感じながらも、命をかけて疾走しお父様を無事に病院までお送りしました。

ソウル聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたがここそこから非常呼び出しを受けて駆けて来た医師たちだけでも5~6人、看護婦たち7~8人、各種の応急手当の装備が数台….まさに戦争を彷彿させるような、1時間程の闘いでした。

祈祷と訴えで天の前にすがっている私たちの姿は恐怖と緊張で涙も流すこともできず、二つの目をつぶったまま呼吸もまともにすることができずに、ぶるぶると震えてばかりいました。やっと応急措置が終わり、その晩夜の12時が過ぎた時にお父様は5階の重患者室へ移されました。私の生涯で最も長い一日がこのように過ぎ去って行きました。深夜1時をはるかに過ぎて重患者室の準備を終えて出て来たチョン博士は「清心病院から私たちの病院に到着する時間があと30分だけ遅かったら、今日は大変なことになるところだった。」と、真のお母様の知恵深く素早い決心に驚いていました。

真のお父様の重患者室での闘病はこのように始まりました。ソウル聖母病院は大韓民国の中でも5大病院の中の一つです。韓国の医療技術はすでに世界のどの国にも劣りません。このような世界最尖端の医療陣と医術が総動員されながら、真のお父様の全快のために全力投球していることを私は毎日確認しています。主治医であるチョン博士の献身的な苦労も常にありがたい心を持って見守っています。一日24時間の間、お父様の病状は間違いなくモニタリングされています。治療に必要なすべての装備と投薬は完璧に活用されています。

愛する食口の皆様!
創造原理によれば肉身を持って生まれた人間は誰彼を問わず例外なしに地上生活を終えて、永生の世界である霊界に移るようになっているではありませんか?真のお父様の教えを通じて、私たちはこれをあまりにもよく知っています。かといって病中にある人々を放置するとか、なおざりにすることはできないのがまた人間としての道理でもあります。同時代の同じ環境の中でさまざまな因縁を結びながら地上生活を営む私たちとしては、周囲の父母や家族、親戚たちが病気になり病と闘うようになれば、最善をつくして面倒を見なければならないことが人間としての義務であり道理でもあります。

ましてや一日一日真のお父様の闘病を見守りながら看病していらっしゃる真のお母様と真の子女様の心情はどうでしょうか?肉身を持った人間が歩いて行く3段階の人生の原理を分からない筈はありません。お母様に侍り私たちはまさに天の前にしがみつきながら「奇蹟」を切に求めています。真のお父様は人類歴史上ただ一度だけ来られるメシヤであり、永遠に真の父母として記録され、仕えられなければならないただ一人の救世主であられます。

真の父母様の他には誰も再び「人類の真の父母」にはなれません。このように貴くて貴い真のお父様の重患者室の闘病について、70億人類は夜を明かしながら祈祷して快癒を祈らなければならないでしょう。もっと可哀相な衆生のために、私たちと共にたった一日でも良いから長く生きてから行ってほしいと、天の前に訴えなければならないでしょう。

愛する食口の皆様!
しかし天の摂理は、人間の思いのとおりにはならないようです。
今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが、数日前からは元通りになることができない状態に入ったというのが医師たちの報告です。切なくて悔しい心で病院を見守る真のお母様をはじめとする私たちは、ソウル聖母病院と同時にソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。

ところが意外にも青天の霹靂のような警告を受けてしまいました。ソウル聖母病院とソウル大学病院の呼吸器系統の韓国最高の医師たちの結論が、現代医術の見地ではこれ以上真のお父様の肺機能の回復を約束することができないというものでした。真のお父様の肺機能が回復する確率がほとんど皆無であるという、とてつもない現実の前に私は泣きわめきました。8月28日のことでした。一人部屋に入られて限りなく慟哭されるお母様の姿におえつ触れた私は、胸がつぶれるほどに嗚咽しました。しかしこの冷酷な現実をとり戻すにはあまりにも遅すぎました。私たちは次の段階の摂理に足を移さなければならないためでしょう。

真のお母様の指示に従い、8月28日の午後に私たちは対策会議を持ちました。参席者はキム・ヨンフィ、パク・ポーヒ、イ・ジェソク、ソク・チュノ、訓母様、キム・ヒョーヨル、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様、この8名が真のお母様に侍り深刻な会議をしました。全員が、今私たちが当面している深刻な現実に対して、どのようにすれば真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるようにできるかどうか、深刻に考えて議論しました。真のお母様の意志はいつよりも強いものでした。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というみ言でした。

実は総合病院の重患者室というのは、医学的には厳格に保護されて徹底的に管理されている所であることには間違いないのですが、霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所でもあります。ある日には一日に何人ずつも死んで行くこともあり、また面会の時間になって訪問者たちが群がって来ると電車のホームのような雰囲気にもなります。重い病気の患者ですから、免疫力がほとんど0まで落ちている真のお父様のご聖体にどのような病菌が侵入してくるかも分からない状況になるのです。

そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。

このような切ない事情の下で、真のお母様と対策会議に参加した全員の決定は、真のお父様を聖母病院重患者室から、清平に用意した清心国際病院の特別室(真の父母様専用)に移動して侍りながら、治療を受けるようにして差し上げる事になったのです。

もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう。お父様がソウル聖母病院を出発して清心国際病院に移動する過程には、お父様の主治医であるチョン博士と、聖母病院重患者室の呼吸器患者総括医師であるキム博士が責任を負って遂行するようになります。2人の医師ともにエムブランスに乗り、直接お父様を清心国際病院までお送りします。その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう。

