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審判自体を回避できなくとも、審判による被害を最小限に抑えたい

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306松濤本部前行動5.12/真実味を帯びる安楽死発言

■阿部美樹講師は2016年2月29日公開された動画で、生命維持装置問題について以下のように語っています。

□阿部美樹:再び聖母病院に移送されたとき、医者から「到着が30分遅れていれば難しかった」と言われました。肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました。そして13の機械につながれる苦痛に21日間耐え抜かれました。そのような時大母様は孝進様、興進様、榮進様が来て、霊界に迎えたがっているという言葉をお母様にお伝えしました。

お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えましたが、結局外すことはされませんでした。しかし、亨進様、國進様にとっては、そのような姿が誤解する決定的な事件になってしまったのです。亨進様は次のように語られました。

「お母様は50年間この謎を隠していました。私たちはお母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした。(2015.9.13)」


このように語っていますが、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願うことが「復讐」となるのでしょうか?この亨進様の批判は、真の父母様が育まれた夫婦愛、妻のもつ「烈」の心情世界が分からずに完全に誤解している状況ではないでしょうか。

真のお母様は、「清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければ」と語られ、救急車を改造され、清平に聖母病院と同じ施設を準備して移され、8月31日午後7時にお父様が到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を探され、お母様は「お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?」と語られました。するとお父様が涙を流されました。眼差しで、手で、2人だけで深い対話の時間が持たれました。

9月2日、真の家庭が集まり、お父様の好きな歌を歌い、手足を揉まれました。夕方から血圧、脈拍数が落ちていきました。お母様を中心に聖歌を歌い、お父様を送る厳粛な時間を過ごされました。そして4日目の9月3日午前1時54分、お母様と共に「サランヘ・アボニム」を歌い、見送る中で聖和されました。それから、すぐお母様は医療装置を外すように指示されました。(「真のお母様の生涯とサンクチュアリ教会問題」2016.2.29)

目次306

■以上の内容につき、以下に問題点を指摘します。

(1)すぐにお父様が回復不可能になったかのように表現している

■阿部講師はお父様が聖マリア病院に搬送され、そのすぐ後に「肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました」かのように語っています。お父様の病状回復が難しいとの医師の判断が示されたのは8月28日です。阿部講師はお父様が8月13日の夜に再入院されて、翌14日には回復不可能になったかのように語り、まるでお父様が回復不可能であったから、やむを得ず生命維持装置を外す話が出てきたかのように、完全に間違った印象を与えています。

(2)生命維持装置を外そうとした動機を愛だとする非常識

■阿部講師はお父様の生命維持装置を外そうとした韓氏オモニの動機を、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願った夫婦愛、妻の「烈」の心情であると説明しています。生命維持装置を外すということはリアルな「殺人」であることは誰が考えても分かることなのに、その動機を愛であるなどと、全く空想的で非常識な説明をしています。お父様の病状が五分五分と報告され、全食口が断食していたような段階で、回復不可能であったというイメージを作り出し、その動機を愛とする説明は完全なウソです。

(3)なぜ、清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければならないのか


■阿部講師は、韓氏オモニがお父様は清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければならないと言ったことを清心国際病院への移送の理由としています。清平で3日以上過ごさなければならないという話は石俊淏会長の報告にもありません。それが本当に韓氏オモニの言葉なのかどうか、また韓氏オモニの言葉なら、どうして清平で3日以上過ごす必要があったのか、その説明が必要です。

阿部美樹

(4)涙を流し、深い対話をされたお父様

清心国際病院に到着されたお父様は目で韓氏オモニを探され、涙を流され、眼差しで韓氏オモニと深い対話をされたということです。ここまではっきりとした意識のあるお父様の生命維持装置を韓氏オモニが外そうとしたというのですから、その動機が愛であったなどと、阿部講師自身疑問に思わなかったのでしょうか。9月2日にお見舞いをされた劉正玉先生をお父様が目を開けてご覧になり、足さえ動かそうとされたということでしたから、最後までお父様にはっきりと意識があった可能性の方が高いということになります。

■阿部講師が動画で語った以上の内容が、その後サンクチュアリや顕進様側から批判されたことを受け、2017年2月15日、家庭連合ではそれに対する反論文を出しました。そのポイントとなる主張は以下のようになります。

(5)亨進様の説教情報を正しいものと仮定した

■下に見るように、阿部講師が韓氏オモニは愛を動機として生命維持装置を外そうとしたと解説したことは、亨進様が生命維持装置を外そうとしたと語ったことが正しい情報であると仮定した上でのことであるとしています。実際は正しい情報ではなかったので、阿部講師の解説は無効であると言いたいのです。

□家庭連合:上述の「お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました」という部分は、亨進様の説教情報を正しいものと仮定した上で述べたものでした。(2017.2.15)

変わる家庭連合の主張01

(6)涙を流し、深い対話をされたというのは錯覚にしたい

□家庭連合:「…するとお父様が涙を流されました」と説明したのは、「お父様が目でお母様を捜され……するとお父様が涙を流された」と証言する人がいたためです。おそらく、それは回復を強く願う思いも手伝い、真のお父様の意識が回復されたと思い込んだのであり、W医師によれば、意識のない状況でそれはありえないと証言しています。それくらい、実際のお父様のご容体は厳しいものでした。(2017.2.15)

■このように、「涙を流し、深い対話をされた」と阿部講師が解説したのは、そのような証言をする人がいたからであり、それはその人の思い込み(言い替えれば錯覚)であったと主張しています。錯覚であることの根拠として、以下のように述べています。
 
□家庭連合:W医師は29日朝、韓国に到着。聖母病院の主治医に会って病状を聞くと「もう長くない状態です」と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた。(2017.2.15)

■W(渡辺)医師の証言によると、29日時点でも「お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた」「痛み刺激に顔をしかめるような反応はあった」けれども、しかし、「昏睡で意識がない状態であられた」ということです。だから、「涙を流し、深い対話をされた」というのは、その人の錯覚であるという主張です。ここでW医師の証言が重要になってきます。手足を動かし、時々目を開け、痛み刺激に顔をしかめる状態が意識がないと言えるのか、W医師に確認する必要があります。

変わる家庭連合の主張02

(7)聖母病院で聖和されれば、なぜ聖和式の挙行が難しいのか

□家庭連合:W医師によると、当時、真のお母様を含め誰もがいかにお父様に地上に長くいていただくかを考えた時期であり、聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかったとのことです。もし装置を外したら、真のお父様は聖母病院で聖和されることになり、「聖和式」の挙行も難しい状況が生じた可能性があったからです。お母様の願いは「何としても生かしてほしい」というものでした。(2017.2.15)

■W医師は29日に訪韓しているのであり、生命維持装置を外す話が出てきたのは、それより10日以上前のことです。ですから、「聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかった」と言える立場ではありません。また、言えたとしても「聖母病院で生命維持装置を外す論議が出るような状況ではなかった」というのは、初めから終わりまでその通りなのであり、当たり前のことです。

そして、問題なのはお父様が聖母病院で聖和されたなら、聖和式の挙行が難しくなった可能性があったと述べている点です。お父様が聖母病院で聖和されれば、なぜ聖和式の挙行が難しかったのでしょうか。聖和式の挙行が難しくなるので清心国際病院に搬送する必要があったとも取れる主張なので、この点は家庭連合に説明してほしいものです。

(8)家庭連合が言及しないおかゆの誤嚥問題

■8月13日の夜、お父様は清心国際病院から聖マリア病院に救急搬送されます。以下は2012年8月19日の礼拝で亨進様が語られたものです。

□亨進様:(通訳)次の日朝、お母様は本当に最善を尽くしてお父様を説得されました。そして清心病院に移動されました。私達が横の部屋にいたんですが、私達が部屋から出てくる前に本当に早く移動されたんですね。その当時、酸素タンクを持って、その携えて、呼吸を助けなくてはならない、そのような状況でした。そして看護婦と医師達が最大の努力をしていました。ところが、その医師達はお父様に侍ることが非常に難しいということをだんだん感じるようになって行ったのです。そしてその日、國進兄さんがアメリカから帰ってきて、お母様と医師と共に…

酸素飽和度ですね、その酸素がちゃんと供給されているかどうか、体に。そのような内容を確認したところ、体内によく吸収されていないということが確認されたので、お父様がここでは、お父様が気が楽だろうということで、その清心病院に行かれたんですけれども、お母様がここでは駄目だということで、聖母病院に行けば重患者室があるので、ソウルに移動した方がいいと判断を下されました。その当時、お父様は力が弱く、おかゆを召し上がっていたんですが、柔らかいおかゆを召し上がっていたんですけれども、肺がちゃんと機能していない、そのような状況の中で、お父様が力を出されるようにということで、おかゆを差し上げていたんです。

しかし病院を移動される時に、召し上がったそのおかゆがうまく入っていかずに、肺炎のそのお体にそのおかゆがですね、おかゆがうまく体内に、胃に吸収されずに、別のところに入っていったんです。それでお父様は非常に危険な状態になられました。そして呼吸を助ける為の処置が病院でなされました。そして私達は、私は漢南洞に行ったんですけども、漢南洞から國進様、お兄さんと一緒に病院に行きました。私が病院に到着した時、お母様が待っていました。私達は1時間待って医師から状況を聞くと、もしお母様の決定が少し遅れていたならば、お父様がもし30分遅く病院に到着していたならば、その日お父様は霊界に行かれていただろうと、そのような医師の話を聞きました。それほど深刻な状態だったのです。(2012.8.19)

■この同じ場面を石俊淏会長は以下のように報告しています。

□石俊淏会長:このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。

しかし午後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知されたお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょうと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ、ありがとう」と語られて清心国際病院へ行かれました。

清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になられたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様を送られることを命じました。とり急ぎお父様が普段好まれて乗っていらっしゃったSUV車で、お父様に侍り清心病院の看護婦2名と酸素ボンベ2本を載せて、車中でも酸素供給を続けました。

約1時間程かかる道のりでしたが、千年も過ぎ去るような恐ろしい死闘の時間でした。ソウル聖母病院まであと約20分という地点からは、お父様の呼吸が甚だしく乱れるようになり、これ以上堪えることができないようなお姿でした。運転手や看護婦たち、車中にいたすべての人々はその時点でこの世が終わったような戸惑いを感じながらも、命をかけて疾走しお父様を無事に病院までお送りしました。

ソウル聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたがここそこから非常呼び出しを受けて駆けて来た医師たちだけでも5~6人、看護婦たち7~8人、各種の応急手当の装備が数台….まさに戦争を彷彿させるような、1時間程の闘いでした。(2012.8.30)

■この2つの報告を読み比べてみると、清心国際病院に行かれたお父様の病状が医師の手に負えそうもないということで、聖マリア病院に移ることを韓氏オモニが決定しました。そのような状況の中で、お父様がおかゆを誤嚥されたので、急遽聖マリア病院に向け出発したということになります。その車中でお父様の病状が急激に悪化して行き、もう少しで手遅れになるところでした。

おかゆの誤嚥がなければ、そこまでの危篤状態にはならなかったと考えられます。その後、問題となる生命維持装置の装着もなかったかも知れません。ですから、おかゆの誤嚥問題は大変重要です。しかし、家庭連合の報告や反論にはこのことに言及がありません。なぜなのでしょうか。都合が悪いので無視したいのでしょう。

お父様におかゆを食べさせたのは孝進様の奥様、文妍娥様です。これは私が二代王妃李妍雅様から直接聞きました。文妍娥様が李妍雅様に電話をしてこられて、「私がお父様におかゆを食べさせて大変なことになってしまった」と、動揺しておられたとのことでした。文妍娥様は誰かの指示でお父様におかゆを差し上げたのだと思います。

裏切り聖母病院6名

(9)なぜ清平から送る必要があったのか

■石俊淏会長の報告では、お父様の聖マリア病院から清心国際病院への移送目的は「真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるように」ということでした。8月13日の段階では、清心国際病院の医者の手に負えないということで聖マリア病院に移したのであるし、どう考えても聖マリア病院から清心国際病院に移すことがお父様の命を長らえさせることになるとは、誰も納得するはずがありません。ですから、家庭連合の反論では以下のような理由にしています。

□家庭連合:しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。(2019.3.22)

■なぜお父様を清平から送る必要があったのでしょうか。これについて韓氏オモニは何の説明もしていません。お父様が聖マリア病院で息を引き取られるのと、清心国際病院で息を引き取られるのと、何の違いがあるのでしょうか。危篤状態のお父様を無理矢理、清平に移送したのですから、よっぽど重大な意味があるはずですが、お父様の聖和後もそのことについて何の説明もありません。

韓氏オモニがお父様の聖和後強調したのは、大母様のおかげで世界平和センターで聖和式を行うことが出来た、皆様はこれを知らなければなりませんということでした。もし、清平から霊界に行くことに重大な意味があるならば、死に場所として全ての食口が清平を願うムーブメントが起きてもおかしくありません。しかしそのような動きは全くありません。

それ以前にも、食口がどこで息を引き取るかについて、問題になったことも、話題になったこともなく、これからもないでしょう。韓氏オモニが「清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできない」と主張したのは、移送するための単なる方便であったと見ることができます。

ヤンチャンシク

(10)金榮輝、李載錫、金孝律、梁昌植、石俊淏、金孝南にインタビューせよ

■2019年3月22日の反論文では、生命維持装置を外そうとした話は作り話であること、それは國進様の安楽死発言を正当化する為であったと述べています。また、韓氏オモニが36家庭の代表を呼んで生命維持装置を外すことについての賛否を質した会議もなかったと主張しています。この会議について亨進様は以下のように語っておられます。

□文亨進様:私たちは韓国の病院にいるときから、大変な戦いをして来ました。お父様を安楽死させようとするとき、「お願いです。お母様、こんなことをしたら、あなたはメシヤの殺人者となってしまいます!」と言い、お母様から平手打ちを受けても、それでもその意志を貫き通しました。私は36家庭を呼んでほしいと言い、彼らに説得を続けました。そして、最終的に、お母様は朴ポーヒー、李ジェソク、金ヨンヒ、ヤン・チャンシク、ソク・チュノ、金ヒョユル、金ヒョナムを呼ばれ、彼ら一人一人に尋ねました。

私がお父様を解放してあげたいと、このチューブなどを全て取り除きたいと、唇の色が変わってきていると。お父様から家、土地などの財産を受け、一生楽に暮らすことのできるそのような恩恵と、食口たちからの尊敬を存分に受けた彼らですが、その中で誰一人として、最後の瞬間にお父様を守ろうとする人はいませんでした。その日、朴ポーヒーだけ、「お母様、メシヤが生きていらっしゃるということは祝福だと思います」と反対をしました。私がそれを認めます。他の間違いはたくさんしましたが、朴ポーヒーはその日その瞬間に反対する言葉を言いました。

しかし、その他の者たちはぐうの音も出ず、自分のメシアがベッドに横たわっていらっしゃる時、私が全世界のシックたちに、お父様のために精誠を尽くしてほしいと公文を送り、全シックたちが断食、敬拝、祈祷の精誠の中にいるとき、お父様を安楽死させようとする、この狂った行動、誰一人として、一言も発しませんでした。皆さん、これは詐欺です。(「主を捨てた悪しき時代」2015.7.8)

■この会議に参加していたのは、朴普煕(故人)、金榮輝、李載錫、金孝律、梁昌植、石俊淏、金孝南の7人です。これらの参加者に家庭連合はインタビューするべきです。生命維持装置を外す話はあったのか、なかったのか。会議はあったのか、なかったのか。説得力のない反論文を書くよりも、彼らの証言で簡単に決着を付けることができます。

果たして彼らは亨進様と対決するだけの覚悟を持って、ウソの証言をすることができるかどうか、楽しみに待ちたいと思います。家庭連合はいつでもインタビューできるはずですから、もしそのインタビューがいつまでも公開されないということになれば、本人達がインタビューに応じない、すなわち、本人達がウソの証言をする勇気がなかったということになります。

変わる家庭連合の主張03

(11)愛のない韓氏オモニ

■亨進様は2012年8月26日の礼拝で以下のように語られました。

□文亨進様:(通訳)今週お父様を看病しながら、皆さんの家族の中でも、おじいさん、おばあさん、家族の中でご高齢の方が入院した、その方の姿をご覧になった方がいれば分かると思います。お父様が呼吸をすることが出来るように、大きなホースが首の中に入っています。そのホースが長い間喉に入っていると喉に張り付いてしまうのです。ですから、今週、バクテリアに感染してはいけないので、そのホースの交換をしたのです。今まで私達がお父様の面会に行く時、ホースがお父様の口に入っているんですけれども、よく見えないプラスチックの部分があったんです。

そのプラスチックの部品が口を覆っていたんですね。しかしそれを交換したので、今週交換しますので、非常に不便で、そのチューブを、ホースを噛んだんですね。そして歯が1本抜けてしまいました。非常に苦痛を受けるそのような姿でした。歯が抜けるほどに噛まれたんです。そしてそのプラスチックを外したので、私達もお父様にお会いしに行く時に、非常に苦痛です。いつも強いお父様の姿を見ていたのに、そのように横になって、口も隠すことが出来ないので、いつも半開きのままで、非常に体が不自由ですから、今週医師が決定を下すことでしょう。何かというと喉にホースが入っていますから、喉に穴を開けるかどうかという内容を今週決定が下される予定です。

人工呼吸機

皆さん、考えて見て下さい。生涯み言を語られた、そのような生き方をされたお父様が、そして常に動かれ、そのお父様がもう2週間、縛られて、非常にたくさんのホースがつながれていますから、手も縛られた状態です。それらを外してはいけないので、危険ですので、縛られた状態ですし、ホースがつながれていますから、しゃべることができません。この状態は十字架よりも苦しい状態だと思います。今週お父様にお目にかかって、お父様は今十字架に掛かっておられると、そのように感じました。十字架に釘付けにされたイエス様も数時間でその苦痛が終わったのに、お父様は同じ場所で毎日毎日…。私のお父さんではなく、皆さんのお父様です。世界のお父様です。(2012.8.26)

■お父様に装着された生命維持装置とは人工呼吸機のことで、それも気管内に挿管チューブを入れるものでした。これは患者として非常に苦しく、亨進様が語っておられるように、お父様が歯が抜けるほど噛まれたのは、それを外せというお父様の必死の抵抗であり、抗議であったと思います。

気管挿管が長引く場合には感染症を防ぐために気管切開に変更します。この場合は発声も可能になります。お父様のケースでもそれを検討した訳ですが、韓氏オモニはお父様の聖体を傷つけることは出来ないと言って反対しました。聖体を傷つけることは出来ないといっても、現実に太いパイプをつないで傷つけているのだし、イラン戦争勃発時は腎臓の手術もされているのです。

生命維持装置を外そうとした時の理由が、お父様を苦痛から解放してさしあげたいということであったのならば、どうしてここで気管挿入から気管切開に切り替え、お父様の負担を少しでも軽くすることを考えなかったのでしょうか。聖体を傷つけてはいけないとお父様を思うようでいて、実際は目の前の壮絶な苦しみを少しでも軽減してあげようとしなかった韓氏オモニには愛がないと言うべきです。

亨進様20120826

(12)真実味を帯びる安楽死発言

■このような形でお父様が聖和されるとは、誰も考えませんでした。お父様は基元節を何年も前から予告し、待ち望んでおられました。そしてその後何が起こったのかを見れば、お父様の聖和はイエス様の十字架と同様に、韓氏オモニ及び弟子の裏切りゆえの第二次摂理であったということが出来ます。亨進様は2012年8月26日の礼拝で以下のように語られました。

□文亨進様:(通訳)このようなすさまじい時代にお父様が突然、具合が悪くなったのです。突然です。私はお父様と一緒に1年半共に過ごして来ました。お父様はいつも、何度も何度も風邪にかかったり、具合が悪かったりしました。でも、すぐに回復されたんです。でもすぐに、具合が悪くなってもすぐ回復されることを繰り返していました。そしてラスベガスに行かれても、どこに行かれても、お父様は117歳まで生きると、そのようなみ言も何度も聞きました。私はそれを信じています。なぜ突然、お父様がこのような苦痛に陥ったのでしょうか。(2012.8.26)

■おかゆ誤嚥事件、聖和式準備開始、生命維持装置事件、清平移送問題など、おかしな出来事が立て続けに生じながら、お父様の病状悪化は、肺機能低下、腎臓機能低下、肝臓機能低下とつるべ落としで進行して行きました。亨進様がその異常事態の渦中で「なぜ突然、お父様がこのような苦痛に陥ったのでしょうか」と、困惑と悲痛な思いを吐露されたように、まさに予測不能な出来事の連続でした。

韓氏オモニが生命維持装置を外そうとした事件を、どうしてもなかったことにしたい家庭連合、お父様は回復不可能な意識不明状態であったことにしてしまいたい家庭連合、清平から霊界に送らなければならないと言い張って、お父様を移送してしまった韓氏オモニ。これらを見る時に、図らずも家庭連合の反論文で想起させられた「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」という國進様の安楽死発言が、やはり真実味を帯びて来るのです。

安楽死発言02

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【資料】
お母様が、お父様の生命維持装置を外して『安楽死』させようとした」という批判への応答
(文責:教会成長研究院)
https://trueparents.jp/?page_id=2869

 サンクチュアリ教会側は、真のお父様が聖母病院に入院しておられるとき(2012年8月13日~31日)、「真のお母様と幹部らは、お父様の生命維持装置を外して『安楽死させたい』と考え、安楽死をさせようとしたとき、亨進様と国進様が命懸けでそれを阻止したのだ」と述べ、真のお母様を“殺人者”であるかのように批判します。彼らは、亨進様の説教を以下のような文章にして各方面に送りつけています。しかし、以下の内容は“虚偽のストーリー”です。

 「私達は、病院で大きな戦いをしながら、お父様を安楽死させようとした時、『どうかどうか、オモニがされたら殺人者になります。メシアの殺人者になります』と言うと、たたかれ、顔をたたかれました。私を! オモニムが私をたたかれたのです。説得、説得、説得してから私達を呼びました。パクボヒー(原文ママ)、イジェソク、キムヨンヒ、ヤンチャンシク、ソクジュンホ、キムヒョユル、キムヒョナム。彼らを呼んでオモニムは一人一人皆に聞きました。『私がアボニムを解放したい』と、『(生命維持装置)外したい』と、『唇の色が変わっている』と、朴晋照(原文ママ)だけ反対しました。……ところが、他のこの偽り者達が、詐欺屋達がグーの音も言わず、自分のメシアが寝台に横たわっておられた時、全世界に『食口達に精誠を捧げよ、断食せよ、祈祷せよ』と私(亨進様)が全世界にそのメモ公文を送った時、皆が精誠をし、祈祷をし、何、禁食をしている時、一人も言わない。だからオモニムが最後に私を見て、また国進様を見て話しなさいと言うから、私たちははっきりと言ったのです。そうされたら殺人者になります。50年して来られた全ての内容を、歴史はオモニムを殺人者として見ます」(注、亨進様が2015年9月13日の説教で、回顧して語った内容)