より一層24時間を専門に担当して見守りながら治療を監督する、呼吸器系統の専門医師1人を日本から招いて来ました。聖母病院重患者室で真のお父様を専門に担当し看病した、熟練された看護婦たちも一緒にお父様に侍り、清心病院に移動してずっとその所で看護をするようになるでしょう。他の患者たちが全然いない広い空間に真のお父様のためだけの重患者室の準備を完璧に取り揃えて、24時間真のお母様と真のご家庭の看護を受けられ、多くの食口の祈祷と讃頌の中でお父様の病状に天の奇蹟が現われることを望みます。

実は、真のお父様は総合病院の重患者室にいらっしゃっても今は各種機械の助けを借りて生命を維持しておられる状態です。肺炎で重患者室に入院されてから15日目を過ぎて、それらによる合併症の症状が現われています。すでに腎臓の機能が止まっており、肝臓の機能も急速度に落ちています。更に真のお父様の血液は、人工機械によって生産された酸素供給がなくては生命を維持することができない段階にまでなってきました。

このような状況にあってソウル聖母病院側は「これ以上現代医学の技術では真のお父様の病状を好転させる術がない。」と言う通報をして来ました。したがって真のお母様と真の子女様そして対策会議に参加したすべての方々は、万人の聖地となる清平団地内の、真の父母様が立てられた清心国際病院で専門的な治療を受けられることが、より大きい摂理的な意義があるという結論を下しました。そう遠くない時期に真のお父様はソウル聖母病院担当医師たちの看護を受けながら、真の父母様の天正宮がある清心団地に移られるようになるでしょう。

愛する食口の皆さん!
私たち全員は中断ない祈祷と精誠で、天の前に奇蹟を切に求めなければならないでしょう。真のお父様が基元節までは健康を完全に回復されて、歴史的で摂理的な基元節の行事をご覧になり、主管されるように切実な心で祈りましょう。皆さんの祈祷と精誠が天に到達すれば、必ずや奇蹟が起きることを私は信じます。

世界副会長兼韓国協会長石俊淏拝
※参照として、この全体の内容は主治医を通じて同意を受けて発送するものです。
世界統一教宣教本部


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304家庭連合が恐れるブログ「火の粉を払え」及び暴力男

■米本和広さんのブログ「火の粉を払え」が、突然日本ブログ村の「家庭連合」カテゴリーから姿を消しました。これは家庭連合のクレームを受けて、日本ブログ村の運営会社、株式会社ムラウチドットコムの判断で「家庭連合 批判・告発」カテゴリーに移動させられたからです。

家庭連合 批判・告発 ランキング(OUTポイント順)
https://philosophy.blogmura.com/uc_criticism/ranking_out.html

ブログ「火の粉を払え」に「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」という表題の記事がUPされたのが04/22ですが、この記事のコメント欄に04/24付けで、米本さん自身の「重要なお知らせ! 小生のブログのカテゴリ-が強制移動となりました」という書込みがありました。その前に2つの記事が削除されていて、それらの記事が再掲されたのが04/20でした。

火の粉を払え01

株式会社ムラウチドットコムがクレームを受けて、その後どれくらいの日数で、記事の削除あるいはカテゴリー移動という措置を講じるのかよく分かりませんが、米本さんは今まで家庭連合への批判記事はいくらでも書いておられたにも関わらず、なぜここへ来て、家庭連合は急な動きを見せたのでしょうか。

火の粉を払え02

家庭連合がいちばん嫌ったのは「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」だと思います。記事の中で韓国人3悪人を名指ししているところ、副島襲撃事件を分かり易く引用しているところ、そして澤田氏はある晩、「帰宅途中の路上で暴漢に全身をメッタ刺しに」と刺激的に表現しているところ、これらがその当事者である韓国人幹部の気に障ったのだと思います。

火の粉を払え03

私にとって「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」という記事は、大変ありがたいものでした。家庭連合が暴力を使ってでも私達の抗議活動を止めさせたいと思っていることは明らかです。その意図を、副島襲撃事件と重ね合わせ、露骨に指摘されたので、これはまずいと思ったのでしょう。この記事のおかげで家庭連合は私に手を出しにくくなったはずです。
米本さんに深く感謝申し上げます。

火の粉を払え04

■そこで、もう一つ別の観点からカテゴリー強制移動の隠された動機について考えてみます。「火の粉を払え」の読者は多く、その影響力を家庭連合は恐れており、だからできるだけ人目につかないように、マイナーなカテゴリーに移動させたということになります。米本さんが私に対する家庭連合の暴力というテーマで、引き続き記事を書いていかれるなら、きっと私を殴った暴力男についても話題になるでしょう。家庭連合は「火の粉を払え」で暴力男が再び記事になり、その男の発見に結びつくことを恐れています。

WANTED02.jpg

暴力男は日本のどこかで生活しています。いまだその情報は寄せられていませんが、読者の多い米本ブログで拡散されればそれが人目につく可能性が高まり、男の発見につながっていきます。情報が寄せられれば、私はすぐにカメラを抱えて男の住所に向かいます。男が家庭連合に雇われたことを自白するなら、その時、家庭連合は終わるでしょう。その可能性を家庭連合幹部は恐れているというのが私の見立てです。家庭連合は「火の粉を払え」を恐れると同時に、暴力男をも恐れているのです。


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303松濤本部前行動4.28/掛け違えたボタンを掛け直した韓氏オモニ

■2019年4月6日、家庭連合がシティ・オブ・レフュージ教会で挙行した祝福結婚式について、金起勲世界副会長は聖婚59周年記念式で以下のように報告していました。

□金起勲:(通訳)この大会は単純な祝福大会ではなく、アメリカの大型教会で私達の教会歴史上初めて、キリスト教国であるアメリカ、特に大型教会の牧師が真のご父母様を認定し、公認し、そして真のお母様を独り娘として証言する中で、大復興会の役事が起こった奇跡の時間でした。

この牧師は、全世界的にも大変有名な復興牧師として知られ、アメリカでも知らない人がいない程、大きい教会の牧師でした。今回大会は真のお母様が中心になられ、キリスト教に新しい希望を下さりながら、真のご父母様の役事、そして、真のお母様が独り娘でいらっしゃることをもう一度強調する、そのような役事が起きました。

■金起勲はノエル・ジョーンズ牧師が韓氏オモニを独り娘として証言したかのように語っていますが、実際に中継録画を観るならば、金起勲の報告がまるっきしのウソであることが分かります。ノエル・ジョーンズ牧師は韓氏オモニが独り娘であるなどということは全く口にしていません。

ノエル・ジョーンズ牧師はこの教会の責任者であり、自分が韓氏オモニを招待し、祝福行事を開催しているはずなのに、この時の自分のスピーチでは、ほとんど韓氏オモニに言及していません。日頃語っていると思われる、神様について、イエス様について、信仰についての平凡な話をしているだけです。


会場を提供し、教会信者は動員してあげるけど、あとは勝手にやって下さいというのがノエル・ジョーンズ牧師の本音ではないでしょうか。韓氏オモニを迎える立場ではあり、最低の紹介はするけども、できれば関わりを持ちたくないという気持ちが表れているように感じます。

シティ・オブ・レフュージ教会はゴスペルの歌と演奏で礼拝を盛り上げ、多くの会衆を集めています。一流の音楽スタッフを抱えるためにも大きな経費が必要です。ですから、ノエル・ジョーンズ牧師は家庭連合からのお金の誘惑に負けたのです。しかし、信仰面ではとても独生女など受け入れられないという内心の葛藤があり、それが曖昧な姿勢に現れているのだと思います。

■ですから「大型教会の牧師が真のご父母様を認定し、公認し、そして、真のお母様を独り娘として証言する中で」という金起勲の言葉はありえない大嘘です。韓氏オモニは天上王臨宮殿大ホール前列中央に据えられた大椅子に腰掛けて、金起勲の話を聞いているのですが、このウソをそのまま信じてしまいます。メガチャーチの有名牧師が、独生女として韓氏オモニを完全に受け入れてくれたと思い込んでしまうのです。この点において、金起勲は罪深いと思います。

2016年11月30日、韓氏オモニはアメリカ国会の上院議員会館の中にあるコーカスルームでスピーチを行いました。この出来事をお祝いする帰国祝賀集会で、金起勲は同じようにありもしないウソをついて、韓氏オモニを持ち上げていました。(→No.40

ノエル・ジョーンズ

□金起勲:「真の父母様は救世主として来られました。真の父母様に絶対に侍り、一つになってこそ、アメリカが希望です」真のお母様は、二千年前にイエス様が、ローマの元老院で語るべきだったそのみ言を、この上院ケネディ・コーカスルームで、「私がメシヤであり救世主」であると宣布されたために、いまや、真のお母様を中心として、世界平和、そして、世界人類が救いを受けることのできる道が、新たなページを開いたのだと、私はお話したいのです。(2016.12.11)

■韓氏オモニはコーカスルームでのスピーチで「私がメシヤであり救世主」であるなどと宣布しておりません。にもかかわらず、金起勲は韓氏オモニが宣布したことにしてしまい、おまけに、それによって「世界人類が救いを受けることのできる道が、新たなページを開いた」ということにしているのです。またその宣布が、あたかもイエス様が、ローマの元老院で語ったことであるかのような、誇大イメージを作っています。

金起勲がこのようなありもしないことを語るのは、韓氏オモニの願望をよく知っているので、韓氏オモニを喜ばせるために、韓氏オモニの願望に沿って証を膨らませているからです。そして、それを聞いた韓氏オモニは、それが取り出された自分の願望だとはつゆ知らず、自分がそのように客観的に評価されているのだと、それに輪をかけて錯覚するのです。

■韓氏オモニはことあるごとに、2000年のキリスト教歴史が求めて来たのが独生女であるという理論を語り続けてきました。そしてついに、キリスト教のメガチャーチで祝福式を挙行し、そこの有名牧師が独生女を認め受け入れたということになって、韓氏オモニは舞い上がりました。その結果、以下の「肉身再臨のメシヤとは自分である」という本音が出ることになったのです。

ノエル・ジョーンズ02

□韓氏オモニ:この世のキリスト教徒たちは雲に乗って来るメシヤを待ちますが、韓国のこの神霊な団体はどの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで、1943年に独り娘が誕生しました。奇跡のような出来事です。

■肉身をもって来られるメシヤとはお父様のことであり、韓氏オモニにしても途中まではそのように考えていたはずです。ところが、お父様につまづいてメシヤであるということが信じられなくなり、何かの契機があって、実は自分こそがメシヤなのだという考えに転換したのだと思われます。韓氏オモニにとっても、再臨主はイエス様すなわち男であると強く信じていた訳ですから、それが女であるということになった時、なぜ女がメシヤになれるのかという点につき、混乱が生じたはずです。