 真のお父様の主治医の同意を得て『トゥデイズ・ワールドジャパン』2012年陽暦10月10日号に公表された石俊淏韓国会長(当時)の「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告では、ご入院から16日目の8月28日、聖母病院とソウル大学校病院の呼吸器系統の韓国最高の医師から「真のお父様の肺機能回復率がほとんど皆無である」(74ページ)と通達され、その日の午後、金榮輝氏、朴普煕氏、李載錫氏、石俊淏氏らが集まり会議を行ったとあります。

①教会成長研究院の2016年2月28日の映像での反論について

 教会成長研究院は、病室に居合わせた看護師、病室を訪ねた幹部らの証言、そして亨進様をはじめサンクチュアリ教会側の主張を総合し、2016年2月28日の映像で次のように反論しました。

 「(8月13日)聖母病院に移送されたとき、医者から『到着が30分遅れていれば難しかった』と言われました。肺機能は低下し、腎臓機能は停止、すでに回復は不可能であると診断されました。……お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました。しかし、亨進様、國進様にとっては、そのような姿が誤解する決定的な事件になってしまったのです。亨進様は(2015年9月13日の説教で)次のように語られました。
『お母様は50年間この謎を隠していました。私たちはお母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした』
 このように語っていますが、夫を苦痛から解放してさしあげたいと願うことが『復讐』となるのでしょうか? この亨進様の批判は、真の父母様が育まれた夫婦愛、妻のもつ『烈』の心情世界が分からずに完全に誤解している状況ではないでしょうか。真のお母様は、『清平で3日以上過ごして霊界に行かれなければ』と語られ、救急車を改造され、清平に聖母病院と同じ設備を準備して移され、8月31日午後7時にお父様が到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を探され、お母様は『お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?』と語られました。するとお父様が涙を流されました。眼差しと手で、2人だけで深い対話の時間が持たれました。9月2日、真の家庭が集まり、お父様の好きな歌を歌い、手足を揉まれました。夕方から血圧、脈拍数が落ちていき……4日目の9月3日午前1時54分、お母様と共に『サランヘ・アボニム』を歌い、見送る中で聖和されました。それから、すぐお母様は医療装置を外すように指示されました」(「真のお母様の生涯とサンクチュアリ教会問題」の映像から)

 上述の「お母様はお父様の苦痛を察し、そのようなお姿で延命されることを願われるお父様なのだろうかと苦悩され、生命維持装置を取ることも考えられました」という部分は、亨進様の説教情報を正しいものと仮定した上で述べたものでした。
 しかし、正確な情報は主治医の情報です。

②治療を行った日本人医師の証言、および「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告に基づく応答

 聖母病院の主治医以外に、お父様の治療を担当した日本人医師にW医師とA医師、T医師の3人がいます。W医師にインタビューし、正確な情報を確認しました。
 W医師の証言を簡潔に述べると、以下のようになります。

 「8月16日、清心病院の医師から電話で『DIC(播種性血管内凝固症候群)に対し、日本から援助できる治療法はないか』と問い合わせがあり、日本にしかないリコモジュリンという薬の投与が効くと伝え、それをすぐ準備し清平に届けたが、聖母病院の医師からは『その対象ではない』とのことで、投与は見送られた。その後、清心病院の医師から25日と27日に電話があり、『お母様が、日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年来て欲しいと言っておられる』との連絡であった。半年から1年、韓国に行くのは大変なことであるが、短期でも行ってお母様の願いにお応えしようと、W医師とA医師は29日、T医師は30日に訪韓した。
 W医師は29日朝、韓国に到着。聖母病院の主治医に会って病状を聞くと『もう長くない状態です』と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた」

 この証言は、石氏の報告「真のお父様の摂理的闘病路程」と一致します。前述したように、石氏の報告には、8月28日に韓国最高の医師から「真のお父様の肺機能回復率がほとんど皆無」と通達されたとありますが、W医師が“対光反射”を見ると意識がなく、それは「ほとんど皆無」という通達を裏付けるものでした。
 W医師が真のお父様のお体を確認すると、生命維持装置で血圧、脈数は安定しておられたが、手足の末端は血行障害を起こし、血の気がない状態であられたといいます。
 この情報は、『トゥデイズ・ワールドジャパン』掲載の石氏の報告「真のお父様の摂理的闘病路程」と一致します。その報告は次のようになっています。

 「8月3日、聖母病院に入院され……肺炎であるという診断を受け……病状は非常に深刻で、敗血症、肺不全により肺に水がたまっていることが判明しました。『絶対安静』が必要だという医師からの注意がありました。しかし真のお父様は、天正宮博物館に必ず行かなければならないと強く命じられ、8月12日に還宮されました。
 還宮後には天正宮博物館のあちらこちらを見回し、手を触れながら別れの挨拶をしていらっしゃるかのようなお姿でした。真のお母様に侍り、最後の祈祷のような深刻な祈祷もなさいました。『全て成した!』というみ言を1日の間に4回も語られながら、周囲を整理されるお姿もありました。……翌13日には『……清平団地を見回る』と言われ、清心国際中高等学校の前まで行ってきたりもされました。しかし午後になると、真のお父様の体力は急激に衰え……お母様は、涙で真のお父様に『病院にまいりましょう』と訴えられました。普段であれば一言で断る真のお父様でしたが、この日は喜んで真のお母様の忠告を受け入れ……清心国際病院へ行かれました。清心国際病院で数時間、療養をしていらっしゃる間にも真のお父様のご容体はさらに悪くなり……お母様は、直ちに真のお父様のお許しを頂き、再び総合病院であるソウル聖母病院まで真のお父様をお送りするよう命じられました。……聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたが、あちこちから緊急の呼び出しを受けて駆けつけた医師だけでも5、6人、看護師7、8人……その晩12時が過ぎた頃になって、真のお父様は5階の集中治療室へ移されました。……深夜1時を過ぎてからやっと集中治療室から出てきたチョン博士は、『……あと30分遅かったら、きょうは大変なことになるところでした』と、真のお母様の知恵深く、素早いご決断に驚いていました。……私たちは、ソウル聖母病院のほかにソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。ところが……韓国最高の医師たちの結論は……お父様の肺機能回復率がほとんど皆無であるという、呆然とする現実……8月28日のことでした。1人お部屋に入られて、限りなく慟哭される真のお母様……午後、私たちは会議を持ちました。参席者は金榮輝、朴普煕、李載錫、石俊淏、訓母様、金孝律、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様。この8人で真のお母様に侍り深刻な会議をしました。……どのようにすれば真のお父様に少しでも地上で長く侍ることができ、少しでも楽にしてさしあげて(霊界に)行かれるようにできるかを深刻に考え議論しました。……『どんなことがあっても、真のお父様のお体を保護しなければなりません』という(お母様の)み言でした」(71~74ページ)

 8月28日の通達があった翌日、W医師は聖母病院に到着します。W医師は、真のお母様の「3日以上、清平で過ごさなければならない。聖和させてはならない」との願いを受け、主治医が「もう長くない状態」と診断し、意識のない重篤状態で、お母様の願いが可能かどうか深刻になったと証言しています。
 教会成長研究院が、前述した映像で「8月31日午後7時にお父様が(清平に)到着されました。そのとき、お父様が目でお母様を捜され、お母様は『お父様、家に帰ってきましたよ。家に帰ったのでいいでしょう?』と語られました。するとお父様が涙を流されました」と説明したのは、「お父様が目でお母様を捜され……するとお父様が涙を流された」と証言する人がいたためです。おそらく、それは回復を強く願う思いも手伝い、真のお父様の意識が回復されたと思い込んだのであり、W医師によれば、意識のない状況でそれはありえないと証言しています。それくらい、実際のお父様のご容体は厳しいものでした。
 W医師によると、当時、真のお母様を含め誰もがいかにお父様に地上に長くいていただくかを考えた時期であり、聖母病院で「生命維持装置」を外す論議が出るような状況ではなかったとのことです。もし装置を外したら、真のお父様は聖母病院で聖和されることになり、「聖和式」の挙行も難しい状況が生じた可能性があったからです。お母様の願いは「何としても生かしてほしい」というものでした。


 石氏の「真のお父様の摂理的闘病路程」の報告と日本人医師の証言は一致しており、これが“真実”と言えます。したがって、真のお母様が、真のお父様のご聖和前に医療装置を外すよう指示された事実はありません。
 ところで、サンクチュアリ教会側の人のなかには、「信頼できる筋からの情報では8月15日ころには韓鶴子総裁の命令で聖和式の準備が密かに始められていた」などと語っていろいろ批判をする人もいます。
 しかし、前述したとおり、日本のW医師の証言によると、「8月16日、清心病院の医師から電話で『DIC(播種性血管内凝固症候群)に対し日本から援助できる治療法はないか』と問い合わせがあり、日本にしかないリコモジュリンという薬の投与が効くと伝え、それをすぐ準備し」て韓国に届けたり、さらに、真のお母様が8月25日と27日に清心病院の医師を通じて、「日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年(真のお父様の治療のため)来て欲しい」との連絡をされ、専門医を日本から呼び寄せようとしておられます。事実、そのお母様の願いにお応えしようと、3人の医師がすぐに訪韓しているのです。この一点をみても真のお母様が真のお父様のご容態を誰よりも心配なさっていたことは明らかであり、万全の態勢をもって取り組もうとしておられたことは間違いのないことです。お父様が1日でも長く地上におられることを願われ、そのために最後までお母様は懸命にお父様に侍られ、お守りされました。

 亨進様が語っておられる「お父様を安楽死させようとした」「私たちは……お母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした」という発言は、真のお母様に対する反発心から、真のお父様と「最終一体」になっておられるお母様をおとしめ、誤った情報で教会員を「真の父母」から離反させようとする“情報操作”のための発言です。私たちは、このような意図的で不正確な情報に惑わされてはなりません。
 私たちは、真のお父様がご生前に語っておられた「先生が霊界に行ったならば、お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません」とのみ言に従って、天の父母様とお父様の“夢”を実現させようと最前線に立って奮闘しておられる真のお母様と一体化し、お母様をお支えする歩みをしていかなければなりません。それが、お父様の最大の願いでもあるからです。
― 以上 ―
※2017年2月22日に追記をしました。


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305松濤本部前行動5.5/生命維持装置問題と安楽死疑惑

■真の父母様宣布文サイトに3月22日、「生命維持装置問題の事実検証」という記事が掲載されました。聖マリア病院で韓氏オモニがお父様の生命維持装置を外そうとした事件について、そんなことはなかった、亨進様と國進様のでっち上げであるという家庭連合からの反論です。

「生命維持装置問題の事実検証」
https://trueparents.jp/?page_id=5104

この反論が出たことで、生命維持装置問題は家庭連合にとって無視しておくことの出来ない大きな事件であることを窺い知ることが出来ます。

目次

 (1)印象とウソが反論の根拠

■反論の根拠として以下を述べています。

①聖マリア病院での入院期間中、韓氏オモニはお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしていた。
②日本の医師に応援を要請し、3名の医師が訪韓した。韓氏オモニはお父様のご病状の回復に向け取り組んでいた。
③8月28日、回復の見込みがないとの医師の見解を知り、韓氏オモニは小さな部屋に入って泣き続け、長時間出て来なかった。
④8月28日の会議で韓氏オモニは「今最も重要なことは、お父様の御聖体をお守りすることです」と言った。
⑤24時間体制で看病していた韓氏オモニにとって時間的余裕は一切なかったので、36家庭の代表を呼んで、生命維持装置を外すことに賛成か否かを確認したという会議はなかった。

■すなわち、韓氏オモニはどこまでもお父様の健康回復の為に一生懸命だったのであり、日本から医者も呼び、回復の見込みがないと聞かされた時には泣き続けた、だから生命維持装置を外そうと考えたことはあり得ないと述べています。あの人はいい人に見えるからそんな悪いことをするはずがないというような、単なる印象を述べているに過ぎません。反論の根拠として弱過ぎます。

そして問題なのは、家庭連合は「2012年8月の文亨進氏らの報告からすると、当時真のお母様が最後まで真のお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしておられたことが明らかであり、お母様が復讐心を持っていたなどあり得ないことです」と述べ、亨進様自身の言葉を反論の根拠としていることです。

韓氏オモニが生命維持装置を外そうとしたという亨進様の言葉をウソだとして信用していない者が、その一方では亨進様の言葉を信用しているがごとくに、それを反論の根拠にしているのです。ご都合主義と言わざるを得ません。


■②に関して、日本の3名の医師への応援要請は清心国際病院の医師から行われています。このうちW医師は8月25日と27日に電話あったと証言しています。お父様が聖マリア病院に継続して入院されるのなら、わざわざ日本から医師を招く必要はありません。日本の医師を招くというのは、清心国際病院にお父様を移すことを前提にしているからです。

ですから、お父様を清心国際病院に移送する話が持ち上がったのは28日ではなく、少なくとも25日にはそのことを計画し始めていたということが出来ます。家庭連合は、28日になってお父様の回復の見込みは皆無ということになり、それを受けて会議を開き、その会議で移送を決めたという説明をしていますが、その説明にもウソがあるということになります。

■⑤に関して、当時の石俊淏(ソク・チュノ)会長は2012年8月30日付けの報告書に以下のように記しています。

□石俊淏:そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

■すなわち、お父様が収容されている集中治療室への訪問は韓氏オモニといえども1日に1〜2回、1回の時間は20分に制限されているのであり、「24時間体制で看病していた」などということはあり得ません。ですから、会議をする余裕がなかったという主張は全くのウソなのです。

宣布分サイト

 (2)やぶ蛇になった安楽死問題

■家庭連合はこの記事の最後で、なぜ亨進様と國進様が韓氏オモニが生命維持装置を外そうとしたという発言を行ったのか、その動機について説明しています。

□家庭連合:國進氏が最初に安楽死問題を口にしたのは、関係者の証言によると2012年9月です(当時のネット上の投稿にも証言に沿う報告が確認されています)。当時國進氏は訓母様に強い不信感を持っており、「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」といった極端な発言をしたことがありました。しかし、実際にはお父様の存命中生命維持装置が外された事実はなく、当時この発言は怒りにまかせた発言としてしか受け止められませんでした。

2015年8月以降の亨進氏らの発言は、何らの影響力も持ち合わせなかった2012年9月の國進氏の事実無根の発言を、少しでも信憑性をもたせるために、「清平に移す10日ほど前にお母様が生命維持装置を外したいと言われた」との話にすり替えたものと言えます。しかし、お母様がお父様の生命維持装置を外したいと言われた事実も存在せず、國進氏らの発言は、いたずらに信徒らに混乱をもたらす極めて無責任かつ悪質な発言であるといえます。(「生命維持装置問題の事実検証」2019.3.22)

■國進様がお父様聖和直後に「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」と発言されたところ、問題にされなかったので、後日、その言葉に信憑性を持たせるためであったというのです。この家庭連合の主張は「やぶ蛇」になりました。

韓氏オモニがお父様の生命維持装置を外そうとした事件はでっち上げであるとする家庭連合の反論は、上に見たように一生懸命に見える韓氏オモニの印象を根拠とし、その上にあり得ないウソの理由を述べ、説得力がありません。むしろ、國進様が韓氏オモニを名指しで安楽死発言をされたという驚きの事実、それを改めて私達の目の前に突きつけられた思いになるのです。

安楽死発言

 (3)移送の目的は延命なのか?

■石俊淏会長は同報告書で、8月28日の会議において清心病院への移送が決定された経緯について説明しています。

□石俊淏:愛する食口の皆様!
しかし天の摂理は、人間の思いのとおりにはならないようです。今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが、数日前からは元通りになることができない状態に入ったというのが医師たちの報告です。切なくて悔しい心で病院を見守る真のお母様をはじめとする私たちは、ソウル聖母病院と同時にソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。

ところが意外にも青天の霹靂のような警告を受けてしまいました。ソウル聖母病院とソウル大学病院の呼吸器系統の韓国最高の医師たちの結論が、現代医術の見地ではこれ以上真のお父様の肺機能の回復を約束することができないというものでした。真のお父様の肺機能が回復する確率がほとんど皆無であるという、とてつもない現実の前に私は泣きわめきました。8月28日のことでした。一人部屋に入られて限りなく慟哭されるお母様の姿におえつ触れた私は、胸がつぶれるほどに嗚咽しました。しかしこの冷酷な現実をとり戻すにはあまりにも遅すぎました。私たちは次の段階の摂理に足を移さなければならないためでしょう。

真のお母様の指示に従い、8月28日の午後に私たちは対策会議を持ちました。参席者はキム・ヨンフィ、パク・ポーヒ、イ・ジェソク、ソク・チュノ、訓母様、キム・ヒョーヨル、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様、この8名が真のお母様に侍り深刻な会議をしました。全員が、今私たちが当面している深刻な現実に対して、どのようにすれば真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるようにできるかどうか、深刻に考えて議論しました。真のお母様の意志はいつよりも強いものでした。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というみ言でした。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

裏切り聖母病院

■お父様の病状回復が絶望的であることを医師から言われたので対策会議を開き、「より少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるように」する、すなわちお父様の延命方法を議論したというのです。更に説明が続きます。

□石俊淏:実は総合病院の重患者室というのは、医学的には厳格に保護されて徹底的に管理されている所であることには間違いないのですが、霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所でもあります。ある日には一日に何人ずつも死んで行くこともあり、また面会の時間になって訪問者たちが群がって来ると電車のホームのような雰囲気にもなります。

重い病気の患者ですから、免疫力がほとんど0まで落ちている真のお父様のご聖体にどのような病菌が侵入してくるかも分からない状況になるのです。そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。

このような切ない事情の下で、真のお母様と対策会議に参加した全員の決定は、真のお父様を聖母病院重患者室から、清平に用意した清心国際病院の特別室(真の父母様専用)に移動して侍りながら、治療を受けるようにして差し上げる事になったのです。もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう。

お父様がソウル聖母病院を出発して清心国際病院に移動する過程には、お父様の主治医であるチョン博士と、聖母病院重患者室の呼吸器患者総括医師であるキム博士が責任を負って遂行するようになります。2人の医師ともにエムブランスに乗り、直接お父様を清心国際病院までお送りします。その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう。(「真のお父様の摂理的闘病路程」2012.8.30)

カレンダー

■このように、延命のためにはお父様を「霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所」である聖マリア病院の集中治療室から清心国際病院に移す必要があるというのです。世界的レベルの医師と設備を投入して、危篤状態のお父様を救ってくれた病院に対して言うべき言葉ではないと思います。絶対安静の重篤患者を集中治療室さえない病院へ移送すること自体が考えられない発想なのであり、そのことが分かっているので、苦し紛れに出てしまった言い訳です。

「もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう」という説明は、騙しという以外ありません。また「その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう」というのですが、ソウルから100キロ近く離れた清平の病院にどうして「随時出入り」出来るのでしょうか。

初めの方に「今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが」とあります。この期間、お父様の病状について世界の食口に向け、石俊淏会長が公式に伝達していたので、この言葉は信頼するべきものであり、それによればお父様の病状は好転していたというのです。それがどうして、28日になって急に絶望的になるのか疑問が生じます。

そして、28日に絶望的になったというので、韓氏オモニの指示があり、対策会議を開き、移送が決まったという流れになります。しかし、日本のW医師には25日時点で応援要請の電話を掛けていたことを上で指摘したように、実際は28日以前に、既に移送を計画していたのです。

また、9月2日に劉正玉先生がお見舞いされた時、お父様は目を開けて劉先生を見られ、足を動かされたというのですから、本当に28日時点で病状が絶望的になったのかについては、疑ってみるべきだと思います。

清平国際病院

 (4)移送の目的は清平から霊界に送ること

■そして、この反論記事で説明する移送の目的は以下です。

□家庭連合:しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。(「生命維持装置問題の事実検証」2019.3.22)

■石俊淏会長の説明では、どこまでも延命を図る措置としての移送であったはずですが、この記事では移送の目的はお父様を清平から霊界に送るためであったということになっています。なぜ、説明が変わったのでしょうか。お父様の命を少しでも長らえさせるために、聖マリア病院から清心国際病院に移送したという当初の説明が、常識的に考えて通らないということになったのだと思います。私が國進様に質問した時には以下のようにお答え下さいました。

澤田:お父様は清平に移されるわけですけれども、医者が希望がないということで。そのマリア病院は、世界的な設備が整っているにも係わらず、清心国際病院には集中治療室がないわけですね。かえって難しい状況になるのに、なぜそういうところに移すのでしょうか。
國進様:私達は清平に移すことに賛成しませんでした。私達は生命維持装置を絶対外してはいけませんと言いました。しかし、お母様は清平に移すことを強引に主張しました。医者の方からもう何も出来ませんと言った時点で、お母様は誰が何を言っても私は移すと言って、強引に移してしまいました。
澤田:なぜ、移されたんでしょうか。
國進様:お母様は、清平から霊界に行くべきだと考えていたからです。

■会議の場では、韓氏オモニはお父様を清平から霊界に送ることを主張したのです。ですから、初めからそれが移送の目的だったはずです。ではなぜその時点で石俊淏会長は「お父様を清平から霊界に送るため」という説明をしなかったのでしょうか。その理由では、まだ生きているお父様を移送する説明にはなり得なかったからです。

「お父様を清平から霊界に送るため」と説明すれば、生きているお父様を死なすために清平に連れて行くことになります。だから、延命のためという偽りの理由付けをしたのです。真相は、今回家庭連合がはっきり書いているように、お父様を清平から霊界に送るためであったということになります。そのために世界レベルの病院から、まだ生きておられるお父様を無理矢理連れ出したということになり、これはこれで、恐ろしいことです。

安楽死発言02

 (5)重い國進様の安楽死発言

■そして、韓氏オモニが主張した移送の目的は、本当に「お父様を清平から霊界に送ること」だったのでしょうか。それも疑わしいと思います。韓氏オモニが心に秘めていた本当の目的は、医者も看護師も自分が自由にコントロールできる清心国際病院で、お父様の生命維持装置を外すことではなかったのかと考えられるのです。

そのように考える根拠として、すでに8月14日には清平で聖和式の準備が始まっていたということ、そして、言うまでもなく聖マリア病院で生命維持装置を外そうとする韓氏オモニの強い意思が表面化したこと、それに加えて家庭連合が言及した、國進様の安楽死発言です。家庭連合の今回の反論記事は、國進様の安楽死発言の存在を確定し、今一度、それを私達に想起せしめたという点において重要な意味を持つのです。


***


【資料1】
生命維持装置問題の事実検証

 2012年8月、真のお父様が韓国のソウル聖母病院に入院されていた当時のことについて、「真のお母様が生命維持装置を外そうとした」とするサンクチュアリ教会の文亨進氏や文國進氏の言説が物議を醸したことがありましたが、今なおこうした言説を信じている人達がいます。
 しかし、お父様入院中の2012年8月に文亨進氏が礼拝の説教で信徒らを前に行った報告や、現サンクチュアリ教会世界本部長のティモシー・エルダー氏が当時ネット上で行った報告、石俊淏世界副会長(当時)がほぼリアルタイムで信徒らに伝えていた内容、及び、信徒らに真実を伝えるべきであるとの真のお母様及び御子女様達の決定に基づき金孝律氏が信徒らに対して行った経緯報告等から浮かび上がる当時の真のお母様像は、サンクチュアリ教会側がその後に作出しようとしたお母様像とは180度異なっています。
 そこで、2012年8月段階における文亨進氏らの報告等(後記「報告等要旨・抜粋一覧表」参照)から具体的に明らかとなる真の事実経緯を検証することによって、その後にサンクチュアリ教会側が作出した言説がいかに間違っているかについて明らかにしたいと思います。

1.真の事実経緯
 お父様がソウル聖母病院に入院中の2012年8月19日、文亨進氏が韓国ソウルの天福宮における日曜礼拝の説教の中で行った報告では以下のことが述べられています。

 「8月3日、真のお父様の咳が酷くなる様子を心配された真のお母様は、人の言うことを簡単には聞こうとしない真のお父様を必死に説得してソウル聖母病院にお連れしています。真のお父様はこのときは10日間ほど入院されていますが、入院から10日ほどすると、「ここにいるのは牢獄のようだと」と言ってお怒りになられ、まだ入院していなければならない症状であったにもかかわらず退院を強く主張されました。
 そこで真のお母様は、退院後「ほかの所に行こうとは言わない」との約束を真のお父様から取り付けた上で、お父様の退院に同意し、真のお父様は8月12日に退院されました。
 しかし、お父様の健康状態が優れないことから、8月13日には再度お母様が最善を尽くしてお父様を説得し、午後2時頃清心国際病院にお連れしました。その行動は余りにも迅速で、隣の部屋に支度していた文亨進氏が部屋から出た時には、既にお母様はお父様をお連れして部屋を出ておられました。
 清心国際病院でもお父様のご健康が優れなかったため、お母様は急遽お父様の了承を取り付け、お父様を再度ソウル聖母病院にお連れし、午後8時頃に同院に転院しました。
 お母様の決定がもう少し遅れてお父様が30分遅く病院に到着していたら、お父様は霊界に行かれていたと医師が話してくれたとのことです。」

 したがって、お父様の病状に対する真のお母様のご判断と行動がどれほど的確で天の願いに叶ったものであったかは、当時の亨進氏が証しするところであると言えます。
 石俊淏世界副会長やティモシー・エルダー氏の報告から、ソウル聖母病院に入院後、お母様はずっと病院に泊まり込み、寝ずの番でお父様の看病に当たられたことが明らかです。お母様のこうした献身的な看病の様子は、最もおそばで仕えていた文亨進氏の目には明らかでした。そこで、文亨進氏は、8月26日の天福宮における日曜礼拝の説教の中で、皆さんの祈祷がお父様の力となり、また、毎日お父様と共にいて病状を見守っておられるお母様の力となっています、と語っています。すなわち、真のお母様の献身的な看病をこの時は亨進氏自身が証ししているのです。
 8月31日に金孝律氏が天福宮で行った報告によると、金孝律氏と朴普煕氏とが呼吸器系統医療において韓国で最も権威あるソウル大学校病院の医師を訪ね、お父様の症状を伝えたところ、回復の見込みはゼロと言われました。8月28日に両氏がこのことをお母様と御子女様達に伝えると、お母様は隣接する小部屋に入って中からカギを閉め、泣き続け、長時間出て来られることができなかったとのことです。このあと、ソウル聖母病院の主治医も同じ意見であったため、お母様は御子女様と共に緊急会議を招集され、金榮輝氏、朴普煕氏、李載錫氏、石俊淏副会長、訓母様、國進氏、亨進氏、金孝律氏が参加しました。お母様は全員の意見を一人ずつ聞かれた上で、「今私達にできることは、奇跡を起こすために祈ることです。しかし奇跡は天の役事なので我々が決めることはできない。我々は引き続き精誠を投入しなければならなりません。今最も重要なことは、お父様の御聖体をお守りすることです」と言われました。
 しかし、8月29日になると、お父様の肝臓が弱り始めました。肝臓が機能停止すると心臓に悪影響が及び、内蔵の全器官が機能停止する危険が出てきます。お母様は、清平以外の場所からお父様を霊界に送ることはできないと言われ、お父様は清心国際病院に転院することになりました。清心国際病院にはソウル聖母病院の人工呼吸器が持ち込まれ、主治医と人工呼吸の専門家も付き添うことになりました。この決定には全員が同意しました。そして、このとき、國進氏と亨進氏とが、お父様の病状と推移を信徒らに開示すべきだと主張され、お母様を始めとする全員がこれに同意しました。
 8月31日の朝、上記決定を踏まえ、石俊淏副会長と金孝律氏とは天福宮でお父様のご病状等を信徒らに開示して説明しました。
 8月31日夕刻、お父様は無事に清心国際病院に転院されました。

裏切り聖母病院6名

2.サンクチュアリ教会側の言説
(1)文亨進氏の説教
 サンクチュアリ教会の文亨進氏は以下のような説教を行っています。

 私たちは韓国の病院にいるときから、大変な戦いをして来ました。お父様を安 楽死させようとするとき、「お願いです。お母様、こんなことをしたら、あなたはメシアの殺人者となってしまいます!」と言い、お母様から平手打ちを受けても、それでもその意志を貫きとおしました。・・・そして、最終的に、お母様は朴ポーヒー、李ジェソク、金ヨンヒ、ヤン・チャンシク、ソク・チュノ、金ヒョユル、金ヒョナムを呼ばれ、彼ら一人一人に尋ねました。私が、お父様を解放してあげたいと、このチューブなどを全て取り除きたいと、唇の色が変わってきていると。その日、朴ポーヒーだけ、「お母様、メシアが生きていらっしゃるということは祝福だと思います」と反対をしました。私がそれを認めます。・・・お父様を安楽死させようとする、この狂った行動。誰一人として、一言も発しませんでした。皆さん、これは詐欺です。

『神を捨てた悪しき時代』2015年7月8日 韓国語説教 全文
 ですからこれは謎です。お母様は50年間この謎を隠していました。私達は、お母様が痛みや恨みを持っていることを知っていました。しかし、私達はお母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした。

2015年9月13日説教 文亨進師 「バビロンの謎」【英語説教日本語訳】
(2)サンクチュアリ教会早稲田聖殿の澤田地平氏が運営する「審判回避プロジェクト」と題するブログには、澤田氏と文國進氏、文亨進氏らとの以下のやり取りが掲載されています。

■澤田:韓氏オモニの問題で最大のショックだったのが、病院での出来事です。8月13日に入院されて、生命維持装置を外すということが出て来た時期は、8月の何日だったのでしょうか。
□國進様:それはカレンダーを確認してみないといけないんですけど、人工呼吸装置をお父様は付けて、鎮痛剤を投与されていたんですけど、その時にお父様は昏睡状態ではなかったんですね。清平に移される10日程前だったと思いますが、その時にお母様が生命維持装置を外すということを言い出しましたが、昏睡状態ではありませんでした。
■澤田:分かれば、ぜひ、その日にちを知りたいと思います。その同じ日に、亨進様のほほを打たれたのですか。
□亨進様:お母様がそういう意向があるということを私達に表明され、そうしてはいけませんと言って、会議が持たれる前の日にほほをたたかれたと記憶しています。
■澤田:私が日にちを知りたいのは、多くの人達はですね、もうお父様に生命の希望がなくなったので、そこで初めて外そうとされたと、そのようなイメージで捕らえているのが大半の人達ですね。
□國進様:お父様は痛み止めの鎮痛剤を投与されて、清平に移される前でしたから。だから、出来ることは全てやったと、医者が言った時に清平に移されたんですけれども、この生命維持装置を外すということは、それ以前でしたから。医者の方からもうダメですよということを言われる前に、そういう話が出て来たわけです。
■澤田:そうですね、それを明確にする為に私は日にちを知りたいと思います。
□國進様:それはカレンダーを見てみないと。
■澤田:ぜひお願いします。生命維持装置を外そうとされる、その提案があった時に、医者は何か言ったのでしょうか。医者は反対しなかったのでしょうか。
□亨進様:その場には医者はいませんでした。
□國進様:病院の方針としては、家族の決定だということだったと思いますけど、私としてはそれは受け入れられない提案でした。
■澤田:お父様は清平に移されるわけですけれども、医者が希望がないということで。そのマリア病院は、世界的な設備が整っているにも係わらず、清心国際病院には集中治療室がないわけですね。かえって難しい状況になるのに、なぜそういうところに移すのでしょうか。
□國進様:私達は清平に移すことに賛成しませんでした。私達は生命維持装置を絶対外してはいけませんと言いました。しかし、お母様は清平に移すことを強引に主張しました。医者の方からもう何も出来ませんと言った時点で、お母様は誰が何を言っても私は移すと言って、強引に移してしまいました。
■澤田:なぜ、移されたんでしょうか。
□國進様:お母様は、清平から霊界に行くべきだと考えていたからです。
■澤田:清平での最後の状況というのは、自然に、たとえば心臓停止ということで亡くなられたのでしょうか。
□國進様:最後の時は、心臓の鼓動を表す機械が平らになってしまいました。
■澤田:家庭連合のサンクチュアリ対策ビデオの中で、最後に清平でですが、お父様は、お母様と目で会話されたという説明をしています。そういうことは可能だったのでしょうか。
□國進様:それは、要するに、家庭連合もお父様に意識があったということを認めているわけですね。要するに、意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです。お父様が、まだある程度健康な時に、お母様がお父様を殺そうとしたということを、家庭連合も認めているように理解されます。


「2 生命維持装置を外す話はいつ出て来たのか」2016.10.12
3.サンクチュアリ側の言説に対する反論
(1) 生命維持装置問題
 文亨進氏は上記サンクチュアリ教会での説教の中で「私達はお母様がお父様に対してこのように復讐心を持っていたとは知りませんでした」と述べています。しかし、2012年8月の文亨進氏らの報告からすると、当時真のお母様が最後まで真のお父様に献身的に侍り、お父様のご健康の回復のために常に最善を尽くしておられたことが明らかであり、お母様が復讐心を持っていたなどあり得ないことです。また、2012年8月当時の文亨進氏らの報告は、日本から送られた医師の証言とも一致します。
 W医師は、「清心病院の医師から(8月)25日と27日に電話があり、『お母様が、日本から呼吸器科と腎臓、透析の専門家を連れてきて欲しい。今の仕事を置いて、半年から1年来て欲しいと言っておられる』との連絡であった。半年から1年、韓国に行くのは大変なことであるが、短期でも行ってお母様の願いにお応えしようと、W医師とA医師は29日、T医師は30日に訪韓した」と証言しています。即ち、ソウル聖母病院の主治医とソウル大学校病院の呼吸器系統の韓国最高の医師から回復の見込みはゼロと宣言された8月28日の前日に至るまで、真のお母様はお父様のご健康の回復のために最善を尽くしておられたこと、しかも、真のお父様のご病状の回復に向け長期計画で取り組もうとされていたことが明らかです。のみならず、8月28日に現代医学では回復の見込みがないとの医師の見解を聞かれたお母様が小さな部屋に入って泣き続け、長時間出て来られることができなかった事実から考えても、それ以前にお母様が生命維持装置を外すことを考えたなどということはあり得ないことです。
 したがって、お母様が復讐心をもってお父様を安楽死させようとしたとする文亨進氏らの発言が、真のお母様を貶めるためになされた事実無根のものであることは明らかです。
 また、実際の事実経緯においても、お父様のご存命中、生命維持装置が外されることはありませんでした。國進氏らの言説では、何故最後まで生命維持装置が外されなかったのかについて合理的説明はありません。
 さらに、澤田氏のブログによると、お父様を霊界に送るには清平からでなければならないとお母様が考えておられたことは國進氏も認めるところです。日本から派遣されたW医師も、真のお母様の「3日以上、清平で過ごさなければならない。聖和させてはならない」との願いを受けたものの、主治医が「もう長くない状態」と診断し、意識のない重篤状態であったため、お母様の願いが可能かどうか深刻になったと証言しています。だとすると、ソウル聖母病院で生命維持装置を外すということはそうしたお母様の方針とは全く相容れないものであり、そのような発言をそもそもお母様がされることはあり得ないと言えます。

(2) 緊急会議
 上記金孝律氏の報告によれば、緊急会議は8月28日から29日にかけて行われています。しかも28日の会議でのお母様のご指導は、「奇跡を起こすために祈ること」、「引き続き精誠を投入」すること、そして、「お父様の御聖体をお守りすること」です。また、29日の会議でのお母様のご指導は、お父様を清心国際病院にお移しすることでした。即ち、ソウル聖母病院で生命維持装置を外すといった類いのこととは全く逆のご指導です。
 澤田地平氏のブログによると、國進氏は、カレンダーを見ないと分からないと断りつつも、8月31日にお父様を清心国際病院に転院する10日ほど前に会議がもたれたと述べています。しかし、そうした会議の存在については、石俊淏元副会長自身が明確に存在しなかったと証言しています。また、関係者の当時の報告にはそのような会議のことは一切出てきません。当時、24時間体制でお父様のもとを離れず看病にあたっておられたお母様の状況からすると、8月28日以前の段階でそうした会議を開催する余裕など、一切なかったものと言えます。國進氏らはその会議の前日からお母様が生命維持装置を外すべきだと主張し始めたと言われていますが、8月28日、29日の会議でのお母様のご指導及びその後の実際の行動と比べても正反対の内容であり、國進氏らの主張する会議は、実際には存在しなかったものと言えます。

(3) お父様に意識はあったか
 澤田氏のブログによると、澤田氏が國進氏に対して「家庭連合のサンクチュアリ対策ビデオの中で、最後に清平でですが、お父様は、お母様と目で会話されたという説明をしています。そういうことは可能だったのでしょうか」と聞いたことに対して、國進氏が「それは、要するに、家庭連合もお父様に意識があったということを認めているわけですね。要するに、意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです」と回答しています。しかし、2012年8月の亨進氏の説教によると、人工呼吸器をお父様に取り付けチューブを喉に通した際、その痛みに耐えるため、お父様は睡眠薬によって眠らされたとのことです。その人工呼吸器が清平においても取り外されることはなかった以上、お父様は眠ったままであり、意思疎通はできなかったはずです。この点、日本から派遣され29日にソウル聖母病院に到着したW医師も、「ソウル聖母病院の主治医に会って病状を聞くと『もう長くない状態です』と説明を受けた。お父様は手足を動かし、時々目を開けておられた。しかし、W医師が瞳孔に光を当てると“対光反射”は認められ、痛み刺激に顔をしかめるような反応はあったが、昏睡で意識がない状態であられた(JCSⅢ-200の状態、JCS:ジャパン・コーマ・スケール)。医師ではない、看護師や病室を訪ねた関係者が見ると、回復を強く願う思いも手伝ってか、お父様はまだ意識があり、回復するかもしれないと思えたかもしれない。しかし専門の立場から見れば、すでに昏睡で意識がない状態で、極めて重篤であられた」と証言しています。したがって、お父様には意識はなかったはずであり、この点を熟知していたはずの國進氏が、お父様に意識があったと主張しているのは、明らかに事実に反する主張をしていることになります。いずれにしても、お母様がお父様を安楽死させようとした事実はなく、 「意識がある時に、お母様は殺そうとしたということを、家庭連合は認めているということです」との國進氏の発言は誤りです。

(4) 安楽死発言
 國進氏が最初に安楽死問題を口にしたのは、関係者の証言によると2012年9月です(当時のネット上の投稿にも証言に沿う報告が確認されています)。当時國進氏は訓母様に強い不信感を持っており、「お母様と訓母様がお父様を安楽死させた」といった極端な発言をしたことがありました。しかし、実際にはお父様の存命中生命維持装置が外された事実はなく、当時この発言は怒りにまかせた発言としてしか受け止められませんでした。
 2015年8月以降の亨進氏らの発言は、何らの影響力も持ち合わせなかった2012年9月の國進氏の事実無根の発言を、少しでも信憑性をもたせるために、「清平に移す10日ほど前にお母様が生命維持装置を外したいと言われた」との話にすり替えたものと言えます。しかし、お母様がお父様の生命維持装置を外したいと言われた事実も存在せず、國進氏らの発言は、いたずらに信徒らに混乱をもたらす極めて無責任かつ悪質な発言であるといえます。


***


【資料2】
文鮮明師は清心国際病院の集中治療室に移動されます
2012年8月30日真のお父様の摂理的闘病路程

愛する全世界の食口の皆さん!

天の栄光と真の父母様の勝利を永遠にほめたたえてお喜び申し上げましょう。
真の父母様は人類歴史上ただ一回顕現され、また永遠に真の父母様として役事されます。
私たちのメシヤであり、救世主であられ平和の王であられます。

皆さん。真のお父様は今年8月3日より大変な闘病生活をされておられます。アメリカから帰国された去る7月16日よりひどい風邪にかかり咳が続いていましたが、ものともせずに毎日早朝訓読会を筆頭に摂理の現場を直接訪問されながら陣頭指揮をされて来られました。このようにお体を考えずに無理を繰り返えす過程で、真のお父様は肺炎を病むようになられてしまったのです。

皆さんもご存知のように、真のお父様は93歳のご老令です。そのような老令の玉体を一日たりとも休まれずに酷使されたので、限界のある肉身がどうして病気を避けることができるでしょうか?真のお父様は一生を病院とは因縁を結ばずに生きようとする信條を持たれながら初志貫徹されて来られた方です。このようなお父様だったので今回もお父様は簡単に病院に行かれようとはされませんでした。

しかし真のお母様の切実な訴えでようやく決心されて、古くよりアメリカで主治医として信頼し治療を依頼して来たソウル聖母病院がんセンター院長のチョン・フグン博士の往診を機に、ソウル聖母病院に入院されるようになりました。

真のお父様はこのように8月3日聖母病院に入院された後10日間にわたりレントゲン、MRIなど必要なすべての検査を受けられました。結局肺炎であるという判定を受けるようになり、病状は非常に深刻で、敗血症、肺不全により肺に水がたまっていることが分かりました。「絶対安静」が必要である、という医師からの注意がありました。

しかしお父様は天正宮に必ず行かなければならないことを強く命じられ、8月12日に還宮されました。還宮後には天正宮のこちらあちらを見回され、手で触って見たりされながら別れの挨拶をするかのようなお姿でした。真のお母様に侍り最後の祈祷のような深刻な祈祷もされました。「すべて成された!」というみ言を一日の間に4回もされながら、周辺を整理する姿もありました。お母様の手を取られて「ありがとう!」というみ言も、機会がある度にされました。

このように一晩ほとんど休まれずに天正宮で祈祷とみ言で過ごされたお父様は、その翌日の8月13日には自動車に乗られ、清平団地を回って来ると言われながら清心中高等学校の前まで行って来たりされました。普通の人であれば床から起き上がることもできない程のご病状でしたが、真のお父様の精神力は想像をはるかに超越したお姿でした。

しかし午後になるとお父様の体力は急激に衰え始めました。もちろんこれを誰よりも先に感知されたお方は、真のお母様でした。お母様は涙でお父様に訴えられながら、病院に行きましょうと懇請を申されました。普段であれば一言で断るお父様でしたが、この日は喜んでお母様の忠告を受け入れられて「そうかいオンマ。ありがとう。」と語られて清心国際病院へ行かれました。

清心国際病院に何時間か留まりながら療養をされておられる間にも、真のお父様の状態は更に悪くなりました。ひどい咳をされながら苦しそうにされているお父様をご覧になられたお母様は、直ちにお父様の許諾を受けて再び総合病院であるソウル聖母病院へお父様を送られることを命じました。とり急ぎお父様が普段好まれて乗っていらっしゃったSUV車で、お父様に侍り清心病院の看護婦2名と酸素ボンベ2本を載せて、車中でも酸素供給を続けました。

約1時間程かかる道のりでしたが、千年も過ぎ去るような恐ろしい死闘の時間でした。ソウル聖母病院まであと約20分という地点からは、お父様の呼吸が甚だしく乱れるようになり、これ以上堪えることができないようなお姿でした。運転手や看護婦たち、車中にいたすべての人々はその時点でこの世が終わったような戸惑いを感じながらも、命をかけて疾走しお父様を無事に病院までお送りしました。

ソウル聖母病院207号室に入室された真のお父様は、直ちに応急措置を受けられました。夜中でしたがここそこから非常呼び出しを受けて駆けて来た医師たちだけでも5~6人、看護婦たち7~8人、各種の応急手当の装備が数台….まさに戦争を彷彿させるような、1時間程の闘いでした。

祈祷と訴えで天の前にすがっている私たちの姿は恐怖と緊張で涙も流すこともできず、二つの目をつぶったまま呼吸もまともにすることができずに、ぶるぶると震えてばかりいました。やっと応急措置が終わり、その晩夜の12時が過ぎた時にお父様は5階の重患者室へ移されました。私の生涯で最も長い一日がこのように過ぎ去って行きました。深夜1時をはるかに過ぎて重患者室の準備を終えて出て来たチョン博士は「清心病院から私たちの病院に到着する時間があと30分だけ遅かったら、今日は大変なことになるところだった。」と、真のお母様の知恵深く素早い決心に驚いていました。

真のお父様の重患者室での闘病はこのように始まりました。ソウル聖母病院は大韓民国の中でも5大病院の中の一つです。韓国の医療技術はすでに世界のどの国にも劣りません。このような世界最尖端の医療陣と医術が総動員されながら、真のお父様の全快のために全力投球していることを私は毎日確認しています。主治医であるチョン博士の献身的な苦労も常にありがたい心を持って見守っています。一日24時間の間、お父様の病状は間違いなくモニタリングされています。治療に必要なすべての装備と投薬は完璧に活用されています。

愛する食口の皆様!
創造原理によれば肉身を持って生まれた人間は誰彼を問わず例外なしに地上生活を終えて、永生の世界である霊界に移るようになっているではありませんか?真のお父様の教えを通じて、私たちはこれをあまりにもよく知っています。かといって病中にある人々を放置するとか、なおざりにすることはできないのがまた人間としての道理でもあります。同時代の同じ環境の中でさまざまな因縁を結びながら地上生活を営む私たちとしては、周囲の父母や家族、親戚たちが病気になり病と闘うようになれば、最善をつくして面倒を見なければならないことが人間としての義務であり道理でもあります。

ましてや一日一日真のお父様の闘病を見守りながら看病していらっしゃる真のお母様と真の子女様の心情はどうでしょうか?肉身を持った人間が歩いて行く3段階の人生の原理を分からない筈はありません。お母様に侍り私たちはまさに天の前にしがみつきながら「奇蹟」を切に求めています。真のお父様は人類歴史上ただ一度だけ来られるメシヤであり、永遠に真の父母として記録され、仕えられなければならないただ一人の救世主であられます。

真の父母様の他には誰も再び「人類の真の父母」にはなれません。このように貴くて貴い真のお父様の重患者室の闘病について、70億人類は夜を明かしながら祈祷して快癒を祈らなければならないでしょう。もっと可哀相な衆生のために、私たちと共にたった一日でも良いから長く生きてから行ってほしいと、天の前に訴えなければならないでしょう。