それに対して、2000年前に誕生されたイエス様はメシヤであったけれども、その時出会えなかった独生女もメシヤなのであり、その独生女の誕生を待ち望んだのが、キリスト教2000年の歴史であり、その独生女が自分であるというストーリーが出来たのだと思います。韓氏オモニは2017年4月12日の聖婚57周年記念日に以下のように語りました。(→No.181

□韓氏オモニ:天は義なる人物を通して、再臨のメシヤを送ることのできる環境圏をこのようにつくってくださったのですが、摂理が分からないキリスト教基盤…。大変だったのです。しかしきょう、この日、万難を克服して独り娘は…。イエス・キリストは二千年前、原罪なく生まれました。独り娘も、原罪なく生まれたのです。これが真実です。原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です。天にとっては栄光、人類にとっては喜びと希望の日となったのです。(2017.4.12)

■家庭連合は「原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です」という部分について、これはお父様との聖婚について語っているのだから「原罪なく生まれた独り子」とはお父様のことであるとしています。しかし、文脈からすれば「原罪なく生まれた独り子」とはイエス様のことであり、自分はイエス様の相対であるというのが韓氏オモニの本音なのであり、その本音がこのような形で出たのではないかと考えられます。

ボタンの掛け違え

■韓氏オモニは聖婚59周年記念式のスピーチ冒頭で、ボタンの掛け違いのたとえ話をして、以下のように語っています。

□韓氏オモニ:天の摂理の春を迎え、季節的にも春を迎えたこの日、皆さんはどんな希望を抱いてこの場に来ましたか?振り返ってみると、半世紀をずっと越え、聖婚59周年を迎えたこの日、振り返ってみると感慨無量です。まるで、ボタンを正さなければならないのに順序が変わってしまった摂理を再び解いて、正しく合わせるまで50年の歳月がかかりました。

神様は御自身の夢があって、御自身のかたちに似せて天地万物を創造され、人間始祖となるべき男性と女性を創造しました。人間には成長期間をくださり、責任をくださいました。その責任は絶対的に創造主・神様とひとつになった立場で、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で、神様だけを見て、成長しなければなりませんでした。ですから、人間始祖として、天の父母様の夢を叶えて差し上げる、勝利した先祖の立場で出発しなければなりませんでした。

■ここでは、人類歴史がアダムとエバの堕落によって始まったことをボタンの掛け違いにたとえています。そしてこの後、韓氏オモニは「韓国のこの神霊な団体はどの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで1943年に独り娘が誕生しました」と語り、それに続く後半部分で以下の話をしました。

□韓氏オモニ:私が歩んできた50年の歳月は忍耐し、待ち焦がれる時間でした。皆さんはよく知らないでしょう。先ほど私が比喩をしました。間違って掛けられたボタンを解いて、再び合わせるまでに50年がかかったと言いました。キリスト教基盤を通して、天が世界を懐に抱こうとされたので、真の父母であるため、間違った方向に進むアメリカを抱きました。

特に4年前にACLC(アメリカ聖職者指導者会議)牧師たちの集会で、私が「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布しました。その時、たくさんの牧師が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」と、彼らの反応はこのようなものでした。 

■ここでのボタンの掛け違いのたとえの意味は、冒頭とは違います。韓氏オモニがボタンの掛け違いを解いて直し「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布した結果、牧師達が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」との反応を見せたというのです。

韓氏オモニが独生女であるということに気づいていなかった、そのことを知らなかったということが、ボタンの掛け違いであったということになります。すなわち、お父様をメシヤと考えて来たことがボタンの掛け違いだったというのであり、韓氏オモニが独生女としてのメシヤであるという考えが、正しいボタンの掛け方だというのです。

人類の歴史が堕落から始まったことがボタンの掛け違いであり、韓氏オモニがそれを掛け直すために50年を忍耐して来たということであるなら、そのことを私達はよく知っています。しかし、韓氏オモニが「皆さんはよく知らないでしょう」と言う時、その意味はお父様がメシヤであるという考えから、韓氏オモニがメシヤであるという考えに食口の理解を変える時が来るまで50年を忍耐して来ました、そのことを「皆さんはよく知らないでしょう」ということなのです。

お父様っての真の母

■ようやく、韓氏オモニの本音が本人自身によって明らかにされました。韓氏オモニにとってお父様はメシヤではないのです。韓氏オモニは韓国動乱時に国連軍が参戦したことについて、天が韓氏オモニの成長期間を保護したという言い方をしています。これと同様に、お父様は韓氏オモニを保護するための存在であったというのが、韓氏オモニにおけるお父様の位置づけなのです。

韓氏オモニにとってのメシヤは、どこまでも自分とイエス様のことなのであり、お父様はあくまでも、韓氏オモニがイエス様と子羊の婚宴を果たす時までの保護者なのです。ところが、その保護者がメシヤになり、食口もそれを信じてしまって、いつまでも韓氏オモニが虐げられた状態にあるものだから、そこから解放される瞬間を待ち焦がれながら、50年の歳月を忍耐して来たというのです。

これが韓氏オモニがお父様と共に50余年の歳月を過ごし、到達した結論です。これを口にした時から、韓氏オモニは周りからの抵抗に遭いました。初めに亨進様と國進様から反対されました。しかし、この結論は韓氏オモニにとって絶対的な確信なのであり、誰も変えることは出来ません。

この確信は2014年7月1日の無原罪誕生発言となって、ついに私達の目の前に現れることになりました。家庭連合では大急ぎで教義の作り替えが行われるようになったのです。その後も元老幹部達からそれなりの抵抗があったと思われます。そのことを韓氏オモニは今年の天一国指導者総会閉会式で、以下のような表現で語りました。(→No.295

□韓氏オモニ:しかしそうできなかった状態で、摂理を導いていかなければならない私の立場は一人きりでした。まるで荒漠とした砂漠に砂嵐が吹き荒れて目を開くことのできない環境で、小さな針ひとつを探さなければならない心情、皆さんは感じたことがありますか。そのような心情で、想像することができない、探さなければならない針を、私一人で探し出しました。(2019.2.15)

私がメシヤである

■「小さな針」とは「私は独生女メシヤである」という確信のことです。韓氏オモニはついにこの絶対的確信を貫き通しました。韓氏オモニがメシヤであるとは誰も信じていないのですが、今や韓氏オモニが自分は独生女であると発言する度に歓声と拍手が湧き起こるようになりました。シティ・オブ・レフュージ教会でも同様の拍手と歓声が湧き起こりました。それは、会場に配置された食口が中心となって盛り上げているのです。

初めに錯覚した韓氏オモニがいて、次にそれを担ぐ内部の人間がおり、続いて外部から忍び寄ってくる泥棒がいるのです。韓氏オモニの間違いを正そうとする人間がいるとすれば、亨進様と國進様のように弾き飛ばされ、その一方で韓氏オモニに取り入り、利用しようとする人間達が集まってくるのです。自分がメシヤであると錯覚した人間をだますのは簡単です。

ジガバチという昆虫がいます。ジガバチは産卵する為に幼虫の餌となる青虫を捕まえ、それを地面に掘った穴に埋めます。青虫には軽い毒を注入し、眠らせます。殺してしまうと腐ったり枯れたりして餌にはなりません。生かしておくのです。そしてその青虫に一個の卵を産み付けますが、孵化した幼虫はその青虫を殺さないように生命維持組織を残して、生かしたまま最後まで食べ尽くします。その後さなぎを経て成虫になり、穴から出てきます。

韓氏オモニは内部と外部の泥棒にとって貴重な金づるです。ジガバチにとっての青虫のように、死んでもらっては困ります。大切に生かしながら、最後のお金が尽きる時まで寄生するのです。そのために巧妙に持ち上げ、賛美し、喜ばせ、その気にさせ、大枚をはたかせるのです。マンスールは国家レベルの祝福式をすると言い、預言者ハデベは10万人の祝福式を準備し、シティ・オブ・レフュージ教会では継続的に祝福行事を行うそうです。世界の泥棒達が内部の泥棒と通じ、韓氏オモニからお金を巻き上げる悪知恵を、今この時も絞り出しているのです。

***

韓氏オモニ講話
天地人真の父母様御聖婚59周年記念式(2019.4.20/陰3.16)HJ天宙天寶修錬苑 大聖殿

天の摂理の春を迎え、季節的にも春を迎えたこの日、皆さんはどんな希望を抱いてこの場に来ましたか?振り返ってみると、半世紀をずっと越え、聖婚59周年を迎えたこの日、振り返ってみると感慨無量です。まるでボタンを正さなければならないのに順序が変わってしまった摂理を再び解いて、正しく合わせるまで50年の歳月がかかりました。神様は御自身の夢があって、御自身のかたちに似せて天地万物を創造され、人間始祖となるべき男性と女性を創造しました。

人間には成長期間をくださり、責任をくださいました。その責任は絶対的に創造主・神様とひとつになった立場で絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で神様だけを見て成長しなければなりませんでした。ですから人間始祖として天の父母様の夢を叶えて差し上げる、勝利した先祖の立場で出発しなければなりませんでした。

しかしそのようになれなかったことを私たちは知っています。今日の堕落した人類がその結果です。本心は善に向かい、天に向かって行こうと努力していますが、全世界的に広がってきた各宗教の形態を見ても、その本質が天と100%連結されているとは言えません。

人間中心に出発したのは事実です。しかし天は永遠性を持って創造されたので、無知な人間たちを教育することのできる手段として多くの宗教を許諾されました。そこに中心宗教として天の父母様は選民という民族を立てて、個人から国家的な基盤が形成される時まで、すべての蕩減条件を立てて、その場に出て行くことのできる環境となる時を待たれながら、耐えて来られました。私たちは聖書を通して理解できない多くの内容を知っています。

そのすべてを蕩減する立場で独り子イエス・キリストを送ってくださいました。4000年という長い歳月を通して、天はいまや希望を見ることのできる環境をつくってくださったのですが、人間がまた天を悲しませました。イエス様は十字架で亡くなられる状況の中で、天国のかぎを誰に預けられましたか?ペテロに預けられました。それは地上で完成しなければならないということです。イエス様は「再び来る」と言われ、再び来て「小羊の婚宴」をするというのです。

「再び来る」と言われたので、再び来られるそのひと日を待つ信徒たちが全世界的に増えました。しかし、「再び来る」と言われたメシヤを、いつ、どのように、迎えることができるのかという自信はありませんでした。この世のキリスト教徒たちは雲に乗って来るメシヤを待ちますが、韓国のこの神霊な団体は、どの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで1943年に独り娘が誕生しました。奇跡のような出来事です。キリスト教徒たちが必死に見つけるべき独り娘、神様の娘として誕生しましたが、環境は備わっていませんでした。