愛する食口の皆様!
しかし天の摂理は、人間の思いのとおりにはならないようです。
今まで真のお父様の病状が好転しているようにお話ししてきましたが、数日前からは元通りになることができない状態に入ったというのが医師たちの報告です。切なくて悔しい心で病院を見守る真のお母様をはじめとする私たちは、ソウル聖母病院と同時にソウル大学校病院の門をたたいてみたりもしました。

ところが意外にも青天の霹靂のような警告を受けてしまいました。ソウル聖母病院とソウル大学病院の呼吸器系統の韓国最高の医師たちの結論が、現代医術の見地ではこれ以上真のお父様の肺機能の回復を約束することができないというものでした。真のお父様の肺機能が回復する確率がほとんど皆無であるという、とてつもない現実の前に私は泣きわめきました。8月28日のことでした。一人部屋に入られて限りなく慟哭されるお母様の姿におえつ触れた私は、胸がつぶれるほどに嗚咽しました。しかしこの冷酷な現実をとり戻すにはあまりにも遅すぎました。私たちは次の段階の摂理に足を移さなければならないためでしょう。

真のお母様の指示に従い、8月28日の午後に私たちは対策会議を持ちました。参席者はキム・ヨンフィ、パク・ポーヒ、イ・ジェソク、ソク・チュノ、訓母様、キム・ヒョーヨル、そして真のご家庭の代表として文國進様と文亨進様、この8名が真のお母様に侍り深刻な会議をしました。全員が、今私たちが当面している深刻な現実に対して、どのようにすれば真のお父様をより少しだけでも地上で長く侍ることができて、より少しでも楽に生きられて行かれるようにできるかどうか、深刻に考えて議論しました。真のお母様の意志はいつよりも強いものでした。「何の事があっても、真のお父様のご聖体を保護しなければならない!」というみ言でした。

実は総合病院の重患者室というのは、医学的には厳格に保護されて徹底的に管理されている所であることには間違いないのですが、霊的な雰囲気や環境としては限りなく劣悪で不潔な所でもあります。ある日には一日に何人ずつも死んで行くこともあり、また面会の時間になって訪問者たちが群がって来ると電車のホームのような雰囲気にもなります。重い病気の患者ですから、免疫力がほとんど0まで落ちている真のお父様のご聖体にどのような病菌が侵入してくるかも分からない状況になるのです。

そして「絶対安静」を要する真のお父様の状態については切なくてしょうがありません。真のお母様や真の子女様の病室訪問も、1日に1、2回、また1回ごとに2人ずつ、それも20分ずつに制限されてしまい、お父様を何日もの間お目にかかることができなくなった真の子女様も出てくるようになりました。

このような切ない事情の下で、真のお母様と対策会議に参加した全員の決定は、真のお父様を聖母病院重患者室から、清平に用意した清心国際病院の特別室(真の父母様専用)に移動して侍りながら、治療を受けるようにして差し上げる事になったのです。

もちろんソウル聖母病院の重患者室で受けたすべての医療機器と治療をそのまま移して、真のお父様の治療を続けるでしょう。お父様がソウル聖母病院を出発して清心国際病院に移動する過程には、お父様の主治医であるチョン博士と、聖母病院重患者室の呼吸器患者総括医師であるキム博士が責任を負って遂行するようになります。2人の医師ともにエムブランスに乗り、直接お父様を清心国際病院までお送りします。その後にもこの医師たちは随時出入りしながら、お父様の治療に万全を期するでしょう。

より一層24時間を専門に担当して見守りながら治療を監督する、呼吸器系統の専門医師1人を日本から招いて来ました。聖母病院重患者室で真のお父様を専門に担当し看病した、熟練された看護婦たちも一緒にお父様に侍り、清心病院に移動してずっとその所で看護をするようになるでしょう。他の患者たちが全然いない広い空間に真のお父様のためだけの重患者室の準備を完璧に取り揃えて、24時間真のお母様と真のご家庭の看護を受けられ、多くの食口の祈祷と讃頌の中でお父様の病状に天の奇蹟が現われることを望みます。

実は、真のお父様は総合病院の重患者室にいらっしゃっても今は各種機械の助けを借りて生命を維持しておられる状態です。肺炎で重患者室に入院されてから15日目を過ぎて、それらによる合併症の症状が現われています。すでに腎臓の機能が止まっており、肝臓の機能も急速度に落ちています。更に真のお父様の血液は、人工機械によって生産された酸素供給がなくては生命を維持することができない段階にまでなってきました。

このような状況にあってソウル聖母病院側は「これ以上現代医学の技術では真のお父様の病状を好転させる術がない。」と言う通報をして来ました。したがって真のお母様と真の子女様そして対策会議に参加したすべての方々は、万人の聖地となる清平団地内の、真の父母様が立てられた清心国際病院で専門的な治療を受けられることが、より大きい摂理的な意義があるという結論を下しました。そう遠くない時期に真のお父様はソウル聖母病院担当医師たちの看護を受けながら、真の父母様の天正宮がある清心団地に移られるようになるでしょう。

愛する食口の皆さん!
私たち全員は中断ない祈祷と精誠で、天の前に奇蹟を切に求めなければならないでしょう。真のお父様が基元節までは健康を完全に回復されて、歴史的で摂理的な基元節の行事をご覧になり、主管されるように切実な心で祈りましょう。皆さんの祈祷と精誠が天に到達すれば、必ずや奇蹟が起きることを私は信じます。

世界副会長兼韓国協会長石俊淏拝
※参照として、この全体の内容は主治医を通じて同意を受けて発送するものです。
世界統一教宣教本部


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304家庭連合が恐れるブログ「火の粉を払え」及び暴力男

■米本和広さんのブログ「火の粉を払え」が、突然日本ブログ村の「家庭連合」カテゴリーから姿を消しました。これは家庭連合のクレームを受けて、日本ブログ村の運営会社、株式会社ムラウチドットコムの判断で「家庭連合 批判・告発」カテゴリーに移動させられたからです。

家庭連合 批判・告発 ランキング(OUTポイント順)
https://philosophy.blogmura.com/uc_criticism/ranking_out.html

ブログ「火の粉を払え」に「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」という表題の記事がUPされたのが04/22ですが、この記事のコメント欄に04/24付けで、米本さん自身の「重要なお知らせ! 小生のブログのカテゴリ-が強制移動となりました」という書込みがありました。その前に2つの記事が削除されていて、それらの記事が再掲されたのが04/20でした。

火の粉を払え01

株式会社ムラウチドットコムがクレームを受けて、その後どれくらいの日数で、記事の削除あるいはカテゴリー移動という措置を講じるのかよく分かりませんが、米本さんは今まで家庭連合への批判記事はいくらでも書いておられたにも関わらず、なぜここへ来て、家庭連合は急な動きを見せたのでしょうか。

火の粉を払え02

家庭連合がいちばん嫌ったのは「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」だと思います。記事の中で韓国人3悪人を名指ししているところ、副島襲撃事件を分かり易く引用しているところ、そして澤田氏はある晩、「帰宅途中の路上で暴漢に全身をメッタ刺しに」と刺激的に表現しているところ、これらがその当事者である韓国人幹部の気に障ったのだと思います。

火の粉を払え03

私にとって「澤田地平はヤラれるかも。ブスッ(`o´) 」という記事は、大変ありがたいものでした。家庭連合が暴力を使ってでも私達の抗議活動を止めさせたいと思っていることは明らかです。その意図を、副島襲撃事件と重ね合わせ、露骨に指摘されたので、これはまずいと思ったのでしょう。この記事のおかげで家庭連合は私に手を出しにくくなったはずです。
米本さんに深く感謝申し上げます。

火の粉を払え04

■そこで、もう一つ別の観点からカテゴリー強制移動の隠された動機について考えてみます。「火の粉を払え」の読者は多く、その影響力を家庭連合は恐れており、だからできるだけ人目につかないように、マイナーなカテゴリーに移動させたということになります。米本さんが私に対する家庭連合の暴力というテーマで、引き続き記事を書いていかれるなら、きっと私を殴った暴力男についても話題になるでしょう。家庭連合は「火の粉を払え」で暴力男が再び記事になり、その男の発見に結びつくことを恐れています。

WANTED02.jpg

暴力男は日本のどこかで生活しています。いまだその情報は寄せられていませんが、読者の多い米本ブログで拡散されればそれが人目につく可能性が高まり、男の発見につながっていきます。情報が寄せられれば、私はすぐにカメラを抱えて男の住所に向かいます。男が家庭連合に雇われたことを自白するなら、その時、家庭連合は終わるでしょう。その可能性を家庭連合幹部は恐れているというのが私の見立てです。家庭連合は「火の粉を払え」を恐れると同時に、暴力男をも恐れているのです。


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303松濤本部前行動4.28/掛け違えたボタンを掛け直した韓氏オモニ

■2019年4月6日、家庭連合がシティ・オブ・レフュージ教会で挙行した祝福結婚式について、金起勲世界副会長は聖婚59周年記念式で以下のように報告していました。

□金起勲:(通訳)この大会は単純な祝福大会ではなく、アメリカの大型教会で私達の教会歴史上初めて、キリスト教国であるアメリカ、特に大型教会の牧師が真のご父母様を認定し、公認し、そして真のお母様を独り娘として証言する中で、大復興会の役事が起こった奇跡の時間でした。

この牧師は、全世界的にも大変有名な復興牧師として知られ、アメリカでも知らない人がいない程、大きい教会の牧師でした。今回大会は真のお母様が中心になられ、キリスト教に新しい希望を下さりながら、真のご父母様の役事、そして、真のお母様が独り娘でいらっしゃることをもう一度強調する、そのような役事が起きました。

■金起勲はノエル・ジョーンズ牧師が韓氏オモニを独り娘として証言したかのように語っていますが、実際に中継録画を観るならば、金起勲の報告がまるっきしのウソであることが分かります。ノエル・ジョーンズ牧師は韓氏オモニが独り娘であるなどということは全く口にしていません。

ノエル・ジョーンズ牧師はこの教会の責任者であり、自分が韓氏オモニを招待し、祝福行事を開催しているはずなのに、この時の自分のスピーチでは、ほとんど韓氏オモニに言及していません。日頃語っていると思われる、神様について、イエス様について、信仰についての平凡な話をしているだけです。


会場を提供し、教会信者は動員してあげるけど、あとは勝手にやって下さいというのがノエル・ジョーンズ牧師の本音ではないでしょうか。韓氏オモニを迎える立場ではあり、最低の紹介はするけども、できれば関わりを持ちたくないという気持ちが表れているように感じます。

シティ・オブ・レフュージ教会はゴスペルの歌と演奏で礼拝を盛り上げ、多くの会衆を集めています。一流の音楽スタッフを抱えるためにも大きな経費が必要です。ですから、ノエル・ジョーンズ牧師は家庭連合からのお金の誘惑に負けたのです。しかし、信仰面ではとても独生女など受け入れられないという内心の葛藤があり、それが曖昧な姿勢に現れているのだと思います。

■ですから「大型教会の牧師が真のご父母様を認定し、公認し、そして、真のお母様を独り娘として証言する中で」という金起勲の言葉はありえない大嘘です。韓氏オモニは天上王臨宮殿大ホール前列中央に据えられた大椅子に腰掛けて、金起勲の話を聞いているのですが、このウソをそのまま信じてしまいます。メガチャーチの有名牧師が、独生女として韓氏オモニを完全に受け入れてくれたと思い込んでしまうのです。この点において、金起勲は罪深いと思います。

2016年11月30日、韓氏オモニはアメリカ国会の上院議員会館の中にあるコーカスルームでスピーチを行いました。この出来事をお祝いする帰国祝賀集会で、金起勲は同じようにありもしないウソをついて、韓氏オモニを持ち上げていました。(→No.40

ノエル・ジョーンズ

□金起勲:「真の父母様は救世主として来られました。真の父母様に絶対に侍り、一つになってこそ、アメリカが希望です」真のお母様は、二千年前にイエス様が、ローマの元老院で語るべきだったそのみ言を、この上院ケネディ・コーカスルームで、「私がメシヤであり救世主」であると宣布されたために、いまや、真のお母様を中心として、世界平和、そして、世界人類が救いを受けることのできる道が、新たなページを開いたのだと、私はお話したいのです。(2016.12.11)

■韓氏オモニはコーカスルームでのスピーチで「私がメシヤであり救世主」であるなどと宣布しておりません。にもかかわらず、金起勲は韓氏オモニが宣布したことにしてしまい、おまけに、それによって「世界人類が救いを受けることのできる道が、新たなページを開いた」ということにしているのです。またその宣布が、あたかもイエス様が、ローマの元老院で語ったことであるかのような、誇大イメージを作っています。

金起勲がこのようなありもしないことを語るのは、韓氏オモニの願望をよく知っているので、韓氏オモニを喜ばせるために、韓氏オモニの願望に沿って証を膨らませているからです。そして、それを聞いた韓氏オモニは、それが取り出された自分の願望だとはつゆ知らず、自分がそのように客観的に評価されているのだと、それに輪をかけて錯覚するのです。

■韓氏オモニはことあるごとに、2000年のキリスト教歴史が求めて来たのが独生女であるという理論を語り続けてきました。そしてついに、キリスト教のメガチャーチで祝福式を挙行し、そこの有名牧師が独生女を認め受け入れたということになって、韓氏オモニは舞い上がりました。その結果、以下の「肉身再臨のメシヤとは自分である」という本音が出ることになったのです。

ノエル・ジョーンズ02

□韓氏オモニ:この世のキリスト教徒たちは雲に乗って来るメシヤを待ちますが、韓国のこの神霊な団体はどの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで、1943年に独り娘が誕生しました。奇跡のような出来事です。

■肉身をもって来られるメシヤとはお父様のことであり、韓氏オモニにしても途中まではそのように考えていたはずです。ところが、お父様につまづいてメシヤであるということが信じられなくなり、何かの契機があって、実は自分こそがメシヤなのだという考えに転換したのだと思われます。韓氏オモニにとっても、再臨主はイエス様すなわち男であると強く信じていた訳ですから、それが女であるということになった時、なぜ女がメシヤになれるのかという点につき、混乱が生じたはずです。

それに対して、2000年前に誕生されたイエス様はメシヤであったけれども、その時出会えなかった独生女もメシヤなのであり、その独生女の誕生を待ち望んだのが、キリスト教2000年の歴史であり、その独生女が自分であるというストーリーが出来たのだと思います。韓氏オモニは2017年4月12日の聖婚57周年記念日に以下のように語りました。(→No.181

□韓氏オモニ:天は義なる人物を通して、再臨のメシヤを送ることのできる環境圏をこのようにつくってくださったのですが、摂理が分からないキリスト教基盤…。大変だったのです。しかしきょう、この日、万難を克服して独り娘は…。イエス・キリストは二千年前、原罪なく生まれました。独り娘も、原罪なく生まれたのです。これが真実です。原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です。天にとっては栄光、人類にとっては喜びと希望の日となったのです。(2017.4.12)

■家庭連合は「原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です」という部分について、これはお父様との聖婚について語っているのだから「原罪なく生まれた独り子」とはお父様のことであるとしています。しかし、文脈からすれば「原罪なく生まれた独り子」とはイエス様のことであり、自分はイエス様の相対であるというのが韓氏オモニの本音なのであり、その本音がこのような形で出たのではないかと考えられます。

ボタンの掛け違え

■韓氏オモニは聖婚59周年記念式のスピーチ冒頭で、ボタンの掛け違いのたとえ話をして、以下のように語っています。

□韓氏オモニ:天の摂理の春を迎え、季節的にも春を迎えたこの日、皆さんはどんな希望を抱いてこの場に来ましたか?振り返ってみると、半世紀をずっと越え、聖婚59周年を迎えたこの日、振り返ってみると感慨無量です。まるで、ボタンを正さなければならないのに順序が変わってしまった摂理を再び解いて、正しく合わせるまで50年の歳月がかかりました。

神様は御自身の夢があって、御自身のかたちに似せて天地万物を創造され、人間始祖となるべき男性と女性を創造しました。人間には成長期間をくださり、責任をくださいました。その責任は絶対的に創造主・神様とひとつになった立場で、絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で、神様だけを見て、成長しなければなりませんでした。ですから、人間始祖として、天の父母様の夢を叶えて差し上げる、勝利した先祖の立場で出発しなければなりませんでした。

■ここでは、人類歴史がアダムとエバの堕落によって始まったことをボタンの掛け違いにたとえています。そしてこの後、韓氏オモニは「韓国のこの神霊な団体はどの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで1943年に独り娘が誕生しました」と語り、それに続く後半部分で以下の話をしました。

□韓氏オモニ:私が歩んできた50年の歳月は忍耐し、待ち焦がれる時間でした。皆さんはよく知らないでしょう。先ほど私が比喩をしました。間違って掛けられたボタンを解いて、再び合わせるまでに50年がかかったと言いました。キリスト教基盤を通して、天が世界を懐に抱こうとされたので、真の父母であるため、間違った方向に進むアメリカを抱きました。

特に4年前にACLC(アメリカ聖職者指導者会議)牧師たちの集会で、私が「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布しました。その時、たくさんの牧師が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」と、彼らの反応はこのようなものでした。 

■ここでのボタンの掛け違いのたとえの意味は、冒頭とは違います。韓氏オモニがボタンの掛け違いを解いて直し「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布した結果、牧師達が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」との反応を見せたというのです。

韓氏オモニが独生女であるということに気づいていなかった、そのことを知らなかったということが、ボタンの掛け違いであったということになります。すなわち、お父様をメシヤと考えて来たことがボタンの掛け違いだったというのであり、韓氏オモニが独生女としてのメシヤであるという考えが、正しいボタンの掛け方だというのです。

人類の歴史が堕落から始まったことがボタンの掛け違いであり、韓氏オモニがそれを掛け直すために50年を忍耐して来たということであるなら、そのことを私達はよく知っています。しかし、韓氏オモニが「皆さんはよく知らないでしょう」と言う時、その意味はお父様がメシヤであるという考えから、韓氏オモニがメシヤであるという考えに食口の理解を変える時が来るまで50年を忍耐して来ました、そのことを「皆さんはよく知らないでしょう」ということなのです。

お父様っての真の母

■ようやく、韓氏オモニの本音が本人自身によって明らかにされました。韓氏オモニにとってお父様はメシヤではないのです。韓氏オモニは韓国動乱時に国連軍が参戦したことについて、天が韓氏オモニの成長期間を保護したという言い方をしています。これと同様に、お父様は韓氏オモニを保護するための存在であったというのが、韓氏オモニにおけるお父様の位置づけなのです。

韓氏オモニにとってのメシヤは、どこまでも自分とイエス様のことなのであり、お父様はあくまでも、韓氏オモニがイエス様と子羊の婚宴を果たす時までの保護者なのです。ところが、その保護者がメシヤになり、食口もそれを信じてしまって、いつまでも韓氏オモニが虐げられた状態にあるものだから、そこから解放される瞬間を待ち焦がれながら、50年の歳月を忍耐して来たというのです。

これが韓氏オモニがお父様と共に50余年の歳月を過ごし、到達した結論です。これを口にした時から、韓氏オモニは周りからの抵抗に遭いました。初めに亨進様と國進様から反対されました。しかし、この結論は韓氏オモニにとって絶対的な確信なのであり、誰も変えることは出来ません。

この確信は2014年7月1日の無原罪誕生発言となって、ついに私達の目の前に現れることになりました。家庭連合では大急ぎで教義の作り替えが行われるようになったのです。その後も元老幹部達からそれなりの抵抗があったと思われます。そのことを韓氏オモニは今年の天一国指導者総会閉会式で、以下のような表現で語りました。(→No.295

□韓氏オモニ:しかしそうできなかった状態で、摂理を導いていかなければならない私の立場は一人きりでした。まるで荒漠とした砂漠に砂嵐が吹き荒れて目を開くことのできない環境で、小さな針ひとつを探さなければならない心情、皆さんは感じたことがありますか。そのような心情で、想像することができない、探さなければならない針を、私一人で探し出しました。(2019.2.15)

私がメシヤである

■「小さな針」とは「私は独生女メシヤである」という確信のことです。韓氏オモニはついにこの絶対的確信を貫き通しました。韓氏オモニがメシヤであるとは誰も信じていないのですが、今や韓氏オモニが自分は独生女であると発言する度に歓声と拍手が湧き起こるようになりました。シティ・オブ・レフュージ教会でも同様の拍手と歓声が湧き起こりました。それは、会場に配置された食口が中心となって盛り上げているのです。

初めに錯覚した韓氏オモニがいて、次にそれを担ぐ内部の人間がおり、続いて外部から忍び寄ってくる泥棒がいるのです。韓氏オモニの間違いを正そうとする人間がいるとすれば、亨進様と國進様のように弾き飛ばされ、その一方で韓氏オモニに取り入り、利用しようとする人間達が集まってくるのです。自分がメシヤであると錯覚した人間をだますのは簡単です。

ジガバチという昆虫がいます。ジガバチは産卵する為に幼虫の餌となる青虫を捕まえ、それを地面に掘った穴に埋めます。青虫には軽い毒を注入し、眠らせます。殺してしまうと腐ったり枯れたりして餌にはなりません。生かしておくのです。そしてその青虫に一個の卵を産み付けますが、孵化した幼虫はその青虫を殺さないように生命維持組織を残して、生かしたまま最後まで食べ尽くします。その後さなぎを経て成虫になり、穴から出てきます。

韓氏オモニは内部と外部の泥棒にとって貴重な金づるです。ジガバチにとっての青虫のように、死んでもらっては困ります。大切に生かしながら、最後のお金が尽きる時まで寄生するのです。そのために巧妙に持ち上げ、賛美し、喜ばせ、その気にさせ、大枚をはたかせるのです。マンスールは国家レベルの祝福式をすると言い、預言者ハデベは10万人の祝福式を準備し、シティ・オブ・レフュージ教会では継続的に祝福行事を行うそうです。世界の泥棒達が内部の泥棒と通じ、韓氏オモニからお金を巻き上げる悪知恵を、今この時も絞り出しているのです。

***

韓氏オモニ講話
天地人真の父母様御聖婚59周年記念式(2019.4.20/陰3.16)HJ天宙天寶修錬苑 大聖殿

天の摂理の春を迎え、季節的にも春を迎えたこの日、皆さんはどんな希望を抱いてこの場に来ましたか?振り返ってみると、半世紀をずっと越え、聖婚59周年を迎えたこの日、振り返ってみると感慨無量です。まるでボタンを正さなければならないのに順序が変わってしまった摂理を再び解いて、正しく合わせるまで50年の歳月がかかりました。神様は御自身の夢があって、御自身のかたちに似せて天地万物を創造され、人間始祖となるべき男性と女性を創造しました。

人間には成長期間をくださり、責任をくださいました。その責任は絶対的に創造主・神様とひとつになった立場で絶対信仰、絶対愛、絶対服従の立場で神様だけを見て成長しなければなりませんでした。ですから人間始祖として天の父母様の夢を叶えて差し上げる、勝利した先祖の立場で出発しなければなりませんでした。