当時韓国は、1945年に解放され、1950年に韓国動乱が起こって慌ただしい時でした。しかし創造主は御自身が6000年を経て誕生させた娘に対して成長期間、時間を与えなければなりませんでした。南北が分かれて、民主と共産で、以北はひとつの体制で南下する準備がすべてできているのに、韓国は未だに安定していないそんな状態の時、私は以北にいました6歳でした。

しかし天は私が南下できるように協助してくださいました。韓国にいらっしゃったお父様には以北に行くようにされました。お父様は独り子の立場で出て行くことのできる責任を果たさなければなりません。天の前に絶対的に絶対信仰、絶対愛、絶対服従!死地のような以北に行きなさいと言われた時に、従順に従いました。それを知らなければなりません。独り娘が自分の意思で決定をする時まで、天は待って下さらなければなりません。神様の創造の原則がそうです。

ですからこの危険な状況で、天は私を保護して下さったのです。奇跡のように国連の16カ国が動員され、韓国の民主主義を守ってくれました。その時、お父様も興南監獄を解放され、(韓国に)下って来られました。お父様がされるべき事は、イエス様が「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」と言われた、そのみ言を見つけなければなりません。

それで原理原本を作るようになりました。そしてお父様は独り子として独り娘に出会うまでは信徒たちを探さなければなりません。そのことをなさいましたか?できませんでしたか?本来、堕落する前のアダムとエバは、神様のすべての事情を知り、神様と通じていました。つまり、私自身もまた、摂理を知るようになります。 「私が決心しなければ、私が前に出なければ天の父母様の夢を叶えてあげることはできない!」若かったけれども決心しました。

私が歩んできた50年の歳月は忍耐し、待ち焦がれる時間でした。皆さんはよく知らないでしょう。先ほど私が比喩をしました。間違って掛けられたボタンを解いて、再び合わせるまでに50年がかかったと言いました。キリスト教基盤を通して、天が世界を懐に抱こうとされたので、真の父母であるため、間違った方向に進むアメリカを抱きました。特に4年前にACLC(アメリカ聖職者指導者会議)牧師たちの集会で、私が「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布しました。

その時たくさんの牧師が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」と彼らの反応はこのようなものでした。特に2018年にはイスラム国家であるセネガルで私が独り娘だと宣布した時、皆が歓迎しました。彼らの宗教団体の長はこのように言いました。「イスラムは独り娘を歓迎します」とそれで私の息子になると言いました。今年11月には、国家的レベルの祝福式をすると決心しました。2019年は実に忙しい年です。世界各地で私を迎えて、国家レベルで祝福行事をすると言います。そうです。

韓国はどうですか?韓国は自信がありますか?摂理の春だと言いました。私たちは時を逃してはいけません。これまで私たちが不足ながらも津々浦々に種を蒔いたので、刈り取ってこなければなりませんか?ただ放っておくべきですか?キリスト教圏で、世界でこの独り娘、真の母を歓迎するのに、中心国家になるべきこの神統一韓国が責任を果たせなくてもよいのでしょうか?これ以上待つことはできません。

必ず、必ず、勝利しなければなりません。1975年にアメリカを中心に世界宣教師を送りました。アフリカ大陸ではアメリカの宣教師たちが大勢活動し始めました。2年前に、40年以上宣教活動をしていた父親が聖和しました。しかしその息子に父親が現れて「真のお母様をあなたが助けなさい!」とそのようにお願いしたと言います。この息子には母親と弟がいます。

それで母親と共に話をしながら、その母親と弟がひとつになって誰からの助けも借りずに、ファンドレイジングをして努力して公的な道を行っています。これが祝福を受けた家庭の姿とならなければなりません。天寶苑に登載された人々はたくさんいます。神様の創造が永遠性を持つので一代で終わってはいけないということです。二代、三代が独り娘真のお母様とひとつとなって、永遠に変わらない忠臣家門とならなければならいというお話がしたいです。それぞれ皆さんの責任は皆さんが完遂し勝利しなければなりません。それもこの瞬間、地上に独り娘真の母がいる間に認められる、印を受けたそのような祝福家庭がたくさん出てくるよう祝願します。


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302松濤本部前行動4.21/肉身で生まれた再臨メシヤ、それは私です

■2019年4月20日(陰暦3.16)、清平にて天地人真の父母様御聖婚59周年記念式が行われました。この式典は勝利帰国という副題がついていて、初めに、シティ・オブ・レフュージ教会で行われた祝福式の報告をしていました。家庭連合にとって大成功の祝福式であり、それを祝賀する式典でもありました。

今まで外部会場を使った万単位の参加者を集める大会は何度も開催して来ましたが、今回はノエル・ジョーンズという有名牧師の既成キリスト教会を会場として、約6000名が参加したということです。それゆえ、韓氏オモニは独生女としての自分がアメリカのキリスト教会に受け入れられたと感じ、大きな峠を超えた達成感に浸っているようでした。その満足故に、いよいよ本音を語り出しました。

□韓氏オモニ:(通訳)しかし、イエス様は再び来るとそういうふうにおっしゃったので、再び来られるそのひと日を待っている信徒達が、全世界的に増えるようになります。しかし、いつ、どのように、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来るかという自信はなかったですね。韓国は私が誕生する100年前、そのような経歴しかないんですね。

しかし、キリスト教はどんな国よりも強い、強烈な神霊と真理で、この全てのこの世のクリスチャン達は雲に乗って来られるメシヤを待ちますが、この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます。それで1943年、独り娘が誕生されました。奇跡的なことです。


■「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」の次には、言うまでもなく「それで1920年、お父様が誕生されました」となるべきです。しかし、韓氏オモニの口から出た言葉は「それで1943年、独り娘が誕生されました」というのですから、だいぶ驚きました。同時に、やはりそれが本音であったかと、確認することになりました。

韓氏オモニは「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」から「それで」、次の「1943年」にかけて長い間合いをとり、慎重に語っています。それは、その言葉が大きな重みを持つからであり、韓氏オモニにとっても、そのことがよく分かっているということの表れです。今回の発言は、2014年7月1日の「血統転換、私は母胎からです」に並ぶ、重大発言ということができます。

韓氏オモニが「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」と語る時「この神霊な団体達」とは、聖主教及び腹中教を指しています。特に腹中教の教主許孝彬(ホ・ホビン)はイエス様は女の腹から生まれるという啓示を受けていました。許孝彬の後継者が韓氏オモニであったことはNo.289に書きました。

クリスチャンがイエス様を慕う思いの深さは、そうでない人(私のような異教徒)には分からないと言いますが、再臨摂理の霊的中心に位置した許孝彬にはどれほどの思いがあったことでしょうか。当然、その思いは韓氏オモニにも受け継がれているでしょう。ですから、肉身をもって生まれるメシヤを待ちますと言葉にする時、そのメシヤは韓氏オモニにとっても、イエス様以外の意味ではありませんでした。


■韓氏オモニの祖母は趙元模(チョ・ウォンモ)ハルモニです。その父方先祖が趙漢俊(チョ・ハンジュン)であり、この方の逸話は有名です。

□韓氏オモニ:その時、おじいさんの趙漢俊氏という方が、私財を投げ打ってその橋を架けたのです。橋は石橋でしたが、橋の下を船が通り抜けることができるほど大きな橋だったそうです。そして、そのおじいさんが石橋を造る際に全財産を使い果たし、銅銭三文が残ったそうです。

それで、あすは橋の竣工式に行くということで、その残ったお金でわらじを買っておいてから寝たそうです。ところが、夢の中に白い服を来たおじいさんが現れて、「漢俊よ、お前の功労は大きい。それで、お前の家門に天子を送ろうとしたが、残しておいた銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」とおっしゃったということです。(「真の御父母様の生涯路程⑩」P.25〜)

■そして、以下の証があります。

□沈明玉:洪順愛(ホン・スンエ)大母様は「韓承運(ハン・スンウン)氏と結婚して子供を生めば、宇宙の大王を生み、娘を生めば、宇宙の王妃を生む」という天の啓示を受け、韓承運氏と結婚されました。(「真のお父様の路程と真のお母様の愛」P.97)

シティ・オブ・レフュージ教会で

■この夫婦に生まれる子が男の子か女の子かは、周囲の関心を惹きつけたことでしょう。もし男の子であれば、それは再臨主かも知れないという期待が必ずあったに違いありません。ところが、生まれたのは女の子でした。おかげで父親はガッカリしました。

□沈明玉:韓承運氏は、息子が生まれることを願ったのですが、娘が生まれたのです。そして、子供を生んでいくらもたたず、行方不明になりました。(「真のお父様の路程と真のお母様の愛」P.98)

■趙家の言い伝えも「銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」という、失敗の結果として女の子誕生になってしまう話です。韓氏オモニは自分の出生にまつわる話を母親から聞かされた時に、何とも言えない喪失感を味わったに違いありません。再臨主かも知れないという期待に比べれば、生まれた赤ちゃんがどんなにかわいい女の子であっても、周囲がガッカリしてしまうということは、どうしようもないことです。

その韓氏オモニは長じてお父様の花嫁になります。お父様こそ、神霊な団体達が熱烈な信仰を持って待ち望んだ肉身誕生のメシヤです。しかし、現実のお父様は韓氏オモニが憧れたイエス様のようではなく、二回りも歳が離れた上に、ものすごく厳しいおじさんでした。こんなはずではなかった、やっぱり自分は出生の時から神様に見放されていた人間なのだと、泣く日が続きました。

しかしある日、韓氏オモニにとって目の覚めるような一大転機が訪れるのです。それがいつのことなのか、はっきりとは分かりませんが、確実にその日はやってきました。その日、何が起きたのかと言えば、お父様がメシヤなのではなく、自分が、この自分が、この自分こそがメシヤなのだというパラダイムシフトです。


あの腹中教の啓示→メシヤは女の腹から生まれる→メシヤは肉身をもって生まれる→その啓示の主人公、その肉身のメシヤこそ、この私なのだ!そうだ、女でよかったのだ!いや、女でなければならないのだ!この考えでこそ、全ての話のつじつまが合うのです。

出生時に女だといってみんながみんなガッカリしたというのも、韓鶴子というメシヤを好奇の目から守り、成長期間を保護するための、天の計画だったのです。趙家の言い伝えも、韓鶴子がメシヤであってこそ、意味が通じるようになるのです。すなわち、銅銭三文が天に引っかかったというのは方便であり、失敗という印象を植え付けることで、女メシヤという難しい立場をこの世から秘匿し、守り通すための天の知恵であったということなのです。

■このように、自分を中心として考えるならば、全てに整合性が取れるように思われました。全てのジグゾーパズルがあるべきところに収まるように思われました。それまでは常にお父様中心に考えなければならず、行動しなければならず、もし逆らえば容赦のない叱責が飛んで来たのです。だから、50余年の間、何も言いませんでした。すべて知りながらも黙っていたのです。