しかしそのようになれなかったことを私たちは知っています。今日の堕落した人類がその結果です。本心は善に向かい、天に向かって行こうと努力していますが、全世界的に広がってきた各宗教の形態を見ても、その本質が天と100%連結されているとは言えません。

人間中心に出発したのは事実です。しかし天は永遠性を持って創造されたので、無知な人間たちを教育することのできる手段として多くの宗教を許諾されました。そこに中心宗教として天の父母様は選民という民族を立てて、個人から国家的な基盤が形成される時まで、すべての蕩減条件を立てて、その場に出て行くことのできる環境となる時を待たれながら、耐えて来られました。私たちは聖書を通して理解できない多くの内容を知っています。

そのすべてを蕩減する立場で独り子イエス・キリストを送ってくださいました。4000年という長い歳月を通して、天はいまや希望を見ることのできる環境をつくってくださったのですが、人間がまた天を悲しませました。イエス様は十字架で亡くなられる状況の中で、天国のかぎを誰に預けられましたか?ペテロに預けられました。それは地上で完成しなければならないということです。イエス様は「再び来る」と言われ、再び来て「小羊の婚宴」をするというのです。

「再び来る」と言われたので、再び来られるそのひと日を待つ信徒たちが全世界的に増えました。しかし、「再び来る」と言われたメシヤを、いつ、どのように、迎えることができるのかという自信はありませんでした。この世のキリスト教徒たちは雲に乗って来るメシヤを待ちますが、韓国のこの神霊な団体は、どの国よりも強烈な神霊と真理で肉身をもって来られるメシヤを待ちます。それで1943年に独り娘が誕生しました。奇跡のような出来事です。キリスト教徒たちが必死に見つけるべき独り娘、神様の娘として誕生しましたが、環境は備わっていませんでした。

当時韓国は、1945年に解放され、1950年に韓国動乱が起こって慌ただしい時でした。しかし創造主は御自身が6000年を経て誕生させた娘に対して成長期間、時間を与えなければなりませんでした。南北が分かれて、民主と共産で、以北はひとつの体制で南下する準備がすべてできているのに、韓国は未だに安定していないそんな状態の時、私は以北にいました6歳でした。

しかし天は私が南下できるように協助してくださいました。韓国にいらっしゃったお父様には以北に行くようにされました。お父様は独り子の立場で出て行くことのできる責任を果たさなければなりません。天の前に絶対的に絶対信仰、絶対愛、絶対服従!死地のような以北に行きなさいと言われた時に、従順に従いました。それを知らなければなりません。独り娘が自分の意思で決定をする時まで、天は待って下さらなければなりません。神様の創造の原則がそうです。

ですからこの危険な状況で、天は私を保護して下さったのです。奇跡のように国連の16カ国が動員され、韓国の民主主義を守ってくれました。その時、お父様も興南監獄を解放され、(韓国に)下って来られました。お父様がされるべき事は、イエス様が「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」と言われた、そのみ言を見つけなければなりません。

それで原理原本を作るようになりました。そしてお父様は独り子として独り娘に出会うまでは信徒たちを探さなければなりません。そのことをなさいましたか?できませんでしたか?本来、堕落する前のアダムとエバは、神様のすべての事情を知り、神様と通じていました。つまり、私自身もまた、摂理を知るようになります。 「私が決心しなければ、私が前に出なければ天の父母様の夢を叶えてあげることはできない!」若かったけれども決心しました。

私が歩んできた50年の歳月は忍耐し、待ち焦がれる時間でした。皆さんはよく知らないでしょう。先ほど私が比喩をしました。間違って掛けられたボタンを解いて、再び合わせるまでに50年がかかったと言いました。キリスト教基盤を通して、天が世界を懐に抱こうとされたので、真の父母であるため、間違った方向に進むアメリカを抱きました。特に4年前にACLC(アメリカ聖職者指導者会議)牧師たちの集会で、私が「私が独り娘です!私と共にみ旨を成そう」と宣布しました。

その時たくさんの牧師が「なぜ私たちはこの当然な事実に気づくこともできなかったのか?」「なぜ今になって悟ったのか!」と彼らの反応はこのようなものでした。特に2018年にはイスラム国家であるセネガルで私が独り娘だと宣布した時、皆が歓迎しました。彼らの宗教団体の長はこのように言いました。「イスラムは独り娘を歓迎します」とそれで私の息子になると言いました。今年11月には、国家的レベルの祝福式をすると決心しました。2019年は実に忙しい年です。世界各地で私を迎えて、国家レベルで祝福行事をすると言います。そうです。

韓国はどうですか?韓国は自信がありますか?摂理の春だと言いました。私たちは時を逃してはいけません。これまで私たちが不足ながらも津々浦々に種を蒔いたので、刈り取ってこなければなりませんか?ただ放っておくべきですか?キリスト教圏で、世界でこの独り娘、真の母を歓迎するのに、中心国家になるべきこの神統一韓国が責任を果たせなくてもよいのでしょうか?これ以上待つことはできません。

必ず、必ず、勝利しなければなりません。1975年にアメリカを中心に世界宣教師を送りました。アフリカ大陸ではアメリカの宣教師たちが大勢活動し始めました。2年前に、40年以上宣教活動をしていた父親が聖和しました。しかしその息子に父親が現れて「真のお母様をあなたが助けなさい!」とそのようにお願いしたと言います。この息子には母親と弟がいます。

それで母親と共に話をしながら、その母親と弟がひとつになって誰からの助けも借りずに、ファンドレイジングをして努力して公的な道を行っています。これが祝福を受けた家庭の姿とならなければなりません。天寶苑に登載された人々はたくさんいます。神様の創造が永遠性を持つので一代で終わってはいけないということです。二代、三代が独り娘真のお母様とひとつとなって、永遠に変わらない忠臣家門とならなければならいというお話がしたいです。それぞれ皆さんの責任は皆さんが完遂し勝利しなければなりません。それもこの瞬間、地上に独り娘真の母がいる間に認められる、印を受けたそのような祝福家庭がたくさん出てくるよう祝願します。


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302松濤本部前行動4.21/肉身で生まれた再臨メシヤ、それは私です

■2019年4月20日(陰暦3.16)、清平にて天地人真の父母様御聖婚59周年記念式が行われました。この式典は勝利帰国という副題がついていて、初めに、シティ・オブ・レフュージ教会で行われた祝福式の報告をしていました。家庭連合にとって大成功の祝福式であり、それを祝賀する式典でもありました。

今まで外部会場を使った万単位の参加者を集める大会は何度も開催して来ましたが、今回はノエル・ジョーンズという有名牧師の既成キリスト教会を会場として、約6000名が参加したということです。それゆえ、韓氏オモニは独生女としての自分がアメリカのキリスト教会に受け入れられたと感じ、大きな峠を超えた達成感に浸っているようでした。その満足故に、いよいよ本音を語り出しました。

□韓氏オモニ:(通訳)しかし、イエス様は再び来るとそういうふうにおっしゃったので、再び来られるそのひと日を待っている信徒達が、全世界的に増えるようになります。しかし、いつ、どのように、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来るかという自信はなかったですね。韓国は私が誕生する100年前、そのような経歴しかないんですね。

しかし、キリスト教はどんな国よりも強い、強烈な神霊と真理で、この全てのこの世のクリスチャン達は雲に乗って来られるメシヤを待ちますが、この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます。それで1943年、独り娘が誕生されました。奇跡的なことです。


■「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」の次には、言うまでもなく「それで1920年、お父様が誕生されました」となるべきです。しかし、韓氏オモニの口から出た言葉は「それで1943年、独り娘が誕生されました」というのですから、だいぶ驚きました。同時に、やはりそれが本音であったかと、確認することになりました。

韓氏オモニは「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」から「それで」、次の「1943年」にかけて長い間合いをとり、慎重に語っています。それは、その言葉が大きな重みを持つからであり、韓氏オモニにとっても、そのことがよく分かっているということの表れです。今回の発言は、2014年7月1日の「血統転換、私は母胎からです」に並ぶ、重大発言ということができます。

韓氏オモニが「この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます」と語る時「この神霊な団体達」とは、聖主教及び腹中教を指しています。特に腹中教の教主許孝彬(ホ・ホビン)はイエス様は女の腹から生まれるという啓示を受けていました。許孝彬の後継者が韓氏オモニであったことはNo.289に書きました。

クリスチャンがイエス様を慕う思いの深さは、そうでない人(私のような異教徒)には分からないと言いますが、再臨摂理の霊的中心に位置した許孝彬にはどれほどの思いがあったことでしょうか。当然、その思いは韓氏オモニにも受け継がれているでしょう。ですから、肉身をもって生まれるメシヤを待ちますと言葉にする時、そのメシヤは韓氏オモニにとっても、イエス様以外の意味ではありませんでした。


■韓氏オモニの祖母は趙元模(チョ・ウォンモ)ハルモニです。その父方先祖が趙漢俊(チョ・ハンジュン)であり、この方の逸話は有名です。

□韓氏オモニ:その時、おじいさんの趙漢俊氏という方が、私財を投げ打ってその橋を架けたのです。橋は石橋でしたが、橋の下を船が通り抜けることができるほど大きな橋だったそうです。そして、そのおじいさんが石橋を造る際に全財産を使い果たし、銅銭三文が残ったそうです。

それで、あすは橋の竣工式に行くということで、その残ったお金でわらじを買っておいてから寝たそうです。ところが、夢の中に白い服を来たおじいさんが現れて、「漢俊よ、お前の功労は大きい。それで、お前の家門に天子を送ろうとしたが、残しておいた銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」とおっしゃったということです。(「真の御父母様の生涯路程⑩」P.25〜)

■そして、以下の証があります。

□沈明玉:洪順愛(ホン・スンエ)大母様は「韓承運(ハン・スンウン)氏と結婚して子供を生めば、宇宙の大王を生み、娘を生めば、宇宙の王妃を生む」という天の啓示を受け、韓承運氏と結婚されました。(「真のお父様の路程と真のお母様の愛」P.97)

シティ・オブ・レフュージ教会で

■この夫婦に生まれる子が男の子か女の子かは、周囲の関心を惹きつけたことでしょう。もし男の子であれば、それは再臨主かも知れないという期待が必ずあったに違いありません。ところが、生まれたのは女の子でした。おかげで父親はガッカリしました。

□沈明玉:韓承運氏は、息子が生まれることを願ったのですが、娘が生まれたのです。そして、子供を生んでいくらもたたず、行方不明になりました。(「真のお父様の路程と真のお母様の愛」P.98)

■趙家の言い伝えも「銅銭三文が天に引っ掛かったので姫を送ろう」という、失敗の結果として女の子誕生になってしまう話です。韓氏オモニは自分の出生にまつわる話を母親から聞かされた時に、何とも言えない喪失感を味わったに違いありません。再臨主かも知れないという期待に比べれば、生まれた赤ちゃんがどんなにかわいい女の子であっても、周囲がガッカリしてしまうということは、どうしようもないことです。

その韓氏オモニは長じてお父様の花嫁になります。お父様こそ、神霊な団体達が熱烈な信仰を持って待ち望んだ肉身誕生のメシヤです。しかし、現実のお父様は韓氏オモニが憧れたイエス様のようではなく、二回りも歳が離れた上に、ものすごく厳しいおじさんでした。こんなはずではなかった、やっぱり自分は出生の時から神様に見放されていた人間なのだと、泣く日が続きました。

しかしある日、韓氏オモニにとって目の覚めるような一大転機が訪れるのです。それがいつのことなのか、はっきりとは分かりませんが、確実にその日はやってきました。その日、何が起きたのかと言えば、お父様がメシヤなのではなく、自分が、この自分が、この自分こそがメシヤなのだというパラダイムシフトです。


あの腹中教の啓示→メシヤは女の腹から生まれる→メシヤは肉身をもって生まれる→その啓示の主人公、その肉身のメシヤこそ、この私なのだ!そうだ、女でよかったのだ!いや、女でなければならないのだ!この考えでこそ、全ての話のつじつまが合うのです。

出生時に女だといってみんながみんなガッカリしたというのも、韓鶴子というメシヤを好奇の目から守り、成長期間を保護するための、天の計画だったのです。趙家の言い伝えも、韓鶴子がメシヤであってこそ、意味が通じるようになるのです。すなわち、銅銭三文が天に引っかかったというのは方便であり、失敗という印象を植え付けることで、女メシヤという難しい立場をこの世から秘匿し、守り通すための天の知恵であったということなのです。

■このように、自分を中心として考えるならば、全てに整合性が取れるように思われました。全てのジグゾーパズルがあるべきところに収まるように思われました。それまでは常にお父様中心に考えなければならず、行動しなければならず、もし逆らえば容赦のない叱責が飛んで来たのです。だから、50余年の間、何も言いませんでした。すべて知りながらも黙っていたのです。

□韓氏オモニ:そのお父様も聖和されて7年、もう隠しておくことは出来ない、もう隠さなくてもいい。私は言ってしまおう、はっきり言ってしまうのです。天の摂理から見た歴史の真実、すなわち、私が独り娘であること、その本当の意味、それを話すことのできる時を待っていたのです。

いいですか、多くのクリスチャンは天の雲に乗ってこられる再臨メシヤを待ち望んでいました。しかし、皆様も聞いている通り、神霊に導かれて啓示を受けた霊的集団は肉身をもって地上で生まれるメシヤを待ち望んでいました。その待ち望まれたメシヤこそ、1943年に誕生した独り娘、私なのです。お父様ではありません、この私なのです。

聖婚59周年オモニスピーチ

***

「天地人真の父母様御聖婚59周年記念式」での講話(一部)

□韓氏オモニ:(通訳)それで清教徒運動が始まったんですね。私の家庭で自由に神様に侍る生活をしたいという、そのような運動が、今日のアメリカを誕生させました。天はどれ程もどかしく、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来る、そのような環境圏になってくれないといけないキリスト教の基盤が、ちゃんと責任を果たせないそういう立場にいる時に、新しい風を吹かしてくれました、起こして下さいました。しかし、彼らもまた、摂理を知らなかったため、自分達を中心として自分たち勝手に信仰生活したので、多くの問題点が発生しました。

しかし、イエス様は再び来るとそういうふうにおっしゃったので、再び来られるそのひと日を待っている信徒達が、全世界的に増えるようになります。しかし、いつ、どのように、再び来ると言われたそのメシヤを迎えることが出来るかという自信はなかったですね。韓国は私が誕生する100年前、そのような経歴しかないんですね。しかし、キリスト教はどんな国よりも強い、強烈な神霊と真理で、この全てのこの世のクリスチャン達は雲に乗って来られるメシヤを待ちますが、この神霊な団体達は肉身をもって生まれるメシヤを待ちます。それで1943年、独り娘が誕生されました。奇跡的なことです。

6000年振りにクリスチャン達が切実に探さないといけなかったんですが、独り娘、神様の娘として誕生されましたが、環境圏は造られなかったんですね。神様の創造原則によって人間には成長期間を下さいました。その時、韓国は1945、年解放され、1950年、6.25動乱がありました。なのでかなり慌てている、そういう状況でした。精神がなかったですね。

聖婚59周年金栄輝

しかし創造主は、あなたが6000年ぶりに誕生させた娘に対する成長期間、この期間を与えないといけなかったんですね。南北が分かれ、民主と共産に、以北は一つの体制で南下する、そういう準備が全部出来たのに、南はまだちゃんと整備出来なかった。そういう時に、その時、私は以北、北朝鮮にいました、6歳でした。しかし、天は、私が南下するように導いて下さいました。皆さんが知らないといけないんです。

南にいらっしゃるお父様には以北に行きなさいと啓示を下さいました。これ理解できますか。お父様は独り子の立場に行ける、その責任を果たさないといけません。天の前に絶対的に、絶対信仰、絶対愛、絶対服従、この死の場所のような、そういう以北に行きなさいと言った時に、そこに従順されました。これを知らないといけません。


独り娘がご自身の意思で決定するまで、天は待ってくれないといけません、待たないといけません。あなたの創造原則がそうなんです。なので、この危険な状況の中で、天は私を保護しないといけませんでした。奇跡のような国連の16カ国が動員され、南韓の民主主義を守って下さいました。その時、お父様も興南刑務所から解放され、南に降りるようになりました。

お父様がやるべき内容は、イエス様が私が話したい内容は多いんですけども、あなた達が全部受け入れないので、全部話することが出来ないというそのみ言を探さないといけませんでした、探さないといけません。それで、原理原本を執筆されます。そして、お父様は独り子の立場で独り娘を迎えるまでは、信徒達を探さないといけません。お父様がその内容を勝利されましたか、そう出来ませんでしたか。

背信の36家庭

それで本来堕落する前のアダムとエバは神様の全ての事情、神様と共に通じ合いました。言い替えれば、私自身も摂理を知るようになります。私が決心しなければ、私が出なければ、お父様の、天の父母様の夢を成し遂げて差し上げることができないんだと、幼い歳ではありましたが、決心しました。私が過ぎ去った50年の歳月を、忍耐と待つ時間でした。皆さんはよく知らないと思います。

さっき私が比喩を上げました。間違ったボタンを再び解け、正しく合わせるまで50年がかかったとそういうに言いました。皆さん理解が出来ますか。私がキリスト教の基盤を通じて天が世界を抱こうとされたので、真の父母なので、誤っているアメリカを抱き、特に4年前、ACLC牧師達の集会で私が、私が独り娘であると、私と共にみ旨を成し遂げようと宣布しました。その時、多くの牧師達が、なぜ私達はこの当然な事実に対して考えすら出来なかったのか、なぜ今になって悟るようになったのか、彼らの反応はこうでした。

なので、全世界的に、特に2018年にはイスラム国家であるセネガルで私が独り娘であると宣布をした時に、みんな全員が歓迎しました。彼らの宗教団体の代表者がこう言いました。私達のイスラムは独り娘を歓迎しますと、そういうに言いました。それで私の息子になりますと、そういうに言いました。今年11月には国家的なレベルでの祝福式を行うと、そういうに決心しました。2019年には本当に忙しい年です。世界各地から私を迎え、国家レベルで祝福式行事をしたいと、そう言ってます。(聖婚59周年記念式2019.4.20)


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301松濤本部前行動4.14/み言を適当に作り替えるな!!

■345万円の損害賠償裁判の弁論文書で、私達が抗議活動をしているのは、家庭連合が教理を変更してしまい、韓氏オモニが無原罪の生まれであると主張しているからであると説明し、その証拠を示すために、お父様の以下のみ言を引用しました。

□お父様:そういうふうにして真の母の腹を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか?なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです。

入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。分かりますか?それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、愛の手続きです。

だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つになるということです。分かりましたか?分かりましたか?(「訪韓修練会御言集」P.185〜)


■そして、私は以下のように述べました。

□澤田:ここに「お母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」及び「お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです」とあり、文鮮明師は韓鶴子氏が神の血統に属する無限罪の娘として生まれたとは考えていないことが分かります。

■この私達の主張については、No.205で報告しました。すると、太田朝久元講師は見過ごしに出来ないと考えたのでしょう、早速、真の父母宣布分サイトに以下のタイトルの反論をしてきました。

「お母様は真の愛と真の血統を持っていません」に対する澤田地平氏の解釈の誤り― お父様のみ言:お母様は独生女「神様を根として現れた主人公」である
https://trueparents.jp/?page_id=4046

■この反論で太田元講師は「左」及び「右」の意味を、以下のように述べています。

□太田:それゆえ、お父様が、「母の腹の中」に入るときに「左のほうから入ってくる」と語っておられるのは、「母の腹の中」を意味する小さな円よりも、「図-1」のⒶの地点が左側にあり、その左のほうから円の部分である「真の母の腹」の中に入ってくることを、具体的に説明しておられるのです。

そして、澤田氏が引用していない次のページで、お父様は「母の腹の中を通して、先生の体を通して、再びお母様の腹を通していくのです。右のほうを通してです」(『訪韓修練会御言集』186ページ)と語っておられますが、その意味は、右の「拡大・補足した図」を見れば分かるように、左のほうから入った子女(人類)が、まず「母の腹の中」の太くした線の部分を通過して、それから二つの線が交差する点(注、ここが父の体、「父の種(骨髄)」を意味する)を通過した後、「再び、母の腹の中」を通過して、右のほうのⒻの地点へと抜けていくことを説明しておられるのです。

それゆえ、お父様が黒板に書かれた「図-1」の図には、Ⓕの下向きの矢印線のところに「再び生む」という言葉が記してあるのです。このような過程を通過して、子供(人類)は重生されていくのだと言われるのです。すなわち、「母の腹の中」に入るときには、左のほうから入ってきて、父の体(骨髄=二本線が交差する点)を通過した後、再び同じく「お母様の腹(の中)を通して」生まれ変わり、今度は、母の腹の「右のほうを通して」(同)出てくると語っておられるのです。

成約摂理解説改竄

■お父様は「これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。分かりましたか?なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです」と語っておられますが、お父様が語られる「左」とはサタン世界側の意味であることは明らかです。

しかし、そうなると「お母様が左のほうだからです」の意味は「お母様がサタン世界側だからです」という意味になり、韓氏オモニを無原罪の生まれであると教えている家庭連合にとってマズイことになってしまいます。ですから、太田元講師は「左」の意味をサタン世界側の「左」ではなく、図における「左」、すなわち単なる「左」の意味にしているのです。これはまことに滑稽な説明です。

■そして、お父様のこのみ言には「お母様が左のほうだからです」だけではなく「子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです」や「お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです」という箇所もあり、これはお母様が無原罪の生まれではなく、堕落世界において原罪をもって生まれたという意味以外の何者でもありません。

ですから、太田元講師はこのみ言を、韓氏オモニは堕落世界において原罪をもって生まれたという意味にならないように、お父様のみ言の間に、以下のように好き勝手に自分の文章を差し込み、全力で解釈の変更を試みています。

おかしくありません!