□韓氏オモニ:そのお父様も聖和されて7年、もう隠しておくことは出来ない、もう隠さなくてもいい。私は言ってしまおう、はっきり言ってしまうのです。天の摂理から見た歴史の真実、すなわち、私が独り娘であること、その本当の意味、それを話すことのできる時を待っていたのです。

いいですか、多くのクリスチャンは天の雲に乗ってこられる再臨メシヤを待ち望んでいました。しかし、皆様も聞いている通り、神霊に導かれて啓示を受けた霊的集団は肉身をもって地上で生まれるメシヤを待ち望んでいました。その待ち望まれたメシヤこそ、1943年に誕生した独り娘、私なのです。お父様ではありません、この私なのです。

聖婚59周年オモニスピーチ

***

「天地人真の父母様御聖婚59周年記念式」での講話(一部)

□韓氏オモニ:(通訳)それで清教徒運動が始まったんですね。私の家庭で自由に神様に侍る生活をしたいという、そのような運動が、今日のアメリカを誕生させました。天はどれ程もどかしく、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来る、そのような環境圏になってくれないといけないキリスト教の基盤が、ちゃんと責任を果たせないそういう立場にいる時に、新しい風を吹かしてくれました、起こして下さいました。しかし、彼らもまた、摂理を知らなかったため、自分達を中心として自分たち勝手に信仰生活したので、多くの問題点が発生しました。

しかし、イエス様は再び来るとそういうふうにおっしゃったので、再び来られるそのひと日を待っている信徒達が、全世界的に増えるようになります。しかし、いつ、どのように、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来るかという自信はなかったですね。韓国は私が誕生する100年前、そのような経歴しかないんですね。しかし、キリスト教はどんな国よりも強い、強烈な神霊と真理で、この全てのこの世のクリスチャン達は雲に乗って来られるメシヤを待ちますが、この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます。それで1943年、独り娘が誕生されました。奇跡的なことです。

6000年振りにクリスチャン達が切実に探さないといけなかったんですが、独り娘、神様の娘として誕生されましたが、環境圏は造られなかったんですね。神様の創造原則によって人間には成長期間を下さいました。その時、韓国は1945、年解放され、1950年、6.25動乱がありました。なのでかなり慌てている、そういう状況でした。精神がなかったですね。

聖婚59周年金栄輝

しかし創造主は、あなたが6000年ぶりに誕生させた娘に対する成長期間、この期間を与えないといけなかったんですね。南北が分かれ、民主と共産に、以北は一つの体制で南下する、そういう準備が全部出来たのに、南はまだちゃんと整備出来なかった。そういう時に、その時、私は以北、北朝鮮にいました、6歳でした。しかし、天は、私が南下するように導いて下さいました。皆さんが知らないといけないんです。

南にいらっしゃるお父様には以北に行きなさいと啓示を下さいました。これ理解できますか。お父様は独り子の立場に行ける、その責任を果たさないといけません。天の前に絶対的に、絶対信仰、絶対愛、絶対服従、この死の場所のような、そういう以北に行きなさいと言った時に、そこに従順されました。これを知らないといけません。


独り娘がご自身の意思で決定するまで、天は待ってくれないといけません、待たないといけません。あなたの創造原則がそうなんです。なので、この危険な状況の中で、天は私を保護しないといけませんでした。奇跡のような国連の16カ国が動員され、南韓の民主主義を守って下さいました。その時、お父様も興南刑務所から解放され、南に降りるようになりました。

お父様がやるべき内容は、イエス様が私が話したい内容は多いんですけども、あなた達が全部受け入れないので、全部話することが出来ないというそのみ言を探さないといけませんでした、探さないといけません。それで、原理原本を執筆されます。そして、お父様は独り子の立場で独り娘を迎えるまでは、信徒達を探さないといけません。お父様がその内容を勝利されましたか、そう出来ませんでしたか。

背信の36家庭

それで本来堕落する前のアダムとエバは神様の全ての事情、神様と共に通じ合いました。言い替えれば、私自身も摂理を知るようになります。私が決心しなければ、私が出なければ、お父様の、天の父母様の夢を成し遂げて差し上げることができないんだと、幼い歳ではありましたが、決心しました。私が過ぎ去った50年の歳月を、忍耐と待つ時間でした。皆さんはよく知らないと思います。

さっき私が比喩を上げました。間違ったボタンを再び解け、正しく合わせるまで50年がかかったとそういうに言いました。皆さん理解が出来ますか。私がキリスト教の基盤を通じて天が世界を抱こうとされたので、真の父母なので、誤っているアメリカを抱き、特に4年前、ACLC牧師達の集会で私が、私が独り娘であると、私と共にみ旨を成し遂げようと宣布しました。その時、多くの牧師達が、なぜ私達はこの当然な事実に対して考えすら出来なかったのか、なぜ今になって悟るようになったのか、彼らの反応はこうでした。

なので、全世界的に、特に2018年にはイスラム国家であるセネガルで私が独り娘であると宣布をした時に、みんな全員が歓迎しました。彼らの宗教団体の代表者がこう言いました。私達のイスラムは独り娘を歓迎しますと、そういうに言いました。それで私の息子になりますと、そういうに言いました。今年11月には国家的なレベルでの祝福式を行うと、そういうに決心しました。2019年には本当に忙しい年です。世界各地から私を迎え、国家レベルで祝福式行事をしたいと、そう言ってます。(聖婚59周年記念式2019.4.20)


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
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