□太田:そういうふうにして、真の母の腹〈小さな円の中〉を通過して再び生まれてくるのです。これに、入ってくる時は〈図-1のⒶの地点の〉左のほうから入ってくるのです。分かりましたか? なぜ左のほうから入るかというと、お母様〈の腹の中に入る部分〉が左のほうだからです。

入ってきてお母様の腹の中に入ったとしても、その入った子供とお母様の根っこ〈の状態〉は何かというと、〈まだ「父の体」を通過していない時点であるため、その子供は〉渋柿の根っこから切って取り返してきた〈状態の〉ものです。分かりますか? それが天の家庭に入るには、手続きをしないといけないのです。何の手続きかというと、〈真の父と真の母による〉愛の手続きです。

だから、真のお母様の腹の中に入っていても、それは〈二つの線が交差する点を通過する前であって〉真のお父様の真の愛と真の血統にはまだつながっていないのです。お母様〈お一人で〉は真の愛と真の血統を持っていません。〈その母の腹の左側は、Ⓐの地点の側にある〉向こうのほうなのです。〈重生する〉それは、新婦の立場で、新郎を迎えて一つとなるということです。分かりましたか? 分かりましたか?(はい)。

成約摂理解説03

■分かり易くしてみると、太田元講師はお父様のみ言の意味を以下のように、好き勝手に作り替えています。こんなことが許されるでしょうか。

①これに、入ってくる時は左のほうから入ってくるのです。
 ↓↓
①これに、入ってくる時は図-1のⒶの地点の左のほうから入ってくるのです。

②なぜ左のほうから入るかというと、お母様が左のほうだからです。
 ↓↓
②なぜ左のほうから入るかというと、お母様の腹の中に入る部分が左のほうだからです。

③その入った子供とお母様の根っこは何かというと、渋柿の根っこから切って取り返してきたものです。
 ↓↓
③その入った子供とお母様の根っこの状態は何かというと、まだ「父の体」を通過していない時点であるため、その子供は渋柿の根っこから切って取り返してきた状態のものです。

④お母様は真の愛と真の血統を持っていません。向こうのほうなのです。
 ↓↓
④お母様お一人では真の愛と真の血統を持っていません。その母の腹の左側は、Ⓐの地点の側にある向こうのほうなのです。

成約摂理史解説宣伝

■私も太田元講師のまねをして作り替えをしてみれば、以下のようになります。

⑤私はこの太田元講師のやり方を見て非常に憤った。
 ↓↓
⑤私はこの太田元講師のやり方を見てそのことをブログに書いたところ、ブログの読者は非常に憤った。

■このように、いくらでも元の文章の意味を変えることが出来るのです。私は裁判における弁論文書において、以上のような太田元講師の小細工を指摘し、無理矢理に韓氏オモニが無原罪の生まれであると強弁している具体例を示すことで、家庭連合が教理上の根本問題で嘘をついていることを明らかにしました。

成約摂理解説212

■そこで、「U-ONE NEWS」2019年3月29日号のお知らせで、太田元講師が周藤健著「天一国時代を迎えるための成約摂理解説」という本の宣伝をしています。私は早速この本を買い求めましたが、アラ探しするまでもなく、予感したものはすぐに見つかりました。第四章の第二節がそれです。タイトルは「独り娘の誕生ー独り娘は、神の血統をもって『無原罪』で誕生」です。そして以下の項目が続いています。

一、キリスト教の歴史は〝独り娘〟を迎えるための歴史
二、真のお母様は〝神様を根として現れた主人公〟
三、非原理集団の悪意あるみ言の〝誤訳〟と〝隠蔽〟
四、真のお母様が公式の場で語られたみ言「原罪なく生まれた独り子、独り娘」
五、「真の母の無原罪誕生」の否定こそ〝非原理的〟

■これは真の宣布分サイトで太田、阿部、赤石のゾンビ3元講師が語り、書いていた内容です。このような本になったことで、その後ろ盾に周藤健がいたことが明らかになりました。周藤健の後ろには小山田ゾンビがいるはずです。

成約摂理解説02-2

■この本で、上に述べたお父様のみ言を引用(P.249及びP.333)し、それの解説を行っているのですが「分かりましたか?なぜ左のほうから入るのかというと、お母様が左のほうだからです」の部分を削除しています。なぜ削除したのでしょうか。それは「お母様が左のほうだからです」を「お母様の腹の中に入る部分が左のほうだからです」と作り替え、強弁してごまかそうとしても無理があると判断したからだと思います。そして、P.332には以下の記述があります。

成約摂理解説左右

□周藤:このようにして、復帰の道を左からとし、新しい出発の道を右からとすれば、まず左のほうから真の母の胎に入り、さらにアダムの骨髄に入って罪なき生命の種を受け、そして母の胎の右のほうに宿り…

■ここで、指摘したいのは「復帰の道を左からとし、新しい出発の道を右からとすれば」と記述している箇所です。上に述べたように、太田元講師は「左」の意味をサタン世界側の「左」ではなく、図における「左」、すなわち単なる「左」の意味にしたのではなかったですか。

それにもかかわらず、この本では「左」と「右」が単なる位置関係を示す言葉ではなく、そこに「復帰の道」「新しい出発の道」という抽象的概念を付与しているのではないですか。何というダブルスタンダードでしょうか。そして「お母様が左のほうだからです」をごまかせないと見るや、その部分を削除しているのです。


□お父様:文総裁はこの原理を探すために、満身瘡痍になって、一日に十二時間も十四時間も祈祷したことが何年も続きました。その悲惨な姿を、皆さんは知っていますか。原理の本には血と汗と涙が絡み合っています。一ページごとににじんだ先生の血と涙が、皆さんのような若者たちに訴えているということを知らなければなりません。先生が、青春を犠牲にして投入したのです。血と涙が皆さんに訴えているというのです。(「真の御父母様の生涯路程①」P.199)

■お父様が骨を削られて世に顕された尊いみ言を、無知なる人間の都合で適当にあれこれ作り替えるな!!!


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300面従腹背の澤田拓也副局長

■1980万円の損害賠償請求裁判は、家庭連合がこの訴訟を提起したのが昨年の3月8日でしたので、もう1年が過ぎました。次回期日6月12日(東京地裁626号法廷13:30〜)が証人尋問となりました。家庭連合側証人として近藤局長と澤田拓也副局長が出廷します。私に対しても尋問がありますので、345万円損害賠償請求裁判(おにぎり裁判)の証人尋問の時と全く同じです。

345万円損害賠償請求裁判といえば、原告被告共に地裁判決を不服として高裁に控訴していましたが、3月28日に判決が出ました。お互いの控訴棄却となりました。地裁での判決(澤田地平は25万4592円を支払え)のままで確定すると思います。

■さて私はNo.275で、暴力男の事件を誘導したのは近藤局長であると書き、また私が殴られる様子を韓国人幹部と一緒に松濤本部のモニターで見ていたと書きました。近藤局長はこれに対する反論として、2019年3月28日付けで興味深い証拠を提出してきました。それは事件発生時に澤拓副局長とラインでメールのやり取りをした自分のスマホ画面です。

暴力男の事件は2018年1月21日(日)の午前10時ちょうどに発生しました。この時、松濤本部にいた澤拓副局長は、近藤局長にメールしました。近藤局長は自宅にいたそうです。


□澤拓:1人の壮年が地平を軽く叩きました。映像撮られました。(10:08)
□近藤:叩いたのは顔ですか?(10:09)
□澤拓:そうです。(10:09)
□近藤:それで被害届は出さないでしょう。(10:10)

□澤拓:それは無いと思います。(10:10)
□澤拓:シックではありませんでした。近所の方でしょうか。(10:48)
□近藤:それはいいですね。近所の人から徹底抗議して頂くのが一番です。(11:18)
□近藤:書類作成が長引いているため、遅れて到着します。

■一番最後の「書類作成が長引いているため、遅れて到着します」という言葉が、近藤局長が事件発生時に松濤本部にいなかった証拠であるということです。自分は事件発生時に松濤本部にいなかったし、事件とは無関係であると主張しています。確かにこのメールの記録を見れば、近藤局長はこの時、松濤本部にいなかったことが分かります。

近藤局長は私が殴られるのを韓国人幹部と一緒にモニターで見る図太さがなかったようです。この時、近藤局長が自宅で作成していたという書類は、5月26日に裁判所に提出した仮処分命令申立の文書であると、自分で述べています。この日から4ヶ月も後に裁判所に提出している書類ですから、松濤本部への出勤を遅らせてまで作成を急ぐ必要はありませんでした。

そのことを考えれば「書類作成が長引いているため、遅れて到着します」という言葉が、いかにもアリバイ作りを意図したものであると感じられます。近藤局長は1月21日の午前10時に事件が起きることを知っていたので、その日その時刻、忙しそうに振る舞う用事を作って、あえて松濤本部を不在にしたのです。


■このメールのやり取りで興味深いのは、近藤局長が澤拓副局長からの第一報に接して、即座に「叩いたのは顔ですか?」と聞き返しているところです。普通なら「どこを叩いたんですか?」という質問になるはずです。

韓国人幹部は暴力男に私の顔を血みどろになるほど殴るように指示していたと思われます。なぜなら、暴力男は早い段階で私の帽子を奪い取っていますが、これは私の眼鏡をはたき落とすための準備です。暴力男ははじめから私の顔を殴るつもりであったことが分かります。

ところが、暴力男の目の前に姉のカメラが出現したので、とっさにまずいと判断し、その場を立ち去ろうとして体制を移しながら私の顔を殴ったので、手に力が入りませんでした。だから「地平を軽く叩きました」ということになりました。そして、立ち去ったと思ったら、その直後に暴力男は戻ってきます。この時、私は暴力男の顔を見ましたが、興奮状態の気持ちが収まらず、通り過ぎる瞬間に、私に立ち向かって来ようとして、わずかに踏み込む気配がありました。

叩き方が不本意だったので悔いが残り、もう一度私を叩きたかったということが分かりました。男は初めから相当な意気込みを持って私を殴りに来たのです。それはなぜかといえば、そのように依頼されたからです。ですから韓国人幹部が近藤局長を前にして計画した段階では、私は相当強く、それも顔を殴られることになっていたと見ることができます。

そして、近藤局長は事件発生の瞬間を、自分では自宅だと述べていますが、自宅とは限らないどこかで、時計を見ながら待っていたのです。ところが、近藤局長への第一報が「1人の壮年が地平を軽く叩きました」という期待外れのものだったので、「え?それは話が違う」と拍子抜けし、「でも叩いたのは顔だよね」と確認したい思いを抑えきれずに、つい「叩いたのは顔ですか?」と聞いてしまったのです。

ライン近藤02

■その質問の不自然さを近藤局長も感じたのでしょう。陳述書で以下のように説明しています。

□近藤:原告澤田のラインにはどこを叩いたのか明記されていませんでしたが、わざわざ連絡が来る以上、顔を叩いたのかと思い「叩いたのは顔ですか?」との質問を送りました。すると「そうです」との回答でした。(2019.3.28)

■「わざわざ連絡が来る以上、顔を叩いたのかと思い」という説明は、その質問をした理由になっていません。澤拓副局長は暴力男が私の顔を叩いたから近藤局長に報告したのではなく、暴力事件が起きたから報告したのです。叩いた場所には関係ありません。

私はこの事件を翌1月22日にブログで報告しました。そのNo.191に「男は通りすがりの一般人ではなく、家庭連合の人間であることに間違いありません」と書きました。これを見て1月23日に近藤局長は澤拓副局長と以下のメールのやり取りをしています。

□近藤:澤田地平が暴力男は家庭連合の人間に間違いないと断定した上で、家庭連合が暴力事件を引き起こしたと述べており、名誉毀損の疑い濃厚です。暴力男が家庭連合の男かどうか、調べて頂けると幸いです。
□澤拓:了解です。

■そして、1週間後の1月30日に以下のメールのやり取りをしています。

□近藤:例の本部玄関前暴力男につき、現場からの情報は何かありましたでしょうか?
□澤拓:全国に流しましたが、まだ情報はないです。

初めの照会メール

■近藤局長と澤拓副局長は松濤本部であまり顔を合わせないのでしょうか。暴力男の照会指示と、その結果の報告をこんな一言の簡単なメールのやり取りで済ましてしまう二人の関係は、一体どうなっているんでしょう。どのような方法で暴力男を全国に照会するのか、あるいは照会したのか、もう少し踏み込んだ打ち合わせも報告もしないのでしょうか。

それはともかく、「全国に流しましたが、まだ情報はないです」との答えを受け、近藤局長は暴力男は家庭連合の会員ではないと判断したと述べています。私が確認したところ「情報はない」との意味は、そのような会員がいるとの情報も来ていないし、いないとの情報も来ていないということでした。全国約300の教会に問い合わせして「いる」との情報が来てないのは分かるとしても、どうして「いない」との情報が来ていないのでしょうか。

近藤局長は教会では顔も分からないような名簿だけの教会員もいるし、現場ではそこまでのチェックはできないから「いない」という断定した回答ができないのだと答えています。そうであるなら、暴力男が会員であるかどうかは分からないということになるはずですが、近藤局長は「情報が来ていないから暴力男は教会員ではありません」という主張で済ましています。

添付画像

■そこで私は、照会メールを出して暴力男が会員であるかどうかを調べたというのなら、その照会メールを証拠として提出して下さいと要求しました。そして、提出してきたのが1月24日付け送信の照会メールでした。澤拓副局長がこのメールを「全国に流した」ということですが、この照会メールの宛先には5地区体制になったばかりの各地区事務局長と、それに加えて5人の個人名が並んでいます。どうしてこれが全国300余りの教会に照会するメールなのでしょうか。

私は家庭連合を退会する少し前の2015年10月、千葉の一心特別教育院で行われた神氏族メシヤ修練会に参加しました。この修練会の案内を公文のまま、葛西家庭教会の総務部長からもらいました。この公文が家庭連合内部で使用されている通達文書の様式です。

これには分類、締切、受信、担当、参照、発行、日付、発信、件名を記入するヘッダー部分があり、その下に本文を記すようになっている家庭連合で確立された様式です。いつ(日付)、誰(発信)が、誰(受信)に、何の目的(件名及び本文)で発信し、受け手の誰(担当)が、その用件に責任を持つのかということが、自動的に明確になる仕組みになっています。

暴力男を全国に照会するのなら、この様式でなければなりません。だから宛先は当然、地区、教区、そして全国300余りの家庭教会のしかるべき人間を受信者及び担当者として指定した上で、送信することになるのです。また、家庭連合ではこの公文の様式と併せて、メール送信システムも確立されています。だから、宛先が何百に増えようが、送信の手間は一切かかりません。

公文見本

■澤拓副局長はなぜこの公文の様式を用いなかったのでしょうか。それは全国に暴力男を照会するメールなど、元々出していないからなのです。近藤局長から「暴力男が家庭連合の男かどうか、調べて頂けると幸いです」と言われて「了解です」と答えていますが、この後、澤拓副局長は照会メールを出しませんでした。

なぜ出さなかったのかというならば、暴力男に私を殴らせたのは家庭連合内部の仕業であることが分かったからです。それを近藤局長は素知らぬ振りをして、澤拓副局長に調べてくれと頼んで来たので、まともに応じる気がなかったということです。面従腹背です。その1週間後に近藤局長は「例の本部玄関前暴力男につき、現場からの情報は何かありましたでしょうか?」と聞いて来ました。

照会メールは出していませんから、「全国に流しましたが、まだ情報はないです」という澤拓副局長の答えは嘘です。家庭連合内部の仕業ですから、実行役として家庭連合の人間を使うはずがないと考えましたし、全てを承知の上で近藤局長がもっともらしく聞いてきたので、嘘の返事をしても平気でした。

近藤局長としても暴力男は会員でないことは分かっていますから、「まだ情報はないです」と聞いて、その通りで間違いないと、内心では納得しているわけです。まさか、澤拓副局長がメールを出していないとか、その答えが嘘であるとは気がつきませんでした。

お互いに狸と狐のばかし合いをしているのですが、近藤局長は自分は暴力事件と関係がないという振りをしていますし、澤拓副局長も近藤局長を信じている振りをしなくてはいけません。だから、お互いに面と向かって、まじめな態度で暴力男は一体誰なのかという話はしにくいのだと思います。そのために、上に述べたようにメールだけのやり取りになるのです。


■澤拓副局長が出したという照会メールを見れば、宛先は地区事務局長です。では、澤拓副局長からの照会依頼を受けた地区事務局長は下部組織の各教区に問い合わせをし、次にその各教区が下部組織の各教会に問い合わせをするというのでしょうか。そしてそれに対する回答は、各教会から各教区に上げ、各教区は各地区に上げ、各地区は澤拓副局長に上げるというのでしょうか。

澤拓副局長の地区に宛てた照会メールが、末端の全国300余りの教会への照会というなら、現場は階層的にそういう手続きをするしかありませんが、近藤局長はその通りであると答えています。そんな馬鹿なことがあるでしょうか。また、澤拓副局長はその照会メールをBCCで総務局所属の5名に送っています。何のためでしょうか。

この照会メールには暴力男の写真を添付したというのですが、添付されているのは「プレゼンテーション1.pptx」というパワーポイントファイルです。普通、画像(それも1枚)を送るのにそれをパワーポイントファイルにすることはしません。あるいは、もししたとしても「プレゼンテーション1」という名前は付けないでしょう。「暴力男」にするべきです。

これがおかしいと指摘したら、近藤局長は、澤拓副局長が操作してこの添付ファイルを開き、暴力男の画像が表示される動画を証拠として提出して来ました。ところが、この動画に映っている照会メールそのものが、初めの照会メールと違っていました。それを指摘したら、2つめの動画を提出して来ました。ところがこれも、初めの照会メールと違っていました。それを指摘したら、3つめの動画を提出してきたのですが、これも初めの照会メールと違っていました。

2018年の始まりは、それまでの12地区体制が5地区体制に変更された時でした。この「プレゼンテーション1.pptx」には、新しい体制になった5つの地区に対する何らかの方針が、プレゼンテーションの形で説明されていたのだと思います。元々のメールはその方針を添付して5つの地区事務局長に送ったメールであり、その方針を総務局のメンバーで共有しておく必要があったために、BCCで総務局所属の5名に送ったものと考えられます。このメールを土台にして、その題名と本文を書き換えた偽造メールが、照会メールの正体なのです。

1番目の動画から

■近藤局長が私達を相手取って名誉毀損の裁判を始めたことにより、暴力男が誰なのかということが大きなテーマになりました。家庭連合は近隣住民だと主張し、私は家庭連合が雇った男であると主張しました。ここで近藤局長は、万が一、暴力男が家庭連合の人間であったらいけないと思い、全国に問い合わせのメールを出したが回答がなかったと述べ、それに対して私が、ではそのメールを提示して下さいと、2018年6月28日付けの書面で要求しました。

それを受けて、近藤局長は澤拓副局長にその照会メールを提出するように言ったのです。さて、事件から半年も経ち、とうに忘れていたところに、出してもいないメールを提出せよと言われて、澤拓副局長は慌てました。今更、出してませんと言うこともできません。どこかに紛れてすぐに見つかりませんと言い訳しながら時間を稼ぎ、2018年1月24日に地区事務局長宛に出した上記のメールを土台にして、題名と本文を書き換え、偽造メールを作ったのです。

しかし、「プレゼンテーション1.pptx」という添付ファイルの名前をそのままにしたことが命取りになりました。「暴力男.jpg」に書き換えておけば、その後、問題になることはありませんでした。パワーポイントファイルの名前をそのまま残したために、私から突っ込まれ、そのおかげで証拠の動画を3回も提出するはめになり、その度に初めに出した照会メールと細部が違ってしまいました。私からの指摘に、近藤局長は以下のように弁明し、結果としてその違いを認めてしまいました。

□近藤:照会メールについて被告らは様々な論拠をもって偽造であると主張してきたが、原告らの反論を受けた結果、最終的には、画面を撮影して提出する度に文字や線が微妙に異なることのみをもってその論拠とするようである。しかしながら、パソコンの画面を撮影したものである以上、同一に撮影できないのはむしろ当然のことであり、何ら偽造の証拠とはならない。(2019.4.10)

2番目の動画から

■「同一に撮影できないのはむしろ当然のことであり、何ら偽造の証拠とはならない」と述べていますが、おかしな論法です。「同一に撮影できないのは、違うものを撮影しているからであり、それは偽造の証拠です」というのが、正しい論法であり、実際にもそれ以外に考えられません。

この裁判で私達が勝つためには「暴力男が家庭連合が雇った男であるという事実が真実であると信じるについて相当の理由」を提示しなければなりません。そのために、バン駐車の問題、暴力男を追いかけた男の存在、暴力男が事件直前にある女性と待ち合わせをしたことなどを争点にしてきました。

そこで、私がこの裁判で有利な判決を得ることができるとするなら、何が一番の決め手になるだろうかと考えた時に、この照会メール偽造問題ではなかろうかと思うのです。これだけは、上に述べたように偽造であるという確実な証拠があり、それ故に家庭連合が嘘をついているということがはっきりしているのです。

□裁判官:家庭連合は偽造メールを作ってまで、暴力男は家庭連合に関係がないと言わなければならなかった。だからといって、暴力男は家庭連合が雇った人間であるとは断言することはできないけれど、偽造メールを作ってまで何かを隠そうとする家庭連合なのだから、被告澤田地平の立場からすれば、暴力男を家庭連合が雇った人間であると信じても無理はないよね…

3番目の動画から

■という流れで、いかがでしょうか。もし、この方向で裁判官が判断するなら、私は澤拓副局長に感謝しなければなりません。澤拓副局長は暴力男の照会を命じられて「了解しました」と返事をしながら何もせず、照会結果を聞かれて「全国に流しましたが、まだ情報はないです」と嘘をつき、近藤局長に対する不信感が根底にあって面従腹背を通したことが、今になって、私にとり、ありがたい実を結んでいるのです。

近藤局長は澤拓副局長が照会メールを出さなかったことに、いつ気がついたのでしょうか。私が近藤局長のスマホ画面を元にこの指摘を行ったのが、先月3月29日付けで提出した準備書面10ですから、それを読んだ時だと思います。それまでは、澤拓副局長が発信した照会メールがどこかになくなってしまったという説明を聞いて、疑いはあっても決定的ではなかったと思います。だから、証拠の動画を作り直す度に初めの照会メールとの差異が生じて、不利な状況に追い込まれながらも、仕方がないとして忍耐していました。

そして、澤拓副局長が自分の嘘が近藤局長にばれてしまったということを知ったのは、私のNo.299の動画「真理を問う行動4.7」を見てのことだと思います。最後の私のスピーチでそのことを話していますので、もはや隠せないと観念したでしょう。事件から1年を経てようやく、近藤局長は澤拓副局長からだまされていたことに気がつき、それにやや遅れて、澤拓副局長は嘘がばれてしまったことを知るに至りました。

近藤VS澤拓

■さて、この二人は松濤本部ではどうしても顔を合わせますから、挨拶もし、話をしないといけないでしょう。今後、お互いにどのように振る舞うのでしょうか。この裁判で近藤局長を追い込む一番の原因になったのが澤拓副局長の面従腹背であることを考えると、果たして澤拓副局長の運命がどうなるのか、心配もし、期待もするところです。

あるいは、澤田地平はあることないこと勝手なことを書き立てていると、二人で白々しく盛り上がって見せ、私を嘘つきにしてお互いの傷には触れないようにするのでしょうか。あるいは、澤拓副局長の方から先回りして、暴力男なんて初めから我々が知ってるはずないですよねと忖度して話しかけ、照会メールを出さなかったことへの追及をかわすつもりなのでしょうか。

■近藤局長はスマホ画面という、個人情報の最も人目に晒したくないものを表に出してまで、最後の決定的な反撃を試みました。暴力男の事件発生時、その一報をメールで受け取り、その時松濤本部を不在にしていたから、自分は無関係である。暴力男の照会メールを全国に流すように手配し、教会員でないことはそれで確かめた、だから自分は潔白である、というように。

しかし、この小さなスマホ画面にこそ、近藤局長が事件の発生をあらかじめ知り、息を潜めてその瞬間を待っていた事実、後で問題になった時のことを考えたアリバイ工作、そして、照会を命じられた澤拓副局長の面従腹背、調査結果を聞かれた時の何喰わぬ嘘、その背後に隠された上司への不信、これらが見事に記録され、家庭連合幹部の哀しい生態を私達の目に見せてくれているのです。


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299真理を問う行動4.7/近藤局長の仮処分命令申立

■私は「世界家庭」の熱心な読者です。といっても、アラ探しをしているだけなので、よい読者ではありません。「世界家庭」では、いちばん初めに韓氏オモニのスピーチがあり、次に徳野会長の説教です。3月号を手にして、いつものように初めから目を通してページを繰っていると、真ん中まで来て驚きました。見開き2ページに私に関する記事がありました。

私が暴力男に殴られて、顔がおかしく変形している瞬間の写真が目に入りましたので、既に真の父母宣布文サイトに掲載された、近藤局長が書いた記事と同じものだとすぐに分かりました。雑誌の作りで記事掲載位置のランクというのがあり、一番高いのが冒頭であることはいうまでもないことですが、その次が真ん中及び最後です。

この記事はちょうど真ん中の見開きになっていて、記事位置としてはオモニと徳野会長に次ぐ扱いを受けていると見ることができます。近藤局長は記事位置まで指定したとは考えられませんので、光言社の編集部が忖度したのでしょう。そこまで優先的に扱うのなら、写真をもう少し鮮明なものにして欲しかったと思います。


■そこで、この記事の題目は「サンクチュアリ早稲田聖殿の澤田地平氏にブログの削除命令/東京地裁が仮処分決定発令」となっています。記事は3部構成になっていて、第1部は、暴力男から私が殴られた事件を家庭連合の仕業であるとして、嘘の記事を私がブログに書いて名誉を毀損しているので、家庭連合は損害賠償(1980万円)を求めて私を提訴しているということ。

第2部は、この裁判の最中にも関わらず、私が暴力事件に関連して、ブログ上で近藤局長への名誉毀損を続けているので、その記事及び画像の削除を求めて近藤局長が仮処分命令申立を行ったところ、その通りの決定がなされた。だから「仮処分決定が発令されたということは、その高いハードルを越えて申立人側が事実無根を立証できたことを意味します。したがって、もはや澤田地平氏には、弁明の余地がありません」ということ。

第3部は、文亨進氏が家庭連合の名誉を毀損する発言をしたことがあり(長野家庭教会での自殺者の件)、その取り消しを求めて仮処分命令申立を行ったところ、審尋(双方の意見聞き取り)の前日に、その発言映像をサンクチュアリ側が取り下げたということ。(二代王様の発言映像をサンクチュアリ側が取り下げたということは、この記事で初めて知りました)

■これを一読すれば、暴力男の事件に関し、それは家庭連合の仕業だと私がブログに書いていることは事実無根であると裁判所が認定したとの印象を受けます。実際は、近藤局長個人に関する私の記事及び画像が名誉毀損だから削除せよという仮処分命令が出ただけです。読者は、第1部と第2部の区別ができないと思います。

光言社は「東京地裁が当法人の申立を全面的に認める」という小見出しを付けていますが、これは間違いです。この仮処分命令申立は、弁護士を立てずに近藤局長が個人で手続きを行っています。家庭連合の申立ではありませんので「当法人の申立を全面的に認める」という言い方はできません。

近藤局長は近藤局長個人への名誉毀損という仮処分命令申立を、弁護士を立てて行い、それを家庭連合の経費でまかなうことに気が引けたのでしょう。担保金30万円も自腹です。近藤局長はその辺の事情を誰にも説明していないと思いますので、光言社が家庭連合による仮処分命令申立であると勘違いしても無理はありません。

そもそも、近藤局長への名誉毀損記事及び画像とは何なのかが分かりません。東京地裁の仮処分決定をいちばん下に掲載しておきますので、関心のある方は目を通してみて下さい。

世界家庭02

■私はこの裁判を起こされて初めて知ったことですが、誰かを誹謗した記事を書いたために相手から名誉毀損でその記事削除の訴えを起こされた場合、誹謗した内容が真実であるか真実でないかに関わらず、名誉毀損になるとのことです。例えば、最近は在日朝鮮人に対して「朝鮮人」と言った場合、それは嘘ではなく真実な訳ですが、ヘイトスピーチだということで問題になります。

これと同じで、近藤局長が削除せよと申し立てたのは、私が近藤局長が暴力男の事件に関わっていると書いた記事についてなのですが、仮処分決定が削除せよ命じたのは、それが嘘だからではありません。嘘か本当かに関わらず、名誉毀損になるという判断を裁判所がしたということです。裁判所は嘘か本当かの判断はしていません。ですから、この決定をもって「申立人側が事実無根を立証できたことを意味します」ということにはなりません。

■そして、第1部の私が家庭連合から損害賠償を請求されている裁判に関してですが、名誉毀損で損害賠償を請求されることになった場合には、記事削除要請のケースと違って、誹謗した内容が真実であるか真実でないかということが問題になります。もし、真実であれば訴えられた方は損害賠償を免責(違法性阻却)されます。ただし、訴えられた方がその真実性を証明しなければなりません。もしくは「そのことを真実と信ずる相当の理由」を提示できればよいことになっています。

私の場合では、暴力男が家庭連合が雇った男であるということを証明できれば免責されます。しかし、証明することは現実的には難しいので「そのことを真実と信ずる相当の理由」を提示できればよいことになります。現在、裁判でその弁論が進行中であり「暴力男は家庭連合が雇った男ではない」という結論、言い換えれば、近藤局長が書いている「澤田地平の主張は事実無根である」という結論はまだ出ていません。

にも関わらず、近藤局長は自分が申し立てた仮処分命令の決定にかこつけて、暴力事件が家庭連合の仕業だとする私の主張をあたかも「事実無根」であると思わせる記事を、意図的に書いているのです。

■と言うよりは、暴力男は家庭連合が雇った男だとする私の主張を否定する(それは公的な意味合いがあるので「世界家庭」に堂々と掲載できる)と見せかけて、近藤局長個人の潔白を懸命にアピールしている(それは私的な保身であり、そのために「世界家庭」の2ページを独占することは許されない)のです。

近藤局長は事務方トップとして強大な権力を握っていますので、光言社の編集部が忖度したのは、近藤局長のこの個人的動機部分であると思われます。

近藤局長に権力があるということは、自分を優先するよりは全体を考えなければならない立場だからです。自分だけの名誉毀損記事を削除しようとするのではなく、晒し者になっている他の仲間から先に助けてあげなければならないのではないでしょうか。ちょうど削除対象となっている以下の記事が、そのことを言い当てています。

③書込み内容:このように、自分達の何よりも大切な存在であるはずの「真の母」に対する名誉毀損はいくらでもパスしているくせに、自分達への名誉毀損ということになると、何だか突然血相を変えたように反撃して来るのです。今回の訴訟は、その突出振りが、端から見ると異常であり、それは家庭連合幹部がこの暴力事件に係わっていることの何よりの証拠だと言えるでしょう。幹部(特に近藤局長)は当事者過ぎて、冷静さを欠いているのです。

■尚、この仮処分決定に対して、私は2月6日付けで保全異議申立を行い、現在までに2回の審尋がありました。その過程で削除対象が大幅に縮減される方向にあり、このことからも近藤局長の「同局長の申立を全面的に認め、八本の記事の名誉毀損箇所、および十七画像について澤田地平氏に全面削除を命じる決定を下しました」という主張は早計に過ぎるというべきです。

***

法務部から

サンクチュアリ早稲田聖殿の澤田地平氏にブログの削除命令

東京地裁が仮処分決定発令

サンクチュアリ早稲田聖殿の澤田地平氏は、礼拝や大会の妨害を行うなど、当法人を攻撃し続けています。特に党法人の近藤徳成総務局長に対する、澤田地平氏のブログでの事実無根の名誉毀損記事は悪質であったため、同局長は記事・写真の削除を求める仮処分申立を行っていましたが、このほど東京地方裁判所が申立を全面的に認める仮処分決定を下しました。(文責・編集部)

二〇一八年一月二十一日、当法人本部前(東京・渋谷)で礼拝妨害活動を行っていたサンクチュアリ早稲田聖殿の澤田地平氏が通りがかりの通行人の男性から暴行を受けるという事件が発生しました。この男性は当法人とは全く関係のない人物でしたが、澤田地平氏は、この男性は家庭連合の人間ないし家庭連合が雇った人間であると勝手に決めつけ、暴力事件は家庭連合が仕組んだものだとして当法人の名誉を毀損する記事を「審判回避プロジェクト」と題する同人のブログに掲載し続けました。

当法人は同年二月六日付で澤田地平氏に通知書を送付し、事実無根であることを伝え、謝罪文の掲載を求めましたが、澤田地平氏はこれを無視し、益々悪質な名誉毀損記事を書き込むようになりました。「嘘も百回言えば真実になる」という言葉がありますが、同ブログのコメント欄には澤田地平氏のブログを真に受けた閲覧者から、当法人及び職員らを批判する投稿が相次ぎました。また、澤田地平氏のブログ記事に説得力があるなどとして支持するブログ記事も登場し、被害が拡大しました。

宣布文サイト記事

こうした事態を踏まえ、遂に当法人及び関係職員らは二〇一八年三月、慰謝料支払及び謝罪広告掲載を求めて、澤田地平氏らを東京地方裁判所に提訴しました。ところが、裁判係属中においても澤田地平氏による名誉毀損は止みませんでした。特に最近は、当法人の近藤徳茂総務局長に対する悪質な名誉毀損が続きました。

 東京地裁が当法人の申立を全面的に認める

そこで本年二〇一九年一月初頭、同局長は記事・画像の削除を求めて自ら東京地方裁判所に仮処分申立を行いました。その結果、同地裁は本年一月三一日付で同局長の申立を全面的に認め、八本の記事の名誉毀損箇所、及び、十七画像について澤田地平氏に全面削除を命じる決定を下しました。

通常の名誉毀損裁判では、名誉毀損を行った側に真実性の立証責任が課されます。本件で言えば、澤田地平氏が記事の真実性を立証しない限り敗訴することになります。このため名誉毀損裁判で敗訴した当事者は、時に「立証が難しかっただけだ」と言い逃れをすることがあります。

ところが、今回のような仮処分手続では、立証責任は申立人側に課されていると言われています。すなわち、申立人側が事実無根を立証しない限り記事削除は認められません。これは、表現行為自体を差し止めるという効果の重大性のためです。仮処分決定が発令されたということは、その高いハードルを越えて申立人側が事実無根を立証できたことを意味します。したがって、もはや澤田地平氏には、弁明の余地がありません。

澤田地平氏は、二〇一八年八月八日に米国ペンシルバニア州で文亨進氏より直接祝祷を受け、早稲田聖殿教会長に就任しました。しかるに、同氏はその後においてもブログ上において悪質な名誉毀損を繰り返してきました。したがって、こうした違法行為を繰り返す人物を教会長に任命した文亨進氏の任命責任もまた厳しく問われなければなりません。

実は、その文亨進氏自身、二〇一六年九月に礼拝での説教中、当法人の名誉を著しく毀損する発言を行いました。同映像がインターネット上に掲載されたことから、当法人は抗議文を送付して映像削除を求めましたが、文亨進氏は頑としてこれを拒否しました。そこで当法人が東京地方裁判所に仮処分申立を行ったところ、期日前日にサンクチュアリ側が自ら映像を削除し、裁判を回避するに至りました。

 「責任言論」の教えに逆行するサンクチュアリ

真のお父様は「責任言論」の重要性を唱えてワシントン・タイムズを始めとする数々の言論機関の創設を提唱されてきました。ところがサンクチュアリ側は、こうした真のお父様の思想とは全く逆方向に向かって進んでいるようです。サンクチュアリがこうした体質を持つ以上、その「言説」は決して安易に信用してはならないと言うことができます。これまでサンクチュアリ側の「言説」を真に受けて信奉者となってしまった人たちが、一刻も早く天の側に戻ってくることを祈念して止みません。(「世界家庭」2019年3月号P.52〜53)

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仮処分

仮処分決定

当事者 別紙当事者目録記載のとおり


上記当事者間の平成31年(ヨ)第13号仮処分命令申立事件について、当裁判所は、債権者の申立を相当と認め、
債権者に金30万円
の担保を立てさせ、次のとおり決定する。

主文

債務者は、別紙投稿記事目録記載の投稿記事1ないし8を仮に削除せよ。
債務者は、別紙投稿記事目録記載の投稿画像1ないし17を仮に削除せよ。

平成31年1月31日
東京地方裁判所民事第9部
裁判官 廣瀬孝

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別紙

当事者目録

〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-1-2(送達場所)
世界平和統一家庭連合
債権者 近藤徳茂

〒134-0088 東京都江戸川区○○○○○○○○○○
債務者 澤田地平

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別紙

投稿記事目録


ブログ名:審判回避プロジェクト

①URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-197.html
投稿日:2018/1/16
作成者:債務者
書込み内容:

■以下は、澤田が周藤健及び近藤局長と遭遇した事件の客観的報告です。

本部玄関前で抗議活動を行っていた澤田は、9時47分頃、ガレージの様子を見に行ったところ、すぐ前の道路に近藤総務局長が立っていました。澤田から声を掛けましたところ、これはまずいと思ったのでしょう、すぐさま逃げるようにガレージに入り、半開きだったシャッターを中から閉めてしまいました。近藤局長は誰かの到着を待っているようでした。それで、これはきっと、誰か重要人物がこの裏口に乗り付けるのだろうと、澤田は見当をつけ、時々チェックしていたところ、案の定、その人物は10分後にやって来ました。

周藤健がタクシーでこのガレージ前に乗り付けたのです。いつもは、松涛本部前の道路の少し離れたところでタクシーを停め、そこで降りて本部玄関まで歩いて来るのですが、先回タクシーを降りた道路上で澤田に見つかって質問されたことが苦い教訓になっていました。ですから、今回は澤田の目が届かない、松涛本部前の道路から右折したところのガレージ前にタクシーを停めました。そこからガレージに入れば、澤田の目に触れることなく、裏口から本部建物に入ることが出来ます。

そこで、周藤健はあらかじめ本部到着予定の電話を入れて、ガレージのシャッターを開けておいてくれるように頼んだのです。その電話を受けて近藤局長が外で待機していました。この電話で、近藤局長は澤田らが抗議活動をしているので、正面玄関は危険であるということを伝えておきました。周藤健が到着したのは9時57分でした。その時には、周藤健を出迎える者は誰もおらず、シャッターも完全に閉まっていました。澤田はこのタイミングで周藤健を見つけました。タクシーが去ってしまうと、閉まったシャッターの前に、かわいそうな周藤健が、ひとり取り残されていました。

近藤局長は澤田から逃げるためにガレージに入ると、逃げようとする本能のままに、後から来る周藤健のことを考える余裕もなく、シャッターを閉めてしまったのです。その為に、かわいそうな周藤健は、裏口から本部建物に入ることが出来ず、澤田の口撃に晒されてしまうことになりました。しかし、その時すぐに誰かが現れて周藤健を保護しました。澤田に見つかってしまった近藤局長は、澤田からカメラで追い回されることをひどく恐れて、二度と外に出る気がしませんでした。近藤局長はこの人物に出迎えを代わってもらったのです。

近藤局長が代わりの人物に頼んだ時、周藤健の出迎えに手違いが生じることになりました。周藤健にとって澤田の目につかないようにガレージから入ることが絶対的に重要でした。近藤局長にもそのことは伝わっていましたが、近藤局長が代わりの人物に頼んだ時、その重要指示事項が伝わりませんでした。それでも、シャッターが半開きになっていれば、出迎えがなくても、自分でシャッターをくぐって中に入ることが出来ますので、周藤健に、まだ救いの道は残されていました。しかし、シャッターは近藤局長が逃げる勢いで、あわてて閉めたままの状態でした。

周藤健はガレージから入れるように近藤局長に頼んでおいたのに、ちゃんと手配がされていなかったことを、玄関から本部教会に入って近藤局長に会った時、真っ先に指摘しました。この手違いにより、澤田からの口撃を受けるハメになり、周藤健は大変な痛手を負うことになってしまったのです。でも、その不満については表には出しませんでした。

近藤局長は、澤田に見つかって逃げたことが、事務方のトップである総務局長としての誇りを傷つけ、極めて不快であり、更に逃げたことが原因となって、周藤健に指摘されることになった一言が、その不快な気持ちを倍加させることになりました。しかし、全体としてはささやかな出来事であり、「用事があって代わりの人を頼みました」と、近藤局長は平静を装いながら周藤健に言い訳をして、この事件はそこで終わり、不快な思いはそのうち薄れて、最後は忘れてしまいました。

遅れて来た出迎えの人間に守られて歩いた、ガレージから本部玄関までの短い道のりが、周藤健にはとても長く感じられました。澤田にいいように言われっぱなしで、言い返してやりたい気持ちが募りましたが、先回、それで大失敗して、今の口惜しい状況を生み出していることを思い、何とか沈黙を守り通して耐えることが出来ました。しかし、澤田のブログ記事で、近藤局長が卑怯にも澤田から逃げ出したことが、結局のところ、自分の悲劇を生み出したということ、また、近藤局長はそのことを隠し、何事もなかったように平静を装いながら、言い逃れをしたということが分かり、澤田にメンツを丸つぶれにされた悔しさが、そのまま怒りとなり、その暗い情念が近藤局長に向かいました。

一方、近藤局長はと言えば、周藤健が表面上は人格者であるかのように振る舞いながらも、未だ怒りの感情を抑えることができないという愛のない人格の欠陥を見抜いており、自分に向けられた周藤健の暗い情念を感じた時、「何だ、自分だって澤田の口撃から逃れようとした卑怯者ではないか」という反発心を抑えることが出来ませんでした。そして、裁きの感情を無表情な顔の下に隠しながら、次に周藤健と会った時には、つい、ヘイコラした如才のない態度をとってしまうのでした。

澤田さえいなければ、二人の間に微妙な感情の対立も生じず、苛立つこともなかったのに、澤田によって平穏な日常生活の中にいきなり石をぶち込まれたようで、周藤健も近藤局長も、それは本当に悔しいことでした。二人にとって、韓氏オモニを担ぎ上げなければならないこと、それ自体は長いものに巻かれろ精神で、少しも苦痛には感じていませんでしたが、カメラを従えて例の質問を浴びせかけながら突進してくる澤田の姿は、恐怖でもあり、おぞましくもあり、絶対に見たくはないものでした。

②URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-205.html
投稿日:2018/2/13
作成者:債務者
書込み内容:

■最近、澤拓氏は玄関前に立っておりませんでした。そのせいなのか、大西、江原に続く3人目の男が補充されていました。私としては、澤拓氏が玄関前にいない状態に慣れていましたし、それで問題ないでしょうに、なぜ、私から問い詰められ、追い込まれるだけということが分かりながら澤拓氏が、わざわざ出て来たのでしょうか。

それは、澤拓氏が事件後、玄関に出ないままなら、本部側が弱みを見せていることになると、近藤局長が気を回した結果なのです。近藤局長は暴行事件に対する私の推理が「著しく事実に反している」と書きましたので、本部の建前としては、澤拓氏は清廉潔白、何ら恥じるところがないという設定でなければなりません。この清廉潔白、何ら恥じることがないという、その演出のために、澤拓氏は近藤局長の命令により玄関に立たされたのです。

■同じようなことが、近藤局長の通知書にも言えます。暴行事件は本部が主導していることは見え見えであり、「著しく事実に反している」という言葉も、全く白々しく響きます。しかし、本部は清廉潔白であり、何ら恥じることがないという演出が必要なのであり、そのための通知書なのです。もしこの通知書を私宛に出さなければ、本部には全く非がないはずなのに、本部に罪をなすりつけている私に対して、どうして強気の通知書を出せないのかと、今度は近藤局長が疑われることになるのです。

暴行事件を演出した後は、今度は本部の清廉潔白を演出しなければなりません。一度嘘をつけば、それを糊塗するために、次々に嘘をつかなければならないのです。暴力男が通行の邪魔だという理由で切れたのなら、その大半の原因はバンにあります。バンの違法駐車故に私が殴られたことになります。私達数名がのぼりを持ち、歩道にまばらに立っても、バンほどには歩道を塞ぐことはできません。ですから、家庭連合は私に詫びるべきです。自らの清廉潔白を演出するのなら、そこまでしなくてはならないでしょう。

■現在のところ、今回の暴行事件に本部が係わっているということを示す一番確実な手がかりは、バンです。このバンが2時間以上も松濤本部玄関前に駐車しており、これを家庭連合が警察に通報しなかったということからも、これは家庭連合の車であるということができます。

上のカメラマンと澤拓氏とのやりとりによれば、このバンが澤拓氏の車だというのです。このバンが暴行事件に大きく係わっているのであり、それを玄関前に駐車させた人間が、この事件を計画した人間であると言うことができます。澤拓氏も命じられてバンを停めたに過ぎません。

澤拓氏は副総務局長であり、澤拓氏に命じる人間は近藤徳茂総務局長です。そして、近藤局長に命じるのは徳野会長であり、さらに趙誠一(チョソンイル)世界本部長(日本での肩書きは分かりません)なのです。ですから、今回の暴行事件は、近藤・徳野・趙のレベルで計画立案裁可されたものであると見ることができます。

③URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-220.html
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
書込み内容:

このように、自分達の何よりも大切な存在であるはずの「真の母」に対する名誉毀損はいくらでもパスしているくせに、自分達への名誉毀損ということになると、何だか突然血相を変えたように反撃して来るのです。今回の訴訟は、その突出振りが、端から見ると異常であり、それは家庭連合幹部がこの暴力事件に係わっていることの何よりの証拠だと言えるでしょう。幹部(特に近藤局長)は当事者過ぎて、冷静さを欠いているのです。

④URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-275.html
投稿日:2018/11/12
作成者:債務者
書込み内容:

「語るに落ちた近藤局長」(題字)

■ここで、バンを停めた理由が初めて明らかになりました。すなわち「私達の活動範囲を限る」という理由です。「私達の活動範囲を限る」ことにより、暴力男の仕事がやり易くなるし、また防犯カメラでモニターし易くなるということを意図したと考えられます。暴力事件を計画した黒幕は防犯カメラ③のモニターを通して、私が殴られる場面を間近に見ようとし、また実際、間近に見たということなのです。①及び②の画像と比べて見ても、私の姿は③の方がはるかに大きく映っています。

暴力男は「包むファクトリー」に入って、待ち合わせをした女性から紙袋を受け取り、その約2分後に店舗から出て、真っ直ぐに私に向かって来ました。紙袋を受け取るだけなら2分は必要ありません。店舗の中で何をしていたのでしょうか。暴力男は松濤本部の黒幕に「約束のものはもらいましたので、これから決行します」との電話をしたのです。その電話を受け、黒幕は興奮気味にモニターに向かったに違いありません。

■「語るに落ちる」という言葉があります。これは「問うに落ちず、語るに落ちる」の略です。問い詰めるときには本当のことを言わないけれど、自分から話しているうちにうっかり本当のことを言ってしまうという意味です。近藤局長は私がいくら聞いてもバンを停めた理由を答えようとはしませんでした。ところが、他のことを説明しているうちに、うっかり本当のことを語ってしまったのです。まさに、語るに落ちた近藤局長です。

⑤URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-282.html
投稿日:2018/12/8
作成者:債務者
書込み内容:

「暴力事件を誘導した近藤局長」(題字)

■近藤局長は、私から質問されることを恐れて逃げたことをブログ上で揶揄されたとしても、そのまま無視しておけば誰もそのことを覚えていなかったでしょう。近藤局長以外の全ての人間にとっては小さな出来事でした。ところが裁判沙汰にしたばかりに、かえってこのように自分の醜態を人目に晒すことになりました。そしてまた、私を盗撮イメージで炎上させようと画策したことが、更に自分の嘘に人目を引きつけることになったのです。

□近藤局長:暫くするとシャッターの開く音を聞きつけた被告地平が車庫前にやって来ました。被告地平は車庫から本部建物に侵入して騒ぐと大騒動になることから、私は直ちにシャッターを閉めました。(陳述書2018.5.14)

■このように、近藤局長は私と遭遇したこと、及び直ちにシャッターを閉めたことは認めています。認めたくないのは周藤氏を見捨てたということです。だからそれを否定するために、澤拓副局長が迎えることになっていたと嘘をつきました。

その日は寒い朝でした。近藤局長はコートもなしに道路に出ていました。私と遭遇しなければその時点から11分も、周藤氏の到着を待たなければなりませんでした。私と遭遇し、建物の中に入ることができたので、むしろ良かったと思ったかも知れません。近藤局長には、周藤氏は講師として崇められている存在でありながら、私からの質問にも答えられないで逃げ回っていることを軽蔑する心がありました。だから逃げる手伝いをさせられていることに対して嬉しくない思いがありました。

また、近藤局長の総務局長という地位の高さを知らなければなりません。大きな裁量権を持ち、周囲からはヘイコラされる存在です。私が井口さんと言い合いしながら「近藤」と呼び捨てにすると、呼び捨てにするなと言ってきました。井口さんもゴマをすらなければならない相手なのです。そのエライ自分が、何で逃げ回る周藤氏のために小間使いをしなければならないのかという不満もありました。

車庫前に到着した周藤氏からの電話を受けた近藤局長は、すぐに職員に命じて出迎えさせ、それでこの件は問題なく終わったと思いました。寒い外にいなくて済んだし、これも澤田のお陰だねと、思ってみたりもしました。ところが、2日後にUPされた私の文章に目をむきました。周藤氏は澤田に見つからないように車庫から入ろうとしたのに、近藤局長は澤田と遭遇して一目散に逃げ出し、周藤氏を見捨ててしまったという描写が図星でした。近藤局長の胸の中に私への憎しみが燃え上がりました。

この時の私への憎しみが暴力事件の動機になったと言えば皆さんは驚かれるでしょう。近藤局長は私を何とかして懲らしめたいと思いました。それ程この文章は近藤局長のプライドを傷つけたのです。そこで、近藤局長は韓国人幹部に相談しました。個人的な私への憎しみは露ほども出さず、あくまでも対策の責任者としての立場を押し出しながら、静かに話しました。

澤田の抗議活動を何とかして止めさせたい、今まで仮処分命令を申立て、裁判も起こしているけれど、澤田は悪質で何の効果もない、周藤先生もひどい目に遭っているし、益々エスカレートする一方で困り果てていると弱音を吐いて見せながら、日本人として対策はやり尽くしました、限界です、つきましては、韓国人として何かじょうずなやり方を見せて下さいませんかと、はっきりと言葉にこそ出しませんが、頼る姿勢で韓国人を持ち上げながら、暴力を使う方向へと巧みに誘導したのです。

近藤局長は暴力のボの字も口には出しません。どこまでも暴力は韓国人幹部からの発想ということでなければなりません。韓国人幹部は誘導されていることにも気がつかず、その気になり、暴力男の手配とお金の受け渡し方法を考え、次の日曜日の朝10時を決行時間に決めたのです。そして、近藤局長に玄関前にバンを停めておくように指示しました。それは、私が殴られるところを防犯カメラのモニター画面で間近に見るためでした。

本当は私を立ち上がれないほどに血みどろにしたかったのです。バンは私が逃げられないようにする壁でもありました。しかし、暴力男はこちらのカメラを発見し、瞬間的にそれを断念しました。そして、手の甲で私の顔を打っただけで去りました。これをモニターで見ていた韓国人幹部と近藤局長は期待がはずれて「え?」と、思わず声が出たに違いありません。

暴力男自身も不満になって、もう一度殴ってやろうと思い、すぐに引き返しました。しかし、やはり断念して通り過ぎるしかありませんでした。そのとき、こちらを睨みつける顔は普通ではありませんでした。私を血みどろにしたかった顔なのです。

■現在、暴力男には10万円の懸賞金がかけられています。ツイッター(@ShikkuSukue)の自動投稿機能を使って、24時間投稿を繰り返しています。いずれ暴力男の正体が分かり、この韓国人幹部が誰なのかということもはっきりとし、暴力事件の全容が明らかになる時がくるでしょう。

しかし、そのときにおいても、この韓国人幹部には近藤局長に誘導されたという自覚はないかも知れません。そして、近藤局長のスタンスはどこまでも「上からの指示に従っただけです」なのです。それは大阪大会の時「お母様がおっしゃるとおりです」と私に答えた、責任転嫁の姿勢と全く同じなのです。

私は初めに、この訴訟には暴力事件とは直接関係のない訴えが含まれていますと前置きし、近藤局長を卑怯者と書いた私の記事に対する近藤局長からの訴えが、この裁判に付け加えられているのですと書きました。しかし、その訴えは暴力事件とは関係ないどころか、暴力事件の本質はそこにこそあるのです。

⑥URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-284.html
投稿日:2018/12/13
作成者:債務者
書込み内容:

ですから、近藤局長の「照会メールに対しては何ら情報も寄せられなかったものであり、『それら教会員はいません』との情報も寄せられていない」という証言は嘘なのです。

■もともと照会メールなど出していないのです。暴力男は家庭連合が雇った人間なのだから、はじめから照会メールなど送ることはありません。だから、答弁書で私から「証拠を示した上で明らかにして下さい」と言われた時に、近藤局長は「具体的には何を意味するのであろうか」と知らばっくれたのです。

ところが、近藤局長が自分で「全国の教会に連絡して男性①に関する情報提供を呼びかけました」と、つい嘘を書いてしまったものだから、それに対して私が「この時の情報提供を呼びかけた文書を出して下さい」と要求したときに、照会メールを作ってまで提示せざるを得ませんでした。この照会メールは澤拓副局長の送信済みメールの、件名と本文を書き替えた偽造メールなのです。

もともと暴力男の照会メールなど出していないのに「全国の教会に連絡して男性①に関する情報提供を呼びかけました」と嘘をついたものだから、照会メールを偽造せざるを得なくなり、偽造したと思ったら、その偽造メールの不備が発覚してしまい、あわててそれを糊塗するために、更に嘘で繕わざるを得ないという、今や近藤局長はボロボロ状態になっています。

⑦URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-286.html
投稿日:2018/12/19
作成者:債務者
書込み内容:

■この「訴えの変更申立書」で近藤局長はついに、バンを停めていた理由を、今まで口をつぐんでいた理由と合わせ、明らかにしました。

□近藤局長:なお、被告地平は原告家庭連合が本部前にバン(ワゴン車)を停めていたことをもとに邪推を積み重ね、同原告が本件暴力事件を計画的に行ったとの勝手なストーリーを創作している。しかるに、同原告がワゴン車を本部前に駐車したのは、被告らが本部建物前で「赤いのぼり」を数本立てて行う妨害活動の様子が、あたかも左翼が本部を占拠したかの様相を呈しており、何とかこれを排除できないかと考えたためである。

これまでこの点について明らかにして来なかったのは、被告らを排除するとの目的によっては駐車違反の違法性を阻却できるか微妙であることとの関係で、この点を明らかにすれば駐車違反に対する被告地平によるブログ上における批判(甲4号証の1など)が更に強まるものと予想されたためである。しかし、今やこの点を巡って、被告地平の名誉毀損行為の悪質性の方がはるかに度を越したものとなったため、敢えて開示する次第である。(澤田注:甲4号証の1とは私のブログNo.191のこと)

■なるほど、そういう理由だったのか、納得…ということにはなりません。近藤局長がようやく考えついた嘘の理由です。頭をだいぶ使ったので時間がかかりました。

⑧URL:http://shimpankaihiproject.blog.fc2.com/blog-entry-291.html
投稿日:2018/12/26
作成者:債務者
書込み内容:

「追い詰められていく近藤局長/偽造メールの動かぬ証拠」(題字)

近藤局長は、証拠としていちばん初めに提出した照会メール(メール1)は澤拓副局長のデスクトップで表示されたものをキャプチャーしたものだと述べていました。しかるに、そのデスクトップで開いて見せたパワーポイントファイルが「プレゼンテーション1(2)」となっているということは、メール1とメール3は別物であるということを示しています。

結局、メール1もメール2もメール3も完全に別物です。これは澤拓副局長が出したという初めの照会メールが偽造であるということです。偽造だからこそ、それをごまかすためにメール2が必要になり、メール3が必要になりました。そして証拠として提示する度に違っているのです。

メール1がなぜ偽造であるかといえば、元々照会メールは出していないからです。出していないから作らざるを得ませんでした。なぜ出さなかったのかといえば、暴力男は家庭連合が雇った男なのであり、その男の照会など初めから不要に決まっているからです。

そもそも暴力男の画像をパワーポイントファイルにして添付するということ自体がおかしい上に、そのファイル名を「プレゼンテーション…」などとすることは考えられないことです。だからこのメールは澤拓副局長が何かを説明するために本当のプレゼンテーションのファイルを添付して送ったものなのです。

***

別紙

投稿画像目録

①URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180118105454c25.jpg
投稿日:2018/1/16
作成者:債務者
投稿画像:

近藤徳茂

②URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180118105454c25.jpg
投稿日:2018/2/10
作成者:債務者
投稿画像:

近藤徳茂

③URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/201802122332338db.jpg
投稿日:2018/2/13
作成者:債務者
投稿画像:

121暴力事件に係わった男達

④URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231105eca.jpg
投稿日:2018/2/13
作成者:債務者
投稿画像:

暴力事件首謀者

⑤URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231814c86.jpg
投稿日:2018/2/13
作成者:債務者
投稿画像:

WANTED幹部

⑥URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180217112138047.jpg
投稿日:2018/2/16
作成者:債務者
投稿画像:

WANTED幹部

⑦URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180118105454c25.jpg
投稿日:2018/3/27
作成者:債務者
投稿画像:

近藤徳茂

⑧URL:https://blog-imgs-117.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180417185820713.jpg
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
投稿画像:

冷静さを欠いた近藤局長

⑨URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/201802122332338db.jpg
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
投稿画像:

121暴力事件に係わった男達

⑩URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231814c86.jpg
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
投稿画像:

WANTED幹部

⑪URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231105eca.jpg
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
投稿画像:

暴力事件首謀者

⑫URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180118105454c25.jpg
投稿日:2018/4/17
作成者:債務者
投稿画像:

近藤徳茂

⑬URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231814c86.jpg
投稿日:2018/4/25
作成者:債務者
投稿画像:

WANTED幹部

⑭URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/20180212231105eca.jpg
投稿日:2018/4/25
作成者:債務者
投稿画像:

暴力事件首謀者

⑮URL:https://blog-imgs-118.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/201802122332338db.jpg
投稿日:2018/4/25
作成者:債務者
投稿画像:

121暴力事件に係わった男達

⑯URL:https://blog-imgs-123.fc2.com/s/h/i/shimpankaihiproject/2018111123091534d.jpg
投稿日:2018/11/12
作成者:債務者
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語るに落ちた近藤徳茂

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投稿日:2018/12/8
作成者:債務者
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近藤徳茂


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298松濤本部前行動3.31/絶対にお父様に言及しない韓氏オモニ

■新しい年号が「令和」(れいわ)に決定しました。康お母様が歴史的な勝利をなされた直後に、国民が期待し大きく注目する中で決まったということに、日本の明るい未来を感じます。審判を最小限で回避した後には、日本の大きな活躍の場が準備されていることと思います。

さて、家庭連合は急に静かになりました。井口某においてすら、私達の目の前を歩いて通り過ぎながら(動画7:45〜)、何も言って来ませんでした。例の暴力事件が大きな契機になったようです。韓国人の言うがままに強気に出たところが、まかり間違えば警察問題になり、松濤本部が家宅捜索を受けかねないという危機感を持ったのかも知れません。


あるいは、家宅捜索を受けかねないというような説明をして、韓国人を納得させたのかも知れません。初めからそのように韓国人には対処するべきでしたが、警察問題を大義名分にすることができて、とりあえず日本人としてはホットしたことでしょう。自分達がお父様に背いていることを知っている人間は、誰も私達とやり合う現場の最前線には出たくないのです。

しかし、いつまで今の静かな状態が続くのかは分かりません。私達の口撃に、礼拝参加の食口全員が直接晒されているのですから、食口の不満に突き上げられて、いずれ何かの対策を講じて来るのでしょう。

■ワールドサミット2019の開会式が今年2月8日、ソウルにて開催されました。それまで世界を回りながら開催して来たサミットの集大成といえるもので、この開会式には約40名の現職元職の国家元首首脳や約1200名の各界指導者が参加したとのことです。

約40名の国家元首首脳といっても、殆どは聞いたこともないような国が多かったのですが、チェイニー元副大統領とキングリッジ元下院議長が例外的な大物として参席していました。この二人はこの場でスピーチをしているのですが、二人の時だけは画面が切り替えられて、中継で見ることはできませんでした。

チェイニー副大統領

■このサミットの席で韓氏オモニが行ったスピーチが「世界家庭」2019年3月号に掲載されています。「南北統一も良いです。しかしこの民族が進まなければならないのは、天の父母様に侍る道です。それが優先です」(P.12下段)と語り、南北統一が大きなテーマになっているこのサミットで、現実問題を超越した神様の話をしています。宗教の準教祖の立場ですから、それも有りかも知れません。

しかし「キリスト教二千年が求めて来たのが独生女である私です」という趣旨の独生女宣言については、参加者の大半は聞き流しているか、何のことを言ってるのか意味不明というところでしょう。お金をもらい、招待されて参加しているのだから、大人しく聞いているということだと思います。韓氏オモニは今まで同じ内容を何度も語っているので、独生女ストーリーは以下のように確立しています。

→イエス様が十字架で亡くなられる状況の中で「また来る」と言われ、また来て「小羊の婚宴」をするというのです。
→キリスト教文化圏で二千年前に誕生することのできなかった独り娘を探さなければなりません。
→責任を果たさなかった民族は蕩減を受け、代わりに韓民族が独り娘を誕生させる民族になりました。

→1943年に私は生まれました。
→1950年に韓国動乱が起きましたが、天は国連軍により私を保護しました。
→私は摂理が分かるので、1960年に真の父母の位置に進んでいきました。

ワールドサミット2019

■このストーリーで特筆すべきは、見事なまでにお父様の証が出て来ないということです。サミットに集まった世界の要人達はレバレンドムーンの名声を聞いているはずです。ソウルでこのような国際会議が開催されるのも、全てレバレンドムーンが築いた基盤故であるという認識を持っているはずです。

にも係わらず、その令夫人がレバレンドムーンの業績を称えるのかと思いきや、レバレンドムーンの話が全く出て来ないのですから、驚くのではないでしょうか。そして、話が出て来ないどころか、自分がオンリービゴットンドーターだと、聞き慣れない言葉を使っているのですから、それは一体何のことだと、他の参加者に聞くと思います。

そしたら、よく知ってる人間がいて、それは女メシヤのことだ教えてくれて、もう一度驚くことになります。しかし、上に述べたようにお金をもらい、招待されているのだから、何ごともなかったように静かにしているのです。

サミットスピーチ

■家庭連合の皆様には「世界家庭」に掲載されているこのスピーチをよく読んでほしいものです。特に「私は摂理が分かるので、1960年に真の父母の位置に進んでいきました」(P.11上段)という表現に注目して下さい。これは当然ながら、お父様との聖婚式のことです。韓氏オモニがお父様の花嫁となって聖婚式が挙行され、真の母の位置に進んだということを、お父様のことをひと言も語らずに、このような表現でどうして済ませることができるのでしょうか。

私達が1960年の聖婚式のことを誰かに説明する時のことを考えて見て下さい。お父様のことに全く触れず、韓氏オモニのことだけを口にしながら、それを説明することができますか。絶対にできません、しかし、韓氏オモニは世界中でそれを語って来たのです。それがどれだけおかしなことか、食口の皆様は気がついて下さい。韓氏オモニがお父様に言及しない理由はただ一つです。それはお父様をメシヤとして認めていないという理由です。


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297松濤本部前行動3.24/康賢實真のお母様天宙聖和式

■3月18日にペンシルベニア聖殿で行われた康賢實真のお母様天宙聖和式に参加してきました。この日を挟んで気候は穏やかになり、やはり天運に守られたサンクチュアリ教会であることがよく分かります。私達は3月16日未明に、今回の宿舎であるペンシルベニア聖殿の近くにある柔術道場として國進様が購入された家に到着しました。1階が道場で2階のいくつかの部屋がシェアハウスのようになっています。私達男4名がその内の1部屋に泊まらせて頂きました。

この家は佐藤顕さんの家(佐藤ハウス)のすぐ近くにあります。佐藤ハウスには劉先生や李会長はじめ韓国の先生らが宿泊されていましたが、ご聖和以来、康お母様のご遺体を守りながら祈祷条件が立てられていましたので、この間聖殿と行き来する祈祷条件を実施する上で、聖殿の至近距離にある佐藤ハウスは大きな役割を果たしたということでした。


■到着した当日16日は、康お母様のご遺体の前で敬礼をし、お祈りをする弔問を行いました。聖殿のホールに入って左側の部屋にご遺体が安置され、二代王様とご家族、國進様とご家族が毎日3時間づつ弔問客を迎えておられました。康お母様はアクリルの透明ケースの中に安らかに横たわっておられました。私達は二代王様の時と國進様の時と2回にわたり弔問を行うことができました。

私はお父様ご聖和の時に天正宮での弔問の機会に恵まれました。天正宮の1階に入ると長時間並んで少しづつ上に登りながら、お父様のご遺体が安置された部屋で敬拝を捧げることができました。その部屋の横に並んで真のご家庭の方々が私達を見守っておられました。それに比べるとこの度の聖和式は圧倒的に小さい規模、少ない弔問客でしたが、お父様の時と全く同じ弔問の形式でした。


■翌日が日曜礼拝で、その翌日が天宙聖和式でした。ご遺体を収めた白い棺が制服に身を包んだ青年達により礼拝堂に運ばれて来て正面に安置され、開式となりました。礼拝堂は通路にも椅子が増設された上でほぼ満席状態でしたが、礼拝堂からあふれ出る程ではありませんでした。礼拝堂の舞台を覆ったお花の飾り付けがどことなく、お父様の聖和式を思わせるデザインでした。

その飾り付けも会場も参列者も何もかも、規模としてはお父様の聖和式にはるかに及ばない小さなものでした。しかし、まさか突然聖和されるとは誰も考えられない、何か分からないけど釈然としない、そのような中でお父様の聖和式が進んで行ったのとは違い、誰もが康お母様の信仰の勝利を理解した上での、喜びの聖和式でした。

康賢實様二大行事01

■康お母様は2017年9月23日に真のお母様として真のお父様と聖婚式を挙げられました。そして2019年3月6日に聖和されるまでが541日です。真の母として地上で生活された期間が、この約1年半です。この短い期間に崔先吉氏の結婚生活11年、韓鶴子氏の結婚生活52年を全て蕩減復帰された上で、さらに前人未踏の境地を進まれて勝利されたのだと思います。真のご家庭全員がご臨終を迎える康お母様の側に集まり、その呼吸される様子を固唾を飲みながら見守りました。

□二代王:わぁ驚きですね。どうして数字がこんなに合う…。いやー、これは恐ろしいことだ。これはありえない内容です。このような世界に、このように神秘的な世界に。5時41分になったのですが、お母様の呼吸が続けて…、その前に呼吸を吸って次に止まります。4時だったか、止まりました。「はあー」(と吐いて)止まります。「はあー」「ふうー」と、こうなります。そして、だんだんとその間隔が長くなるのです。(呼吸が)止まる瞬間が、時間が長くなるのです。

ですから、私達は継続して確認していました。チエ姉さんがノートにずっと書いていました。いつ止まった、何時何分に止まった。ですから5時41分になって「はあー」(と吐いて呼吸が)止まったのです。5時41分に止まったのです。私達はずっと見守っていました。もしかして30秒後に、1分後に、2分後に再び呼吸をされる事もあるかもしれないではないですか。すぐに祈祷したらいけないでしょ、そうですか?そうではないですか?ひょっとして、違ったらいけないではないですか。

康賢實様二大行事02

そして、8分の間確認して、続けて呼吸されないので、心臓も(鼓動が)聞こえません。49分になったので祈祷しました。私達は誰もわかりませんでした。皆忙しかったので。ずっと確認して、忙しかったので。ところで祈祷してから、いつ最後の呼吸を(されたのか)、5時41分です。ん?じっと考えてみたら、541です、541。その時はわかりませんでした。私たちは続けて忙しかったですから、お母様の呼吸を見るのに確認のために。祈祷してから、5時41分、チエお姉さんのノートを見たら、最後の呼吸が5時41分でした。わあ!541だ!これは154、天一宮です。

154お父様、541お母様、おお…、なんということ。その瞬間に、5時41分に、(しかし)誰もわかりませんでした。皆忙しかったので。祈祷してから、このような聖霊の恩賜が降りてきました、その部屋に。そうしながら続けて聖霊の恩賜を受けながら、数字が出てきたのです。本当に、驚きでしょ?これは、いやー。(2019.3.20)

 完成祝福

■この呼吸が止まった瞬間に、長かった復帰摂理が神様の勝利をもって完結したということができます。康お母様は真の母としての1年半を謙虚に従順に自らを誇ることなく全うされたのです。かつてエバが犯した罪、主管性転倒。直近の韓氏オモニが犯した罪、これも主管性転倒。康お母様が最後の息を吐いて次の息を吸われることがなかったその瞬間を、神様はどれほどの思いで見つめておられたことでしょうか。

この瞬間を過ぎれば、復帰摂理の後退は、もはや絶対にあり得ないのです。真の父母が完成したということにおいて、神様の復帰摂理が完結したということができます。神様の創造目的が完成したということができます。ついに霊肉共のサタン不可侵圏の完成完結完了を見たのです。


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■ プロフィール

澤田地平

Author:澤田地平
1953年長崎県生まれ
6000家庭
携帯:080-3272-0026
e-mail:swdsw5@yahoo.co.jp
ご連絡お待ちします。
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